夜見さんの返信
「さーて、どうすっかな」
スマホのメッセージアプリを起動させたまま俺の手は進まない。
すでに夕食と入浴を済ませリビングのソファーに座りながら勝又への説明をかれこれ数十分考えている。五千日連続で参拝すれば可能だなんてことは言えないし、信じてもらえないだろう。でも、このまま放置して夜見さんに俺のファンタスティック作品がばれるということは何としても避けなければならない。
「陽さん、また難しい顔してはる」
顔を上げるとお風呂上がりの夜見さんが尻尾をタオルで乾かしながら立っていた。ほんのりと上気した桜色の頬と湿っている銀髪が艶っぽい。
彼女が纏う空気は同じシャンプーやボディーソープを使っているはずなのに俺の物とは全く違う。彼女の肌に触れたときにそれらはいったいどんな化学反応をしているのだろう。きっと俺の時とは全く違う化学式が出来ているに違いない。
これ以上一人で考えてもいい解が見つからない気がしていたので、勝又から書店で受け取ったメッセージについて話すことにした。もちろん、ファンタスティック作品の部分は伏せてだ。
「帰ってから何かぼんやり考えてはるなと思っていたんやけど、そないなことやったんですか」
「そないなことって言ったって、路傍の石みたいな俺が夜見さんをどんな風に誘えばいいかなんて思いつかないし……」
「そこが間違うてるんです。だって、今朝、新宿御苑に誘ったのはうちですから。そもそもの起点が違うてるからいい返事が浮かばんのと違いますか?」
たしかに今朝、新宿御苑に行こうと誘ったのは夜見さんだ。でも、それだと勝又は納得するだろうか。下手な答えでファンタスティック作品の流出は避けたい。
「陽さんはいろいろ考えすぎなんです。意外と世の中は他人のことなんて見てへんもんです」
そう言うと、夜見さんはローテブルに置いてあった自身のスマホを操作し始めた。嫌な予感しかしない。
「あのー、夜見さん、何をしていらっしゃるのかしら」
「陽さんの代わりに勝又さんにメッセージを送っています」
言い終えるのと同時に送信したメッセージの画面をへへっというような顔で見せた。
夜見:)夜分に失礼します。今日、書店で私と陽さんが一緒にいたのは陽さんからのお誘いではなく、私から誘ったところになります。要らぬ誤解を与えてしまってすいません。それでは、おやすみなさい。
なんたる事務的文書。誤解を与えたことの謝罪をして、おやすみなさいでこれ以上送ってくるなと暗に言っている。丁寧なようで反論を許さずぴしゃりと押さえつけるようだ。
夜見さんのメッセージ送信から一分と経たず俺のスマホが振動する。おそらく勝又だろう。
勝又:)今、夜見さんから今日の件は夜見さんの方から誘ったという内容が来た……。羨ま死刑だこの野郎。彼女と別れてすぐに別の女の子から誘われるなんて前世でどんだけ徳を積んだ。その徳を俺にもわけろ。
徳を積んだわけではないが御利益のことを考えるとあながち大きくは外れていない。
ちなみに勝又の好みは夜見さんのようなタイプではなくギャル系だ。追及の手が緩いのはそういう理由があるからかもしれない。
「ありがとう、これで勝又の方は大丈夫そうだよ」
「それはよかったです……」
夜見さんの視線が俺の顔を刺している。昼に見つめないようにするって言っていたのにやめて欲しいものだ。でも、視線は俺の目ではなく頬に向けられている気がする。何か付いているのだろうか?
「陽さん、お風呂上りにスキンケアしましたか?」
「スキンケア? 洗顔ならちゃんとお風呂で洗顔フォームを使ってしたけど」
「ちゃいますぇ、化粧水とか美容液とか乳液です。今日みたいに天気ええ日にあれだけ外にいたらちゃんとケアせなあかんよ」
そう言われても今までそんなことしたことないし、そういうものも持っていない。スキンケアってみんなやっているものなの? 女の子はやっているだろうけどさ。俺の周りの男子でつやつやプルンとしたお肌の奴はいない。
「そんなこと言うてますと、染みだらけのお顔になりますよ。ちょっと待っててな」
夜見さんは洗面所から自分のスキンケアグッツを持ってきた。
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