日本人はやっぱり味噌汁
凛と別れたあと、俺たち三人は田中家へ向けてそれほど急ぎもせずに歩いている。双子はさっきから公園での出来事を楽しそうに話し合っているようだ。
なんか似合ってるな……、恋人どうしみたい。もしかして俺一人浮いてる?
そんなこんなで、いつの間にか田中家に着いていたようだ。
「ただいまぁ」
玄関のドアを開けると同時にそう言った二人の声は、ここはやはり双子と言うべきか、見事に重なった。
「お邪魔します」
馴れたからと言って、挨拶は外せない。こういった細かいことが後々役に立つのだ。
ってか何このセリフ。絶対俺向きじゃねぇだろうが!
「やっと帰ってきた。お帰りなさい。ヒロちゃんこんばんは」
頭の中でごちゃごちゃと考えていると、廊下の奥から声とともに綺麗な女の人が現れた。
この人はこの双子のお姉さんではない。お母さんだ。名前は『田中 芳恵』さん。面倒見がよく、俺のことも気に入ってくれている。
「こんばんは」
芳恵さんがにっこり笑って挨拶するもんだから、返さざるを得ない。
もうさっきの二の舞は踏まねぇぞ!
「ほら、はやく上がって。お父さんが待ちくたびれてますよ」
即行で靴を脱ぎ、廊下の奥へ戻って行く芳恵さんの後についていくと、リビングに着いた。ちなみに俺は最後尾だ。
リビングに入り食卓に目をやると、プロレスラーみたいな大男が食卓の前の椅子に座っていた。
「やっと帰ってきたか!待ちくたびれたぞ!ハッハッハ」
大声で笑っているこの人は、もちろんプロレスラーではない。この双子のお父さんの『田中 浩』さんだ。とにかく豪快な人で、まるで俺が息子かのように接してくれる。
「先に食べてて良かったのに。ってまだご飯作ってないの!?」
「そうだぞ!ハッハッハ」
俺たちの帰りを待っていたみたいで、食卓の上には何もなく、そういえばさっきから料理の匂いがしない。
しかしこれは……、俺の腹の具合は相当なものなんだが。出来れば早急に頼みたいところだ。
「恵里が、『今日は私が作る!』って言って聞かなかったのよ」
浩二と浩さんのやり取りを聞いていた芳恵さんは、あなた本当に二児の母親ですかと聞きたくなるような、にやっと小悪魔的な笑顔で恵里を見て言った。
なるほど。浩二のにやにやはこの人から受け継がれたのか。ただ浩二の場合は腹立つだけだけどな。
「もっ、もう!そういうこと言わなくていいの!」
芳恵さんに言われた瞬間ぴくっと反応した恵里は、顔を赤くし、そこまで必死にならなくてもいいじゃないかと言ってしまうくらいの大きな声をあげた。
ってかそう言ったんなら俺の家に来るより料理をつくる方が優先だろう。呼び出しは電話でも出来るんだから。何故か俺が偉そうに言っちゃったけど……、口には出してないからいいか。
「そういうことなら仕方ないね。僕たち部屋で待ってるからはやく作ってね」
浩二はわざとらしく肩を竦めた後、例のにやにや顔で恵里を見て言った。
本当、顔面に拳を叩き込みたくなるようなにやにや顔だな。……ごめん、今の言い過ぎたかも。
「浩二までなに言ってんのよ!」
内心、動揺しているであろう恵里は、言葉の一つ一つに過剰に反応している。
「じゃあできたら呼んでね」
「ちょっと待ちなさい!」
恵里を無視して階段を上る浩二に俺はついていった。詰まるところ、俺も恵里を無視した。後が怖そうだがな。
それにしても、俺の腹の虫は今にも大合唱を始めそうな雰囲気だ。まぁ後少しの我慢だな。これを乗り切れればうまい料理が食えるんだしな。ちなみに芳恵さんの料理がまずいって訳じゃないからな。そこは間違えるなよ。
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「二人とも〜、ご飯、できたわよ〜」
浩二の部屋へ上がってから四十五分くらい経っただろうか、リビングから芳恵さんの呼ぶ声が聞こえた。
「は〜い。じゃあできたみたいだし行こうか」
「そうだな」
それまでやっていたゲーム機のコントローラーを置いて廊下にでると、すでにいい匂いが漂っていた。これだけでご飯三杯はいけそうだ……ってそれは言い過ぎか。
階段を下りてリビングに近づくにつれ、匂いがどんどん濃くなってくる。リビングに入るともうみんな席についていた。食卓の上には色んな皿が並んでいる。
「お前たち!さっさと座れ!飯が食えんだろうが!!」
やたらとでかい声がリビングに響く。俺たちは素直に席についた。
「いただきます!!」
「いただきます!」
浩さんの号令に俺たちも続き、みんなが食べ始めた。
今日のメニューは、ハンバーグ、サラダ、味噌汁だ。しかも、ハンバーグはデミグラスソースじゃなくて、おろしポン酢バージョン(和風)だ。
しかし、ハンバーグに味噌汁って……、和風ハンバーグだからか?……まぁ細かいことは気にせずいただくとしよう。
まずは、ハンバーグを一口いただく。うん、うまい!
ってかさっきから視線が気になる。ふと恵里の方を見ると、こっちをじぃっと見ているではないか。なんだこのやろう、文句があるなら言ってみろ!っと、こんな事を口走れば俺の未来が消えると言っても過言ではない。本当にしゃれにならないので止めておこう。
「何用かな?」
長老のような口調で言ってみた。
さぁツッコムがいい!いつもの毒舌で俺を罵るがいい!ついでに言うと俺はMではない!!
さて、どんな言葉が発せられるのかと身構え……いや、心構えていたのだが、予想外の言葉が恵里の口から出てきた。
「ううん……、何でもない」
そういうと恵里は、少し口をとがらせて正面に向き戻ると自分の分を食べ始めた。
おいおい、何だよこの反応は。いつもの毒舌はどうしたよ。変なもんでも食ったのか?さてはさっき公園からの帰り道で拾い食いでもしたのか?……下らない事を考えるのは止めよう。食を再開しよう。
「やっぱりうまいな」
「そっ、そんなの当たり前じゃない」
能力地獄耳でも発動したのだろうか。俺がぼそっと独り言のように言ったのを耳で拾い、偉そうながらも何だか嬉しそうにそう返した。
「嬉しいなら嬉しいって正直に言えばいいのに」
「何言ってんのよ!当たり前のことに一々喜んでられないわ!」
浩二の冷やかしに敏感に反応した恵里は、若干焦りながらそう言った。
まぁ焦っているあたり本当は嬉しいのだろう。素直じゃないところが恵里らしいがな。だがそんな事を言えば大惨事になりかねないので黙っておこう。
「素直じゃないね」
「大きなお世話よ!」
俺の考えていることを知ってか知らずか、浩二がにやけた顔で恵里を見ながら言うと、対する恵里は、浩二を正面から軽く睨み言い返した。
あ、やっちゃったよ。踏んじゃったよこれ。地雷的なものを踏んじゃったよ。さぞかしうるさくなるんだろうな。どうなっても俺は関与しないからな。
そのあとは俺の予想通り、二人はごちゃごちゃと言い合っていた。浩二が一方的にやられていたのは言うまでもない。
余談だが、俺たちのやり取りの間、芳恵さんはずっとにこやかに笑っていて、浩さんは関係ないとばかりにがつがつと食べていた。