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知らぬが仏

 空気が落ち着いたところで、気を取り直して弁当を食べることにした。


 どんな中身になっているのか楽しみにしながら弁当の蓋を開けた俺の目には、茶色い肉の塊が映った。そう、誰もがご存知のハンバーグなる代物だ。


 俺は固まった。目の錯覚だと思い何度も目をこすったが、残念なことに、それが変わることはなかった。


「ヒロちゃんどうしたの?」


 呆然としている俺に気づいた恵里は、心配そうに、俺の顔を覗き込むようにして聞いてきた。流美もいつもと違う様子の俺が気にかかるのか、窺い見てくる。


「いや、何でもねぇ……」


 平静を装うものの、気は滅入っている。誰だって三食ハンバーグは萎えるだろう?ハンバーグの生みの親ですら裸足で逃げ出すに違いない。だって、弁当のほぼ半分がハンバーグに占拠されてるんだもの!


「本当に大丈夫?ちょっと顔が青いよ?」


「保健室に行ったほうがいいんじゃないですか?」


 今の俺はそこまで生気のない顔をしているのか……。自分でも驚きだ。


「いや、本当に大丈夫だから……」


 そう言うと、二人とも渋々納得した様子で自分たちの弁当に取り掛かった。


 ちょうど恵里が弁当の蓋を開けるところだったので中を盗み見てみる。するとそこには、申し訳程度の肉団子が2、3個入っているだけで、俺の弁当のようにハンバーグの大陸が出来ているわけではない。


 これは抗議しておくべきだろう。しかし、作ってきてもらった分際で文句を言うのはどうだろう。常識外れもいいところなんではないだろうか。


 まぁ、腹も減ってることだしとりあえず頂くことにしよう。


「おいしい?」


 一口食べた途端、さっきからこちらをちらちらと盗み見ていた恵里が訊ねてきた。昨晩、今朝と同じものなんだが、やはり気になるんだろう。


「うん……おいしい」


 はっきり言っていい?もうあきたァァーッ!!理由は言わなくてもわかるよなっ!


 それでも俺は、多少言葉に詰まったものの顔は懸命に笑顔をつくっていた。苦笑いになっていただろうけど。


 すると恵里は目を泳がせた後に、よかった、と言って俯いてしまった。その顔は仄かに赤みがさしている。


 何はともあれ一件落着したと思った矢先、反対側からピリピリとしたオーラが発せられているのを感じた。ふと顔を向けると、じっと自分の弁当を見つめている緒川の姿があった。何を考えているかわからないが、目は真剣そのものだ。


 ここは声をかけるべきだろうか。ただ、ものすごく声をかけづらい雰囲気なのは確かだ。でもどうしても気になった俺は、思い切って話しかけた。


「緒川、どうかしたのか?」


 少し顔を上げた緒川は、またすぐに顔を伏せた。そしてまた少しすると顔を上げて、真剣な面もちでこう言った。


「この卵焼き私が作ったんです。よかったら一つ食べていただけませんか?」


「えっ?あぁ、サンキュ」


 意外な提案に少し拍子抜けしてしまったが、ありがたくいただくことにした。多少遠慮しながら、緒川の弁当から卵焼きを箸でとり、そのまま口に入れる。


「うめぇなこれ!」


 程よく弾力のあるふわふわのそれは、口の中に入れたとたんに仄かな甘みがいっぱいに広がった。とてもおいしい。卵焼き一つでこれだけ感動できるとは、たかが卵焼き、されど卵焼き、である。


「緒川って料理上手いんだな」


「意外そうなところが心外ですが、ありがとうございます!」


 誰でも自分の作った料理を誉められるのは嬉しいものだ。緒川も例に漏れないみたいで、心底嬉しそうに笑った。


 その笑顔は、学年で一、二を争う美少女と呼ばれる理由が顕著に現れている。


 恵里からの視線が痛かったのは気のせいだ。


 この後も、多少のいざこざが生じたが、俺はそれを見事に乗り越えてみせ、今は穏やかな食後の一時を満喫しているところだ。


「今日はうまい弁当ありがとな」


「ううん、喜んでもらえてよかった!」


 弁当箱を開けたときは全部食べきれる自信がなかったが、なにもハンバーグだけが入っているわけではなく、その他のものも詰められていたので、しっかりと完食した。ハンバーグ自体もまずくなく、十分にうまいわけで、昨晩並びに今朝の食事の内容を忘れることでそれほど苦にはならなかった。それでもたまに箸が止まってしまうことがあったのは仕方がないと思う。


 そういうこともあって少し皮肉の意を込めて言ったのだが、どうやら恵里は良いように意味をとったようで、にこっと笑いながら嬉しそうに言った。少し胸が痛んだのは正常な人間の証拠だ。


「これからも余裕のあるときは作ってきてあげるね」


「えっ!?いいのか?」


「もちろん!朝ご飯のついでだから気にしないで」


「ありがとう、助かるよ」


 優しい笑顔を浮かべて当然のことのように言い切る恵里に、今度は心から感謝した。


 ほんと、恵里には世話になりっぱなしだな。貧困層の俺に出来ることなんかたかが知れてるが、日頃の感謝を込めて、今度恵里の気が済むまで振り回されてやるとするか。


「あ、あの、ヒロさん」


「ん?どうした?」


 俺が密かに決意していると、しばらくの間無口だった緒川が控え目に口を開いた。


「もしよかったら、その、明日からも、お昼、ご一緒させていただいて、よろしいでしょうか?」


 俺が拒否するとでも思ったのだろうか、恐々と口を開いて慎重に言葉を選ぶように言った。


 要するに明日からも一緒に飯が食いたいってことだろう?俺はそんなに小さい人間じゃねぇからな。お安いご用だ。


「いいに決まってんだろ!?なぁ、恵里」


「えっ?わ、私は……。ヒロちゃんが決めてよ」


 恵里にしては珍しく口ごもり、結局何も言わずに俺へ会話の主導権を返した。言いたくなければ言わなくてもいいんだが、なんとなく歯切れが悪い。


 気にはなるが、俺に任せると言われたし、好きなようにさせてもらうとするか。


「そうか、なら決まりだな」


 恵里に向けていた顔を緒川に向けて言った。


「明日からは浩二たちも一緒に飯を食うことにしよう。大勢のほうが賑やかでいいからな」


「はい。よろしくお願いします!」


 気持ちのいい返事と丁寧すぎる挨拶をもらったところで、そろそろ教室に戻るとするか。ちょうどベルも鳴る頃だしな。ほら、後5、4、3――


 キーンコーンカーンコーン――


 まぁ、こういうこともあるさ。……稀にな!


 予鈴がなった直後の、騒がしくその上混雑している廊下を、俺たちは自分たちの教室がある校舎へ向かって突き進んでいる。


「じゃあな」


 やっとの思いで恵里のクラスである一組に着き、俺が軽く手を上げて挨拶を済ませると、緒川は軽く会釈して挨拶を済ませた。


「待って緒川さん!話があるんでしょ?」


 自分たちの教室へ戻ろうとすると、恵里が緒川を呼び止めた。


「……そうでしたね。ヒロさんは先に戻っててください」


 どうやら、昼休みのはじめに言っていた『話』を今この短い時間でやるみたいだ。つうか本当に話があったんだな。


 何の話か気になるところだが、盗み聞きはよくないので、わかった、とだけ言い残し、教室へと戻ることにした。


 教室に入って一番に目に入ったのは、二人で親しげに会話をしている浩二と凛の姿だった。


 いつの間にあんなに仲良くなったんだろうか。何にせよ、今あの二人に話しかけるのは野暮ってもんなんだろう。邪魔になりかねない俺は、さっさと自分の席に戻って瞑想でもしておくことにしよう。


 なんていうような、普段使わないような気を使って横目で二人を見過ごしたのにもかかわらず、意外にも話しかけてきたのは浩二のほうだった。


「あっ、おかえりヒロ。どうだった?美少女二人に囲まれた食事は」


 しかも顔には、その台詞にぴったりな、にやにやした笑いを浮かべている。腹立たしいことこの上ない。


「あぁ、今まで味わったことのない感覚だったよ。逃げ出したお前にはわからねぇだろうがなぁ……!」


 怒りで少し我を忘れていたのだろう。知らず知らずの内に、腹の底から恐ろしい声がでていた。


「まっ、まぁ、これも社会勉強だと思っておきなよ。こういうシチュエーションなんか滅多にないだろうけど」


 俺の怒りを肌で感じた浩二は、焦りながらも懸命に俺を納得させようと奮闘している。最後のやつが余計だけどな。


 無性に一発殴りたくなった俺は、ゆらりと浩二に近づいていく。


 俺のただならぬ殺気を感じた浩二は、引きつった笑みを浮かべながら後ずさっていく。


 まさに腕を振るおうとした瞬間、俺は肩に手をおかれた。


「ヒロくん、ちょっと落ち着いて」


 その手は、先ほどまで苦笑いをしながら俺と浩二のやりとりを横から見ていた凛のものであった。


「浩二くんも悪気があってやったんじゃないんだから、そんなに怒んないの」


 きりりとした目で、まるで下の子を叱る姉のような感じで諭された。


「凛ってもしかして弟か妹いる?」


「いるけど」


 いきなり聞かれた凛は、訳が分からないという顔をしている。だがたぶん、浩二の納得した様子からしても、みんな同じことを聞くに違いない。もちろん、知っていた人は別として。


「とりあえず、明日からは逃げんなよ。みんなで飯食うことになったから。もちろん凛もな」


 空気を変えるため俺が咳払いを一つして言うと、二人とも了解の返事をした。


 話も一段落ついたところで、いつの間にそんなに仲良くなったのか問いただしてやろうとすると、そうはさせないとばかりに本鈴が鳴り響き、仕方なしに自身の席へと着いた。


 ふと視線を感じ顔を上げると、知らないうちに戻ってきていた緒川がじっとこっちを見ている。五秒ほどするとすっと俺から視線を外し、次の授業の準備を始めた。数秒のことだったが、緒川の目には、何かしら決意した力強い光が灯っているのが見えた。


 一体恵里と何を話したんだろうか。

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