夜見さん、ナンパされる
このお稲荷さん食べるともうスーパーとかで売っているやつは食べられないかも……。まずい、夜見家の味に染められてしまう。というかすでに染められている。
そう思いつつも箸を止めることが出来ず、お稲荷さんを二人で平らげてしまった。
「ご馳走様でした」「お粗末様でした」
いくら美味しかったとはいえ食べ過ぎてしまった感はある。すぐにどこかに行くというのはきついのでちょっとゆっくりするためにもコーヒーとかを買ってこようかと思った。
ちょうどさっき通ったところに緑色の看板にセイレーンが描かれているコーヒーショップがあったのでそこで何か買ってこようかと提案すると夜見さんはラテを希望ということだ。
夜見さんがお財布からお金を出そうとするが、そこはさすがに固辞した。お昼のお弁当を作ってもらったのだからせめてこれくらいは俺が出すということで納得してもらった。
高校生のお財布には決して優しいとは言えないお店だが、まあ、たまにはいいだろう。
夜見さんのラテと俺のアイスコーヒーを買って戻るとまさかの光景が広がっていた。
そう、夜見さんが大学生と思しき男性グループにナンパされいる。
まさかこんなラブコメみたいな展開ある?
「ねー、君、一人で来ているの? 俺たちと一緒にあっちでちょっとお茶でもどう?」
「あ、あの、うちそういうのは困ります」
「えっ、なになに、そのはんなりした感じ。めちゃくちゃ可愛いんだけど。京都出身なの?」
どう見ても夜見さん嫌がってるよな。ノリノリで付いて行くなら止めはしなかったんだけどさ。
「俺の連れになんか用すか?」
こういう時ってどんな風に言うのがいいんだろう。喧嘩腰で言って挑発しても喧嘩できないし、あんまり腰低くして言っても舐められそうだし。仕方なくジト目でちょっと不機嫌そうに言うという中途半端な対応をした。
「あ、陽さん」
夜見さんは俺の姿を見つけるとすぐさま駆け寄ってきて、両腕でぎゅっと俺の右腕を抱きしめた。
当たってる。当たってますよ。むしろわざと当てているのですか⁉ 彼女の女性を感じさせる柔らかな部分が俺の腕を挟み込むように圧迫する。それ以上はやめてください。持っているラテが零れてしまいそうです。
「なんだ、彼氏持ちかよ」
ナンパをしていた奴らはあの二人全然釣り合ってなくねとか言いながら去っていった。その言い分は俺も自覚しているが他人に言われるとちょっと腹が立つ。
「夜見さん、一人にしてごめんね。さっきの人に何かされなかった?」
こちらの問いに口を開かずコクコクと頭を縦に振って答える。
その時、夜見さんの頭からシュッとキツネ耳が出てきて、ズボンのウエストの部分からは尻尾が窮屈そうに顔出し始めている。
まずい、こんなところでキツネ娘の姿になるのダメですよ。行きかう人も多いし、近くの芝生広場には家族連れもたくさんいる。だいたいこういう時って小さな子供が「ママ、あのお姉さん尻尾生えてる」とか言い出して大事になるんだから。
すぐに飲み物を置いて夜見さんの猫耳付きフード被せて耳を隠し、尻尾を隠すために後ろから肩に手をまわして抱き着くような格好になった。
「ひ、陽さん、いきなりどないしたんですか? そない陽さんの方から積極的に……、まだお天道様も高いですよ」
「違うよ。耳と尻尾が出てるんだよ。耳はフードで隠したけど、尻尾は隠すものがなかったからこうしてるだけ」
気づいてないってことは無意識にキツネ娘の姿に戻ったってことか。学校じゃなくてよかった。
「ふぇっ⁉ ほ、ほんまや、危ない危ない……、で、でも、隠せるまでにもう少しかかりそうです」
「えっ、すぐに隠せないの? うちから出る時はすぐに隠せたじゃん」
「普段ならすぐにできるんですが、ちょっと今は……その……、陽さんにぎゅっとされて集中が出来へんのです」
な、なんですと! フードを被っているからこっちからは全くわからないけど夜見さんの顔、今、めっちゃ紅くなっているんじゃないか。いやいやそうじゃない。夜見さんが集中できるように離れれば尻尾が丸見えになってしまうから、しばらくこのままってこと?
公衆の面前でこの状態をキープするなんてこっちも恥ずかしいのだけど。
この羞恥プレイが続くことを宣告されて俺の方も恥ずかしさで背中が熱くなり始めた頃、近くの芝生広場で遊んでいた幼稚園に通っているくらいの女の子がこちらに近づいて来た。
「ねー、ママ見て、こっちのお姉さん――」
まずい、気づかれたか。後ろから抱きついているとはいえ、尻尾が見えてしまったか。
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