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黒き魔人のサルバシオン  作者: 鈴谷凌
二章「聖域を巡る旅~咲き綻ぶ光輝~」
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二章 第十三話「ミクシリア教会の問題児」

 ブラッドフォード家一行とルイスに見送られた後。エルキュールは昼の北西区を歩いていた。人間であればそろそろ食事時なのだろうが、食欲と無縁の魔人はひたすら目的に向かって邁進する。

 目指すはミクシリア教会。アートルムダールと精霊の話を聞いてから、次に訪ねるべきはここだと思っていたのだ。


 ブラッドフォードの赤煉瓦から景色は疾うに変わり、白石の街並みが視界に広がっている。

 六霊教の影響が強い北西区は、最古の国であるエスピリトの風景を模した造りとなっているようで。建物にも過度に煌びやかな装飾は見られず、代わりに大精霊を表す六色の紋様が、そこらの門や屋根下に刻まれているのが印象的だった。

 魔素に対応した六つの珠が円状に並び、それぞれが線で結ばれている、不思議を漂わせる紋様であった。


「……精霊同士にどんな関係があるのか、あるいはその正体すら、今まで俺は深く知らなかった。アマルティアが闇精霊と同じ名を冠する存在を求めていると分かった以上、調べない手はないな」


 止めていた足を再び前へ、エルキュールは先を急いだ。

 程なく、ミクシリア教会に着く。石造りはもはや見慣れたものだが、尖塔と色鮮やかに光るガラスには目を惹かれた。

 これこそが、1600年もの歴史を擁する、最古の文化たる結晶か。感慨を覚えなくもないが、やはりエルキュールにはその有難さまでは理解できなかった。

 宗教はヒトの手によって生み出され、ヒトのために存在するもの。エルキュールにとっては上辺だけを取り繕っていれば事足りるものであった。少なくとも今日この時までは。


 そこはかとなく感じる神聖さに一定の敬意を払いつつ、中へ。外観の偉大さとは別に内部な質素な造りになっていた。

 黒塗りの木の廊下に、左右には戸と燭台が幾つか。奥の広間を見れば、長椅子に人が疎らに座り、祭壇の前には黒衣の男が立っている。

 そして、人数に対し、やけに静かだった。まるで強制させらたかのようにエルキュールも押し黙る。


 荘厳な空気にすっかり飲まれ、立ち尽くす新参者。近くにいたシスターが気を利かせて近づいてきた。


「平日の昼間からこんな場所に足を運ぶなんて。貴方って暇なのね」


 思いのほか強い言葉。清廉なるシスターにあるまじき対応。これは単なる案内ではない。視線を辿ると、冷たく射抜くような瞳とぶつかった。


「……ロレッタか、久しぶりだな。ここに所属しているとは聞いていたが、まさか本当に職場でもそんな調子とは。元気そうなのは何よりだが、もう少し自重したほうが身のためじゃないか?」


「ふん、余計なお世話。ジェナといい、貴方といい、どうして他人の心配ばかりするのかしら」


 ロレッタは被っていたシスター服のフードを外すと、横に結んだ水色の髪を撫でつける。あからさまに不貞腐れていた。ここに滞在しているジェナからもよほど言われたのか。

 あまり見ない少女らしい反応に、エルキュールは鼻で笑った。「なに?」じろりと睨むロレッタ。


「用があって来たんだが、奥では何をやっているんだ?」


「集団洗脳」


「真面目に頼む」


「……礼拝よ。司祭のルスランが教典に書かれた言葉を読み上げて、その辺で座ってる人はそれをありがたがるってわけ。つまらない儀式でしょう」


 否定も肯定もしない。エルキュールはただ説明を飲み込んだ。

 即ち六霊教の成り立ちや、精霊へ祈ることの所以を説くということだろうか。ロレッタの言葉は素っ気ないものだが、どうにか理解しようと努める。


「それは俺が今から参加しても構わないのものなのか?」


 ロレッタはこめかみを抑えた。そこまで顰蹙を買うことだろうか。


「……貴方、アマルティアを追っているのでしょう? 信仰で悪は倒せないわよ」


「そうではない。祈ることが目的ではなく、知ることが大切なんだ」


 これまでの経験をかいつまんで説明する。礼拝を邪魔しないよう、声を抑えて。ロレッタは興味深そうに話を聞いていた。


「……特に調べるべきなのが魔王なる存在についてだ。ベルムントというのは闇の大精霊と同じ名前だろう?」


「ベルムント、六霊教の教えにおいては罪を象徴する大精霊ね。彼に祈ることで、自らの内にある罪深さを認め、戒める。悪さをした子供に、いい子にしないとベルムントが連れ去ってしまうと方便を用いることもあるわね」


 ロレッタがつらつらと説明する。勝気な性格ゆえか。

 意外に勉強熱心な面もあるのだと感心すると、苦虫を噛み潰したような顔で否定するのだった。


「それより、貴方あのデュランダルの作戦執行部に所属したのでしょう。わざわざこんなシスターを捕まえなくても、礼拝に参加するなり後で司祭から話を聞くなり勝手にしなさいよ」


「それとこれとは関係ないんじゃ――って、どこへ行くんだ?」


 気まずさから話を終わらそうとロレッタが行く先は、あろうことか教会の外。

 慌ててエルキュールが呼び止めると、理不尽にも煩わしいと溜息を吐かれた。


「サボるの。最初から私個人に用はないでしょう。放っておきなさいよ」


「……サボって何をするんだ?」


「そんなの、決まってるわ。訓練よ。魔法だったり、鎖の使い方だったり。シスターとしてここにいても、世界に蔓延る魔物の数は減らない。今はこんな時期だし……力を衰えさせたくないの」


 振り返るロレッタの態度は、激しい吹雪の如く凛然としている。相変わらず、この手の話題に関しては並々ならぬ執着を抱えているようだった。

 滲ませる感情も、抗いたい意思も。何れもエルキュールには理解できること。

 だからこそ、エルキュールは彼女を放っておけないのだ。即ち、身勝手な親近感。


「そうなのか。ならば俺にそれを止める資格はないな。だが……」


 言葉を区切る。

 教会にやって来たのは精霊に纏わる知識を得るためだったが、ここに至って一つ、妙案を閃いたのだ。


「少しでいいから君の時間を俺にくれないか? 付き合ってもらいたいことがあるんだ」


「……は?」


 警戒を露わにしていたロレッタが唖然とする。またお節介を焼かれると思っていたのだろうか。

 生憎なことに真実はその裏にある。エルキュールは先回りするように言葉を継いだ。


「あの事件を共に切り抜けて分かった。ロレッタの能力がただシスターとしての仕事にのみ費やされるのは惜しいことだと。だから一つ、君に提案を持ち掛けたい」


 それでもなお答えを渋るロレッタに、エルキュールは仕方なく、ある方を指差した。

 まずは腰を落ち着けなくては。示す先は、奥に続く広間と、並ぶ長椅子。六霊教信者が揃って祈り、前では厳かな司祭が言葉を紡ぐ、神聖さを漂わせる空間である。


「あそこなら丁度座れる。私語をするのも時には悪くないと思うが、どうだ?」


 不遜ともとれるエルキュールの提案に、ロレッタは珍しく破顔した。

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