ありんこドラグーン
一
声が聞こえる。
(ここはどこ?)
「フリーデよ」
(私は確か荷物を運んでいる途中で事故に遭って……?)
「聞こえますか? フリーデよ」
「え?」
フリーデは暗闇の中で辺りを見回した。周りには何もない。ふと背後から暖かな光を感じてフリーデは振り返った。そこには羽衣を纏った金色に輝く美しい女性が立っていた。その優しそうな瞳、穏やかな声にフリーデは少し気持ちが和らいだ。
「あ、あなたは?」
「私は女神ウルト。フリーデよ、あなたは長い旅の途中で力尽きてしまったのです」
フリーデは少し落ち込んだ。
「私、やっぱり死んでしまったのですね……」
「ええ。あなたは生前、とても真面目で働き者でした。誠実で頑張り屋なあなたが不幸にも事故に遭ってしまったこと、私も残念でなりません」
「はあ」
「しかし、可哀想に、あなたが死んでも世界では誰も悲しんではくれなかったようです」
「ええ!? そんな!? あんなに頑張ったのに!? 私より五倍くらい大きい葉っぱも運んだのに!!」
「ええ。なにせあなたは働きアリでしたから」
フリーデは悔しかった。
(私はあんなに女王様のために尽くし、何度も何度も荷物を運んだというのに、女王様は私の事を見もしなかったというのか)
「働きアリというのはそういう存在です。働くために生まれ、恋をすることもなくやがて死ぬ。あなたの世界ではそれが当たり前、誰もあなたの誠実さを評価しなかった」
「う、うう……」
「そんなあなたに今一度チャンスをあげたい。奇跡を授けたい。私はそう思って今ここにいます」
「わ、私はどうなるのでしょうか?」
「あなたは今度、人間として転生するのです」
「え!? 私が人間に!?」
「ええ。そしてあなたは今のアリのその力、『硬さ』、『速さ』、『怪力』をそのまま引き継ぎ転生するのです」
「いつも下から見ていたあの人間に私がなれるなんて! 喫茶店で優雅にコーヒーとか飲んじゃったりして! もう甘味欲しさに人間の足元でこぼした砂糖をわざわざ集める必要も無いんだ! やった!」
「私の話を聞いていますか?」
「あっ! す、すみません。つい嬉しくなってしまって。でも人間になったら私、怠け者になっちゃうかもしれません。楽しい事がいっぱいあったりして、そしたらはしゃいじゃうかもしれません」
「いいじゃありませんか。あなたはずっと頑張っていたのです。少しくらいあなたの人生を楽しんだっていい」
「私の……人生……」
「さあ立ってフリーデ」
フリーデは立ち上がった。いつも四つん這いで地面を這っていたフリーデにはそれすら初めての経験だった。
「あなたの夢は何ですか?」
「私の……夢?」
考えたこともなかった。働きアリとしての生涯にそんな物は必要無かった。
「大丈夫です。これからのあなたの人生で、あなたの本当にしたい事を探してください。私はあなたを応援していますよ」
「ウルト様……!」
「さあ行って。来世でもアリの力を存分にふるうのです」
フリーデの意識は暖かい光に包まれた。
ニ
疾走する馬の蹄が草原の土を跳ね飛ばした。
「ヒャッハァァァ!!」
馬に乗った盗賊が、その勢いのままに門番の兵士を剣で斬り殺して町に入った。
「一番乗りィ!」
武装した男達が後に続いて馬で町に入ってきた。二十人ほどの盗賊の集団が今まさに平和な田舎町を略奪しようとしていた。突然の盗賊の出現に、足がすくんでしまって動けない者達が取り残されている。
「五人ずつに分かれろ。お前らは金目の物を取ってこい。お前らはいい女を引っ張ってこい。お前ら十人は俺と一緒に、邪魔する奴らの掃除だ」
「ウス」
赤い顎髭の大男が指示を出した。
「城の奴らが来るまでが勝負だ。行け!」
「オオオオオオ!!」
盗賊達が馬で駆けていった。あたりは悲鳴と恐怖で埋め尽くされた。
「な、なんだお前ら!! ぎゃあ!!」
「く、くそ! 盗賊だ! 盗賊だぁー!!」
外に出てきた男達と武装した十人組の間で戦闘が始まった。戦い慣れている盗賊達の方が強く、しかし多勢に無勢。町の者が十人ほど倒れる間に盗賊の方にも死者が出始めた。それを見た赤髭の男が、背中に担いだ大きな斧を持って馬から降りた。赤髭の男を目にした男が叫んだ。
「お、おいあいつ!」
「そ、そんな! ガルムだ! 盗賊ガルムだ!」
ガルムと呼ばれた赤髭の男が斧を振りかぶりながら猛然と駆けてきた。
「おおお!!」
ガルムが斧を振り回すと、一振りで二人の男が斬り倒され息絶えた。それを見た男達は恐怖で少しずつ後退を始めた。
「ばっ化け物だ……!!」
盗賊達が少しずつ押し始めた。その時、どこかから竜の咆哮が響いた。全員が一斉に空を見上げ、ガルムは舌打ちした。
「ちっもうおでましか」
「た、助かった……!」
盗賊達は動揺した。
「く、くそ!」
「嘘だろ! もう来やがった!」
盗賊達の上空を、光を背にしてシルエットの竜が一頭通り過ぎた。ゴオッという音と共に風圧で地上の者達の服がはためいた。
「やばいすよ! よりによって竜騎士が来るなんて!」
「オタつくんじゃねえ!」
別の竜の咆哮が聞こえてくる。後からニ頭の竜が町の上空に目がけて飛んで来ているのが見えた。
「さ、三人も……!!」
「に、逃げましょうボス! あいつら相手じゃみんな燃やされちまいますよ!!」
「ビビってんじゃねえ! 町に火なんか吐くわけねえだろ! それに竜騎士が降りて来るまでまだ時間がある! 竜は高い所にしか降りねえんだよ。竜は地上が嫌いなんだ。あいつらが降下しようとウダウダやってるうちに金目の物をとっとと集めて……!」
後から来た二頭の竜達が上空を通り過ぎた。竜は風圧と見上げた時の視界を埋め尽くすその大きさだけで地上の者に恐怖を感じさせる。
「ひいい!!」
ガルムが上空を睨んだ時、最初の竜が戻ってきて遥か上空をゆっくりと通り過ぎ、乗っていた人間が宙に舞った。
「え?」
黒いシルエットが右腕に剣を持ちながら落ちてくる。まっすぐ落ちてくる剣士に盗賊は思わず悲鳴をあげた。
「うっうわああああ!!」
ドォンという音と共に剣士は地上に降り立った。土埃が激しく舞い、地上の者達は飛んでくる小石に腕で顔をかばった。
土埃の中、剣士が立ち上がった。下敷きになった盗賊はそのまま息絶えている。土埃が晴れると剣士は頭を降って土埃を払い落とし、剣をガルムに向かって突き出した。
「お前がこいつらの親玉だな! その命、もらい受けるぞ!」
剣士の艷やかな黒髪が肩にしだれかかった。
「な、なんて女だ!」
「なんであの高さから飛び降りて死なねえんだ! 人間なのか!?」
町の者達も呆気に取られている。
「行くわよ!」
剣士は高速で間合いを詰めガルムに斬りかかった。ガルムは剣を嫌がり、一歩後ろに跳んだ。と、即座に足を踏ん張り思い切り斧を横薙ぎにした。
「むうん!」
剣士は剣を横向きにして体にピタリと付け、斧を受け止めた。その勢いを殺すため剣士は右に跳んだ。それを見越していたガルムは一歩踏み込み、左の鋼鉄のグローブで思いきりボディブローを食らわせた。
「どうだ!」
剣士と目が合ったガルムは驚愕した。鋼鉄の拳が完璧に脇腹に入ったのにまったく効果が無い。斧とかち合った剣を上に振り上げると刃が擦れてギャリリと音がした。
「せい!」
剣士がガルムを袈裟斬りに斬り伏せた。ガルムは血を吐きながら倒れ、斧が地面に突き立った。
「フリーデだ……!」
「竜騎士フリーデだ!」
周りから歓声が挙がった。盗賊達はフリーデの名を聞いて震え上がった。
「だ、駄目だ! 逃げろ!!」
家や女達を漁っていた盗賊達もガルムの死体を見て一目散に逃げだした。盗賊達は急いで馬に乗り町を出て行く。フリーデは町の外に出た盗賊達に向かって剣を突き出した。
「クローディア!!」
竜の咆哮が響いたかと思うと、黒髪の美女を乗せた真紅の竜を先頭に、三頭の竜が風圧を伴いながらフリーデの頭上を通り過ぎ、町の奥から盗賊達の方へ飛んで行った。
「焼却しろイフリート!」
クローディアと呼ばれた騎士が叫ぶと竜が口から火炎を吐き、炎の嵐があっという間に盗賊達を焼き尽くした。猛スピードで通り過ぎた竜達が上昇して折り返し、町の奥の方へと飛んで行った。
「す……すごい……!」
「盗賊達が一瞬で……」
竜の火でチリチリと焦げた草原から煙があがっている。町の者達は救われた嬉しさよりも竜の強さに圧倒されて言葉が出なかった。
「いい子だ」
フリーデは振り返ると町の奥にある教会を見た。教会の屋根に三頭の竜が降り立ち、イフリートが誇らしげに両翼を広げているのが見えた。
三
老人がフリーデのもとにやって来た。
「盗賊を撃退していただきありがとうございました。私はこの町の町長です。すぐに駆けつけていただいたおかげで被害は軽く済みました。女王様のはからいには深く感謝申し上げますとお伝えください」
「いえ、私は城の者ではありません」
「は? しかし」
「たまたま別の用事で王都に帰る途中だったのです。争っているところを見たものですから」
「そうだったのですか。どうやら教会の方に竜も降りた様子。どうかお礼に昼食でも食べていってください」
「ではお言葉に甘えて」
その時町の入口の方から馬に乗った兵士が三十人ほど入って来た。
「む? 盗賊はもういないのか?」
先頭にいた騎士は兜の面を上げた。騎士がフリーデを見つけると馬から降りて歩いてきた。兜を脱ぎ、短い金髪が日を浴びて輝いている。堂々とした声でフリーデに声をかけた。
「フリーデ! 元気そうだな! 私は王国騎士団のラインハルトである!」
「毎回言わなくても知ってますよ」
「そうか! 忘れられているかもしれないと思ってな! 盗賊が町を襲ったと聞いて馳せ参じた訳だが!」
「私が先程親玉を仕留めました。賞金首だった男です」
「なんと! お前一人で倒したのか! さすがだな! 他の盗賊はどうした?」
「町の外で黒焦げになってますよ。一人二人は逃がしたかもしれませんが確認はしてません」
「そうか! よくやってくれた! そちらは町長であるか?」
「はっ騎士様。町長でございます」
「私は王国騎士団のラインハルトである!」
「はっ存じ上げております」
「遅くなってすまなかった! 最近あちこちで盗賊や山賊の動きが活発になっている! この町も王都から近いとはいえ兵士の巡回プランに入れねばならぬな! すぐに手配するゆえ安心するがよい!」
「はっありがとうございます……!」
フリーデは二人のやり取りに安心して笑みをこぼすと立ち去ろうとした。
「フリーデ!」
「はい?」
ラインハルトはフリーデを呼び止めた。
「前も言ったが王国騎士団に入らないか!」
「いや……私は……」
「お前が必要だ!」
他意は無いのだろうがまっすぐ見つめて言われるとさすがに少し恥ずかしくなりフリーデは顔を赤らめた。
「最近海を渡ってきた者達が町で悪さをするようになった! 竜人の中でもなにやら不穏な動きがあると聞く。お前のような強い騎士が我が国には必要なのだ!」
「私は自由気ままに暮らしています。たまにはこうして人助けもしています。特に今の暮らしには不満はありません」
「そうか! だが女王陛下もお前をとても気にかけていらっしゃる! 女王陛下は素晴らしい御方だ! この国と女王陛下のために尽くしたくなったらいつでも来るといい! 皆がお前を待っている! ではな!」
ラインハルトがマントを翻して町長のもとへ戻って行った。
(女王様か……)
フリーデは少し懐かしさを感じた。女王様のために働いた日々。前世の記憶が呼び起こされ、全力で働いていた日々を思い出し、フリーデは今の自分にははたして一体何があるのかと自問自答しながら教会へと歩いて行った。
四
教会の屋根で三頭の竜が気持ちよさそうに日光浴をしていた。左後ろの黒い竜がフリーデを見て羽を少し上げた。
「クロガネ」
気の抜けたフリーデを見てクロガネは周りに警戒する必要がないと感じたのか、目をつぶり日光浴の続きに入った。フリーデは怯える教会の者に挨拶をし、仲間は近くの食堂にいることを聞かされそちらに向かった。
「いらっしゃい」
カランという音を立てて食堂のドアを開くとカウンターにレザーアーマーを着て腰にレイピアを差したクローディア、そして茶髪の少し小柄な、薄緑色の帯でまとめた白装束を着た女が座って唐揚げを貪っていた。
「あっもう来た! 唐揚げを! もっと唐揚げを!」
「少し残してあげなよクローディア、かわいそうだよ」
「うるさいわね! 私は育ち盛りだから食べないと駄目なの! リンネ、あんたももっと食べなさい! そんなんじゃ大きくなれないわよ!」
「私のお母さんかよ……」
店長は嬉しそうに料理を作っている。
「まだ揚げてやるから大丈夫だよ、いっぱい食いな」
「ありがとう店長!」
「ずいぶん騒がしいわね」
フリーデがクローディアの隣に座った。
「よう救世主様、助かったぜありがとうよ」
「いえ。賞金がかかってたからもらいに来ただけです」
「そうかそうか。悪いことはできねえやな。ほらあんたも唐揚げどうだい?」
「ありがとうございます」
クローディアは唐揚げをたくさん食べて満足気に麦茶を飲んでぼーっとしていた。
「ケガはないフリーデ?」
「うん」
「ある訳ないでしょー。全身鋼鉄女なんだからー」
「ちょっとそれ失礼じゃないの? フリーデだって女の子なんだから」
「この嬢ちゃんそんなに強いのかい?」
「強いなんてもんじゃないわよー。百人と戦ったってケガしてるのなんて見た事ないんだからー」
「そりゃすごい!」
フリーデは戦いで負傷したことがない。病気になったりお腹を壊したりする事はあるが、外からの攻撃はどんな攻撃でも平気だった。せいぜい関節を少し痛める程度で、アリの時の『硬さ』を受け継いだものだとフリーデは理解している。
「なんだか生まれた時から魔法がかかっているみたいで、外からの衝撃はだいたい平気なんです。どんな高さから落ちても平気だし」
店長は唐揚げをフリーデの前に置いて感心した。
「そりゃ強い訳だ。ほれ」
「ありがとうございます」
美味しそうな唐揚げだ。クローディアは再び唐揚げを見始めた。
「ラインハルト様と嬢ちゃんがいればこの国は安泰だな」
「ん?」
「いやな、最近兵士から聞いた話なんだが、他の大陸から渡ってきた海賊が相当な手練れだって噂なんだ。この国を侵略しに来たんじゃないかって話で王都も今ピリピリしてる」
「そうなんですか」
「山にいた竜人達もここぞとばかりに海賊側についたとかって噂もあってな。本当だとしたらかなりきな臭い事になりそうだ」
「そ、そんな」
リンネは怯えている。人型をした竜である竜人は山に隠居していてこれまで王国とは干渉しなかったが、強引な開発により少しずつその住処は追われ始めている。海賊達と手を組めば脅威になることは間違いないだろう。
「戦争にでもなったら俺達の暮らしも大きく変わっちまうだろうな」
クローディアの口がもぐもぐしている。話し込んでいる間にフリーデの唐揚げが一個減っていた。
「戦争か……」
クローディアとリンネ、そして竜達との気ままな暮らし。フリーデは自分の守りたい者達を考えながら唐揚げを食べた。
「フリーデ」
「ん?」
クローディアは真面目な顔でフリーデを見た。
「一度ノースポイントに行ってみよう。海賊達のことを見極めないと」
「クローディア……」
「私は家に追い出された身だけど、騎士としてこのまま放ってはおけない」
リンネがクローディアを心配そうに見た。
「でもまた余計な事するなとか言われるんじゃないの? お父さんまた怒らせちゃうよ」
「お父様の機嫌なんて関係ないわ。私は私のしたい事をする。竜騎士として悪い奴を倒す!」
フリーデは笑みをこぼしながらため息をついた。
「分かった分かった。まったく正義の味方はこれだから」
「はああやだなぁ〜」
リンネが深いため息をついた。
「無理はしないから大丈夫よ」
フリーデはそう言うと立ち上がり、歩きざまリンネの肩をポンポンと叩いて食堂を出て行った。
「行くわよリンネ! ごちそうさま店長!」
クローディアも立ち上がって食堂を出て行くと手を上げた店長を尻目にリンネも慌ててついてきた。竜達が三人を見て地上にドシンと降り立った。クローディアは真紅の竜イフリートに右手から背中に飛び乗り、リンネは緑の竜オリジンを寝かせて背中によいしょと乗った。フリーデはクロガネと目を合わせてからクローディアと同じように右手から背中に飛び乗った。
「行こう。港町がどうなってるか偵察する。リンネお願い」
三頭の竜が一斉に羽ばたいて舞い上がると、地上は砂埃が舞い上がった。リンネが目を瞑って両手を組み合わせ印を作ると、紫の光の膜に包まれた竜達が一気に加速した。
五
三人は港町ノースポイントが遠くから見える崖の上に降り立った。ノースポイントから煙があがっている。リンネは不安そうに声をあげた。
「海賊達に占領されちゃったの?」
「いや……まだそういうわけじゃなさそうだけど。でも相当やられてるわね」
町の半分以上は既に焼け落ちていて、住宅街があった場所から煙があがっていた。クローディアは歯を食いしばった。
「海賊船も何隻も壊れてる。きっともう何回も襲われてるんだ」
「クローディア、すぐに王都に引き返そう。女王様に知らせないと」
「あ、あれ!」
リンネが海を指差した。海賊船が三隻ノースポイントに向かっている。
「まずいわね、あんな状態でまた襲われたら……ちょっとクローディア!?」
「見て来るだけだから!」
クローディアはイフリートに飛び乗りノースポイントへ飛んで行った。
「リンネ、イフリートのサポートをお願い」
「分かった」
フリーデもクロガネに乗ってクローディアを追いかけた。
先行したクローディアはノースポイントの上空から町を見下ろした。遠くから見ていた時は港の方で壊れた海賊船が放置されていると思っていた。だがよく見ると港の方には木でできた新たな砦のような物が作られている。船は壊れていたのではなく、上陸したのち分解して戦いながら野営地を築いていたのだ。焼け落ちた住宅街とは対照的に、新しい砦の存在は海賊が上陸し、ノースポイントを略奪して占拠したシンボルとなっていた。
「もうノースポイントの人達は残ってないのね……」
「クローディア!」
「フリーデ! ノースポイントはもう占拠されてる! 私は海にいる奴らをやるからあんたは砦を潰して!」
クローディアは船の方へ飛んで行った。フリーデは上空からクロガネを急降下させた。海賊達がフリーデの存在に気付いて警鐘を鳴らし始めた。クロガネが砦の上空から炎で薙ぎ払った。海賊が弓矢で応戦するが高速で飛んで行くクロガネにはまったく当たらない。クロガネが炎を吐きながら二往復すると砦は火の海と化した。
クローディアは海の三隻に急速に近付いた。海賊側もどうやらクローディアに気付いたようでバタバタと準備を始めた。イフリートが高速ですれ違いざま左の船の上空から炎を吐いた。船から海賊の悲鳴があがり、矢も飛んでくるが当たらずイフリートが上昇し一旦離れた。
「舞踏士!」
海賊が合図すると舞踏士と呼ばれた白装束の男が二隻にそれぞれ現れた。舞踏士が船の上で独特な踊りを始めると海水が立ち昇り始め、球状になった水のヴェールが船をすっぽりと包み込んだ。イフリートが戻ってきて右の船に炎を吐くと、水のヴェールで炎が弾かれてしまった。
「な!? 何よあれ!」
クローディアはイフリートでもう一度、今度は真ん中の船に炎を吐いたがやはり炎は弾かれ無駄だった。
「炎が通じないなんて……」
クローディアは船の上空で途方に暮れた。
「クローディア! 止まっちゃ駄目よ!」
フリーデの声にはっとしてクローディアは下を見た。海賊達が弓を構えている。
「イ、イフリー……!」
「撃てぇ!!」
少し離れた所で船と平行に飛び続けていたリンネが叫んだ。
「クローディア! しっかり掴まってて!!」
海賊達が一斉に矢を放った。クローディアがぎゅっと身を固くするとリンネが両手で印を組み、イフリートが紫の光に包まれた。するとイフリートは突然加速し、飛んでいるリンネの竜とまったく同じ動きをして船から急速に離れた。大量の矢がイフリートがいた辺りを飛んで行き、勢いを失って海に落ちた。急な加速にクローディアは手綱を持ったままひっくり返り、宙吊りになってからイフリートをよじ登った。
「ぐえっ! た、助かったわリンネ」
クローディアの横をクロガネが高速で通り過ぎた。風で髪が前に持っていかれたクローディアは、髪を押さえながら叫んだ。
「あいつら炎が通じないわよ!!」
「見てたわ!」
フリーデは叫ぶと剣を抜いてクロガネの上で中腰になった。
「行くわよクロガネ!」
フリーデは猛スピードのクロガネから飛び降りた。海賊達は啞然とした。
「は?」
先に飛んで来たクロガネが両腕を曲げると翼がギラリと輝いた。真っ直ぐ飛んでいたクロガネが突如横向きになり、反時計回りに回転しながら振り子のような軌道を取って落ちてくると右の船を翼で切断した。その勢いで再上昇するとクロガネは元の姿勢に戻り船から離れていった。
「な、何だあの竜は……あっ!?」
隣の船への斬撃に気を取られた中央の海賊が空に視線を戻すと、フリーデが勢いよく飛んで来た。
「ばっ馬鹿……!!」
猛スピードで船首に落ちたフリーデは樽やら海賊やらを巻き込んで吹き飛び続け、船尾の方までめちゃくちゃにひっくり返した所でようやく止まった。横に避難した海賊が呆然とフリーデを見ていた。
「な、なんだこいつ……」
「ば、化け物だ……!」
「さあ! 行くわよ海賊共!」
海賊を相手にフリーデの大立ち回りが始まった。クローディアはリンネと共に上空から船を見下ろした。
「ホントムチャクチャなコンビね」
「さっきのイフリートの火を防いだ術……私の国で見たことあるやつだった」
「え?」
「もしかしたら私の国の人間も関わってるのかも……」
「マジ? あんたどうするの?」
「どうするって……」
転覆する右の船から突如、錐揉み回転しながら二つ空に飛び上がった者がいた。
「な、なに!?」
竜の翼が生えた人型の生物が二体、剣を持って空中に浮いている。
「りゅ、竜人!」
胴体以外の部分に竜の鱗がびっしりと生え、顔も竜の竜人は、喋らなければ区別がつかない程竜に酷似していた。クローディアは腰のレイピアを抜いた。
「リンネ! 私の後ろについてきて!」
「わ、分かった!」
リンネは印を組むと竜人に向かって飛んでいくイフリートの後ろにピッタリ付いた。竜人は左右に分かれ、左の竜人をイフリートが追う形になった。
イフリートの前を飛んでいた竜人が速度を落とし、クローディアの右に平行して飛ぶと、竜人が剣で斬りつけてきた。クローディアは体を傾けてかわすとすぐさまレイピアで突き返した。竜人の肩を貫くと、竜人は呻きながら器用に回転して方向を変え、イフリートの真下に付いた。イフリートへの攻撃を察したクローディアはイフリートごと回転し、逆さになって竜人の胸を突いた。竜人は絶命して海へ落ちて行った。
もう一体の竜人はオリジンの後ろに付き、リンネが振り切ろうとしてクローディアと別れ右に飛んだ。しかし竜人の方が小回りが効いて振り切ることができない。
「くっ……!」
リンネの方がクローディアより竜の扱いが上手い。変幻自在に動くリンネと竜人の飛行に一度離れたクローディアはついていけない。
「リンネ……! くっ速い……!」
リンネは飛びながら周囲を見回して、印を組んだ。
「お願い!」
オリジンは方向を変え、上空から下へ向かって落ち始めた。竜人もついてくる。竜人が剣を構え、オリジンを突こうとしたその時、横から紫色の光に包まれたクロガネが飛んで来てすれ違いざまに竜人を翼で斬り裂いた。海面すれすれでオリジンは浮上して加速を緩めた。
「ふぃー怖かったぁ」
ふわふわと高度を上げて行きリンネはクローディアと合流した。
「はーやっぱ頼るべきはクロガネよね」
「いや私も倒したし!」
「フリーデは?」
クローディアが船を指差すと、フリーデが船の上で一人佇んでいた。
「ええ……もう全部倒しちゃったの?」
「さすがに少し疲れたみたいだけど」
フリーデは目ざとく船の上で酒を見つけると何本か懐に抱えた。
「クロガネ!」
クロガネが船の上にドシンと降り立つと船からバキバキという音がした。船のあちこちから水が入って来ている。フリーデが急いでクロガネに乗って飛び立つと、船は音を立てながら海に沈んでいった。
「フリーデ! 無事?」
「大丈夫よ。ビールをゲットしたわ、はい」
フリーデは二人にそれぞれ一本ずつ瓶ビールを投げ渡すと、手綱の金具に引っ掛けて栓を開けた。当然のごとく揺れまくっていた瓶ビールの口からは泡が溢れ返った。
「うは! カンパーイ!」
「「カンパーイ!」」
ビールを飲みながら三人は竜で空を駆けて王都へと引き返した。
六
王宮内をガシャガシャと鎧の金属音を響かせながらラインハルトが早足で歩いて来た。そして謁見の間に入ると女王に挨拶した。
「遅くなって申し訳ございません!」
「ラインハルト! 首尾はどうですか?」
「ハッ! 盗賊はすでに鎮圧されておりました。巡回ルートなどを見直し、帰還する途中、海岸に海賊の存在を見つけ、殲滅して参りました!」
「海賊が?」
謁見の間で女王と共に作戦会議を行っていた軽装の騎士がラインハルトの方を向いた。
「ジェット! 久しぶりだな!」
「今まさに海賊について話していた所だ」
「何事なのですか陛下?」
謁見の間の中央に大きな木のテーブルが置かれ、地図が広げられている。テーブルの周囲には騎士や兵士の隊長など錚々たる顔ぶれが揃っていた。若き女王がラインハルトに説明した。
「最近他国から渡ってきた海賊が、北の海岸を中心に次々と上陸し、町を襲っているようなのです。色んな部隊から報告が上がっています。これはただ事ではありません。我が国は海賊達を侵略者とみなし排除することにしました」
「なるほど。私が見た集団だけではなかったのですね」
髭面の大臣が慎重な姿勢を見せた。
「しかし海賊というのは海上での略奪を主とするような連中です。たまたまそのような海賊団がこちらのほうに流れているだけなのでは?」
「海賊の対処で手薄になっているのを知ってか知らずか、盗賊達の襲撃も増えています。このまま沿岸の兵に撃退を任せるだけというのはいささか消極的すぎるのでは?」
「しかし討伐には金がかかる! 先日酒の税を上げたばかりです。資金はどうするのです? ただのならず者なら放っておけばよい!」
どうやら会議は平行線のようだ。
「ただのならず者じゃないわよ」
謁見の間に不意に女性の声が響いた。一同が声がした入口の方を見ると、フリーデ達三人が入ってきた所だった。一同がざわついた。
「フ、フリーデ……!」
「あれが竜騎士フリーデか……!」
「クローディア様もいるぞ!」
ツカツカと歩いてきたフリーデとクローディアはテーブルの近くまで来ると跪いた。リンネもこそこそとついて来て跪いた。
「ご機嫌麗しゅう女王陛下。フリーデと申します」
「あなたがフリーデですか。噂は聞いています。民間人ながらこの国最強の竜騎士だそうですね」
「いえ、そのようなことは」
「クローディアもお元気そうね。後ろの方はご友人ですか?」
「ご機嫌麗しゅう女王陛下。隣の者はリンネと申します。私と一緒に賞金稼ぎをしている仲間です」
「まあ! こんなにおとなしそうなのに! あなたとフリーデの仲間ということはさぞお強いのでしょうね?」
「いいいいいえ! 決してそのようことは!!」
リンネはしどろもどろだ。こういった場は慣れていない。
「それで? 何かお話があるのでしょう? 聞かせてもらえませんか?」
「私達はノースポイントに先日行ってきた所です。ノースポイントはすでに海賊達に占拠され壊滅していました」
一同がざわついた。
「さらに上陸しようとした海賊船三隻と遭遇したので私達三人で殲滅し、ノースポイントの砦も破壊しました。これであの場所を拠点に大規模な活動をすることは出来なくなったはずです」
「なるほど。ご苦労様でした。素晴らしい働きをしてくれたようですね」
「ですがその際に気付いた事があります。敵は海賊だけではありません」
「え?」
「まず海賊船に大和帝国の術を使う者が乗っていました。舞踏士という兵のようです。彼等の術により、竜の炎は弾かれてしまい効果がありません。彼等の船は直接叩かなければなりません」
「や、大和帝国だと!? い、一体どういうことなんだ!?」
周囲は再び騒ぎ始めた。
「へ、陛下! これは国際問題ですぞ! すぐに非難声明を出さなければ!」
「落ち着きなさい。まだ数人乗っていただけで国の兵士とは限りませんよ」
「それから竜人の存在も確認しました。その場で二体と戦闘になりました。船に乗っていたので彼等の仲間と見て間違いないでしょう」
「やはり竜人ですか……噂はありましたがどうやら事実のようですね」
ラインハルトが女王に話しかけた。
「陛下、やはり竜人は海賊と手を組んだようです。他の場所で報告されている船にも舞踏士が乗っているようです。敵はどうやら侵略を目的とした隣の国の海賊と竜人、そして裏に大和帝国がついたようですね」
「となると、敵の大将はバルフレアですね。フリーデ、あなた達は竜の炎が通じない船をどうやって撃退したのです?」
「一隻目は舞踏士が出る前にクローディアが炎で、二隻目は私の竜が回転して翼に仕込んだ刃で船を切断し、もう一つは私が竜から飛び降りてそのまま船上の敵を全員斬り伏せました」
クローディアから見て、テーブル周囲の一同が明らかにフリーデの言葉を理解出来ていないのがわかった。
「回転? 飛び……え?」
クローディアが言葉を継いだ。
「フリーデの竜は翼が刃のようになっていて、炎だけでなく斬撃も可能なのです。そしてフリーデには生まれつき魔法が備わっていて、外部からの攻撃や衝撃が全て無効になっているのです。これによりどんな高さから飛び降りてもフリーデにはダメージは一切無く、賞金首のアジトに空から直接飛び降りてその近くにいる者達を一気に討伐するという戦法で各地を暴れ回っているのがフリーデが最強たる所以になっているのです」
「それは……すごいですね。風邪を引いたら注射はどうするのです?」
「東洋の漢方薬を飲んだりして何とか。寝るのが一番ですね」
ラインハルトは目を輝かせた。
「すごい! やはり私の目に狂いは無かった! 陛下、彼女が参戦してくれれば海賊など恐れるに足りません!」
「そ、そうです! こんなに強い人が味方にいるなんてなんたる僥倖!」
「フリーデ様万歳!!」
皆がフリーデの強さに感激し場が盛り上がった。女王は手を上げ、周囲を鎮めた。
「フリーデ」
「はい」
「この戦争に力を貸してくれませんか?」
「お断りします」
周囲がざわついた。ジェットの表情は変わらない。
「こんなに多くの人に期待されたのは初めてです。それは本当に嬉しいです。でも私は国のために生きているのではありません。私は私の為に生きる。そう決めています」
フリーデは立ち上がった。
「今回の敵には竜人がいます。竜の炎が効かないとはいえ制空権を取るのが重要になります。私のような紛い物ではなく、本当の竜騎士の力が必要になるでしょう」
フリーデはジェットを見た。竜騎士部隊の隊長であるこの若い騎士にクローディアが憧れて竜に乗っていると以前聞いたことがあった。
「それでは私はこれで。ご武運を」
フリーデは振り返り歩き出した。クローディアとリンネも慌てて立ち上がってフリーデに続いた。テーブルにいた隊長の一人がフリーデを指差し震わせながら叫んだ。
「き、貴様! 陛下の申し出を断るとは何事だ無礼者め! 臆したのか!」
「そ、そうだ! なんやかんや理屈をつけて逃げる気か!」
「恥ずかしくないのか!」
周囲が騒ぎ出した。
「お黙りなさいッ!!」
女王が一喝し、場が静まり返った。
「フリーデがどうしようと彼女の自由です。あなた達は兵士です。この国の為に戦うのが仕事です。守るべき民間人に頼るなどもってのほかですよ」
最初に叫んだ隊長は気まずそうに女王に侘びた。
「し、失礼しました陛下」
女王は隊長の肩に手を置き微笑んだ。
「大丈夫です。私はあなた達を信頼しています。私の命はあなた達と共にありますから」
女王の言葉に隊長は胸がいっぱいになり涙目のまま直立した。
「フリーデ」
「はい」
フリーデは振り返り、女王が近くまで歩いて来るのを待った。よく見ると女王がフリーデよりも若い事に今更ながら気付いた。女王の優しそうな顔を見ているとフリーデはなぜか懐かしさを感じた。
(あれ……なんか私に似てる……?)
「あなたは心も強くなったのですね」
「え?」
「報告してくれてありがとう。またいらしてください。今度は私の友人として」
ラインハルトは朗らかに叫んだ。
「すまなかったなフリーデ! 私のせいで変な期待を持たせてしまった! あとは私に任せろ! あと騎士団はいつでもお前を待っているからな! ハッハッハッ!」
七
謁見の間を出た三人は外の空気を吸って一息ついた。ふとクローディアが足を止め、フリーデとリンネは振り返った。
「どうしたのクローディア?」
「フリーデ、あんたは自分の信念を持ってる。周りがどう言おうと私はあんたの意見を尊重する」
「ありがとう」
風が吹いて三人の髪が少し揺れた。
「でも私はこの国を見捨てるなんてできない。私は城に残って戦う」
リンネはクローディアを見た。
「クローディア……」
「私はこの国の騎士の生まれ。私は私のしたい事をする。私はジェット様の所で竜騎士として戦うわ」
「そう」
「ここでお別れね」
「別に会えない訳じゃないわ。私達はいつもの店にいるから。……気を付けて」
「ありがとう。リンネも元気で」
「う、うん……元気で」
クローディアは笑うと振り返り、城に戻って行った。
八
クローディアは久しぶりに生まれ育った屋敷に戻ってきた。庭にイフリートと共に降り立ち屋敷を眺めた。
「五年位じゃ大して変わらないか」
クローディアが屋敷に入ると背が高い高齢の執事が出迎えた。
「クリフ」
「お帰りなさいませクローディア様。お話は伺っております。ジェット様の部隊に入られるそうで」
「ええ。お父様はいる?」
「戻ったか」
クローディアの父親が階段を降りてきた。
「お父様、お元気そうね」
「ジェットの部隊に入るそうだな。まだ竜騎士の真似事などしているのか」
「私の勝手です」
「お前は竜騎士が何なのかまったく分かっていない。お前は騎士として育ったのだ。いまさら竜騎士にはなれん」
「ここで押し問答したって私は変わりません」
クローディアはプイと顔を背けた。クローディアの父親はため息をついた。
「まあいい。女王陛下に尽くすと決めたその意志は評価する。夕食にするとしよう」
「はい」
盛り上がったとは言えないが久しぶりに家族水入らずの夕食をすませたクローディアは自室に戻った。窓から見える夜の庭園にイフリートが寝そべっていた。
「イフリート」
クローディアは窓からそっと声をかけた。イフリートは目を開けてクローディアを見て尻尾を少し動かしたが再び目を閉じた。
「頑張ろうね」
宿屋のベッドにフリーデは足を組んで寝転がっていた。もう片方のベッドに腰掛けて窓から外を見ていたリンネはフリーデに話しかけた。
「ねえフリーデ」
「ん~?」
「私達に何かできることないかな?」
「さあね~」
「クローディアのためにさ」
フリーデは横になって頬杖をついてリンネを見た。リンネはいつもクローディアに振り回されているように見えるが仲は良い。
(なんだかんだでいいコンビなんだよなこの二人)
「敵の規模がどんなもんか先に見ておくのがいいかもね」
「うん」
「でも戦闘は嫌よ。金にならないし」
「またそんな事言って。そんなに強いんだから手伝ってあげればいいのに」
「別に強いからって戦わなきゃいけない理由なんて無いじゃない」
「まあ、そうだけど」
「大丈夫よ。クローディアは強いんだから」
「そう? いつもフリーデが暴れてるから分かんない」
「クローディアはね、竜騎士になりたいからイフリートに乗ってるのよ」
「……? そりゃそうでしょ」
「ま、そのうち分かるわ。明日海を見に行こう。おやすみ」
九
「うーん、全然いないわね。海賊」
フリーデとリンネは北の海岸に再び出向いて崖から偵察していた。
「この前砦を壊したからしばらく来ないんじゃ?」
「ラインハルトが他の場所がどうたらとか言ってたし、次は違う海岸から来るつもりなのかしら。ちょっと周ってから王都に戻ろっか」
「うん」
二人は東の海岸伝いに南に下ることにした。
「へ、陛下! 大変です!! 海賊がすぐそばの東の海岸に現れました!! かなりの数です!!」
謁見の間に入ってきた兵士が叫んだ。
「やはり来ましたか。ジェット、クローディア、準備はいいですね?」
「はっ! すぐに出撃します。行くぞクローディア」
「はい!」
ジェットとクローディアは装着したカラビナで金属音を鳴らしながら謁見の間を出て行った。
髭面の厳めしい体の大きな男が五十隻の海賊船団の中心の船で海賊達に囲まれて立っていた。腕を通さずに肩から羽織った派手な上着が潮風ではためいている。船首の海賊が叫んだ。
「バルフレア! 王都が見えたぞ!」
「おう!!」
バルフレアは樽に乗っている酒瓶を取りグイッと煽ると叫んだ。騎士団が馬に乗って海岸に集まって来ているのが見える。
「見ろ! 新大陸で上品な紳士諸君が俺達を出迎えに来てくれたぞ! あのメルヘンチックなお城が見えるか? あの素敵なお城とかわいいお嬢様方をみんな俺達が頂くんだ! 行くぞてめえら!!」
「オオ!」
全身に入れ墨がびっしりと入った海賊達が斧の柄で船の床を打つ。
「邪魔する奴らは皆殺しだ! 容赦するな!! 奪い尽くせ!!」
「オオオオオオオ!!」
舞踏士が独特なステップで踊り出すと、海賊達が赤い光に包まれた。
「グオオオオオオ!!」
海賊達が術によって正気を失い叫び出す。水平線を埋め尽くす大船団から響く太鼓の音と叫び声が恐怖を煽る地響きとなり、海岸にいる騎士達に届いた。
ラインハルト達は海岸に横一列に整列し、決然と海賊達を見据えていた。王国の旗が風を受けてはためいている。
ラインハルトは海賊を見据えながら叫んだ。
「俺達は騎士だ! 騎士の命は俺達の物ではない、女王陛下の物だ! 騎士の生き方は俺達が決めるのではない、女王陛下が決めるのだ! 俺達は今日、ここで奴等と戦うために生きたのだ! 力尽きるまで奴等と戦え!」
「ハッ!!」
海岸に船が乗り上げたと同時に海賊達は砂浜に飛び降り、犬歯を剥き出しにしながら騎士達に向かって猛然と駆け出した。
「うおおおおお!!」
「抜剣!!」
ラインハルトが叫ぶと騎士団は一斉に剣を抜き、胸の前に構えた。
「行くぞ! 全軍突撃!!」
ラインハルトの声を合図に騎士が馬で砂浜を駆けて行く。正気を失った海賊達が斧を振りかぶって騎士達に飛びかかった。
両者がぶつかり合った激しい音が海岸に響いた。
激突した衝撃で馬から落ち、斧で斬り殺される者、相討ちになる者達、騎士が馬上で相手を剣で突き、うまく相手を捌いて海賊を倒せば、その一方で力任せに騎士を突き倒し、斧でとどめを刺す者。激しい応酬にお互いの人数がどんどん減っていった。
謁見の間に兵士の叫び声が聞こえてきた。
「陛下! 西の山から竜人の集団が現れました!」
「海賊とは別行動ですか。状況は?」
「竜騎士部隊が王都の上空で交戦するようです!」
竜騎士部隊が王都上空を高速で滑空していた。クローディア達は西から王都に入って散り散りになった竜人をそれぞれ視界に捉えた。
「来たぞ! 竜人だ! 殲滅しろ!」
「はっ!」
「もう海岸の騎士達のサポートは無理だ! 彼等を信じてこっちに集中しろ! 竜人を王宮に入れないようにするんだ!」
「わかりました!」
それぞれが高速で散って行き、王都上空で竜人達との空中戦が始まった。竜騎士は五十人ほどに対し、竜人達の方は百体近くいる。
やがて建物を縫うようにして飛んでいく竜人を、一人の竜騎士が捕捉して後ろに付いた。騎士が後ろから槍で突こうとすると、竜人は器用に空中でわずかに軌道を変えて槍をかわし、騎士の横から剣で騎士を突き殺し、制御を失った竜は建物に体をこするようにして墜落した。翼に触れた屋根の瓦が弾け飛び、窓がガタガタと震えた。
その場所より東にいたもう一人の竜騎士が別の竜人と交戦状態に入った。竜騎士の竜は追い越すようにして竜人の上から炎を吐き、竜人がかわした所を後ろから来た別の竜騎士が剣で斬り殺した。
「よし! 次だ!」
「おう!」
二人の竜騎士は敵を探して一旦上昇した。
火を吐く竜人もいる。竜騎士と空中で交戦していると、その横から突然喉をうならせながら近付いてきた竜人が火を吐き、竜が燃えながら地上に墜落した。竜騎士は竜から投げ出され、立ち上がると、肩を押さえながら別の竜に乗るため城へ戻って行った。交戦する時の炎と破壊であちこちから火の手が上がり始めた。
クローディアが竜人を捕捉すると、レイピアを抜いて後ろに付いた。後ろから突くがかわされ、竜人が横から剣で斬りかかると体の態勢を変え斬撃をかわすが、反撃に出ようとすると再び距離を取られ、クローディアの後ろや下に付かれてなかなか攻撃に移れない。
「くっちょこまかと面倒な奴!」
何度かの接近の後、竜人が横から剣でイフリートを斬ろうとした。
「あっ! イフリート!」
クローディアはイフリートを守ろうと急いで縦回転させた。クローディアはバランスを崩して手綱を持ったまま空中にぶら下がった。
「うわ!」
そこに竜人が斬りかかってきて、右のレイピアでいなしたものの左肩を少し斬られ、危うく手綱を離しそうになった。
「ぐ!」
竜人がクローディアを通り過ぎた時、ジェットが飛んできて竜の腕が竜人を掴み、建物の横に投げ付けた。
「クローディア! 無事か!?」
態勢を立て直して一旦建物の屋根に着地したクローディアは左肩を押さえて叫んだ。
「ありがとう! 大丈夫です!」
「竜をかばうな!」
「え? でも……」
ジェットの後ろから竜人が斬りかかってきて、上に急上昇したジェットは空中でターンして敵を追いかけ始めた。ジェットの後ろを二体の竜人が追いかけ、ジェットは三対一になった。クローディアは建物から飛び立ってジェットを追いかけた。
「助けないと……!」
ジェットは前の竜人に追い付き、槍を振ると竜人はかわして上に付いて斬りかかってきた。ジェットが旋回して竜が上になると、竜は肩を斬られながら竜人を掴み、旋回してジェットが上になると竜人を建物に叩き付けた。
後ろの竜人二体がジェットの左右に付くと、竜が右に炎を吐き、右の竜人が離れると同時に左の竜人に槍で攻撃し、竜人を串刺しにした。戻ってきた右の竜人が斬りかかると、ジェットは少し左に旋回し、竜の翼が斬られたが、右に槍を持ちかえると逆手になった槍が竜人を貫いた。
ジェットは騎士を失って屋根に座っている竜を見つけると、その竜の近くに着地した。クローディアが追いつきジェットの近くに着地した。
「クローディア、竜をかばって負傷するなど竜騎士のすることではない」
「で、でも竜は大事な相棒です!」
「騎士が戦場で馬をかばって死ぬ姿を見たことがあるか?」
「……いえ」
「竜騎士にとって竜は相棒じゃない。戦う為の道具なんだ。竜が死んだら新しい竜に乗って戦う、それだけだ」
「そんな……!」
「確かに竜は強く、美しい。長く一緒に過ごしてきて、あなたが竜に愛着を持つ気持ちもわかる。でも竜騎士は戦うのが仕事だ。兵士なんだ。女王陛下とこの国のために戦う手段として竜に乗っているんだ」
クローディアは言葉が出なかった。
「イフリートを大事にしたいなら竜騎士は辞めろ。何の為に戦うかを考えろ、戦う手段など考えるな」
ジェットは新しい竜に飛び乗ると再び空を駆けて行った。クローディアはしばらく動けなかった。イフリートが城の方に首を動かした。クローディアは夕日に輝くイフリートを見た。
「何の為に戦うか……」
十
「フリーデ! あれ!」
フリーデとリンネは海岸沿いに北から飛んで来て、王都の東の海岸に騎士団と海賊達を見つけた。交戦は終わったようで、騎士と海賊達が大勢砂浜で事切れていた。
「まさか一気に直接王都の横に来るなんて……あれは!」
フリーデとリンネが砂浜に着地した。リンネは血と死体に満ちた砂浜に震えて声が出ない。靴に当たる波が血で黒く濁っていた。ラインハルトが剣を杖にして下を向いて膝をついていた。
「ラインハルト!」
フリーデが駆け寄って声をかけると、ピクリと反応し、ラインハルトは顔を上げた。全身血だらけで喋るのがやっとのようだった。
「フリーデ……か……」
「勝ったの?」
「いや……半分……だ」
「半分?」
「半分が……王都に……止められなかっ……」
ラインハルトがバランスを崩して倒れた。フリーデがラインハルトの上体を起こした。
「頼む……奴らを止めてくれ……陛下が……」
「半分?」
リンネが周囲を見回した。かなりの数の海賊達が死んでいる。二百人はいるだろう。
「これで……半分……!」
「奴らを倒したら……褒美がたんまりだぞ……どうだフリーデ……ハハッ……」
「ラインハルト……」
「無念……だ」
ラインハルトは息絶えた。死体だらけの砂浜は不気味はほど静かだった。王都の方から戦闘の声が聞こえてくる。フリーデは立ち上がった。あの優しそうな女王に危機が迫っている。怒りが沸き上がってきた。海賊達があの美しい女王をただで殺すとは思えない。メラメラと闘争心が燃え上がって来た。
「リンネ」
「うん」
「私は城に行ってくる。あんたは逃げて」
リンネは震えながら手をギュッと胸の前で組むと、涙ぐみながらフリーデの方に向き直った。
「私も。私も行く」
フリーデはリンネと頷き合って、空を駆けた。
クローディアが城に行こうと飛び立ってしばらくすると、クローディアの屋敷の方から剣が交わる音が聞こえた。イフリートで屋敷の上に来ると、屋敷に火がついていて、外でクローディアの父親が竜人と戦っている所だった。
「お父様!」
イフリートが庭に降り立ち、急いで駆けつけると竜人に父親が斬られ、父親は膝を突きながら力を振り絞って竜人の腹に剣を突き刺し相討ちになった。
「お父様ぁ!」
クローディアは倒れた父親を抱き起こした。
「クローディア……お前こんな所で何をしてる。早く女王陛下の所に行け」
「でも……こんなに血が!」
「大丈夫だ、致命傷ではない。クリフに手当してもらう」
「お父様、私……」
「忘れたのか、お前は騎士だ。女王陛下のために戦え。お前に竜など必要ない」
「ジェット様にも言われました。イフリートを大事にしたいなら竜騎士はやめろと」
「竜騎士に憧れて竜に乗って戦っていたいのだろうが彼等とお前は違う。戦う目的と手段を一緒にしてはいかん」
「……はい」
「海賊共が城に向かっている。陛下を頼むぞ」
「はい」
クローディアは立ち上がってイフリートに飛び乗った。
イフリートで西の方から城に向かって飛んでいく。火の手が上がる王都の上空にはもう竜騎士も竜人も姿が見えなかった。クローディアは城に着くとイフリートから降りて謁見の間に駆け込んだ。
「女王陛下!」
女王がたった一人、謁見の間で玉座に座っていた。
「クローディア。無事ですか?」
「はい。海賊がこちらに向かっているそうです」
「海賊が……」
「騎士団はどうなりました? 何か報告はありましたか?」
「騎士団と海賊が交戦していたはずです。海賊がこちらに向かっているということは……」
「そんな」
外から男達の大きな笑い声が聞こえてきた。クローディアが外に出ると、正面から王都の炎を背景に、海賊達の大軍が笑いながら歩いてくる。クローディアは急いで城の扉を閉め、イフリートを扉の正面に立たせ、自らは歩いて行き、少し広まった場所でバルフレアが率いる三百人ほどの集団と対峙した。
「お? どうやら最後の騎士様のお出ましだぜ」
「ヒャハハハ!! いい体してんな姉ちゃん!」
クローディアの周りを前の百人程の海賊達が取り囲んだ。
「特別大サービスだ、みんなで順番に戦おうじゃねえか。誰からやる?」
「ウス! 俺から行きます!」
「よしお前からな。こいつを殺った奴はご褒美に一番最初に女王と遊ばしてやる。若くて美人らしいから気張って行けよ」
「よっしゃあ!」
「えぇ~こいつもかわいいじゃないすか! こいつも手籠めにしましょうよ~!」
「まあいいけどよー、手加減してやられても知らねえぞ。頑張って生け捕りにしたまえ諸君。ワシは年じゃからー動きとうーない。俺は最後でいいから遠慮なくやれや」
最初の海賊が前に出てヘラヘラ笑っている。
(こんな奴らに……こんな奴らに女王陛下を触らせてなるものか)
クローディアはレイピアを抜き、胸の前に構えた。
「私は私の一番したい事をする。この命尽きるまで、女王陛下の為に全力で戦う。私は……私は騎士クローディアだ!」
十一
「ぐえっ!!」
海賊が腹を突かれて絶命した。クローディアは肩で息をしていた。八十七人目の海賊が引きずられて横に寝かされた。バルフレアは拍手した。
「いやーほんと強いねぇ姉ちゃん。ったくそれに比べてだらしねえなてめえら。ちゃんとメシ食ってきたんだろうな?」
クローディアは膝をついた。左肩からの出血で意識が朦朧としてきた。立ち上がって再び戦い始めたが、八十八人目の斧の攻撃をかわした時バランスを崩して転んでしまった。しかし転びながら上体を起こしレイピアで素早く突くと八十八人目が力尽きた。バルフレアが八十九人目を見て笑った。
「どうやら次で最後だな。おめでとうザジ、てめえが女王様の初めてのお相手だ。バッチリ決めろよ」
「いやっほう! やりぃ!」
クローディアは疲労と出血で立ち上がれなかった。両腕を突き、顔を上げると海賊の嬉しそうな顔が見えた。
(ここまでか)
夕日が沈もうとしている。あの方向にクローディアの屋敷がある。
(お父様は無事だろうか)
厳しいが誇りに思っていた父の顔を思い出し、最後まで戦おうと力を振り絞って立ち上がった。沈もうとする夕日がやけに眩しかった。
「あん?」
バルフレアが何かに気を取られ上を見た。竜の咆哮が聞こえた。茜色の空に竜が二頭飛んでいる。クロガネからフリーデが飛び降りて、ドォンという音と共に土埃を舞い上げながらクローディアの前に降り立った。
「おおお親分! 空から女の子が!!」
「おっ落ち着け! 落ち着けてめえら!」
慌てふためく海賊の所へクロガネが猛スピードで突っ込んで来た。クロガネがラリアットするようにして回転しながら滑るように着地し、回転する刃の翼に巻き込まれた海賊達は声を上げる間もなく絶命した。クロガネが両腕をブンブンと振り、返り血を撒き散らすと吼えて威嚇した。
「グルオオオッ!!」
「りゅ、竜が!」
「止まったぞ! ぶっ殺せ!!」
海賊が襲いかかろうとしたがリンネを乗せたオリジンがすぐ上を通り過ぎると、風圧で海賊達が近付けず、その隙に紫色の光に包まれたクロガネがオリジンと同じスピードで急加速して飛び去った。
「くっくそ! なんだあの竜はふざけんな!!」
クローディアは力が抜けてその場に座り込んだ。
「ごめん遅くなった」
「待ちくたびれちゃったわよ」
「竜人に絡まれてたの。全員ぶん殴るのに少し時間がかかっちゃった。ジェットはまだ生きてる。少し休んでて」
「うん」
フリーデは海賊達に向き直ると、剣をスラリと抜いた。
「おいおいどうなってんだ? 何者なんだよてめえはよ」
バルフレアがイライラして聞いた。
「クローディアの友達よ。でもここで全員死ぬんだから私の名前なんか知らなくてもいいわよね」
「せっかく楽しんでたのに台無しだよ。オイてめえら! さっさと片付けるぞ!」
「おお!」
「あんたは最後よ。そこでアホ面して待ってな」
フリーデは海賊の中に飛び込んだ。集団の中に潜り込むと、剣の重さをまるで感じないかのように、フリーデは冗談みたいな速度で剣を振り回した。血の嵐がフリーデの周りを吹き荒れる。海賊の斧がフリーデの肩に二本同時に振り下ろされたが、ガキンという金属音と共に、フリーデの体を傷付ける事ができず止まってしまった。フリーデは海賊の攻撃をあらゆる方向から食らったまま構わず攻撃を続け、敵を強引に斬り捨てていく。
「なっなんだこいつ!!」
「化け物だ!」
「くそ! 殺せ殺せぇ!!」
フリーデの周囲に見る見るうちに海賊の死体が増えていく。
「掴め掴め! そいつの動きを止めろ!」
海賊達が数人がかりでようやくフリーデの腕を掴んで動きを止めると、フリーデは羽交い締めにされた。
「だあああああ!!」
フリーデが腕を力任せに振り回して、腕を掴んでいる海賊達を四人まとめて投げ飛ばした。
「うわあああ!!」
フリーデは羽交い締めにしている海賊の腕に噛み付くと、力任せに引き剥がした。まるで犬がネズミの尻尾を咥えて振り回すように、フリーデが頭を全力でブンブンと振り回すと、ぐったりした海賊は口から離れてどこかへ飛んで行った。
掴まれた時に剣を落としてしまい、探すのが面倒になったフリーデは足元の斧を拾って目の前の海賊に斬りかかった。
「うらあああああ!!」
しがみつく海賊を力ずくで振りほどきながら斧を高速で叩き付け、死体を踏み越え、血飛沫を浴びながら犬歯を剥き出しにしてフリーデは死を撒き散らした。
「あ、悪魔だ……」
「何なんだこいつ人間じゃねえ……!」
「に、逃げろ!」
「ひいい!!」
やがて海賊達はフリーデから逃げ出し始めた。するとタイミングを計ったかのように逃げ出した海賊に向かってクロガネが飛んで来て回転斬りを見舞いながら着地した。クロガネが退路を塞ぎ、海賊達を見て咆哮した。
「グオオオオ!!」
「く、くそ……もう駄目だ……」
「おしまいだ……」
後列の海賊達は完全に戦意を失い、泣きながらフリーデが迫って来るのを呆然と見ていた。クロガネの足元にフリーデが到達した時、バルフレア以外の全ての海賊が死体となって転がり、おびただしい血が乱雑に轍を作っていた。
「フーッ! フーッ!」
日が暮れて暗くなっていた。返り血に塗れたフリーデが振り返り、黒いシルエットのクロガネとフリーデのギラギラと光る眼がバルフレアを捉えた。
「う……」
バルフレアはフリーデを見て後退った。
「嘘だろ……二百人はいたんだぞ」
「あんたの相手は私よ」
バルフレアが振り返るとクローディアが立ち上がり、休憩して集中力を取り戻したクローディアは、お手本のような美しい姿勢でレイピアを構えた。
「てめえ……!」
「かかって来い」
バルフレアは斧を構えた。二人が対峙し、じりじりと間合いを詰めた。
「オラアア!」
バルフレアが振りかぶった瞬間にクローディアは踏み込んでバルフレアの右肩をレイピアで突き、素早くステップして下がった。
「ぐっ!」
バルフレアの右肩から出血し、右腕がダラリと下がった。バルフレアは斧を左手に持ち替えた。
(くそっ速すぎてまったく見えねえ……!)
再び間合いが狭まって来た。バルフレアが再び斧を振ろうとして腕が動いた瞬間、クローディアがレイピアで左肩を突き、クローディアは素早くバルフレアの左に回り込んだ。
「があっ!」
突かれた衝撃でバルフレアの左半身が後ろに仰け反り、左胸が開いた所に踏み込んだクローディアの刃が潜り込み、心臓を貫かれたバルフレアは力尽きて前のめりに倒れた。クローディアも疲れてその場に座り込んだ。フリーデは斧を捨てて歩いて来た。
「よくたった一人で頑張ってたわね。さすがタイマン最強の騎士様だわ」
「あんたもう少し人間らしい戦い方しなさいよ。いくら何でもムチャクチャすぎ」
「まあいいじゃない勝てばさ。私の剣どこ行ったか知らない?」
リンネが降りてきてクローディアに駆け寄ってきた。
「クローディアぁ!!」
リンネが抱き付くと二人は勢い余って地面に倒れ、クローディアは肩の傷が痛んで呻いた。
「ぐえっ! ちょっ痛い! 痛いから!」
「あっごめん!」
「……二人共ありがとう」
クローディアは上半身を起こしてイフリートを見た。
「今までありがとうイフリート」
十二
「今日倒した奴、すごい大物の賞金首なんだって!」
「ほんと? じゃあ今日はごちそうだ!」
晴れた昼下がり、フリーデとリンネは一か月ぶりに城にある竜の広場に降り立った。城の兵士がクロガネとオリジンを預かると、二人はイフリートを見つけた。
「あっイフリートだ」
「少し太ったかもねーあの子」
「クローディアが甘やかしてるからな~」
ひとしきりイフリートを眺めた後、二人は城の賞金首の担当がいる部屋に向かって城内を歩き始めた。城内に日の光が帯のようになって等間隔に斜めに差し込んでいる。向こうから立派な装飾が入った軽鎧を着たクローディアが歩いて来た。リンネが手を振った。
「クローディアぁ! 元気!?」
「元気よ。そっちも元気そうね。フリーデ、大物を捕まえたって?」
「ええ。今夜は御馳走でございます騎士団長様。いつものお店でよろしいですかな?」
「よきに計らえ~。やめてよもう」
三人は笑って歩き出した。クローディアは騎士団長として王都に残った。現在は女王のために日々仕事をこなしている。フリーデとリンネは元の自由な暮らしを続けている。謁見の間を通り過ぎた際、女王と目が合ったフリーデは一礼した。女王は優しい笑みでフリーデを見送った。
「じゃあ夜にね」
「うん分かった」
フリーデとリンネはオリジンとクロガネを預けたまま城を出た。街を歩くと噴水の女神像が目に入り、ふとフリーデの脳裏に昔聞いた言葉が蘇った。
(あなたの夢は何ですか?)
噴水を見ながらフリーデは呟いた。
「死ぬまで……自分で舵を取る事かな」
先を歩いていたリンネが振り返った。
「ん? どうかしたフリーデ?」
「ううん、何でもない」
フリーデが青い空を見て大きく伸びをした。
「今日もいい天気ね」
完




