表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

正義の味方は遅れて登場する

 俺は、周りのざわめきによって意識を取り戻した。時計を見ると、いつの間にか昼休みになっていた。


 そういえば、一時限目の数学の途中から記憶がない。ってことは寝てたのか。


 何か作為的なものを感じるが、学校でこんなに寝たのは初めてだ。やはり朝が早すぎたようだな。


 ってか誰か起こしてくれてもいいだろう。冷たい奴らだ。


 と、教室の出入り口からけたたましい音が聞こえてきた。思わず顔を向けると、そこには両手に小さな包みを持った恵里が、何かを探しているように、目をきょろきょろさせて立っている。


 どうやら、ものすごい勢いで教室のドアをスライドさせたらしい。他のクラスメートたちの目も、教室の出入り口に向けられたまま固定されていた。


 今は関わらない方がいいと悟った俺は、慌てて顔を伏せようとしたが、時すでに遅し。目がばっちりと合ってしまった。


「ヒロちゃん、一緒にご飯食べよー」


 目が合った瞬間、にこっと笑い、学校中に響きそうなほど大きな声で、そう叫んだ。そして、机の間を縫って、俺の席に向かって歩いてくる。


 普通順番逆だろ。席の近くに来てから言えばいいものを……。


 顔を引きつらせながら、決して相手に伝わらない脳内苦情を垂れる。そこへ、俺の机の前に、ずんと緒川が仁王立ちした。まるで、俺と恵里を遮断しているようだ。顔は恵里に向けられている。そして、さすがお嬢様と言うべきか、なかなかに威厳のある声でこう言った。


「田中恵里さん。少しお話がありますので、私もご一緒させてもらっていいですか?」


 教室中は愚か、たまたま廊下に居合わせた奴らの好奇の目が、全て俺たち三人に向けられていたのは言うまでもない。


 恵里は、渋い顔をしながら了承している。


 何だか嫌な予感がしてきた……。


――――――――――

――――――

―――


 現在、中庭の芝生の上にて、三人が向かい合うように座っている。もともとここで食べる予定だったのか、恵里が結構な大きさのレジャーシートを持ってきていたので、制服の汚れは気にする必要はない。


「はい、ヒロちゃん」


「おぅ、サンキュ」


 恵里から弁当を受け取る。俺の分も作っておいてくれたそうだ。素直に嬉しい。口には出さないないけどな。


「…………」


 無言の緒川は、細い目をして弁当を見た後、恵里の方を見た。しかも、なんと同時に、恵里も緒川の方を向いた。そして、二人は見つめ合ったまま固まっている。

二人の間で、火花が散ったように見えた。居ずらいことこの上ない。

ちなみに、浩二はどうしたのかというと、俺の机の前で恵里と緒川が向かい合っているのを見て、そそくさと立ち去っていった。本当に薄情な奴だ。


 一分ほど経っただろうか、二人はお互いに目線を外し、何もなかったかのように自分たちの弁当を取り出した。


 俺も二人に倣って弁当の包みを解く。そこで俺は、飯を食べるのに欠かせない、あるものがないことに気づいた。そう、箸がないのだ。


「なぁ恵里、箸がないんだけど」


 特に問い質す訳でもなく、軽い口調で尋ねる。


 すると恵里は、わざとらしく、えっ?っと、驚いたフリをしてこう言った。


「入れ忘れちゃったみたい。ごめんね?」


 どことなく目が笑っているように見えるのは気のせいだろうか。しかし、例えわざとだとして、特にメリットはないと思うのだが、一体どういうつもりだ?


 まぁ、それはともかく、食堂にでも行って割り箸もらってくるか。


「ちょっと食堂で割り箸もらってくる」


「ちょっと待って!そんなことしてたら時間掛かっちゃうでしょ」


 立ち上がろうとしたのだが、見事に止められてしまった。


 時間が掛かると言っても、箸がないと飯が食えないんだから仕方がない。つうか今更言っても無駄だが、恵里がしっかりと確認してくれれば良かったんではないだろうか。とにかく、取りに行く以外選択肢はないのだ。


「いや、箸なかったら飯食えねぇし」


「ご心配なく。私があ〜んってしてあげるから」


 そう言った恵里の顔は満面の笑みだ。こうして見ると、学年一の美少女だという噂にも頷ける。端から見たら、その美少女に食べさせて貰えるというのは、至上の幸福なんだろう。


 しかし、俺からしてみたら、羞恥プレイ以外の何物でもない。まして、こんな開放的な空間で、みんなが容易く視界におさめることができるような場所で、そんなことが出来るはずがない。


 困った。どうやってこの場を切り抜けよう……。


「それには及びません!」


 と、そこに救世主、天下の緒川財閥のお嬢様、緒川流美の登場だ。


 誠に失礼ながら、正直、存在を忘れかけていた。


「私のお箸を使って下さい」


 そう言うと救世主は、にこっと笑って(天使の微笑み)自分の箸を差し出した。


「でも、それだとお前が食えなくなるだろ?」


 気遣いは有り難いのだが、それで自分だけ食べるってのは気が引ける。


「いえ、大丈夫です。私には予備がありますので」


 そう言ってにっこりしながら取り出したのは、2本の鉛筆だ。それも、まだ削られていない真新しいやつだ。


「それ、鉛筆……」


 俺は、なるべく緒川を傷つけないよう


に、あくまで穏やかに指摘した。突然のことでうまく舌が回らなかったが。


 言われた緒川は、みるみる顔を赤くして、慌てて鉛筆をしまった。そして、10秒ほどカバンをごそごそと探ると、今度は正真正銘の箸を取り出し、俺の眼前、しかもとても顔の近くに突き出した。


 使われている木の木目だとか、艶の良さだとかがよく見える。専門家じゃないので良し悪しの区別は出来ないが、おそらく上等なものだろう。


「こっ、これです」


 すごい恥ずかしがっているみたいだが、傷ついた様子はないので一安心だ。


 しかし、ある意味和やかなこの空気を断ち切る雷鳴らいめいのような舌打ちが、緒川とは反対側から聞こえてきた。


 軽く深呼吸をして自分を落ち着けようとしている様子から見て、幸いなことに、緒川には聞こえていないみたいだ。


「ありがとな。はははは……」


 俺の乾いた笑い声が、中庭によく響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ