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新しい日常のはじまり

 時間が過ぎるのは早いもので、抗眠午前の部が終わり、昼休みに入ったところだ。抗眠とはその字の如く、眠気に抗うことである。俺が勝手に作った言葉だ。つうか今はそんなことはどうでもいい。


 昼休みと言えば昼飯を食う時間である。そして昼飯と言えば、昨日浩二に言われたことを忘れてはいない。


「ヒロ、屋上でいいよね?」


 眠気でぼーっとしている頭を働かしていると、浩二が流美と凛を連れて机の前までやって来た。

特に異論もないので、一言返事をして席から立ち上がると、怪しい影が教室から飛び出して行ったのが目の端に写り込む。特に気にすることもなく、教室から出ていく浩二たちの後に着いていこうとすると、不意に後ろに引かれた。何事かと思い振り向くと、制服の裾を掴んで不安そうな瞳で俺を見上げている芽衣と目があう。


「どうした?」


「ご飯……一緒に食べていい?」


 遠慮でもしているのか、昼休みの雑音に消えてしまうほどの微かな声だ。よく見ると、反対の手には、小さな弁当包みが握られている。


 もちろん断る理由などなく、二つ返事で快諾すると、制服を離して俺の横に並ぶ。そして再び俺を見上げ、口元だけで微笑んだ。その笑顔に少しどきっとしてしまったのは秘密だ。


 浩二に遅れて屋上につくと、開けたドアの目の前に腕を組んだ恵里が立っていた。俺じゃない誰かが来るかもしれないのに、待ち伏せでもしていたのだろうか。


「遅かったわねぇ……って、その子誰?」


「あぁ、今日転校してきた静並芽衣っていうんだ。で、芽衣、こっちは田中恵里っていって、浩二の双子の姉だ」


 恵里が俺の斜め後ろに立っていた芽衣に気づいたので、簡単にお互いを紹介してやる。


「……よろしく」


「うん、よろしく」


 芽衣が一歩前に出て言うと、恵里が笑顔で返した。


「あの、こちらにいらしたらどうですか?」


 控えめな声が聞こえてきた恵里の後ろの方へと目をやると、見知った姿が四人分、輪を作るように座っているのが見えた。


 あれ?四人分?恵里と芽衣は目の前にいるし、浩二に、凛に、流美に――


「おい、何でこいつがここにいるんだよ」


「知らないけど、僕たちより先にいたんだ」


 俺が顔をしかめながら聞くと、苦笑いしながら浩二が応えた。なるほど、先程の怪しい影はこいつか。


「俺を仲間外れにしようともそうはいかないぜ!」


 不愉快なことに、我がクラスの汚点である田村裕治が、輪の中にちゃっかり割り込んでいた。その顔は緩みまくっているし、鼻の下はゴム人間かってくらい伸びている。気持ちの悪いことこの上ない。


「仲間になった覚えも無いしな」


「何とでも言え!この桃源郷において、貴様が如何に辛辣な言葉を投げかけようと、この俺には傷一つ付かぬわ!!」


 空を仰いで高笑いしている裕治に、俺は浩二と共に冷たい視線を送ることしかできなかった。もちろんそのことにも気付いていないようである。


 それにしても、芽衣の裕治を見る目もまた冷たいし、流美は居心地悪そうにちらちらと横目で視線を向けている。凛に至っては殺気を送っているようだ。更に恵里は眼中にない様子。そんな中、よく平気でこの空間に居座れるな。


「突っ立っていないで君も座ったらどうかね?」


 理不尽な上からの物言いにいらっとした俺は、少し黙らせることにした。


 あぁ、わかってるさ、暴力はいけないってことくらい。でもさ、俺の右手が言うことを聞かないみたいなんだよね、悲しいことに。いつの間に祟り神に呪われたのかな?


「テメッ、暴力は……別だぜ?」


 動かなくなった裕治をそのままに、俺は輪の中に加わった。


「はい、ヒロちゃん」


「お、サンキュ」


 空いていた場所に座った俺は、右隣に座っている恵里から弁当をもらった。ちょうど恵里の目の前にいる流美から、何やら生暖かい視線を感じるが、気にしたら負けだろう。


 ちなみに、俺の左隣に芽衣が、正面に浩二が、浩二の左隣に凛が座っている。さほど重要な情報じゃないけど。


「さて、さっそく話を始めたいんだけど。ヒロ、緒川さんと静並さんにはちゃんと説明してあるの?」


 弁当の蓋を開けたところで、浩二が揚々と話し出した。そう言えば、説明なんて何もしてなかったな。


「悪い、何もしてない」


「はぁ、そうだと思ったよ」


 呆れた表情を浮かべている浩二とは対照的に、流美の顔には困惑の色が伺える。芽衣にしても、相変わらずの無表情ながら、頭の上にハテナマークを浮かべているような雰囲気で俺を見ている。


「ヒロくんって大雑把な性格なんだね」


 いや、そんなこと笑顔で言われてもな。どう返せばいいかわからんだろうが。


「とりあえず、何の話なのか明確にしないとね」


「じゃあ、私から説明するわ」


 一応の発案者である恵里が手短に説明すると、二人とも理解したようで、即座に参加の意を示した。もちろん、誰も反対なんてしない。


 で、次は『いつ』『どこで』を決めるわけだが、『いつ』は二週間後に迫っているゴールデンウイークの初日。これにはたいして異論はないのだが、問題は『どこで』である。


 俺の家なのだ。


 浩二の意見に俺以外満場一致である。俺は即座に拒否権を発動した。


 だってさ、おかしいよね?これ。嫌なことははっきり嫌だと言えるような人間に俺はなりたい。


 しかし、あっさり却下された。少数派に厳しいのが民主主義社会である。


 流美の家のほうが万倍いいと思うんだけどな。金持ちで家がでかそうだし。


 もしかして嫌味に聞こえる?


 俺が釈然としない気分で承諾すると、不意に後ろから、鼻を鳴らしたような、ふっ、という声が聞こえてきた。振り向くと、いつの間に復活したのか、食べ物をもぐもぐと咀嚼している裕治と目があった。そして、ごくりと飲み込んだ開口一番。


「聞いちゃったよ〜。俺も行くもんね」


 ちょうど全員食事が終わった様で、食後の軽い運動代わりに裕治を眠らせてから屋上を後にした。


――――――――――

――――――

―――


 抗眠午後の部も俺の大敗に終わり、現在、学校に程なく近い住宅街を、それなりの人数でわいわいと喋りながら帰路についている。


「何でこんなに大人数で帰ってるんだ?」


「どうでもいいじゃない、そんなこと」


 俺の呟きに耳聡く反応したのは、ちょうど隣を歩いていた浩二である。


 今まで程々に距離をおいて歩いていたのだが、さり気なく俺の横にぴったりとついてきた。


「寄るな、気持ち悪い」


 しっしっ、と猫を払いのけるような手つきで浩二を離れさせて、前方に目をやる。


 他のみんなは、それぞれ思い思いの相手と話している。言わなくてもわかると思うが、恵里、流美、芽衣、凛、裕治のことだ。


 集団の先頭では、裕治がなんとか芽衣の心を開こうと四苦八苦している。芽衣は無視しているようだが。


 その後ろでは、恵里と流美と凛が、何やら楽しそうに談笑している。


 そして後尾に俺と浩二がいるわけだ。


 つうか恵里と凛は部活はないのか?


「この数日で随分仲間が増えたね」


 俺と同じく、前を見ていた浩二が呟く。


「仲間って何がだ」


「照れ隠し?」


 いつものにやにやスマイルで曰った。


「さぁな。でも」


「でも?」


「何となく、楽しくなりそうだ」


「そうだね」


 ただ、疲れそうだがな。

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