登校中に手は繋ぎません
溶けきっている意識の中に突如として軽快な電子音が入ってきて、強制的にこっちの世界へ意識が引きずり戻された。
ほとんど無意識のうちに音源であるスマホに手を伸ばして急いでアラームを止める。あまり長く鳴らしては隣で寝ている夜見さんに迷惑だ。
目を軽く目を擦り、彼女が寝ているであろう方に身体を傾けて目を開けるとそこはすでにもぬけの殻だった。
いつもよりも早めにセットしておいたはずのアラームは正常に時間を告げているので、俺が思っているより早起きなのだろう。まあ、女の子の方が学校に行くにしても準備に時間はかかるだろうからね。
リビングにはすでに制服に着替えを済ましてその上からエプロンを付けている夜見さんがいた。
制服+エプロンって夢詰まり過ぎ。小説なら挿絵に使われるシーンだよ。
「おはよう」
「おはようさんです」
「早いね。もう着替えまで終わっているんだ。夜見さんいつもこんなに早く準備しているの?」
「いえ、いつもはもう少し遅いんやけど、今日は初日やさかい少し早くしてるだけです」
「それなら声を掛けてくれれば、朝食の用意も手伝ったのに」
「その辺りは大丈夫です。朝食の用意はそんなにかかりませんので。それより、もうすぐ食べれるさかい、顔とか洗ってきてください」
了解ですと答えて、脱衣所の水道で顔を洗う。
意識をしっかりとさせて鏡に映った自分の顔を見る。特別イケメンではない。自分の両親の遺伝子を考えれば妥当なレベルの顔と言える。
一人暮らしをするにあたり、母親からは清潔感は持ちなさいと重ねて言われていたが、最近散髪に行っていないせいか、もともと長め髪がさらに長い気がする。
朝食を食べ終わり、使った食器を洗う。
せめて後片付けやそうじとかはしないと全てが夜見さんにおんぶに抱っこになってしまうと思って、積極的にするようにしている。この姿を実家の母親が見たら驚くだろう。中学時代実家では家事は何もやらないレベルだったから。でも、実家暮らしの中学生なんてだいたいそんなもんだろ。
ちなみに大沼荘にいた頃は家事はまとめてやっていたし、きっと今より雑だったと思う。今は雑に家事をこなすと後から夜見さんがもう一度やり直すのではと思い丁寧にしている。
出発の準備が完了して、二人一緒にマンションのエントランスを出て徒歩で通学するのだが、手を繋ぐなんてことはしない。もちろん恋人繋ぎなんてもってのほかだ。
昨夜、二人で決めた学校での関係は〝恋人〟だけど、それは一昨日から一緒にいる時の感じのまま学校でも普通に生活をするというものだ。だから、学校に一緒に行くからといって急に恋人繋ぎをしたり、昼食をあーんで食べさせ合ったりするようなことをするつもりはない。
世の中の高校生カップルがみんなガムシロップを毎日一ガロンも垂れ流すようなイチャイチャカップルというわけではないだろ。いや、多くのカップルは節度を持った清いお付合いをしているはずだ。
上り下りを繰り返しながら俺たちの通う智慶高校までは徒歩でおよそ二十分の道のりだ。衣替えまであとひと月のこの時期は天気が良ければ冬の制服では暑い。ジャケットを脱いでハンカチで額の汗を拭う。
「夜見さんは暑くないの?」
「今日ぐらいならまだええのですが、もう少し暑くなってくると上着は脱ぎたくなります」
夜見さんの制服の着こなしはきちっとしている。シャツのボタンも上までしっかり留められリボンも緩みがない。スカートも膝が出る程度の長さになっており、学校紹介のパンフレットに出てくる模範的な生徒って感じだ。
俺はネクタイが苦しく感じるので普段は少し緩めにしているのだけど、先程、部屋を出る際に「ネクタイが緩んでますよ」と夜見さんにしっかり直されてしまったので今日は模範生だ。
学校が近づき生徒の数が増えるが、特にいつもと変わらない様子だ。よくマンガやラノベにあるような「えっ、夜見さんが男子と登校してる」「あの隣にいる冴えない感じの男子だれ?彼氏?」「俺の美月ちゃんの隣と歩くなんて許さん」という好奇心や妬みや怨恨の声は聞こえてこない。
夜見さんが言っていたように意外とみんな他人のことなんて無関心なのかもしれない。
教室に入ったところでそれぞれの席に分かれた。俺の席は窓際の後ろだが、夜見さんは教室の中央のやや前というところだ。
夜見さんが席に着くとすぐに夜見さんの横にやって来たのは暮方茜だ。
暮方さんはうちの高校では珍しいギャル系だ。セミロングの髪は栗色に染められていて途中からウェーブがかかっている。シャツは第二ボタンまで開けられていてリボンもゆるりと垂れている。これだけ胸元が無防備になっているのに胸が大きいから前かがみなったときはその福眼の素晴らしきこと格別である。さらにスカートからはももがしっかりと露出しているから目のやり場に困る。
というのがギャル系が大好きな勝又からの情報だ。けっして俺が普段から暮方さんをそのような目で見ているわけでないことを弁明しておく。
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