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(魔王)と幼馴染の場合

 

 ―――余裕。


 とは言っても、それは決して己の力を過信しての盲言ではない。そう言い切るには当然理由がある。


 余は魔王である。当然、数百種からなる魔物共の軍編成やらに携わっていた訳で、奴らの性質や強み、弱味などを全て把握しているのである。


 例えばこの豚共についてだってそうだ。

 (オーク)共にはいくつかの弱点があり、今の余の様に脆弱な者が、安全かつ楽に最短時間で仕留めるには、先程の様に背後から肋の隙間を突いて、核を潰すのが最適となる。

 そして他には額の丁度眉間の上に、頭蓋の柔らかい箇所があるからそこを勢いよく打ってもいいし、喉を切り裂くのもいい。

 ただ、それら正面から行く場合は、(オーク)共の牙や棍棒の射程範囲に入ってしまう為、安全とは言えないだろう。

 だが奴らには、その他にも致命的種の欠陥があった。


「ブッ、ブギイィィィ!! ゼハッ、ゼハッ……」

「ブオオオォォォッ、ゼーッ、ゼーッ……」


 それはスタミナの無さだ。


 まぁあの贅肉のたっぷり付いた巨体だ。休まず走らせれば、高級豚(ハイオーク)レベルでもないと、小一時間と保たずにそのエネルギーは使い果たされてしまう。

 特に、こうして人間を襲おうとする程空腹に陥っている時など、その時間は最大予測の半分以下だろう。


 つまりこのまま余が奴等を躱し続けていれば、多少時間はかかれども、こいつらは間もなく自滅する。

 その後ゆっくりと、痛ぶり、吐かせ、殺せばいい。


 ―――そうして余の思惑通り、(オーク)共の体力が限界に近づいたきたその時だった。



 ふと(オーク)が余への攻撃の手を止め、空に向かって鼻を突き出した。

 そしてスンスンと、辺りの匂いを嗅ぎ始める。


「どうした、豚共。何か旨そうな飯の匂いでも嗅ぎつけたか?」


 余が羊を追う棒(シェパーズクルーク)をくるりと回して構えながらそうせせら笑うと、|豚《オー

 ク》は余に視線を戻し、狂気じみた呟きを漏らした。


「ミツケタ……甘ァイ匂イ……ウマソウナ、メス。ミツケタミツケタ、ミツケタァ……」


 ダラダラと涎をこぼしながら、(オーク)がニタリと笑った。

 余はこちらに向けられたその視線が、ふと余ではなくその更に後ろに向けられている事に気付く。


 余がハッと振り返ってみれば、余の後方20メートル程の所に、いつの間にかソーニアが震えながら草むらにしゃがみ込んでいた。


 ……あいつは何をやってるんだ? 



 その手には長い木の棒と拳ほどの石を握ってるが、何をするつもりなのだろう? 

 (オーク)を倒す? いや、ないな。人間の脆弱な身では、小石と小枝なんかでこの(オーク)は倒せない。流石に余といえど、それが武器だと言われれば先ず逃げる。

 ……だから多分、奴はここに死に場所を求めて彷徨い出てきたと見て間違いないだろう。


 余は心底呆れながら、そう結論を出した。

 一方で、豚共は脚で地面を踏み鳴らしながら、声を弾ませている。


「ウマソウ、一番ウマソウ。クウ! アレクウ!」

「コッチノ人間スバシッコイ。アノ旨ソウナ方ヲ先ニクウ!」


 (オーク)は鼻息も荒く、舌なめずりをした。

 ……まぁ、そうなるわな。何故なら(オーク)は、特に人間の若い女が好物なのだから。

 だがここで(オーク)共にソーニアを食わせたら、余が折角削った奴等の体力が回復してしまうではないか。

 それは少し面倒だから、死にたいなら他の場所でやって欲しい。―――それにしても、これまで自殺を図ろうとした事などない能天気な奴なのに、一体何故このタイミングでこんな行動に出たのだ? 


 そんな事を考えていると、余は段々と腹が立ってきた。余りにも愚か。そして、余りにも邪魔だ。

 余は苛立ちに紛れ、ソーニアに怒鳴りつけた。


「なぜここに来た? (オーク)がいるんだぞ!?」


「アリエンが一人で行っちゃうからでしょ!? 叔父さんは無事なの!?」


 震えながらソーニアは、八つ当たり気味に余にそう尋ねてきた。

 余の方が先に質問をしているのに、質問で返すとは話にならん。

 面倒になって余はソーニアを追い払おうと、睨みながら声を張り上た。


「無事だ。壊れた小屋でのびている。それはいいからお前は向こうに行けっ、早く!!」


「いやよっ!」


 何故だ!?

 余波愕然と目を見開いた。


「アリエンも一緒じゃないと!」

「なっ」


 なっ……、なっ!? 余にも自殺に付き合えだと? 馬鹿を言え! 貴様との心中など御免被るわっ!


「俺は残る! もう死にたいなら勝手にしろ」


 余はそう怒鳴ると、全身に悪寒を感じながら(オーク)共に再び向き直った。―――そして、ふと思う。

 ……もう、やっぱりあいつは食わしていいかな、と。

 あれであろ? 回復した(オーク)共の体力を、また余が一時間程削り直せばよいだけなのであろ……。


 (オーク)共は相変わらず涎を垂らしながら、興奮気味にソーニアを見ていたが、余がそんな雑念を抱いた瞬間、隙を突いて(オーク)共は瞬く間に余の脇を抜けていった。


「クウッ! クウゥウゥゥ、ブゴオォォォ!!!」


 うむ、もうよい。行けよ豚共。


 歓喜の叫びを上げながらソーニアに猛突進していった(オーク)共。

 余は2匹の興奮下を見送りながら一人心静かに考えていた。


 ―――人間は、雌の(つがい)を“ヒロイン”と呼ぶらしい。

 だがあれは駄目だな。無能すぎる。

 この状況で余に心中を迫るなどあり得ぬわ。

 確か役に立たぬヒロインをウザインと呼ぶと言ったか? いや、奴は無能が過ぎる故ムノインだな。


 ……さらば。 ムノインよ。



 余は餞別に、その最後だけは見届けてやろうと再びソーニアの方を振り向いた。だがその瞬間、余は思わず目を大きく見開いた。


 迫りくる(オーク)を前に、ソーニアは笑っていたのだ。

 そして(オーク)共を睨みながらソーニアが叫ぶ。


「逃げてアリエン! 私は大丈夫だよ! あの日、叔父さん達に助けてもらった恩、私は今ここで返すんだっ!」


 ……は? 自殺願望があったのでは?


 余が困惑を極めつつソーニアを見つめていると、ふとソーニアも余に視線を向け、先刻のジェイドの様な胸のザワつく笑顔を浮かべた。


「それにね、私はアリエンを守って死ぬなら本望だしさっ!」



 最後の方の言葉は(オーク)共の声に掻き消されよく聞こえなかったが、こういったような気がした。



 “……―――今までありがとう。大好きだったよ、アリエン”



「……ソー……ニア?」


 ……いや、巫山戯るなよ。

 お前が何を思って死のうが、余は一向に構わん。

 取るに足りぬ人間が何匹死のうが、余にとっては詮無きこと。

 だがな。余が人間如きに守られ、そいつが死んだとなれば話は別だ。

 余は、お前のような小娘に守られねばならん存在では断じてない。


 ―――死ぬならそこを訂正してからにしろ!!


 余は羊を追う棒(シェパーズクルーク)を再び強く握り直して駆け出した。

 だが猪突猛進と言われるように、奴らは直線を駆ける分には意外と速い。


 ……追いつけない。そう思った時には、余はプライドを棄てて(オーク)に叫んでいた。


「やめろっ! ソーニアを殺さないでくれ!!」


 屈辱だ。しかし“余が小娘に助けられた”などという甚だ不本意な黒歴史を生み出さぬ為には致し方ない。

 だが知能の低い(オーク)は、そんな呼び掛けでは止まらなかった。


「ブヒャアァァ!!!」

「ブキイィィィ!!!」

「キャアァァーっ!」


 (オーク)共とソーニアの悲鳴が被る。

 もう、出来ないなどと言ってる場合ではなかった。


 ―――余が今魔法を使えぬのは、固き殻のようなものに阻まれ、魔力を抽出できぬからだ。

 だがそこに魔力の源は確かに存在する。ならばその殻を壊せばいい。力づくでな!


「オォォオォォォッッ!!!」


 余は気合と共に、極限を超えてその源に圧を加えた。


 ソーニアが手にした小石と小枝を、目の前に迫る(オーク)に投げつける。

 だが(オーク)は軽くそれを払うと、ソーニアの髪をわし掴んだ。

 ソーニアが痛みに顔を歪めて抵抗を試みる。


「あぐっ、は、はなせっ! あ、アリエ……ン、逃げて……おねがい、見ないでっ……」



 (オーク)が嬉しそうに、鋭利な歯の並ぶ口を大きく開けた。


「ブゴオォ……」


 (オーク)が熱い息をソーニアの顔に吐きかけた時、余の心臓の奥で“メギッ”と、何かが潰れひしゃげる音が響いた。


 同時に、あの懐かしい感覚に襲われる。


 身体中の血流が5倍の速度で流れだし、その圧に耐えきれず体内のあちこちで血管が破ける。

 それに伴い全身を刺すような痛みが走り、筋肉は痙攣して手足が震えた。

 内臓もねじれ絡まるような圧迫と収縮を繰り返し、その不快感で思わず吐き気が込み上がってくる。


 ―――懐かしい苦痛。 それは、魔力の暴走だった。


「ぐぅっ、うぅ……」


 だが問題ない。

 かつての屈辱の中で、魔力の暴走による苦痛がどの程度のものなのかを余は知っている。


 そして最終的に敗北したとはいえ、この苦痛の中で余はかつての勇者と互角に戦い抜いたのだ。

 だから今更この程度の痛みで、(オーク)ごときに負ける訳がない。

 こんな苦痛など詮無きこと。そんな事より重要なのが、今、余の体内には魔力が満ち溢れているということ。

 それはまるで暴れ馬……否、最早暴れドラゴンの様に、凶悪に余の身体を喰い破ろうと駆け巡っているが、余は魔王だ。

 その程度のじゃじゃドラくらい、乗りこらせないでは務まらん。


 余は身の内から迸る魔力を一気に練り上げ、そして放った。



「―――“煉獄の(アナザーエデン)黒炎風・ダークフレイム”」



 解き放たれた魔力は漆黒の砲弾と姿を変え、木の葉を離れた一滴の露が地につく迄の猶予すら与えず、着弾した(オーク)の下半身を消し炭へと変えた。 




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