勝又暁という男
俺たちはラテとコーヒーを飲み終わると、駅前の大型書店に行こうということになり、新宿御苑をあとにした。
駅前の大型書店は本館が地下一階から八階、別館は二フロア分の売場があり、地方出身の俺は初めて来たときはその大きさに圧倒された。俺ぐらいのレベルが欲しい本であればだいたいはここにある。電子書籍も利用するが、紙で持っておきたいものもあるし、お店には悪いがちょっと読んでみてから買いたい時もある。
今日は一般文芸やコミック、ライトノベルの売場を回ろうと思っているのだが、夜見さんが俺から離れない。もちろんやましい本を物色するわけではないのでいいのだがちょっと気になる。
「あのー、夜見さん、別に俺に付いてまわらなくても自分の好きな本を探しに行っていいよ」
「でも、また知らん人に声かけられたりしたら、困るさかい」
そう言いながら上目遣いで俺のジャケットをちょこんと摘まむ。
ぐぬぬ、そういうちょっと卑怯な手に出たか。
しかし、夜見さんの言うようにさっきみたいにナンパされるのも困る。さっきはたまたま上手く追い払うことが出来たが、次も上手くいく保障はない。
しかたがないので、二人で一緒に売り場をまわることにした。
俺は一般文芸書も読むが割合としてはライトノベルの方が多い。一方、夜見さんは一般文芸や純文学が多いらしい。純文学は教科書に出てくる文豪の作品くらいは知っているが読んだことがないものが多い。俺にとっては森鴎外などは読んでいると数ページで眠くなってしまう。
「それなら太宰の方がいいかもしれませんね」
太宰治は、走れメロスは教科書で読んだが、何がいいのか当時の俺にはわからなかった。人間失格は読めば読むほど気持ちが沈んでいった記憶しかない。
「太宰は長編もいいですが、うちは短編の方が好きです。これなんかどうです?」
夜見さんは本棚から『お伽草子』という本を取った。
短編集ということで目次には多くの作品名が並んでいるが、その中でも「浦島さん」「カチカチ山」「舌切雀」などは俺も知っているおとぎ話だ。
「おとぎ話を太宰が解釈してリメイクした感じでおもしろいです。うちは特にカチカチ山が好きやわぁ」
そこまで言われてしまうと一度読んでみようという気にはなる。たまには高尚な文学作品に触れインテリ度を上げるのもいいかもしれない。
「面白そうだね。買ってみようかな」
「あっ、この本ならうちが持ってるさかい、部屋帰ったら貸しますよ」
「本当⁉ じゃあ、お願いしようかな」
常にお財布に一抹の不安を抱えている学生としては非常にありがたい提案だ。
手に取っていた文庫本を戻しならがら本屋さんごめんと心の中で呟いていると後ろから聞き覚えのある甲高い特徴的な声が聞こえた。
「あれ? 陽? それに夜見さん?」
振り返ると声の主であるエロ又こと勝又暁がいた。
勝又は俺の学校での唯一の友人といっていい存在で、一年の時から同じクラスである。なぜ、エロ又と呼んでいるかというと、そのまま意味で彼がエロを原動力・エネルギ―として生きているような人間だからだ。古書店を営む彼の実家にはファンタスティック作品も溢れていて、その中で育ったためか、エロに対する異常なる執着心がある。
例えば、学校にある体操着や普段使わない資料集などを入れておく鍵付きの個人ロッカーがあるのだが、勝又のロッカーの中には男子生徒諸君の各種ツボを押さえたファンタスティック作品が詰め込まれており、彼はそれを格安でレンタル・販売しているという悪い奴なのだ。ただ、一部の男子生徒にとっては勝又ロッカーは聖なる地として崇められているらしい。
そして、もう一つ厄介なのが歩くタブロイド紙と呼ばれるところだ。学校中のあらゆる噂やゴシップに精通しており、カースト上位の生徒でさえ、勝又砲というゴシップ情報を恐れている。
「あ、あれ勝又、こんなところで会うなんて奇遇だな」
これは超絶まずい。勝又は俺が元カノと付き合っていたことをもちろん知っている。でも、昨日振られたことはまだ話していないから、勝又から見れば俺が夜見さんと浮気をしているように見えてしまう。いや、悪いように解釈すれば夜見さんが元カノから俺を奪ったというような見出しが躍るかもしれない。
「ああ、確かに奇遇だ。それに陽と夜見さんという組み合わせはもっと奇遇だけどどうしたんだ」
夜見さんが許嫁として派遣されてきたなんてことはもちろん言えないけど、ここで偶然会ったということにするか、それとも俺が誘ってデートしてるってことにするか、どうするよ俺!
「最近面白い本がなくて、困っていたら夜見さんが詳しいみたいだから教えてもらっていたところ」
稚拙なラブコメ主人公が前者の偶然会った場合を選択して、そのあとにヒロインが不機嫌なって面倒くさい展開になることはよくある。だからこそ、俺は逆のパターンを選択する。それにこの内容なら嘘はついていないからあとで責められる心配も少ない。まさに完璧な解答。
「そうか、お前が昨日彼女に振られたって聞いたから、ひどく落ち込んでいるんじゃないかって心配してたけど意外と元気よかった」
えっ⁉ なんで俺が振られたこと知ってるんだ。俺サイドではそのことは夜見さんしかしらないはず。ということは元カノサイドか? 俺の知らないところでクラスのメッセージアプリのグループがあってそこで情報が流れているのか?
「この俺の情報網を舐めてもらっちゃー困るってもんよ。こういう話はどこからともなく漏れるのだよ」
マジかよ。恐るべし勝又砲。でも、この様子なら俺と夜見さんの関係はバレていないようだ。
「たしかに昨日振られたよ。俺みたいなオタクで陰キャな野郎は御免だとさ」
「オタクで陰キャなのは事実だから仕方ないな。俺たちみたいな人種には生きづらい世の中よ。さて、俺はそろそろ用事があるから行くな」
「ああ、じゃあ、明日学校で」
勝又は夜見さんにも軽く手を振ると早足で売場から消えていった。俺と夜見さんのことについては大して興味が無かったのだろう。
しかし、この判断は甘かった。
ポケットに入っていたスマホがブーンと振動して着信を伝えた。普通の着信とは違いなにかゾクッとするようなものを感じたのですぐに表示を見るとメッセージはさっきまでここにいた勝又からだった。
勝又:)どういう風に誘ったら夜見さんと二人きりで書店デートできたかについて詳細なる説明を求めたい。拒否した場合には夜見さんに貴君の所持しているファンタスティック作品を伝える。
さっき、勝又が出て行った出口の方を見ると柱の陰からおぞましいオーラを発している勝又の顔がちらりと見えた。
東雲:)詳細にあっては今夜送る。しばし待たれたい。
勝又:)シンデレラの魔法が解けると同時に貴君の魔法も解ける
つまり、日付が変わる前に送るようにということだ。
「陽さん、急にどないしたの?」
相変わらず、俺のジャケットをちょんと掴んでいる夜見さんが心配そうに聞いてきた。
ここはかっこよく心配には及びませんと言いたいところだがそうはいかない。明日から学校もあることだし、俺たちがどんな感じでクラスで関わるかについてすり合わせをする必要があるようだ。
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