女子ってすぐ仲良くなるよね
「遅い!」
さっきのベンチの前まで来ると、突然立ち上がった凛に正面から睨まれた。
ちょっと怒っているみたいだ……。
「すまん」
ここは素直にあやまるに限る。
「まったく、どれだけ待たせんのよ……」
呆れたように言った後、俺の背後を見て驚いた表情になると急に大声でこう言った。
「田中君!?」
「あぁ、早川さんだったんだ」
それに対し、浩二は特に驚いた様子もなく普通に答えている。
って、あれっ?
「お前、知ってんのかよ」
「知らないヒロがおかしい。クラスメートだよ」
浩二からの冷たい視線が刺さる。
……そうだったな。クラスメートだから当たり前か。
「…………」
ふと、隣に立っている恵里に目を向けると、なんだか無言で無表情で佇んでいる。
「えっ、恵里?」
恵里の異変に気づいた浩二も若干慌てながら声をかける。
「あっ、あの……こちらの方は?」
「あぁ、浩二の双子の姉の恵里って言うんだ」
「はじめまして!早川 凛です!」
簡単な説明をしてやると、急に眼を輝かせ、元気よく挨拶をした。
「田中 恵里です……」
あれ?ちょっと雰囲気が怖い……。よく見ると、眼を飛ばしているようにも見えるような見えないような。
「…………」
早川も恵里の尋常じゃない雰囲気に息をのんでいる。
いや、ほんと何これ。
「はっ、早川ってすごいなぁ〜。男を一撃で戦闘不能にするなんてさ!」
「そっ、そうだよね!」
おかしな雰囲気に耐えられなくなった俺は、無理に話題を変えてみる。
でも、本当にこの体のどこにあんな力が眠ってんだ?
「へっ?あぁ、うん。空手部だからね」
急に話題を振られた早川だが、俺と浩二の切羽詰まった目に気づいたのか、なんとか乗ってくれた。
「そうやって強さのアピールですか……、残念だけどだいたいの男はか弱い女の子のほうが好きなのよ……。護りたくなる的な感じで……」
すると、隣の恵里の辺りからぼそぼそっと声が聞こえた。
「なっ、なんか言った?」
「何も言ってないわよ?耳、腐ってんじゃない?」
「…………」
なんなんだこの口の悪さは。過去最低を下回ったんじゃないかと思うほど、今の恵里は機嫌が悪いように見える。
「……ちょっといい?」
「なっ、なんですか?」
「ついてきて」
「はっ、はい」
何を思ったのか、急に口を開いた恵里は、凛を連れて、俺たちから離れていった。
「急にどうしたんだ?」
「いろいろと聞きたいことがあるんだよ」
俺の呟きを聞き逃さなかった浩二は、にやにやしながら話しかけてきた。
「なんだよ、気持ち悪い」
「気持ち悪いってなんだよ!ったく、ほら、二人が帰ってきたよ」
気持ち悪いに反応した浩二は、少し怒りながらも二人の帰りに気づいた。目敏い奴だ。
しかし、二人の方に顔を向けると、思わず目を疑いたくなるような光景を目にした。
なんと、二人とも、さっきはなんだったの?と、おもわず言いたくなるくらいに笑顔なのだ。
衝撃的な光景を目にした俺は、どうすればいいのかわからず、とりあえず声をかけてみた。
「おっ、おかえり」
「ただいま〜」
なぜハモる。
「なっ、なぁ……」
「なぁに?」
もう気にしないことにしよう。
「なにしてたんだ?」
「話よ」
「内容をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
何が起こるかわからないので、とりあえず敬語だ。
「ふふっ。それは……」
「乙女の、ヒ・ミ・ツ」
二人とも語尾にハートマークがつく勢いでこう言った後、顔を見合わせて笑っている。
なにこの異常なハイテンション。
しかもこの間、浩二はずっとニヤニヤ笑っている。うぜぇよこのヤロー!
「それより二人ともちょっといい?凛が言いたいことがあるらしいから」
早川に向けていた顔をこちらに向けると、深刻なような、そうでもないような微妙顔でこう言った。
急になんだ?
「うん、いいよ。なに?」
あくまで、浩二は笑顔だ。
今はあのにやにやとした気持ち悪い笑顔じゃないからいいとしよう。
「あっ、あのね?そのぉ、せっかく友達になったんだから、なっ、名前で呼びあえたらいいなぁ〜、とかなんとか思ったり思わなかったり……」
早川は何故か、学芸会のように俺たちの方へ一歩前に出ると、俯き加減でそう言った。
最後になるにつれて、声が小さくなっていく。
さっき男を倒したときとは別人のようだ。ってか別人だ。
「うん、僕は全然いいよ」
浩二は快く受け入れた。
あの笑顔が愛想笑いじゃないのを願うばかりだ。まぁ違うんだけどな。
「俺も別にいいけど」
ここは当たり障りのない返答をしておくのが一番だ。
「ちょっとヒロちゃん、もうちょっと愛想良くできないの!?」
どうやら愛想が悪かったみたいで、恵里が口うるさく言ってくる。
しょうがないだろ。俺は昔からこうなんだよ。
「もう、社会に出てからが心配ね」
恵里は呆れながらため息をつく。
お前にそこまで心配される覚えはないがな。
「まぁとりあえずよろしくね。凛」
「はっ、はひぃっ!」
何というか、浩二。今ならお前がモテる理由がわかる。そんな爽やかな笑顔ができるのはお前くらいだよ。
「そういえば、早く家に帰らなくていいのかよ?芳恵さんたち待ってんじゃねぇの?」
ごたごたといろんな事があって忘れていたが、元はと言えば田中家に夕飯をありつきに行く途中だったな。
「そういえば!」
「忘れてた!!」
俺の言葉に反応した二人は、バッとこっちを向きながら言った。
やっぱりこいつらも忘れてやがった……。ってか早く口閉じろ。見てるこっちが恥ずかしいだろ。
「ごめんね、凛ちゃん。私たち、帰らなきゃ……」
口を閉じ、俺に向けた顔を凛に戻すと、申し訳なさそうに言った。
「じゃあな、……り――」
「そうだ!」
浩二はなにか閃いたのか、俺の言葉を切って大きな声をあげる。
一体どうしたんだ?近所迷惑になるので是非止めていただきたいのだが。
「凛も一緒にご飯食べない?」
よほどうまい考えだと思ったのか、自慢気な顔をしながら提案している。
少しいらっと来るのは仕方がないことだと思う。
「えっ、ご飯?」
予想外の提案だったのか、一瞬固まった。
「そうよ、それがいい!ねっ、ヒロちゃん」
恵里も賛成のようで、でかした浩二とばかりに肩のあたりをバシバシ叩いている。
「俺はどうこう言うつもりはねぇよ。食わしてもらってる側だから」
至極当然の意見だと思う。特に反論も無いしな。
「それもそうよね。どう?凛ちゃん」
俺の大人な意見をさらっと流しながら、再び問う。
ちょっとくらいほめてくれてもいいと思う。お前にしては良いこと言うな!とか。自分で言うのもあれだけど。
「せっかくだけど行けないよ……。今日の晩ご飯の当番私なんだ。ごめんね」
「あやまらないで、また今度一緒に食べれたらいいから」
「うん、そういうことだったら仕方ないよ」
動くようになった凛が、残念そうにあやまる。恵里と浩二は残念そうな笑みを浮かべた。突然の申し出だから仕方ない。
俺なら即答で行くけどな。
「ってか、料理できるんだな」
「ちょっと、失礼でしょ!でも……、それ使えるわ!」
俺が感心して言うと、凛は苦笑い気味に、ははは、と渇いた笑いをしたのだが、恵里が横目で睨みながら低い声で制した。しかし恵里は、一瞬の後にはっとした表情をすると、次のようなことを高らかと宣言した。
「今度、一緒に料理しましょう!」
「あっ、それいいね!」
「確かに!僕も賛成」
恵里の考えはなかなか好評で、二人とも恵里が言った次の瞬間には口を開いていた。
「でしょ!?決まりね!」
二人の様子を見て嬉しくなったのか、テンションが急激に上がった。
しかし、誰も俺に意見を聞いてこないな。まぁ悪くはないがな。
「日程は……、明日学校で決めるってことでいいよね?」
「そうね」
三人は俺を置いて勝手に盛り上がったあと、まとめに入ろうとしていた。
蚊帳の外になっている人の気持ちを考えて見ろ。結構胸のあたりにずしってくるぞ。
「じゃあ今日はこれで」
「うん、バイバイ」
「またねぇ」
三人とも楽しそうに笑いあい、別れの挨拶を交わした後、それぞれの目的地のほうへ足を向けて行った。
ってかみんなは俺の存在を忘れてんのか?