表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

1/6

「ハリィン・マクウィル公爵令嬢。聖女アメリアを不当に虐げた貴女は私の婚約者に相応しくない。故に、私はこの場で貴女との婚約破棄を宣言させてもらう。また、王国にて神聖である聖女に危害を加えた罪で貴女を連行する」


大陸で五指に入るほど巨大な王国であるジュリネリウス王国。その首都であるジュリネールにある王立アジュベール学園。

数百年前、大陸に現れた魔王と配下である数多の魔王を封印し世界を救ったとされる初代聖女の名を冠したこの学園では現在、創立記念パーティーが行われていた。


テーブルの上には豪華な食事が並べられており、生徒たちは煌びやかな衣装に身を包んで楽しそうに食事をし、会話を交わしていた。

年に一度開かれるこのパーティーは学園内にある複数の講堂で同時に開かれており、学園に在籍しているものであれば学年関係なく参加することができる。


普段交流のない上級生や高位貴族と繋がりを結んでおきたい者、婚約者との関係を深めようとする者、純粋に初代聖女に敬意を捧げパーティーを楽しむ者。

色々な感情と思惑が飛び交うパーティーの中で、ここ第一講堂の会場だけが異様な雰囲気に包まれていた。その理由は、会場に現れた王国の第一王子であり婚約者であるアレックス・フォン・ジュリネリウスが、唐突に先程の言葉を私へとぶつけたからであった。


つい先ほどまで私と話をしていた学生が不穏な空気を感じ取り、傍を離れていた。

私――マクウィル公爵家長女であるハリィン・マクウィルは、婚約者と正面から向き合う。

国民の婦女子がその美しさに言葉を失ってしまうと言われている、澄んだ海を思わせるブルーライトの瞳が真っ直ぐに私を射貫く。


「アレックス様。私が聖女様を虐げたとは一体どういう意味ですか?」

「しらを切るつもりか? 貴方が聖女であるアメリアを出自が平民だからと不当に虐げていたことはすでに判明している。我が国では聖女に危害を加えることは大罪だ。四大貴族であるマクウィル公爵家の令嬢であり、私の婚約者である貴女がそんなことを行うとは……失望した」


大陸ではかつて大陸を席巻していた悪魔を一掃し人類を救った聖女が信仰されており、特に聖女の出身国であったジュリネリウス王国では『聖女』という特殊な身分が作られるほどに神聖視されている。また、聖女と同じ『聖属性』の魔力を有する者が現れた時は保護され、聖女の地位に就く者を不当に虐げた者は国王であろうと処刑される法律まで存在する。


アレックスは、私がその禁忌ともいえる罪を犯したのだと言っているのだ。

だが、当然ながら聖女を虐げたことなど一度もない。


「待ってください。私は一度たりとも聖女様を虐げたりなどしていません」

「見苦しいぞ、ハリィン。貴女がアメリアを虐めていたのを多くの人が目撃し、さらには幾つもの証拠が存在する。何より――聖女アメリアが、貴女に不当に虐げられたと訴えているのだ」

「聖女様が?」


アレックスに寄り添うようにして立つ少女へと視線を移す。

ふわふわとした柔らかそうな金髪、あどけない顔立ち、女性としてはまだ発展途上の身体。

少女と女性の間で揺れ動く者が持つ独特の魅力を放つ聖女――アメリアである。

本来は魔法を扱うことができない平民でありながら聖属性の魔力に目覚めた少女であり、その天真爛漫な言動と愛らしい容姿から平民と貴族の両方から支持されている。

本来であれば第一王子であるアレックスの隣に平民が立つことはできないが、アメリアは聖女であるためそれが許されていた。


私の視線を受けたアメリアが小動物のように身体をビクリと揺らし、縋るようにアレックスへと触れる。

自分を虐げる相手に恐怖し信頼できる相手に縋る――そんな庇護欲をそそる聖女の行動に、アレックスが瞳を和らげた。

憤怒とは異なる熱量が込められたその瞳に、私は理解する。

アレックスが憤怒に塗れた瞳を私へと向けるのは、聖女という神聖視された存在を虐げた大罪人だからではなく、好意を抱いている女性を傷つけた敵だからであると。

王族の地位をより盤石なものとするために結ばれた婚約であるため、私とアレックスの間に恋愛感情はない。だが、十年近い年月をそれなりに近い距離で過ごしてきた相手が女性に恋をしている姿を初めて目撃し、私は場違いにも驚いてしまった。


「アレックス様……」

「大丈夫だよ、アメリア。君のことは必ず僕が守るから」

「――殿下、そこは『私たちが』が適切です。我々もアメリアを傷つけているあの大罪人を断罪するために、方々を駆けまわったのですから」


蕩けるような声音でアメリアの不安を和らげようとするアレックスの背後から、冷ややかな声がかけられる。


アレックスの後ろに立っていたのは、三名の男性であった。

宰相の息子であり学園トップの成績を叩きだしている秀才、ベリンガー・ウィンウェン。

騎士団長の息子であり僅か十歳で騎士団の入団試験を突破した天才、ベック・ロー。

マクウィル公爵の後妻の息子にして新たな魔法式を学生でありながら開発している鬼才、ロベルト・マクウィル。


学園内で聖女と共にいるところを何度も目撃したことのある彼らは、皆一様に私を親の仇かのように睨み据えてくる。

後妻の息子であり魔法以外の全てにおいて私よりも劣っていると周囲から言われ続けているため私を敵視していた義弟の視線が、いつからか殺意に変化したと感じていたのだが、その原因はこれだったようだ。


「すまないベリンガー。怯えるアメリアをどうしても安心させたくてね」

「理解はしています。ですが、本当にアメリアを安心させたいのであれば、諸悪の根源であるあの悪女を断罪してしまうのが、一番よろしいかと思います」

「そうだね。アメリアのためにも終わらせよう」


会話に口を挟まずにいたら、いつの間にか私が聖女を虐げた大罪人であることが前提で話が進んでいた。これは非常に不味い。

私の否定など、聖女の取り巻きと化している彼らにとって聖女を虐げた張本人が吐く嘘でしかないのだ。彼らにとって、アメリアの発言だけが事実となる。そして、第一王子や宰相の息子が堂々と発言した内容は、立場故の信用も相まって事実でなくともあっと言う間に事実として伝播していく。

いつの間にか私とアレックス達を遠巻きに囲んだ観衆たちから向けられる視線が刺々しいものへと変化していく。否定できる何かを早く提示なければ、最悪の事態になりかねない。


「アレックス様。マクウィル公爵家の名にかけて、私は聖女様を虐げてなどいません。そもそも、聖女様はほとんどの時間をアレックス様や義弟と共に過ごされていたはずです。ほとんどない一人になるタイミングを的確に狙って虐げるなど、できるわけがありません」

「言い訳が見苦しいぞ、姉上」


義弟であるロベルト・マクウィルが一歩前へと出る。

腹違いの弟から向けられる視線は誰よりも鋭く、殺意に満ちている。周囲から姉と比べられ続けた劣等感と最愛の女性を傷つけられた怒りが綯交ぜになり、暗く澱んだ感情を形作っている。


「別に言い訳などしていません、ロベルト」

「僕の名前を呼ぶな、犯罪者が。姉上、貴女には公爵家専属の影とは別に、民間の影を雇っているだろう。そいつらを捕らえることはできなかったが、その影をアメリアにつけさせていれば一人になった瞬間など簡単に分かるはずだし、それを利用することでアメリアを人気のない場所に誘導することもできたはずだ」

「……彼らを追っていたのは貴方だったんですね、ロベルト」


確かに、ロベルトのいう通り民間の影と一週間ほど前まで契約を結んでいたし、彼らの力を借りればアメリアが一人になったタイミングを知り虐めを行うことは不可能ではない。

だが、私が自分で民間の影を雇っていたのは、偏にマクウィル公爵家の主であり父でもあるガンダレッド・マクウィル公爵が不穏な動きを見せていたからだ。


日頃から無理矢理親に結婚させられた相手の子供である私を毛嫌いしている父親が怪しい動きをしていたため、自衛のために契約していただけに過ぎない。

その契約を解約したのは、私が雇った影を探る何者かが現れ彼らの生命が危険に晒されたため、安全を確保するために国外へ逃がしたからなのだが――私にそれを説明することはできない。


父親に不信を抱き影を雇っていたなど外聞のいい話ではないし、何より私の影を探っていたのが義弟たちであるのならば、彼らに危害が加えられないよう下手なことは口にできない。しかし、この場でロベルトに何も返さないのも不味い。


聖女を虐げたという嫌疑をかけられた私にその犯行を可能にする手段があった。その手段が行使されたかどうかは関係なく、手段を有しているというだけで疑いの目は強くなる。

第一王子たちはすでに私を犯人であると決めつけているためその考えを変えるのは難しい。しかし、これで観衆全員にも犯人だと断定されてしまえば、真実でなくともそれが事実とされてしまう。


思考を走らせ自身の無実を証明できる証拠はないか考え、一つ思いついた。


「……アレックス様、聖女様が実際に虐められたとされるのは、いつですか?」

「なに?」

「聖女様が虐められた日がいつ、可能であれば何時ごろかも教えてくださいませんか? そしてもし、その時間帯に私が現場とは異なる場所にいたことが証明できたならば、私は犯行を行っていないと証明できると思いまして」

「まだ足掻くか……いいだろう。そこまで罪を認めようとしないのならば、逆に貴女以外に犯人は存在しないという証拠を突き付けよう」


アレックスは淡々とアメリアが虐めにあった日時とその内容を告げた。


光の月、五。学園内にある噴水にアメリアの教科書及び私物が投げ捨てられているのを発見。現場付近にてハリィンと思しき人影の目撃証言あり。


光の月、十八。アメリアが階段より転落。現場を検証した結果、脚を踏み外した事故ではなく何者かに押されて落下したと判明。現場付近にてハリィンと思しき人影の目撃証言あり。


光の月、二十五。寮にあるアメリアの私室に何者かが侵入。設置式の罠が幾つも仕掛けられていたのを発見。現場にてハリィンの私物と思しき物証を発見。


アレックスが行われた犯行を読み上げるにつれ、観衆の眼が険しいものになっていく。

例え自分より高位の貴族であろうとも、聖女を傷つけた者を王国民は決して許しはしない。

幼い頃から聖女信仰とでもいうべき教育を受けている彼らの反応は、当然のものであった。

公爵家の立場を利用して他の国へ何度も赴いたことのある私はそこまで聖女信仰に染まってはいない。だが、その私の特殊性もこの場では裏目に出ていた。


聖女を虐げたと疑われながらも取り乱すこともなく冷静に対応している――その振る舞い自体が、私を犯人のように見せてしまっている。

私の言動全てが裏目に出ている気がしないでもないが――アレックスが犯行日時を告げてくれたおかげで、ようやく突破口を見いだせた。


彼が告げた犯行日時の全てに、私は明確なアリバイがあった。


「アレックス様、ただいま読み上げられた日時の全てにおいて、私は学園ではなく別の場所におりました。自宅にいた日もありますが、王立図書館を利用したり、国外へ赴いたり、パーティーに参加したりしておりましたので、記録を調べていただければ私には犯行が不可能であることがすぐに証明できるかと――」

「――残念ですが、それはできません」


私の言葉を遮ったのは、ベリンガー・ウィンウェンであった。

冷徹な眼差しをした彼に、嫌な予感を覚えた。


「どうしてできないのですか、ベリンガー・ウィンウェン」

「アメリアを虐める大罪人が取りそうな偽装工作など、私にかかれば簡単に推測できます。貴女が公爵家の地位を利用して記録を改竄するだろうことはすぐに推測できました。なので、私はアメリアから相談を受けてすぐに、王国内にある主要な施設及び出入国記録を調べあげました。偽装工作を行う前だったのでしょうね。私が調べあげた記録の全てに、貴女の名前は記載されていませんでしたよ、ハリィン・マクウィル公爵令嬢」

「……なんですって?」

「王立図書館の利用記録、犯行期間に開催された主要なパーティーの出席記録ももちろん調べましたが、そこにも貴女の名前はありませんでした。あぁ、言っておきますが、誰一人として貴女をそれらの場所で目撃したという人物もいませんでしたので、悪しからず」

「ありえません。私は確かにそれらの施設を利用し、パーティーにも出席しました」

「しかし事実として、貴方の記録は存在しません。存在しない以上、貴女はそれらの施設を利用しておらずパーティーにも参加していない……つまりは虚偽の証言をされたということになります」


私は確かに、犯行が行われた日時に現場ではない場所にいた。

公爵家が所有する領地が抱える問題を解決する方法を模索するために王立図書館を利用したし、王国内で開催されたパーティーに幾つも参加した。国外にだって二度出向いている。

にもかかわらず、一切の記録がないどころか目撃者すらいないとは、どういうことだ。


想定外の事態に、私の背筋を悪寒が走り抜ける。

私はアメリアを一切虐めていない。にも関わらず、私の無実を証明する証拠が次々と消失し、反対に私が犯人であるという証拠が次々に挙げられていく。

まるで、世界そのものが私を聖女を虐げた大罪人にしようとしているかのようであった。


事ここに至って、私はようやく気付く。

この断罪自体は第一王子たちの独断専行かもしれない。だが、裏では間違いなく私を陥れる悪意が働いていることに。

気付くのが、致命的に遅すぎた。


私は――嵌められたのだ。


すでに取り返しがつかない地点まで物事が進行していることに動揺した私を置いて、アレックスたちがアメリアのためとしてお膳立てされた断罪劇を進行していく。


「これだけではない。ハリィン、貴女がアメリアを虐げた大罪人である決定的な証拠は別にある――ベッグ、あれを出すんだ」

「ああ」


アレックスに呼ばれ、ベッグ・ローが前へ出る。


「光の月、二十五日に発見したアメリアの自室に幾つもの罠が仕掛けられていた事件。それに際して私と部下の数名で現場の検分を行った。すると、現場でこんなものが発見された」

ベッグが取り出したのは、瞳よりも大きい漆黒の宝石がはめこまれたネックレスであった。

大陸の東端より海を越えた先にある島国でしか採取できない特殊な鉱石を加工して作られた、一品物。それは見間違えようもなく、私が母親より受け継いだネックレスであった。

「それは私の――」

「そうだ。これは貴女の無くなった母君の物であり、王国内では貴女だけが所有する一品物だ。これが現場から発見された以上、犯人は貴女以外にあり得ない」


あのネックレスは数週間前に国外へ赴く際、紛失しないよう女中に公爵家所有の金庫に保管しておくように頼んだものであった。だが、あれは金庫が壊れ開閉できなくなってしまい、未だに取り出すことができず金庫に入れたままになっていたはずだ。

それがなぜ、私が国外へと赴いていたタイミングでアメリアの私室で発見されたのか。


――まさか、裏で糸を引いているのは父か?


父親が見せていた不穏な動きがここに繋がっているならば、私のネックレスが現場で発見されたことも納得がいく。ネックレスを預けた女中は、父親の手駒だったのだ。


「どうやら、嘘を吐き尽くしたようだな。ならばこれ以上貴女に告げる言葉はない。おい、ハリィン・マクウィルを速やかに拘束し、王城へと連行しろ」

「ま、待ってください! もう少し、もう少しだけ話を――」


このまま連行されては不味い。なんでもいいから喋って時間を稼ぎ打開策を見出さなくては、私は聖女を虐げた大罪人として、処刑されてしまう。

せめて裏で糸を引いている人物がいることを伝えられればと口を開く。だが、駆け寄ってきた数名の騎士に取り押さえられてしまい、言葉を吐くことができなかった。

首筋に、鋭い衝撃が走る。

私の意識はあっさりと途切れ、深い闇へと落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ