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紋章の導き。そして―――

 


 ……何? 勇者?


「え? 勇者って大昔に“魔王を打ち破った英雄”の、あの勇者ですか?」


 いや待て。

 勇者? 余が勇者?

 待て待て待て。だって余、前世で勇者に復讐誓ってしまったぞ?

 つまりこれってもう、最終的に余が死ぬしかないのでは……。


 余が嫌な汗をかきながらソーニア達の話に聞き耳を立てていると、神父は神妙な顔で頷いた。


「その通りです。言い伝えによれば“勇者”とは、聖女を通じて神より見出されし者なんだそうです。その選定は血に非ず、また貴賎も関係ない。天の翼に護られし(つるぎ)と認められし者、その身に宿したる力を解放し悪を打つ、と」


 ……何だそれは。

 と言う事は、余はかつて勇者の一族を滅ぼしてやろうと思っていたが、勇者とは1代限りの限定職で、余は余を討滅した勇者の血と、一切関係ないということでいいのか?



 ―――セーフっ!



 余は心の底から安堵して、余を不安気に見つめてきていたソーニアに、大丈夫だぞと笑顔で頷いてやった。


 すると神父が余とアリエンの両親を交互に見ながら力説を始める。


「兎にも角にも、その紋章が現れたとならば、先ず聖都に行って教皇様への謁見を行ってもらわねばなりません。今は魔王も大人しく身を潜め、一部地域は魔族領との親交すらあると言われてもいますが、この紋章が現れたのであればそれはきっと何かの予兆と捉えるのが賢明でしょう」


 余は神父の言葉にハッと顔をあげる。


「魔族領……そこを統べる者は、もしやヘロインとかいう魔族か?」


「そうです。かつて暴虐の魔王カイザー・ヴァロ厶・ディブロの後釜に収まった、人間との共存を謳う魔王だそうです。領内では地天皇(マスターエンペラー)・ヘロインと名乗っているそうですね」


 地天皇(マスターエンペラー)だと? 自分は皇帝(カイザー)より上だとでも言いたいのか……。ふざけおって。

 余は口にするのも忌々しいと思いつつ、吐き捨てた。


「何が親交だ。ヘロインがそんなぬるい事を考えるわけなかろう。阿呆なのか?」


 余の知るヘロインという男は、聖に名を連ねる天使共や人間の若い女を鎖で繋いで侍らせ、気まぐれに喉を掻っ捌いてはその血を飲み干すような奴だ。

 当時の余は部下の嗜好に口出しなどしなかったが、少なくも奴は人間を食べられる玩具程度にしか思っていなかった。

 そんな奴が、人間との親交や共存を心から謳うなどあり得るはずがない。


 余の追求に、神父はタジタジと汗を拭きながら答えた。


「いえ、そのへんは私も詳しくはなく……。しかし聖都に行けば、魔族領を監視している者達の情報も入ってくる筈ですよ」


 余は頷く。


「いいだろう。行こうではないか、聖都とやらに」


「よかった! では早速私の方で連絡と手配を致しましょう」


 神父がそう拳を突き上げた時だった。

 突然ソーニアが口を挟んできた。


「ちょ、ちょっと待ってよアリエン!」


「え?」


「“え”じゃないわよ。急すぎるでしょ。叔父さんや叔母さんだって心配してるし、羊達の世話だってどうするのよ!?」 


 こいつは何を言っている? 余が羊の世話などするはずなかろう。


「それって、俺がしなくちゃいけないものなのかな?」


「それは……」


 口籠るソーニア。

 ……というか本当に何なんだ、この条件反射はっ! ソーニアと言葉を交わすと、アリエンとして染み付いた癖が出て口調まで変わってしまうではないかっ。


 余が己の反応に内心で毒づいていると、何故かケイトが今にも泣きそうなソーニアの肩を抱き寄せた。

 そして、先程先程愚言を吐いていたソーニアに、慰めるように声を掛け始める。


「ごめんなさいね、ソーニア。うちの子って本当に鈍くて」


「えっ、いえ!」


 “うちの子”って、まさか余のことか? 鈍いとは何ぞ?

 一応言っておくが、余は分析能力と先読みの能力は魔王をしていた頃は優れていると言われていたのだ。

 ここ最近の失態は……まぁ、まだこの非力な身体とのギャップを埋め切れていなかったせいだな。


 余が胸の内で誰にともなくその様な言い訳をしていると、ジェイドがふと神父に声をかけた。


「神父様。正直私達は、アリエンの身にこんな事が起きだなんて、未だに信じられません。……ただ、本人が行くと言うならば、私達に止める事など出来ないという事は理解しております」


「そうですか。そして仰る通りでもあります。全ては神の御神意のままに。それを我等が止めることはできないのですから。―――しかしご安心ください。アリエンは私が責任を持って聖都に送り届けて参りまので」


「あぁ、その事なんですが神父様。連れてゆくのはアリエンだけでいいのですか?」


「……と、申されますと?」


「横から聞いた話ですみませんが、アリエンに紋章が浮かび上がったのは、ソーニアに発現した神聖力がそのキッカケになっているのだとか」


「そうですね」


「ですのでソーニアも、アリエンと共に聖都へ行ったほうが良いのではないかと」


「ちょっ、待ってよ叔父さん! どうして私が……っ」


 断固として拒否をくれてくるソーニア。

 余は言葉もなくその成り行きをじっと見つめていたが、ふとソーニアと目が合った。

 余はガン見していた気まずさから、次の瞬間にはサッと顔を逸し、来る必要はないとハッキリ伝えておいた。


「うん。嫌ならいいんだ……」


「嫌じゃないっ! 全然嫌じゃないんだよ、アリエン!!」


 視線を逸したままの余に、ソーニアは何故か2度も否定してきた。

 何故かジェイドとケイト、それに神父が、余とソーニアをニコニコと笑顔で見つめてくる。

 なんだ? 言いたい事があればハッキリ言えばよかろうに。


 だが結局奴らは余には何も言わず、今後の予定を打ち合わせ始めた。


「確かにソーニアも来て頂けるならこれ程有り難いことはない。教会の方も事情が事情なので、国に掛け合いきっとあなた方に褒賞の準備を始めるでしょう」


「いえ、そんな物を期待して言ったのではありません。私どもは元々自給自足のような生活をしていましたし、あの子等がいなくとも何とかやっていける。―――それより心配なのはアリエンの方ですね。学もなく、羊ばかりを追ってきた子が勇者だなんて……」


「いいえ、ジェイド。その点ソーニアが一緒なら安心よ。あの子には私が家事の一切を教えましたからね! アリエンを頼んだわよ、ソーニア」


「それもそうか。よろしくな、ソーニア」


「おっ、叔母さん! 頼むだなんてそんな……、それに叔父さんも私なんかきっと邪魔にしかならないですよ」


 そんなやり取りを聞きながら、余はなんとなく自分が馬鹿にされている事だけは分かった。


 まぁ、確かにただの羊を追っていたゴミを外に掃き出すのは気が引けよう。

 だがな、今の余にその様な杞憂は一切無用。

 ましてやそんな小娘に任されるなど、恥の極みでしかない。

 その点ソーニアは、自身が無力で余の邪魔にしかならぬ存在であると心得ているようだ。

 余は分を弁えたソーニアの肩を叩いてやり、ジェイドとケイトの迂愚な思い違いにはハッキリと訂正しておいた。

 小娘如きに余が守られるなど絶対に無い。いや、あってはならない。杞憂にも程がある、とな。


「心配ないよ。この旅で俺がソーニアに守られることはない。絶対に……この命に代えても」


 するとジェイドは一瞬呆けたように余を見つめ、その後納得したとでも言うように深く頷いて、誇らしげに余の肩に手を置いてきた。

 まぁ、分かればよいのだ。分かればな。


 ふと隣を見れば、何故かケイトとソーニアも涙を流してそんな余を讃え、咽び泣いている。


 やがて、そんな余等を眺めていた神父が、そっと小さな声で言った。



「それでは、私はお邪魔なようですし、手続きなどの諸用をして参りますのでこの辺で失礼します。お二方の出発は明日の明朝、よろしくお願い致します」


「うむ。道中の手配、抜かりないようにな」


「畏まりました。―――……それにしても、アリエンはかなりの外弁慶のようですね。確かにソーニアが来てくれるのは心強いです」


「も、もう! 神父様までっ!」


「ははははは………」


 そんな神父とソーニアの下らない会話を無視し、余はそっと腕の勇者の紋章とやらを押さえた。


 ―――痛みはない。

 痣のようにも見えるが、これはれっきとした魔法陣だった。

 ただし短命で愚かな人間如きに、描けるようなものではない。

 神聖力と呼ばれる魔法は、祈りにより神から癒しと護りに力を与えられると言うが、勇者の紋章と呼ばれる、魔法陣の効果もまさにそれだった。


 ただ、これに限っては、外部からの耐衝撃的なものではなく、内部の修復と保護に特化されているようである。

 というのも、実は今の余の肉体だが、未だ絶賛魔力の暴走中であり、いつ爆散してもおかしくない状態なのだ。

 それを、この紋章に込められた凄まじい回復力が余の肉体と命を辛うじて繋いでいる状態なのだった。


 そこまでの分析を終えた余は、紋章から手を離し、小さく鼻を鳴らせる。

 おそらく人間共はこの紋章の効果など露知らず、勝手に勇者だの何だの言っているだけなのであろうな。


 ―――だが、まぁよい。


 結果的にこの勇者の紋章とやらのおかげて、余は苦痛なく魔力を解放できるようになった。更に尋常ならぬ回復力を手にし、それに伴う比類なき新陳代謝のお陰で、この肉体はおそらく鍛えればどこまでも強くなることが出来るようになってもいる。

 それは使いようによっては、かつて魔王現役時代をも凌ぐ潜在能力である事に違いないのだから。


 ただ、大手を振って喜ぶこともできん。

 というのも、余が強くなればなる程、この紋章が消えて守りがなくなった瞬間、この命は霧散してしまうだからだ。


 こうして人間となってしまった余が思うに、人間の体には本来、魔物共と変わらぬ魔力が宿っておるのだ。

 だが、打てば死ぬ脆弱な人体はその魔力に耐えられず、無意識の内にそれを厳重に封印してしまっている。そうだな、余の感覚から言えば概ね99.8%は封印しているように感じる。


 だがあの時の余のように、何かしらの拍子に一度その封印が解かれると、肉体の崩壊を代償に、本来の持つ全力を出す事が出来る事もあるのだった。


 だが、普通はそうなれば、その人間は死ぬ。だが稀に、神の意志とかいう神聖力が働いて生き残る事もあるのだ。


 言うなればそれは、神の選定。


 縁者の祈りの清らかさと強さによって、その者が今後の人類にとって有用かどうかが決められる。

 そしてそこで無用、もしくは有害と判断された者は、暴走した魔力に体を食い破られて死ぬが、神に届くほどの強い祈りがされた時、最強のバフ効果を持つ補助魔法が与えられるという訳だ。


 ―――まったく……。まるで首輪ではないか。気に食わん。

 しかし今は、何を利用してもヘロインを討つことが先か。





 こうして、何故か勇者とやらになってしまった余は、憎き現世の魔王【地天皇(マスターエンペラー)・ヘロイン】を打ち倒すべく、旅にでる事になったのである。


 因みにその旅の行く手を阻む最大の敵は、大抵が人間共の理解し難き“優しさ”というものであった。

 だがその非効率な妨害を受けつつ敵を蹴散らせば

 、何故かより高度な神聖力の加護を授けられ、余の力は倍増したので、まぁよいとしよう。




 そして、かつて史上最凶の魔王であった余が歩んだその復讐の覇道は、後に人間共に【史上最高の勇者の英雄譚】と語り継がれる事になるのだが……





 ―――まぁ、それはまた別の話だ。






 ※完結※


 おつきあいいただき、ありがとう御座いました!

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