夜見さんの正体は……
夜見美月――彼女の銀色の髪はひときわ目を引く。いつも手入れが行き届いておりさらさらでエンジェルリングが輝いている。幼さが少し残っている顔立ちにぱっちりとした碧眼。普段から姿勢がいいからか上品でお嬢様というような雰囲気がある。
そして、彼女の魅力をさらに引き立てているのは彼女の話す京都弁だ。中学までは京都にいたということで今も基本的に京都弁を話す。そのはんなりした言葉に男子生徒諸君のハートは射抜かれ告白者が後を絶たない。
でも、彼女の答えはいつも決まっている。
「うち、今は友達と遊ぶ方が楽しいさかいに彼氏とかは考えとらんのよ。そや、君も今度一緒に遊びに行かへん」
告白する男子生徒の中には、もはやこの言葉を聞きたいがために告白をする者もいるようだ。
さて、そんな銀髪美少女がなぜか引っ越してきたばかりのうちの玄関にいる。
「ごきげんよう、陽さん。うちはあなたの許嫁として派遣されてきました。これからよろしゅうお願いします」
夜見さんは頭を深く下げて丁寧にお辞儀をした。
彼女は何を言っているのだろう。許嫁? 派遣? って何のことだかさっぱりわからない。もしかして、テレビ番組の企画で可愛いクラスメイトがいきなり許嫁として現れたらどういうリアクションをするかというものだろうか。そうだとすれば、気づいていないが部屋の中には隠しカメラがあるに違いない。
「えーと、夜見さん、これって何のドッキリなの? 俺、今日はいろいろあってそういう冗談には付合えないのだけど」
「これはドッキリや冗談ではありまへん。うちは陽さんの許嫁として派遣されたんです。まあ、急にこんなけったいなこと言われて驚くのも無理あらへんけど……、とにかく、説明するさかいあげてもらっていいですか?」
両手をフリフリしながら必死に説明しようとする夜見さんを不覚にも可愛いと思ってしまった。
近所の目もあるし、クラスメイトをこのまま玄関に放置するわけにもいかないので部屋に通すことにした。
「おお、思ったよりいい部屋やわぁ」
「いやいや、夜見さん、これからここに住むみたいなこと言っているけど、ここ俺の部屋だから」
不動産屋と内覧にでも来た様子で部屋を見渡してるので釘を刺す。
「何言ってますの。うちはこれから許嫁としてここで陽さんと一緒に暮らします」
あー、まださっきのドッキリ続いてるんだ。勘弁してくれ。玄関で騒がれても困ると思って家に入れたことを痛烈に後悔する。
ならば、さっき言っていた説明とやらを求めたい。
「そうでした。うちが陽さんの許嫁になったのは、陽さんのおじいさんのおかげなんです。陽さんのおじいさんが近所の稲荷神社に五千日連続で参拝して油揚げを奉納したことで御利益ポイントが溜まってな。許嫁コースが選択できるようになったさかい。そしたら、おじいさんが孫である陽さんに最高の許嫁をとお願いしたんです」
あのじいさん何やってくれてんだよ。たしかに俺が幼いころから毎日お参りしてたのは知ってたし、俺も一緒にお参りしたことも何度だってある。まさか、あれでポイントが溜まるなんて、そんなスーパーやドラッグストアのポイントカードみたいなことがあるのか。しかも、連続五〇〇〇日って十三年以上じゃねーか。
納得してない様子があからさまに出てしまっていたのか、夜見さんは少し困った様子でポケットから一枚の紙を取り出した。そこにはこんなことが書いてあった。
【参拝・奉納御利益コース】
・一〇〇ポイント:恋の応援コース(1回)
・一〇〇〇ポイント:恋の応援コース(無制限)
・五〇〇〇ポイント:許嫁コース
・二〇〇〇〇ポイント:極楽浄土コース
「お参りにはこんなふうに御利益ポイントがあります。一日一ポイントで連続でお参りせなあきまへん。雨の日も風の日も台風の日や体調の優れない日だって欠かすことなく陽さんのおじいさんは参拝して五〇〇〇ポイントを達成しました。これは近年まれにみる記録やなぁ。許嫁コースを選びますと、神さんが全国のキツネ娘の中からその人に一番合う子をマッチングさせます。その結果、陽さんにはうちが選ばれたというわけです」
ん? キツネ娘ってなに? 神様まで出てきて話が壮大になってきた。
それに神様の選択肢がキツネ娘だけって狭くない?
「ああ、そうやった。まだうちの本当の姿見せてなかったわ。陽さん、驚かんといてね」
夜見さんが不安そうな顔でそう言うので、多少の心の準備はしたけど、俺が目の当たりにしたものはちょっとの心の準備でカバーできるものではなかった。
夜見さんの頭からはしゅっとキツネ耳が出てきて。お尻の上の辺りからはフサモフとした髪色と同じ毛の生えた尻尾が出てきた。
このあたりでこれはテレビのドッキリ企画等でないことを理解し始めた。もう、テレビ番組でできるレベルの演出じゃない。ということは夜見さんは本当に人ではなくてキツネ娘ということなのだろう。
「陽さん、どうやろ? 驚いた? それとも怖い?」
「驚きはしたけど、怖くはないよ」
正直言ってかなり驚いている。
大沼荘にトラックが突っ込んでいるときの光景を見た時より驚いている。でも怖いという気持ちは湧いてこなかった。もし、夜見さんが悪いキツネ娘ならこの部屋に招いたところで襲われて殺されていただろう。
「おおきに。この姿見て驚くんは当たり前です。でも、怖がられたり嫌われたりしたらどないしよと思てたんです」
夜見さんの顔から不安の色が消えて一気にニコリとした笑顔が花開いた。
ヤバい、夜見さんのキツネ娘姿を無茶苦茶可愛いと思ってしまった。もともと、夜見さんは可愛いのだが、ピンとして艶やかで柔らかな毛がはえている耳とモフモフの尻尾で愛くるしさが大幅にUP。これだけ可愛いとお茶でも飲みながら何時間でも見ていたいと思ってしまう。
あれ? 俺ってケモ耳属性あったっけ?
でも、それと夜見さんを許嫁として受け入れるかは別の話。
俺はつい数時間前に彼女に振られたばかりで、急に許嫁が出来たとしても気持ちを切り替えるなんてことは出来ない。
いや、俺の中には夜見さんが何らかの方法で元カノに俺を振るように言ったんじゃないかという疑念さえある。そうでなければ、彼女に振られて、下宿先にトラックが突っ込み高級物件に引っ越したと同時に許嫁が現れるなんていうライトノベルみたいなことが起こるはずがない。
「それは違います。陽さんのおじいさんが御利益コースを選択された時にはすでに陽さんは彼女さんとお付き合いをされてました。そないなると、神さんといえど陽さんの不利益になるようなことは出来ません。そやさかい、うちは陽さんのクラスメイトという距離に置かれたんです。そこで陽さんを見守りなさいってことでした」
元カノと付き合いだしたのは三カ月くらい前、夜見さんと同じクラスになったのは二年生になってからだから先月から。でも、これでは夜見さんが彼女に何か働きかけたことを否定するだけの証拠にはならない。
「こないなこと言うんは嫌なんですが、実は彼女さんは浮気してはったんです」
非常に申し訳ないという様子で旅行鞄から一冊のファイルを取り出すと俺に渡した。
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