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「新型の三式狙撃銃『グレーファー』、素晴らしいですね。私も一度使用させていただきましたが、大気中にある魔力を圧縮して装填するだけであれほどの威力が出るとは。これで、未だに抵抗を続ける義勇軍を一掃できそうです」
「そうですか」
殺風景な部屋であった。
広さはおよそ三メートル四方。内蔵された魔石で稼働する魔灯で照らし出された室内には、中央に置かれた木製のテーブルと椅子が二脚しか置かれていない。
部屋は地下に位置するため窓はなく、出入り口も一つしか存在しない。
他者をもてなすには適していないが、後ろ暗い取引を行うにはちょうどいい部屋であった。
こちらの機嫌を取ろうとする男性を冷たくあしらう。
取り付く島もない態度に気分を害したのか、男性の眉がピクリと動いた。
ザルグレン王国の第四王子である彼にとって、王族ではなく商人である私に対等な口を利かれるのが内心我慢ならないことなのだろう。机の上に置かれた拳が震えていた。
「品物に満足いただけたようですね。では、当初お話した通り対価としてザルグレン金貨五百枚をいただきます」
「……分かりました。こちらが金貨五百枚になります」
ザルグレン王国において金貨五百枚は国家予算二年分にも及ぶ大金である。
本来であればぼったくりにもほどがある値段だ。だが、ザルグレン王国では現在、王軍と圧政を引く国王を打倒し民主的な国家に改革しようと義勇軍が衝突しており、各地で王軍対義勇軍の戦争が毎日のように繰り返されていた。
戦況は義勇軍優勢で進んでおり、王軍が敗北し国王や王族が殺されるのも時間の問題であった。
だからこそ、戦局をひっくり返すことのできる武器ならば国家予算二年分のお金を支払って買ってくれる。
死の商人として活動する私にとっては、とてもよい鴨であった。
机の上に置かれた大量の金貨に手を伸ばす――と、私の額に銃口が突き付けられた。
掌に収まる大きさのそれは、二年前に開発して販売した二式自動拳銃『ガラライバ』。別売りの魔力カートリッジを装填することで魔力の弾丸を放てる、今なお人気の一品であった。
「なんのつもりですか、第四王子」
「いやなに、やはり金貨五百枚は法外すぎる値段だと思いましてね。ですから少しばかり値段を割り引いていただこうかと。具体的には全て無料にし、さらには貴女がお持ちの武器全てをいただきたいと」
下劣な笑みを浮かべた第四王子の要求。
感情を隠し切れない時点で王族の中でも出来損ないだと思っていたが、このような暴挙に出るとは想定よりももっと出来が悪かったようだ。
死の商人とはいえ、護衛を一人も連れていない女であれば銃で脅せば簡単に言うことをきかせることができると判断したのだろうが――馬鹿だろうか。
「どうしましたか? 早く返答していただかないと、疲れてしまった指が引き金を引いてしまいますよ」
「女性一人、格好の餌食とでも思ったのでしょうが……こうは考えなかったのですか? 私が一人で活動しているのは、貴方のような輩が現れたとしても私一人の力でどうとでもなるからだと――現に、貴方はもう無力化されていますし」
「は――はぁ!?」
指を鳴らし、操作していた男性の認識を元に戻す。
私に銃を突きつけ圧倒的優位に立っていたと現実を誤認していた男性は、自分の今の姿を――無様に身体を丸めて私の椅子になっている姿を認識し、驚愕の声をあげた。
私が行ったことは簡単なことであった。
第四王子が銃を突きつけた瞬間に記憶と認識へ干渉し、椅子になるよう操っただけだ。
第四王子は身体を起こそうとするが、身体を一切動かすことができずにいる。
脳から発せられる『起き上がれ』という命令を『その場から動くな』という命令に書き換えたので、当然のことであった。
「き、貴様ッ! 第四王子である私の上に座るなど許されることでは――」
「別に貴方に許されなくても構いません。それより、取引は反故にされましたのでグレーファーは後ほど部下に回収させに行かせますので。私は死の商人、対価を支払っていただけないお客様にお売りする商品はありませんから」
「回収などできるものか! 試作品として受け取った新型の三式狙撃銃『グレーファー』百丁はすでに最前線で義勇軍と戦う部隊に配備したのだからな!」
「そうだろうとは思っていました。なので、私も念のために手を打たせていただいています」
第四王子の眼前に、一枚の用紙を突き付ける。
記されているのは新型の三式狙撃銃『グレーファー』の購入記録。購入者の名前はエビル・タッカー。義勇軍のリーダーであった。
「つい先日、義勇軍にも新型の三式狙撃銃『グレーファー』を二百丁お売りしました。あちらは即金で金貨千枚を支払っていただけましたので円滑に。これで王軍を一掃することができると大変喜んでいらっしゃいましたよ」
義勇軍にはザルグレン王国内外から幾つものスポンサーがついているため、資金は潤沢なのだろう。国家予算の四年分のお金をあっさりと支払ってくれた。
「貴様――なんてことをしたんだッ!」
「私は商人。対価さえ支払っていただければ誰にでも商品をお売りします。では、これ以上この場にいても益がないので失礼いたします。王軍にお貸ししたグレーファーは敗北した王軍から回収しますので」
喚く第四王子を無視し、狭い部屋を後にした。
これが死の商人として活動する私――ハリィンの日常であった。
―――
大陸は戦火に包まれていた。
侵略、内紛、革命――あらゆる諍いが大陸の至るところで発生し、今やこの大陸に平和な場所など存在しなかった。
人類が悪魔に勝利してから数百年間、大陸ではほんの数回ほど国同士の戦争が発生した程度で、革命や内紛といったものは発生したことはなかった。より正確に言えば、発生しかけたことはあったが事態が大きくなるよりも前に鎮圧されていた。
大陸でこれまで大きな戦争や内紛などが発生しなかった理由は、魔力であった。
ジュネリウス王国において魔力を持ち魔法を扱うことができるのは貴族だけであるが、これは他の王国や帝国においても同じであり、魔力を持つ人間の身分は高く、魔力を持たない人間の身分は低い。
そのため、身分が低いものが内紛や革命を起こそうとしても魔法を前には成す術もなく敗北し、鎮圧されてしまっていた。
魔力の有無で身分が変わる世界に変革をもたらすには、魔力がなければならない。
これがこれまでの大陸における常識であり、大陸で大きな内紛や革命が発生しなかった理由であった――しかし、その常識はほんの三年前位に崩壊した。
大陸の各地で突如として現れた新たな武器が――大気中にある魔力を吸収する機能を兼ね備えた武器が、大陸における戦いの常識を覆したのだ。
その武器が持つ特徴は、大きく二つあった。
一つは、大気中の微量な魔力を吸収し圧縮することで魔法と遜色ない威力の弾丸を打ち出すことができること。もう一つが、魔力を持たない人間であっても扱えることであった。
常識が覆り、虐げられていた者たちが抗う力を手に入れた。
始まるのは歴史の中で積み重ねられてきた痛みへの報復活動。
様々な国で王族や貴族の圧政に不満を抱いていた市民が革命軍や義勇軍を結成して国家に反逆し、内紛や革命が各地で勃発した。
更に、これまで大きな戦力を有しておらず他国から搾取されるばかりであった小国が他国の侵略戦争へと乗りだした。
戦争が戦争を呼び、憎悪が新たな憎悪を生み出す。
各地で燻っていた火種が燃料をえて燃え盛り、大陸全土へとあっと言う間に広がった。
――これらがハリィンというただ一人の少女の手によって引き起こされた事態であるということを知る人間は、誰もいない。