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黒き魔人のサルバシオン  作者: 鈴谷凌
一章「王都動乱~紅蓮の正義~」
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一章 第三十話「堅氷」

 王都・ミクシリア北西区のとある街道にて、先ほどある人から賜った魔動通信機を手にしたジェナは、半信半疑でありながらも彼の名を叫んだ。自分にとって大事な仲間であり、希望でもある青年の名を。


「エル君! エル君! 聞こえる!?」

『……の声はジェナか……?』


 掠れてはいるが、確かに彼の声が聞こえる。


 本当に通じたことへの驚き、無事を確認できたことへの安堵、ジェナの胸中に渦巻いていた感情はまちまちだったが、やはり一番のものといえば一つしかなかった。


 ジェナは大きく息を吸って――。


「もう! エル君のバカ! また一人で行っちゃって! 私凄く心配したんだからねっ!?」


 溢れんばかりの怒声を浴びせた。向こう側のエルキュールは耳が痛いのか苦悶の声を漏らしている。


「私言ったよね!? 一人で抱え込むのは止めようって! 周りに隠すのは止めようって。なのに、エル君はさ――」

『ジェナ……』


 尻すぼまりになる言葉に、エルキュールは深く息をついた。

 その声色からも彼の反省は伝わってきたが、まだまだ言いたいことはごまんとある。


 再犯防止のため、さらなる追撃を浴びせようとジェナが口を開きかけたところで。


「その辺にしておいたら、ジェナ? 今はそんな場合ではないでしょう?」

「ロレッタちゃん……」


 少し離れたところで一部始終を見ていたロレッタが、見かねたように口を挟む。


 その恰好はジェナが見慣れたあの黒いシスター服から変わって、紺碧色の軽装に身を包んでいる。

 シスター服の下に着込んでいたらしいが、流石に教会での正装を道中で脱ぎ捨て時はジェナも唖然としたものだ。


 ロレッタはジェナの隣にまでやってくると、通信機に顔を近づける。


「ご機嫌いかがかしら、朴念仁さん?」

『……申し訳ない気持ちで気分が落ち込んでいる。それよりロレッタ、君まで外に出て大丈夫なのか? ジェナと一緒にいるようだが……』

「心配は不要よ、ある程度の心得はあるもの」

『心得だと……?』


 訝しむエルキュールにロレッタは「そうね」と前置きをして続けた。


「こうしてやり取りをしているということは、貴方もある程度話は聞いているのでしょうけど。少し共有したいことがあるから、黙って聞いてちょうだい」


 通信機越しのエルキュールに、そしてなおも不満そうな顔を浮かべるジェナにそれぞれ釘を刺してから、ロレッタは淡々とこれまでの経緯を語り始める。


 エルキュールがミーティスを飛び出していった直後。残されたグレン、ジェナ、ロレッタは彼に倣って魔獣に対処しながら後を追っていた。


 しかし人の流れが混濁としており、次第にエルキュールの背が遠くなっていき、仕舞いには見失ってしまったのだ。


「仕方ないから、私たちはひとまず周辺の王都民の避難を進めた。まああの近辺の魔獣は貴方が(ことごと)く殺してくれたから楽だったけれど。そうして何とか混乱が収まりつつあった頃、デュランダルの作戦執行部隊が接触してきたの」


『ああ、あのクラウザーさんが』


「彼からこの通信機を譲り受けて、少しだけれど事情も把握できた。貴方のことは彼に任せて、私たちは各街区の魔獣の対処を手伝うことになった。あの馬鹿は北東区、私たちは北西区という具合にね」


『……そうか。一人で行かせてしまったグレンにも、わざわざ出向いてもらったクラウザーさんにも迷惑を掛けてしまったみたいだな』

「本当だよ! 後でグレン君にも――もごぉっ!?」


 それまで耐えていたジェナが再び威勢を取り戻してしまったので、ロレッタはすかさずその口を手で塞いだ。

 通信機の手配の関係上、エルキュールとは暫く連絡が取れなかった。故にその心配も尤もなのだが、こうも口を挟まれると煩わしいことこの上なかった。


「……手分けしたほうが効率は良いもの、別に構わないでしょう。というわけで、私たちはこちらで動くから貴方も精々頑張ることね」

『ああ。一人でも多くの人を――』


「そう。一匹でも多くの魔物を駆逐するのよ」

『……ロレッタ?』


 同意を示そうとしたところで発せられた、底冷えするようなロレッタの言葉。

 当然エルキュールは困惑するが、当の彼女は何となしに通話を終え離れていってしまう。


「ロレッタちゃん……」


 戻っていくロレッタを、ジェナは心配そうに見つめる。彼女のことはあまり知らないが、その態度からは何か根が深い闇を秘めているように感じられたのだ。


『ジェナ、彼女は――』


 それは距離を隔てたエルキュールにも伝わっていたようで、彼にしては珍しい動揺した声を漏らした。

 その様子にすっかり毒気を抜かれたジェナは、少し気まずそうに返す。


「あはは……私にもよく分からないんだけどね。ロレッタちゃん、ただのシスターとは思えないほど魔物との戦いに慣れているみたいなんだ。変わった鎖を使って敵を攻撃したり、複合魔法である氷属性を操ったり……きっと、昔に何か――」


『……そうだろうが、無闇に詮索はしない方がいい。今の状況を見ても、もちろん彼女の心情を考慮しても』

「うん、そうだね」


『俺はこの通り大丈夫だ。連絡もできるようになった。だから君は魔獣の件はもちろん、彼女のことも気にかけてやってくれ。危うさで身を滅ぼしてしまわないように』

「……それはもちろんそのつもりだけど。あなたにそんなこと言える義理はないんだからねっ!」


 改めて忠告し、通信を切るジェナ。「あ、ちょっと――」エルキュールが言いかけたのにも知らんぷりして。


「終わったかしら? なら急ぎましょう。彼らの罪深い業を許してはおけないわ」

「うん、分かったよ。頑張ろうね、ロレッタちゃん!」

「……さっきから思ってたけど、『ちゃん』はやめてくれない?」


 目を細めるロレッタ、その先を行くジェナは手を振って彼女を急かす。


 ジェナにとっても短い付き合いではあるが、この怜悧(れいり)で少しだけ危なっかしい少女をしっかり見守っていこうと、そう心に決めた瞬間だった。

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