(魔王)と父の場合
余が杖の柄に踵を叩き込めば、とうとう杖の先は硬いゴムのような皮膚を突き破り、狙い違わず核を砕かれた魔物は声にもならぬ悲鳴を上げて最後に大きく体を痙攣させて血に倒れ込んだ。
目は白目を剥き、口から血の混じった泡を溢しながら事切れている。
余は羊を追う棒を魔物の骸から抜き取り、残り2匹の魔物に向き直った。
「どうだ、愚鈍な雑魚共。これでどちらが格上か分かったであろう。余に下れ。そして跪いて忠誠を誓えば救いようのない貴様等にも生きるチャンスを与えてやろう」
余は意気揚々とそう告げたのだが、魔物共の様子がどうもおかしい。
「ブギッ、オトウト……弟コロサレタ……」
「ブギギッ、人間……許サナサイ……オマエ、八裂キッ、骨モ残サズ食ッテヤル」
そう唸りながら先程の比ではない殺意を立ち昇らせ始めた魔物共。
……そういえば魔物の中には稀に、一族意識の高い奴らも居るとか、獣魔師団長のカイエンが話していたのを聞いた気もするな。もしかして、それだったか?
余ははたと腕を組んで考えこんだが、そんな考えもすぐに脳裏から払い消す。
何れにしても、残り二匹も半殺しにしてから色々と聞き出せばいいだけだ。
それに、残りの魔物共も余がゆっくりと物思いに耽る時間をくれる気はないようだからな。
「ブキイィィィ!!!」
「ブゴオォォォ!!!」
直後、今しがた死んだ魔物と同じ豚声をあげ、余に向かってきた魔物共。
先程の愚か者よりは多少マシなようで、その二匹は連携らしいものが取れていた。
余が急所である背後に背後に回らぬように、奴等は多方面から同時に攻撃を仕掛けてくる。
受け流して突っ切りたい所だが、この貧弱な肉体では、奴らの攻撃が掠っただけで致命傷になりかねん。
……魔法が使えればらくなのだがなぁ……。
この上ない貧弱さというハンデの中で、余がこんな雑魚の隙きを伺わねばならんという屈辱に、柄にもなく現実逃避をしたその時だった。
突然あばら家の閉ざされた窓が大きく開き、中から痩せた人間の雄が顔を出した。
「アリエン! なぜここにいる!? ケイトから逃げるよう言われただろう!!」
アリエンの父親、ジェイドだった。
余が呆気にとられジェイドを見ていると、ジェイドは何を思ったか突然鍋を取り出し、鍋底を麺棒で力任せに叩きながら魔物に向かって怒鳴り始めた。
「っクソ、豚頭の化け物共め……お前達の目当ての餌はここにいるぞ! こっちだ!!」
……何をやってる?
「この木偶の坊の豚男がっ! こっちだって言ってるだろう!! それともこの俺が怖いのか!? 腐れチキン共めっ」
……何を言ってる?
―――恐怖に一番震えてるのはお前だろう。
余が訳もわからずジェイドの奇行を見ていると、なんと魔物共が、余に背を向けジェイトに向き直ったのだ。
ジェイドが鍋底を打ち鳴らしながら余に向かって叫ぶ。
「今だ! 逃げろっ! アリエンっ、逃げろおぉぉぉ!」
「ブゴオォォォ!!!」
ジェイドの叫びに答えるように、魔物共はジェイドに向かって走り出した。
だがジェイドは窓を閉めようとはせず、鍋を鳴らし続ける。いや、閉めたとろろであそこまで挑発した魔物が、薄い木戸一枚でもはや止まるはずがない。
このままではジェイドは数秒後に魔物共の餌になる。―――なのに、その刹那にこちらを振り向いた目は、胸がざわつくほどに優しい光を宿していた。
「―――母さんと、ソーニアを頼んだぞ。アリエン」
そう、笑っていたのだ
それを見た時、不意に余の胸の内に苛立ちの炎が灯った。
……巫山戯るな。
「ブゴオォォォ、ブギイィィッッ」
「ブギイィ!!」
巫山戯るなよ。
「じゃあな、アリエン。……お前は俺の自慢の息子だよ……」
「―――巫山戯るなあぁぁっっっ!!」
魔物共の宴を前にした歓喜の声を切り裂き、余は怒りに震えながら羊を追う棒を強く握りしめて叫んだ。
そして大地を蹴って、ジェイドを八つ裂きにしようと迫る魔物共の背を追い掛ける。
「こんな箸にも棒にも掛からぬたかが人間如きが……、この余に、何の見返りもなく頼み事だと!?」
巫山戯るな。
「雑魚な豚共が、余を差し置いてそんな塵芥の如き人間を優先するだと?」
巫山戯るな。もうこんな愚か者共は、魔物と呼ぶことすら分不相応だ。
余は怒りのあまり絶叫しながら、羊を追う棒の湾曲した柄を豚の脚に掛け、力任せに引き抜いた。
「思い上がるでないわっ、この虫けら共があぁァァァ!」
「ブギャ!?」
「ブヒィィィッ」
もうわずか数センチで豚の醜い手がジェイクの頭を握り潰そうかというその刹那、余が足を掛けてやった豚が盛大に転倒し小屋の壁へと突っ込んだ。
小屋の砕ける轟音と舞い飛ぶ破片に、もう一匹の豚もその手を止める。
そして同時に、余の羊を追う棒を掴んでいた腕が、ゴリッと嫌な音を立てた。
「ふー……。まったく、この程度の衝撃で腕が抜けるとは、なんとも貧弱な身体よ」
だらりと垂れる右腕を見下ろし、余は呟く。
勢い付いた豚の脚を止めた余の腕は、肩から完全に抜け、上腕筋も伸び切って使い物にならなくなっていた。
痛みはあるがそれは問題ない。だが動かぬ部位を、いつまでも身に付けているというのは鬱陶しかった。
とはいえ、人間の身体は魔王だった頃と違い、腕を落とせは生えてはこないので、鬱陶しくとも後々を思えば付けておくしかないのだが。
余は邪魔に思いながらも、動作の鈍くなった腕をぶら下げたまま、逆の手に羊を追う棒を持ち直すと豚に再び突き向けた。
舞い散る瓦礫の埃が晴れた時、ふとジェイドご崩れた小屋の中で伸びているのが見えた。先程の衝撃で、気を失ったのだろう。
豚の仲間が派手に転んだことで足を止めていたが、転んだ豚がまだ生きていることに気付くと、すぐに気絶したジェイドに向き直った。
「ブヒャアァァ」
「……」
―――……そのしつこく余を無視する行動に、普段温厚な余も、とうとう加減堪忍袋の尾が切れる。
額に青筋を浮かべながら地を蹴って、豚の肩に軽く飛び乗ると、羊を追う棒の湾曲した柄をその豚鼻に引っ掛けて吊り上げてやった。
「……だ・か・ら。 貴様らの相手は余であろうがっ!!」
「ぴぎいぃ!!? 」
鼻を更に3倍ほど上を向かせた豚が、とうとう苛立ちと憎しみに目を血走らせながら余を見た。
倒れていた方の豚も身を起こすと、仲間の耳障りな豚声の悲鳴につられ余を睨む。
余はその視線を受けてにやりと笑った。
「そうだ。それでいい」
魔力は練れず、肉体は貧弱で既に片腕は使えない。豚共は縦横共に余の体格の倍はある。そして武器と呼べる物はただの鉄の羊を追う棒。
―――ま、余裕だな。
「少し痛めつけて話を聞くだけのつもりだったが、貴様らは余りにも迂愚が過ぎる。聞く事を聞いたその後は、豚テキにでもして豚の餌にしてくれるわ」
余がそう宣言した直後、豚共の怒りに満ちた咆哮が響き渡った。
○
|
✝(´・(oo)・`)✝
(´¡(oo)¡`)(´;(oo);`)ブヒャー