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ジュリネリウス王国には死刑が適用される犯罪が二つだけ存在する。
一つ目は国家反逆罪や外観誘致罪といった、ジュリネリウス王国そのものを危険に晒した場合。もう一つが『聖女』の地位にある人物を不当に虐げた場合である。
これらの罪を犯した者は、同様の犯罪が発生しないよう見せしめとして、王都の中心部にあるハーメルン広場にて処刑されることが定められていた。
それは罪を犯したのが四大貴族である公爵家の令嬢であっても、例外ではない。
「――これより、大罪人ハリィン・マクウィルの処刑を開始する」
広場は異様な熱気に包まれていた。
聖女を不当に虐げた大罪人の処刑日時が民衆に知らせられたのはほんの半日前にも関わらず、広場は大勢の人々で溢れかえっており、その誰もが大罪人であるハリィン・マクウィルが一刻も早く無残に処刑されろと叫び声をあげている。
大勢の人々の怒声と殺意が明確な物量となり、広場に急遽設営された断頭台に立つ私へ叩きつけられる。何万人もの憎悪と殺意を浴びせされ、私の身体は無意識に震えた。
身体の震えを処刑されることへの恐怖と受け取ったのか、私を拘束する縄を持つ騎士が馬鹿にした声音で吐き捨てる。
「今さら自分が犯した罪の重さに気付いても遅いぞ、悪女。今この王国に住む者で貴様の処刑を望まないものなどいないのだからな。聖女様を傷つけた罪は、その命で贖え」
その言葉に、私は何も答えなかった。
最早私には、そんな気力など残されていなかったからだ。
結局、私は己の死刑を回避することは叶わなかった。
アメリアの演技に騙されたアレックスが国王に私の処刑を一刻も早く執り行うよう進言すると言い残し牢獄を後にした、あの後。
私へ行われていた取り調べは全て中止となり、半日後に民衆の前で処刑が行われることが決定し――私はそれを牢獄へ現れたジュリネリウス王国国王であるバルバレッド・フォン・ジュリネリウスより告げられた。
賢明な国王であれば私の証言を真剣に受け止め、処刑を中止し再調査を行ってくれるかもしれないという私の考えは脆く崩れた。そしてその理由を、国王が告げた言葉で私は全てを理解した。
――ハリィン・マクウィル公爵令嬢よ。王国の安寧のための礎となってくれ。
国王は知っていたのだ。私がアメリアを虐げてなどいないことを、アレックスやロベルトがアメリアに騙されていることを、私を処刑しようとする一連の騒動が全てアメリアに仕組まれたものであることを。
その上で国王は私の処刑を許可した。それがジュリネリウス王国において最も良い選択であると判断したからだ。
第一王子の婚約者であるハリィン・マクウィルが平民の聖女を虐げるという大罪を犯したという事実は、王族や貴族に対する市民の印象を酷く悪化させるものだ。元々、平民と貴族の仲は良くないため、事態が下手に転がれば内紛が発生しかねない。
故に国王は公爵令嬢ではあるが大罪を犯した私を速やかに処刑することで、例え貴族であっても法を犯せば罰を受けるということと、例え平民であろうとも王国は聖女を丁重に扱う姿勢であることを民衆に示そうとしているのだ。
国王にとって都合がよかったのは、私が公爵家の中でも敵が多く立場が悪いため、処刑したとしてもマクウィル公爵家との関係が悪くならないことだろう。むしろ、邪魔な娘を殺してくれて助かったと、父親や後妻や義弟は喜ぶかもしれない。
ハリィン・マクウィルという悪役令嬢を民衆の不満や怒りの捌け口にすることで、民衆のガス抜きを行い内紛の芽が育たないようにする――それが国王の選択であった。
だから、処刑を許可した国王に対して不遜な感情を抱くのはお門違いである。だが――
「さっさとこっちへ来い、大罪人」
身体を拘束する縄を引っ張られ、よろけるようにして歩く。
処刑用として用意された断頭台は、人一人の首を切り落とすにはとても仰々しく、広場から少し離れた大通りからでも見ることができる大きさであった。
この処刑を徹底的に見世物にしようという、国王の思惑が透けて見えた。
頭髪を乱暴に掴まれ、私の首が固定される。
視線を頭上に向けることができないが、民衆の視線が徐々に上に上がっていることから、ゆっくりと刃が持ち上げられているのだと分かる。
彼らの瞳に宿っているのは、愉悦と興奮。
聖女を虐げた貴族が無様に処刑される瞬間を今か今かと待ちわびているその姿は、まるで誕生日を待つ子供のようであった。
誕生日のプレゼントが私の死など、全く笑えたものではないが。
「…………」
聖女は今、どこにいるのだろうか。
悪役令嬢である私が処刑される瞬間を今か今かと待ちわびているのか、あるいは処刑が執行さre
ることが確定した時点で興味を失い第一王子などの取り巻き達に囲まれ楽しく遊んでいるのか――私には分からない。
「…………けるな」
僅か十五年の人生であった。幸せだった時期は母親が生きていた五歳までで、そこから先は幸福よりも苦痛の方が多かった。第一王子の婚約者としての教育と公爵家の令嬢としての教育で自由な時間などほとんどなく、睡眠時間でさえ満足に取れなかった。
「…………ふざけるな」
縋りつきたくなる人生ではなかった。
やり残したことややりたいことは掌から零れ落ちるほどにあるが、それらは公爵家の令嬢として生まれ第一王子の婚約者となったときに全て捨てた。だから、この生に未練はない。
だからここで処刑されたとしても別に構わない――そんなわけが、ないだろう。
「――ふざけるなッ!」
私の人生は確かに幸福ではなかった。
死んでしまいたいと思ったことは一度や二度ではなく、投げ出してしまいたいと考えたことも数えきれないほどあった。けれどそれでも投げ出さなかったのは、公爵令嬢であり第一王子の婚約者である私に課せられた義務であり、果たすべき責務だったからだ。
この王国では人は生まれながらにして人生の大半が決まっている。
平民か貴族かで大きく人生は変わり、貴族であっても家格で人生は変わる。
それを理解していたからこそ、公爵家の令嬢として、第一王子の婚約者にとして、その立場に見合う人間になろうと努力した。
才能に胡坐をかかず、立場に甘えず、己を律し続け十五年の人生を歩んできた。
その私の人生が。
大切に積み重ねてきた十五年もの日々が。
――これほど理不尽に奪われていいわけがないだろう。
私はこの時、初めて全てを憎悪した。
無実の罪で陥れた聖女アメリア。私の証言を信じない婚約者のアレックスや義弟、ジュリネリウス王国の安寧のために私を切り捨てた国王、なにも知らないくせに十五歳の少女が処刑されることを喜ぶ民衆。
――私が積み上げてきた全てを奪うこの世界を、激しく憎んだ。
不幸になってしまえと、滅んでしまえと――私と同じように理不尽に全てを奪われて死んでしまえと。
喉が張り裂けるほどの絶叫で、呪詛を吐き捨てた。
瞬間、首筋に名状しがたいほどの激痛が走り、私の意識は消し飛んだ。
それが『死』であることを理解することができないままに、絶命した。
今わの際に吐き捨てた呪いの言葉は、民衆の興奮した声に飲み込まれて消えた。