鈴木さんヘお礼の電話【夜見視点】
陽さんがお風呂に入ったのを確認してから自分のスマホを持って寝室へと向かった。
これから電話をする相手との会話を少しでも聞こえにくくするために浴室から遠い寝室を選んだ。
登録人数がそれほど多いとはいえない電話帳からすぐに目的の人物である鈴木さんを見つけて、発信ボタンをタッチする。
鈴木さんは東京で一人暮らしを始めるにあたっていろいろと世話をしてくれた人だ。両親からも何かあればそっちでは鈴木さんを頼りなさいと言われている。
「もしもし、夜分遅くにすいません。夜見美月です」
時刻はまだ午後八時台だが、礼儀として断りをいれる。
『おー、みーづきちゃんじゃないの。許嫁とは上手くいってるかい?』
ル〇ン三世が峰不〇子を呼ぶ時のような軽い感じの声が帰って来た。でも、声質はル〇ンのものよりもダンディなイケボである。
「一応、今のところは追い出されずにすんでます。これも鈴木さんのおかげです。今回のことはほんまおおきにありがとうございます」
御利益達成のための計画で実動的に動いてくれたのが鈴木さんだった。この部屋の手配、大沼荘の大家さんへの事前の根回し、他の住民の引越し先、突っ込んだトラック関係、陽さんの引越作業などなど、一連の手配はすべて鈴木さんの指示のもとに進められてきたものだった。
『そんな、お礼なんていいんですよ。美月ちゃんの御父上からも今回のことについてくれぐれもよろしくと言われていますからね。僕としても気合いを入れてやらせてもらったってところですから』
やはり、父親のことが出てくる。
当たり前だ。鈴木さんだってうちのために働いたって何の得にもならない。父親に恩を売っておいた方がいつか役に立つ可能性がある。
『それにしても、追い出されずにすんだなんて、だいたい美月ちゃんが許嫁として来て、追い出すような男なんでいないでしょ』
「そんなことありまへん。やっぱり、タイミングがタイミングやさかい。なかなか、うちをすぐには受入れてくれんようです」
『まあ、たしかにそれはあるかもね。でもね、彼がそんな辛い時だからこそ美月ちゃんが彼を支えれば必ずうまくいくと思うよ』
「はい、鈴木さんのご協力を無駄にすることがないよう気張ります」
『ああ、その意気だね。でも、困ったことがあれば僕にすぐに相談していつでも力になるからね』
「おおきにありがとうございます。それでは夜も遅いのでそろそろ切りますね。おやすみなさい」
『こちらこそ、おやすみ』
ふーっと、息を吐き、天井を見る。
陽さんが振られるのを待って、そのタイミングで許嫁として現れるって、どう見ても嫌な女でしかあらへん。陽さんがすぐに受け入れられなくてもそれは当然。それにうちは普通の人やない。嫌われなかっただけでも御の字や。
でも、陽さんはうちのこと好きとも嫌いとも言うてくれへんし、ここに居てもいいとも帰れとも言わへん……。うちのことどう思っているんやろ。
宙ぶらりんな今の自分に不安になりながらスーツケースを開けて荷物整理を始めた。
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