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夕暮れスケープ

 店に入ってすぐ、俺たちは二手に分かれた。


 皆さんご存知の通り、本屋では本を分別し、種類ごとにコーナーが置かれている。つまり、目的の本の種類が違えば向かう先も違うわけで、問題集や参考書を買うつもりなど毛頭無い俺は、寧ろその正反対と言っていい漫画のコーナーへと足を運んだ。


 本当はこんなところまで足を運ばなくても、目的の物は店頭に平積みにされているのでさっと済ませられるんだが、緒川が選び終わるまでの暇つぶしだ。


 とはいえ、全ての漫画にビニールの包装が施されていて、中身を読めるわけではないので、大した暇つぶしにはならない。とりあえず、最近の漫画事情を知るためにも本棚の端から端まで眺めてみることにした。


 やはり一番目に付くのは、俺の愛して止まない某有名週刊少年誌ジ〇ンプの今春の新連載『あちら渇鹿市鶴無霊園前高校』である。その人気の為に、漫画コーナーの一番目立つところに所狭しと並んでいる。


 『あちら渇鹿市鶴無霊園前高校』――通称『あち鶴』とは、主人公の少々非常識な学生が、霊園のすぐ前にある高校を中心に起こるスリリングな霊的現象に立ち向かい、友人たちを巻き込みながらも見事解決してみせると言ったファンタジーとコメディを掛け合わせたような作品である。実は俺も結構はまっている。単行本集めようかな。


 そうこうしているうちに、ケータイを覗くと十分ほど経過していたので、もうそろそろかと参考書やらがあるコーナーを覗いたんだが、緒川はいなかった。その代わりなのか、本棚の上段に必死に手を伸ばす金髪の小さい影がそこにいた。髪型がツインテールということから、おそらく少女だろう。


 そんな姿を見てほっておけるほど心の冷たい人間じゃないので、俺は横からその本に手を伸ばした。とりあえず、女の子だからというわけではないとだけ言っておこう。


 頭の上にちょっと手を挙げただけで取れたことから見ても、その人物がいかに小さいかよくわかる。


「これでいいのか?」


「……ありがとう」


 手にとった本を差し出すと、ちょっと驚いたような表情を見せて受け取った。向かい合うと、身長がちょうど俺の胸くらいで、髪は明るい金色、瞳の色はダークブルーよりも暗い青だというのがわかる。背は小さいが、雰囲気は高校生かそれよりちょっと上のような、不思議な感じがした。


「ここにいたんですか、ヒロさん」


 いつの間にかその瞳に吸い込まれるように見つめてしまっていたので、後ろから声をかけられて少しびっくりした。振り向くと、手に重そうな紙袋を抱えた緒川が立っていて、もう購入した後のようだった。


「そちらの方は知り合いですか?」


 俺の脇にいる少女を視界に納めると、少し目を細めて言った。


「いや、本に手が届かないみたいだったから代わりにとっただけだ」


 そう言うと、そうなんですか、と本当に信じたのかよくわからない調子で返された。何に不信感を持っているのかは知らないが、普段から誰にでも礼儀正しい緒川にしては珍しい反応だ。


「そろそろ帰りませんか?」


 しかも何故か早く立ち去りたいみたいだ。


 俺も別に長居するつもりはないのでその提案にのり、少女に、じゃあな、と言い残してその場から離れた。少女は無言で見送ってくれた。


 太陽はまだ半分ほど山の上に顔を出しているものの、東の空は夜の闇が侵食しており、頭の上で茜色と混ざり合って幻想的な紫色を作り上げている。


「やっぱりそれでしたか」


 双方目的のものも買い終わり、店から出てしばらく歩くと、再び閑静な住宅街に突入した。店を出たときから、俺の手元にある緒川のそれに劣りもしないくらい分厚い紙袋をちらちら見ていた緒川は、話し出すタイミングを窺っていたんだろう。ちなみに中身は某有名週刊少年誌ジ〇ンプだ。


「ばれてたか」


 別に隠していたつもりはないけどな。


「朝は見かけなかったので、多分帰りに買うんだろうなぁ、と。それに今日は遅刻しませんでしたし」


 最初の方は柔らかい口調で、最後の方は冷たい視線にとげとげしい口調でそう言った。とりあえず、すごい洞察力だな、と誉めておこう。


 つうか、毎週遅刻してまで朝に買いに行ってんのまでばれてるよ。何?俺ってわかりやすいの?


 でもさ、しょうがないじゃん。この街コンビニないんだもの!買いに行けるの本屋しかないんだもの!!欲しいものは出来るだけ早く手に入れたい性格なんだよね、俺。しかもそれが一週間の学校生活の糧だったら尚更じゃね?まぁ、こんな言い訳する意味なんか無いことくらいわかってるんだけどさ。


「今日はありがとうございました」


 しばらく俺が黙ったままでいると、唐突に緒川が言った。さっきまでのふざけた雰囲気は全くない。


「いや、俺も寄りたかったし気にすんなって」


「いえ、それだけじゃありません」


 シリアスな雰囲気が苦手な俺のちょっとした抵抗も一撃で払われてしまった。


「今朝も、お昼休みのときも、そして今も。ヒロさんとまともに話すのは初めてだったのでちょっと緊張しましたけど、それ以上に楽しい気持ちでいっぱいでした。もちろん今もです」


 胸元の紙袋をぎゅっと両手で抱え込み、その顔には穏やかな微笑みが浮かんでいる。緒川が心からそう思っているんだということが伝わってきた。


「こんな楽しいときを過ごしたのは初めてです。ありがとうございました」


「そうか」


 今まで見る機会がなかった緒川の笑顔は、俺が独り占めするにはもったいないくらい綺麗で、気恥ずかしくなった俺は思わず上を向いてしまった。


「俺も緒川と話してて楽しかった。ありがとな」


 あわててそう取り繕って横目で緒川を見てみると、恥ずかしそうに顔を俯けていた。


 通行人から見ると、今の二人はいい面白い見せ物なんだろうな、と思うとなんだか笑いがこみ上げてきそうで、少し心に余裕が生まれた。


「またいつでも話しかけてくれよ?頼みごとでも何でも聞くから」


「じゃあ今、一つだけいいですか?」


 俺の心の余裕は、緒川の心の余裕まで産んだのか、まだ少し恥ずかしそうにしながらも顔を上げた。


「出来ることならなんでも、が俺の信条だ」


「じゃあ、あの……、名前で呼んでくれませんか?」


 予想だにしなかった緒川のお願いに、一瞬思考が止まった。なら何を予想していたのかと言うと、別に何も予想していなかったんだけどな。


「無理、ですか?」


 なかなか返事をしない俺に不安になったのか、また少し顔を俯けて、上目遣いに聞いてきた。


「いや、無理じゃない」


「それじゃあ」


 緒川が期待に満ちた顔を上げたので、俺は咳払いをした。何故かって?もちろん、名前を言うためにさ。


「流美」


 いつの間にかちょっとした広場に出ていたようで、俺たちは赤く染まった顔を俯けた。


――――――――――

――――――

―――


 今は日も完全に沈み、あたりは薄暗くなっている。


 適当なところで流美と別れた俺は、真っ直ぐアパートへと帰ってきた。結局あの後、気恥ずかしくてお互いに口を開かず、帰り際に一言ほど話しただけだった。


 つうか俺ってこんなに恥ずかしがり屋だったっけ?


「遅いなぁ、待ちくたびれちゃったよ」


 部屋の前まで来ると、浩二が戸にもたれ掛かって立っていた。


 一瞬、鍵があるだろうと突っ込もうと思ったが、恵里のことを思い出し、口に出すのをやめた。


「お前が恵里に鍵を渡すから外で待つ羽目になったんだろうが」


「ヒロって結構根に持つタイプだね」


 ブレザーの内ポケットから鍵を取り出し、玄関のドアを開ける。


「自業自得ってことだよ。このまま外に立たせたままにするぞ」


 そう言うと、少し肩を竦めて俺の後について部屋に入ってきた。


 リビングにつくと浩二は、近くのソファに鞄を放り出し、インテリア同然の冷蔵庫の扉を開けた。


「相変わらずしけた冷蔵庫だね」


「麦茶があるだけましだと思え」


 とりあえず俺は、肩の凝るブレザーを脱ぎ捨て、ネクタイを外し、二人掛けのソファの真ん中に、どかっと腰を下ろした。


 浩二は食器棚からコップを二つ取り出し、それぞれに麦茶を注ぐと、一つを俺に渡して向かいにある二つの一人掛けのソファの一つに腰を下ろした。


「そう言えば、依頼人は一人も来なかったのか?」


「残念ながらね」


「この前の仕事はいい宣伝になったと思うんだけどなぁ」


「世の中そんなに甘くないよ」


 俺の言葉を適当に流した浩二は、麦茶を一口飲むと、思い出したかのように話し始めた。


「そう言えばさ、凛と一緒にご飯食べるって話なんだけど。今日の昼にいろいろと決めることになってたの、忘れてたでしょ」


「……忘れてた」


「やっぱり。明日のお昼に決めることにしたから忘れないでよ」


 見下したような目で俺を見ると、本棚から雑誌を持ってきてそれを読み始めた。


「はいはい。……あっ。そういや明日の昼飯は流美と一緒にみんなで食おうって言ってたんだけど」


「いいんじゃない。なんなら緒川さんも誘えば?」


 雑誌から顔も上げずに受け答えする態度は気に食わないが、いい意見かもしれない。流美も料理得意だって言ってたしな。


「って言うかいつの間に緒川さんのこと名前で呼んでるの?」


 俺が一人で納得し、先程から読みたくてうずうずしていたジャンプを鞄から取り出していると、浩二が急に顔を上げて聞いてきた。


「いや、今日帰ってるときに言われたんだ」


「名前で呼んでくれって?」


 どこに興奮する要素があったのか知らないが、浩二にしては珍しく、興奮した面持ちで顔をずいっと前に突き出してきた。


「あぁ」


「へぇ」


 俺の短い返事に満足したような表情を浮かべると、ふっ、と短く笑って再び手元の雑誌に目を落とした。本人は気づいていないかもしれないが、自然とにやけ面になっている。


 一瞬どついてやりたい衝動に駆られたが、そこは大人げないのでやめておこう。暴力は何も生まないのだよ、うん。

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