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見つめるのは禁止です

「ねー、ママ見て、こっちのお姉さん――」


 まずい、気づかれたか。後ろから抱きついているとはいえ、尻尾が見えてしまったか。


「お兄さんとぎゅってしてて、すっごくラブラブだね。ママとパパみたい」


 君のママとパパが仲良しで何よりだよ。

 すぐさまやって来たその子のママにすいませんと言われ、女の子は家族のもとに連れていかれた。


「陽さん、もう大丈夫です。ちゃんと隠せました」


 フードを取るとキツネ耳は綺麗に見えなくなっていた。かなり長く感じたけど誰にも気づかれなくてよかった。

 ほっとして緊張が解け、ベンチにどかっと座るとアイスコーヒーを一口飲んだ。恥ずかしくて体が熱くなっているからクールダウンしたい。


「本当におおきにありがとうございます」


 夜見さんもベンチに座りラテに口を付ける。


「いや、俺が夜見さんを一人にしていたのが良くなかったんだ。一人でいればナンパされるぐらいのことは考えておくべきだったよ」


 学校でもかなりモテるのだから街中でナンパは当然されるとは思っていた。ただ、繁華街とかではなくここでされるとは思っていなかったけど。


「さっきの人たちに声かけられて、どないしよと思っていたところに陽さんが助けに来てくれて、なんだかほっとしたら力が抜けて耳と尻尾が出てしまいました」


「フード付きの服でよかったよ。フードがなかったら手で隠すしかないけど、それだと不自然な態勢だからさ。こういう時のためにフード付きしたの?」


「それはあります。うち術を使うの下手でして、万一の時のために普段着はフードが付いている服にしたり、帽子を被るようにしてます。学校は制服なんでさすがに帽子は被れませんから、家にいる時より気を張ってます」


「とにかくよかったよ。ナンパしてる奴も無事に追い払えたし、尻尾が出てる姿を特に見られていないみたいだしさ」


「そういえば、さっきの声を掛けてきはった人たちを追い払う時の陽さん、えらい素敵でしたよ」


 あれを素敵と感じるのなら感覚を改めた方がいい。

 たぶんかっこいい人は堂々とビシッと「俺の彼女に近づいてんじゃねえよ」ぐらいのことをさらりと言えるはずだ。


「うちはそんなオラオラした感じよりも陽さんくらいの方がちょうどええと思いますよ」


 そうやって持ち上げても何も出ませんよ。

 俺の場合はオラオラしたところで外見とそれが合わないから余計におかしくなるだけだろうから、自分の身の丈に合った対応をしたのが一番だったのだろう。


 お世辞だとわかっていてもよいしょされれば、それなりに嬉しくもあるが、恥ずかしくもあり、俺は隣に座っている夜見さんとは反対の方に少し向きを変えた。


「ん? どないしたの?」


 人半分ほどの間隔を取っていたのにぐいぐいと俺の方に近づいてくる。

 夜見さんを見ると恥ずかしくなるから向きを変えたのに近づいてきたら意味ないじゃん。

 あっという間に俺たちの距離はなくなり肩がこつっとぶつかる程度にまでなった。この距離に彼女がいるだけで、さっきの腕を掴まれて密着した時の感覚が蘇り心臓の鼓動が早くなる。


「い、いや、何でもないよ」

「何でもないないならこっち向いてくれへん。そうやって、背中向けられると昨日の夜みたいな感じがして不安になるさかい」


 昨夜のベッドの件は別に夜見さんを不安にさせようとかと思ってしたわけじゃなくて、万が一にも間違いが起きないための予防線のようなつもりだったのだけれど……。


 でも、今日ここへ来たのは夜見さんがお互いのことをもっと知れるようにということで誘ってくれたわけだから、たしかにそっぽを向くような態度はよくなかったのかもしれない。


「ごめん、不安にさせるようなことをして」


 振り返るようにして向きを変えようとしたところ、夜見さんの顔が思ったよりも近くにありドキッとした。その碧い目で見つめられると吸い込まれるようにこちらも彼女から視線を外せない。緊張が高まり無意識のうちに喉が鳴ってしまう。


「どないしたの? そないに見つめられると、なんだか恥ずかしいわぁ」


 いやいや、先に見つめてたのそっちだし。恥ずかしさからいったら俺の方が絶対に上だし。

 夜見さんの言葉で我に返って、再びコーヒーを飲む。

 コーヒーの苦みが恥ずかしさを和らげて、ある種の精神安定剤のような役割を果たしてくれている。


 夜見さんに密着されたり見つめられたりするのは本当に危険だ。昨夜ベッドで言っていたように俺の永久凍土並の理性を一気に溶かしにかかってくる。いつか固く閉ざされている俺の城門は彼女の強力な破城槌によって突破されてしまうのだろうか。そうだとしてもそれまでに心の中で引っかかっているもやもやしたいろいろな気持ちに整理をつける必要はある。


「夜見さん、一つお願いがあるのですか」

「なんですか?」

「えーと、できればあまり俺の方を見つめないでほしいのですが……、あ、いや、見るなとか、夜見さんのことが嫌いだとかという意味ではなくて、そ、その、夜見さんに見つめられると恥ずかしいというか、いつも通りの自分でいられなというか……」


 自らの表現力のなさを恨む。見つめないで欲しいということと俺が夜見さんを拒否しているわけではないということを簡潔に言うだけの言葉が見つからなくてただただしどろもどろになってしまう。


 俺が下手な人形使いが操るマリオネットみたいなジェスチャーで説明していると夜見さんはフフっと悪戯な笑みを浮かべた。


「わかりました。普段は陽さんのことを見ーへんように気を付けます。でも、ドキドキさせたい時とかは存分に陽さんのこと見つめますね」


 あー、それ、わかっているようで、一番わかってないパターンな。

 それから、その悪戯っ子みたいな笑みも可愛すぎるから禁止して欲しい。


― ― ― ― ― ―


 本日も読んでいただき誠にありがとうございます。評価、ブックマークをしていただいた読者の方感謝です。

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