不幸は重なるもの
『私たちもう終わりにしましょう』
俺の名前は東雲陽。
高校二年生だ。
俺は今、生まれて初めて付合った彼女から無情のお別れ通告を受けている。
スマホのスピーカーから聞こえてきたその言葉を頭の中で三度復唱してやっと自分が振られたことがわかった。
ゴールデンウィーク最後の土曜日の今日は彼女とデートの予定だった。
待ち合わせ場所に時間を過ぎても現れないので心配して電話をかけたのに別れ話を切り出されるってどういうことなのだろう。
「ど、どうしたの? 急にそんなこと言われても理由わからないんだけど」
『やっぱり、私無理なの陽みたいにオタクで陰キャで変に理屈っぽい人』
ついさっきまで彼女だと思っていた子から浴びせられる侮蔑の言葉。
なんで? どうして? という思いだけが自分の中をぐるぐると支配していく。
「えっ⁉ たしかに俺は陽キャじゃないけど、俺のそんなところを含めて好きになってくれたんじゃないの?」
『ううん、付合っていくうちに変わってくるかなと思っていたんだけど、やっぱり変わらなかったから。だから、もう終わりにしたいの。これで私たちの関係はお終い。一応、クラスでは最低限の会話はしてあげるけど、それ以上は話しかけてこないでね』
彼女からの一方的な通告が終了すると同時に電話はプツリと切れて、こちらから再度かけようとしても着信拒否されているようで繋がらなかった。
「まじかよ。なんで……」
彼女、いや、今しがた振られたので元カノとは高校に入学してから出会った。
俺の一目惚れだったけどヘタレな俺はすぐに告白したり遊びに誘ったりすることは出来ず、少しずつ少しずつ距離を詰め、年明けにやっと告白にたどり着くことだ出来た。友人からは外堀を埋めているつもりが本丸まで埋まっていると言われたほどだ。
しかし、付合って三カ月にして一方的に終わりを迎えた。昔から三カ月目は一つの関門なんて言うがまさにその通りだった。
自分の何がそこまで悪かったのかがわからなかった。努めて紳士に、それでいて会話も弾ませようといろいろとネタを仕込んだりしながら彼女が楽しんでくれるように頑張ったつもりだった。
考えれば考えるほどどうして振られたのかがわからなくなり目の奥や背中が熱くなるのを感じた。それでも何とか堪えることが出来たのはここがターミナル駅の駅前広場だったからだ。
もし自分の下宿でこの電話を受けていたらこみ上げてくる嗚咽を押さえることができず、口からエイリアンでも産み出しているのではと心配した隣人が救急車を呼ぶほど泣いたかもしれない。
少しばかりの羞恥心を握りしめてなんとか広場の隅に立ち、意識的に気持ちを落着かせようと呼吸をすることに集中して冷静を保った。
広場にはさっきまでの俺と同じように待ち合わせをしているカップルの片割れと思われる人が多くいる。彼らが彼女と腕を組みながら街に繰り出していく姿を見ることはとても今の俺に耐えられるものではない。
今ここにオレンジ色のボールが七つあって願いを叶えてくれるドラゴンを召喚できるなら、願いは一つ、リア充爆ぜろだ。
あー、マジで死にたい。振られたことはショックだ。でも、連休が明けたら同じクラスの元カノとは嫌でも顔を合わすことになる。どんな顔をすればいい?
とにかく一刻も早くここから立ち去らねば、正常な精神を保てないと思って、若干の眩暈をもよおしながらもよたよたと歩いて、自分の住んでいる下宿へと戻った。
しかし、不幸とは弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂というように重なるもののようだ。
「うそだろ……」
俺が一人暮らしをしている下宿先の大沼荘にトラックが突っ込んでいる。
もともと、かなり古い建物でトイレを流せば隣の部屋どころではなく、建物全体に音が轟くほど壁は薄く、アメフト選手が五人くらいでタックルすれば倒壊してしまいそうなほどボロイ。
そんな大沼荘にトラックが突っ込めば今は倒壊こそしていないもののいつ倒壊するかわからない。
大沼荘の前には住人や大家さんが警察の事故処理の様子を呆然と見ている。
大家さんに声を掛け、外出していて無事だったことを伝えた。
大家さんは今日から住む場所が無くて困るだろうからと、近くの別の物件にすぐに移っていいと告げてくれた。。
こんなことになって大変な時に下宿人のことを心配してくれるなんて大変ありがたいことだ。感情の起伏がおかしくなっている俺は大家さんの前でも涙を流してしまった。
あと、不幸中の幸いだったのはトラックが突っ込んだ部屋が空き部屋で、けが人はいなく、俺の部屋の中の物も被害が無かったことだ。
そして、一時間もしないうちに誰が手配したのかわからないが、引越し業者と名乗る人たちがあっという間に俺の荷物を運び出し、徒歩圏内にある新しい物件へと引っ越し作業を始めた。
連休終盤の土曜日という引越し業者が忙しそうなときに急遽手配が可能だった業者だからだろうか、聞いたこともない社名だ。リーダーのように指示を出している人は金色の短髪に耳にはピアスが三つ以上、指にはゴールドやシルバーの指輪までしている。普段は絶対にこの仕事をしている感じではない。高価な物はないが無事に引越し先まで荷物を運んでくれるか心配だ。
俺も教えられた新しい物件の住所をスマホに入力して徒歩で新居へと向かったのだが、明らかにおんぼろの大沼荘の代わりというような物件ではなかった。
駅から徒歩五分、七階建ての鉄筋コンクリートのマンションで築三年。オートロックに宅配ボックス付き。
大沼荘では六畳一間のような部屋だったのに四十五平米超の1LDKである。もちろん、風呂・トイレ別で日当たりも良好。さらにシューズインクローゼットに納戸付き。
おなじ大家の物件とは思えない。賃料は前と同じでいいと言っていたが、どう考えても十倍くらい違う気がする。
荷物の運び込みはあっという間に終わり、運送屋が帰ると急に広くなった我が家は落ち着かない。もともと大した荷物の量ではなかったので部屋がすかすかだ。
彼女に振られたショックは下宿にトラックが突っ込んでいるというあまりにショッキングな光景に幾分中和されていた。きっとアドレナリンが多く出て、振られた感傷に浸かっている場合ではなかったからだろう。
運び込まれた荷物を整理しようとするとピンポーンとインターホンが鳴った。
もう新聞や宗教の勧誘が来たのだろうか。それならさっきの怪しい運送業者が情報を流したに違いない。
来客なんてあるはずがないと無視を決め込んでいるとピンポーンと再びインターホンが鳴る。
面倒くさいが何度も鳴らされてはこちらもイライラが募ると思って玄関を開けてしまった。
そこにはクラスメイトの夜見美月さんが旅行鞄とスーツケースを持って立っていた。
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