転校生も無愛想?
今日も今日とて寝不足だ。もちろん、原因は恵里にある。
俺って一日八時間寝ないと眠気がとれない体質なんだよね。それをさ、六時に起こすとか、俺何時に寝たらいいと思う!?十時だよ、十時。まだ眠くねぇよ、十時とか。今の時代小学生でも起きてゲームしてるよ。
つうかさ、何で八時起きで間に合うところを六時起きにしなけりゃなんねぇんだよ。絶対間違ってるよ、これ。
やっぱり、人間、一番大事なものは睡眠だと思うんだよ。眠かったら何もかも投げ出したくなるからね。もっと言うと、寝ること自体自分の意識を投げ出すってことだから。
ってことで寝てもいいよね?俺。何か文句ある奴、俺が片っ端からはり倒してやるから出てこい!
眠気のせいで夢うつつな状態の俺がそんなことを考えていると、いつの間にかチャイムが鳴っていたらしく、担任の教師が教壇に立って何やら話していた。
「突然だが、うちのクラスに転校してきた奴を紹介する。本当はお前らの進級と共に入ってくる予定だったんだが、家庭の事情というやつだ。まぁ、新学期が始まったばっかりだからそんなにあれだ、どうということもないだろう」
おい担任、適当過ぎるだろう。面倒くさくなったからって途中で投げ出すのはやめろ。さては眠いのか?寝不足なのか?
担任の教師は俺の考えていることなど露知らず、転校生を教室の中に招き入れている。
教室前方のドアが開くと、妙に見覚えのある、小柄で金髪ツインテールの女の子が入ってきた。周りの野郎共の反応を見る限り、なかなか可愛いらしく、美的センスの欠片もない俺にもそれはわかった。
「じゃあ自己紹介からしてくれ」
教壇の真ん中まで来るとそのまま後ろを向き、黒板にチョークで名前をかいた。その文字は、習字でも習っていたのか、なかなかの達筆である。
「『静並 芽衣』。……よろしく」
何処を見ているのかはわからないが、真っ直ぐ前を見つめてそう言い、少し頭を下げた。それに、緊張でもしているのだろうか、にこりとも笑わない。
何となく、あの深い青の瞳は見たことがあるような気がする。
「あっ!」
彼女が再び正面を向くと、何処からともなくそんな声が上がった。野郎共の声がうるさいのだが、実際はそこまで大きくないだろうに、やけにはっきりと聞こえた。
「どうした?緒川」
「いっ、いえ、何でもありません」
ふむ、どうやら声の主は流美だったようだ。何やら思い出したかのような声の上げ方だったが、知り合いなのだろうか。
「じゃあ自己紹介も済んだことだし自分の席に着いてくれ。席はあの無愛想野郎の隣だ」
そう言って担任の教師は俺を指さした。
……うん、認めるよ?無愛想なのは認めるけど、いちいちそんな風に紹介しなくてもいいんじゃないの?何だか年がら年中眉間にしわ寄せてるみたいだろうが!俺も笑うよ?たまに笑うよ?つうかいつの間に俺の隣に机やら用意したんだ?
担任の教師に少々むっとしながらそんなことを考えていると、再び教室前方のドアが今度は壊れんばかりに開け放たれ、一人の男子生徒が物凄い勢いで教室に転がり込んできた。
「セーフって、うおぉ!なんなんだこの美少女はぁっ!!」
そして少女を視界に納めると、朝からうっとうしい無駄に高いテンションでそう言った。
引きちぎってやろうか?
「アウトだ。いいからさっさと席に着け」
しかしそこはさすが俺たちの二倍生きているだけある。担任は少し顔をしかめただけで軽くいなし、馬鹿を馬鹿の自席に誘導した。
「で、先生!その美少女は一体何者ですか!?」
担任に従い、直ぐに自分の席に座ると、早速質問を始めた。
「転校生だ」
渋い顔に呆れ口調ながらも、担任は律儀に答えた。それにもかかわらず、質問をした本人は祈るようなポーズをすると、瞼を閉じて言う。
「あぁ、神よ。ついに私にもチャンスを与えてくださったのですね……!」
言うまでもなく、クラス中から白い目を向けられている。しかし本人は、気づいていないのか気にしていないのか、黒板にかかれている転校生の名前を一目見ると、さらに続けた。
「ふむ、芽衣ちゃんというのか。よろしく!」
そして、その顔に似つかわしくないさわやかな笑顔を浮かべる。そんなものを向けられた日には、一昼夜、胃からこみ上げてくる何かと戦わなくてはならないだろう。
今更ながらこいつの説明をすると、本名『田村 裕治』。どこのクラスにも一人はいるお調子者で、何かと騒ぎたがるのがこいつの性分だ。
そんなことを考えていると、回りへの注意力が散漫になっていたらしく、いつのまにか転校生が目の前に立っていた。
「よろしく」
「あぁ、うん」
透き通るような声で静かに言われ、じっと見つめられた俺は、情けないことに、ただそうとしか応えられなかった。
ホームルームが終わり担任が教室から出ていくと、浩二たちが集まってきた。勿論、裕治もだ。他の連中はちらちらと視線を送るばかりで、漫画のように、一斉に机のまわりに集まってきたりはしない。淡白な反応だが、現実はこんなもんだろう。かく言う俺もその一人だ。まぁ、浩二たちがきたことから、俺も混ざらざるを得ないだろう。何故かって?そんなもん、いつも連んでるやつらが隣で騒いでんだから、その輪に入るのが普通だろう。あいにく、それを無視するほど冷たい人間ではない。
「僕は田中浩二っていうんだ。よろしくね」
浩二を頭に、流美、凛、裕治と、自己紹介を終えた。しかし、目は相手の方に向けるのだが、いずれも返事は素っ気なく、よろしく、とだけである。最後に俺が口を開こうとすると、顔ごとこちらに目線をむけて、一言いった。
「知ってる」
「えっ?」
何が、と続けようとしたが、また彼女が口を開いたので、俺は口を噤む。
「名前。……昨日、この人が、『ヒロ』って呼んでた」
と、流美に指を差しながら言った。差された流美は、何故か少し顔が赤くなっている。
「てめっ!何してやがっ――!!」
ずどん、と言う重たい音と共に、肺から空気を強制的に追い出された裕治が、静かに床に崩れる。
「ちょっと黙っててねぇ」
黒い笑みを浮かべた凛が言った。彼女の拳が裕治の腹部に吸い込まれるように入っていったところなど見てはいない。
「ああ、昨日で思い出した。本屋で会ったあの?」
再び転校生の彼女に目を向けると、目の前でのやりとりなど眼中にないようで、肯いた後、違う?と首を傾げながら聞いてきた。恐らく名前の確認だろう。
「いや、合ってる。ちなみに本名は夜月浩之な。改めてよろしく、静並、で合ってるよな?」
「芽衣って呼んで」
俺が応えて自己紹介をし、名前の確認をすると、少し顔を横に振ってそう言った。
「えーっと、よろしく、芽衣」
「よろしく、ヒロ」
少し困惑したが、別に不都合もないのでリクエスト通りに呼ぶと、微笑みではあるが、初めて彼女――芽衣が笑った顔を見せた。
「くそ、なんでヒロばっかり――」
先程の攻撃から早くも立ち直った裕治は、少し離れたところから細い目で俺を見ながら、ぶつくさと文句を垂れている。
そんなに不満ならかかってこい。その目を潰してやるから。