181 魔物の好物
目が覚ますと目の前に風月の顔があった。
「っ!? 何でお前まで寝てんだ!」
「ん…。煩いのう…」
ゴロンと寝返りを打って反対を向く風月。
「お前…はぁ…」
とりあえず周りを見てみるが寝る前と何も変わっていない。ルナは俺の頭の上にいた。抱いて寝たはずなんだが…まあいい。
それよりも…全然眠くなかったのに寝れたな。
マイナススキルだと思っていたが…そうでもなさそうだ。それに起きた時にボーッとする感じも、もう少し寝たいって気持ちもなく驚くほどスッキリしている。
「ルナ起きてるか」
『起きてる!』
「よし。なら移動するがいいか?」
『いいよっ』
ルナを左手で抱き上げ、右手は風月の襟首を掴み、大穴に向かって跳んだ。
「えっ…はへ!? おぉぉぉぉ!? 落ちておる!? ってご主人! 飛び込むなら起こしてくれても良かろう!?」
目を覚まして状況把握するまでが早いな。さすがだ。だが…。
「起こしたわ。煩いって言って寝直したお前が悪い。つーか、見張りを頼んでたのに寝てるお前のせいだ」
「それはっ! 結界がご主人が寝た後も正常に起動していたから必要ないかと思ってだな!?」
「はいはい。ほら、自分で飛べ」
掴んでいた襟首を離すと「うひゃぁー!」というなんとも間抜けな声を上げながら落ちていく風月。しばらくすると自力で飛び始め俺の元に戻ってきた。
「酷いではないか!」
「これくらい問題ないだろ。信頼してんだよ」
「ほ、本当かの? ふむ…信頼されるというのは悪くないのう…。よし、許してやろう!」
こいつ本当アキ並に単純だな。楽でいいが。
十一階層にたどり着いた。そこは十階層までの森とは一転、薄暗く、所々に大岩があるが、草木はなく荒野のような場所だった。
「アンデットみたいだのう…我、アンデット苦手なのだ」
確かに視界内に動く物がいるが、骨だったり、ふらふらと歩くゾンビらしき個体。そしてこの階層は灯りが全くないらしい。問題なく見えるのは【暗視】のおかげであり、僅かに灯りがある理由は空中に浮かんでいるヒトダマのような物が原因らしい。唯一の光源がヒトダマのようだ。
「なんで苦手なんだ?」
「ほれ、風の魔法で倒すと死体供なんかは確実に臓物を撒き散らした上に即死しないだろう? 骨系の魔物は風魔法の効きがあまり良くないしのう…もちろん問題なく倒せるが、手抜きすると死なないからグロテスクな絵面になるからのう…」
それはゾンビに限ったことではない気がするのだが…生き物を風魔法で切断したらスライムみたいな魔物以外はグロテスクだろう。
いや、切断された状態で這って動くのが嫌なのか?
「まあとにかく好きではないから、我はお主の中におるぞ。浄化属性か火属性で倒すと良いぞ」
それだけ言うと光の球となり俺の中に入る風月。既に慣れたものだな…。
「ルナ。俺が良いと言った魔物以外は吸収はもちろん分解もするなよ?」
『はーいっ』
「そういえば風月」
『どうしたのだ?』
「魔物相手に鑑定って出来るのか?」
『出来るぞ。名前くらいしかわからぬが。いや、個体によっては簡単な説明なら出てくるかもしれぬが』
個体によったら? レベルや魔力量によってはってことだろうか? それとも運次第?
「了解」
まあただ単に魔物に鑑定を使ってみたいと思いついただけで、特に深い意味はないし、運次第でも名前しかわからなくとも問題はない。
ただ距離の問題かここからだと鑑定はできなかったので近づく。ある程度近づくとあちらも俺たちに気がついたようで、ゆっくりと徘徊していただけのゾンビが突然駆け足になり向かってきた。
「【火球】」
ピンポン球くらいの火の球を当てると、一気に燃え上がり、断末魔の叫びを上げ、崩れ落ち、消えていくゾンビ。
「え? 嘘だろ? 手加減したぞ? これくらいなら耐えられると思ったんだが…」
ダンジョン産のゾンビは弱いのだろうか? 拠点周りにいたゾンビならこれくらい耐えるぞ…多分。
それについて風月に聞いてみると、予想で良いのならと言って教えてくれた。
『単にレベルが低いのだと思うぞ。ここはお主のために作ったのだろう?』
「そうだが、いつダンジョンを作ったのかは知らないぞ」
『まあそうか。それを抜きにしてもだ。ここは外敵が来ない。ダンジョン内で魔物同士が争っているところも見た事ないし、レベルが上がらないのだろう。だから神が生み出した、もしくは外から連れてきた時点のレベルで固定されているのだろうな』
つまり邪神がレベルの低い魔物を連れてきた。また生み出したってことか。
「何でわざわざ弱い魔物を作るんだろうな」
『なにか意図があるのではないか? 必要以上の魔力は使わず、最低限の力を使うように練習するとかな。魔力操作を覚えて欲しかったとか…な』
「こんなんで強くなれんのかね?」
『それは努力次第だろう。それと、もう一つ。もしかしたらここの奴らが弱い理由としてだが、お主の知っているアンデットとは種族が違うのではないか?』
「耐久力の低い種族ってことか?」
『まあそれもあるが、お主が知っておるアンデットはこいつらの進化個体とか、な。今の我は鑑定ができぬからわからないが』
「ああ。そういうことか。とりあえず戦いながら大穴を探そう。鑑定出来そうならする」
大穴を探しながらルナのレベル上げもする。
ゾンビが弱いといっても火の魔法を使えないルナは一対一だと負けることはないが、時間がかかってしまう。
【雷化】していればゾンビの攻撃は効かないし、何のスキルも発動していなくともゾンビの突進で転がりはするが、ダメージはほとんどないようだった。ただ単に火力不足だ。
そんなわけで俺がゾンビの足を【風刃】で切断し、這うことしかできないゾンビにルナが魔法を撃ち込ませた。スケルトンも同じだ。ヒノタマはふわふわと浮かんでいるだけで寄ってこないので放置していた。灯りが無くなると【暗視】のないルナの視界が閉ざされることになるしな。
そしてスケルトンとゾンビ、ヒノタマの鑑定結果はこれだ。
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○魔動死体
・好物:腐肉
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○魔動骸骨
・好物:新鮮な生肉
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○燐火
・好物:火
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俺はこの鑑定結果を見て大声を上げてしまい、周りにいたゾンビたちが大挙して襲ってきた。
だが…仕方ないだろう? なんだよ、好物って。しかも腐肉って。
誰がアンデットの好物を知りたがるんだよ! 知ってどうしろと!?
更にはゾンビでもスケルトンでもヒトダマでもなかったんだぞ!? 俺はずっと呼び名を間違えていたのだ。ゾンビとスケルトンだと思うだろう?
意味わからん! そう叫んでもおかしくはないだろう。
そして風月曰く、ヒトダマは知らないが、スケルトンもゾンビも存在はするらしい。ここにいるのはその下位種であろう、とのことだ。
ちなみにドロップアイテムは魔動死体からは〝腐肉〟
魔動骸骨からは〝スカスカの骨〟
燐火からは〝火打ち石〟
火打ち石と骨は一応拾って置いたが、腐肉は放置だ。どう使えと? 魔動死体が仲間にいたら餌にするとか? 絶対に嫌だ。
そして十二、十三、十四階層と来て、やはり現れる魔物の種類は変わらなかった。
今、俺は十四階層を徘徊している。
理由は十三階層で珍しい燐火を見たからだ。燐火はスライムと同じで青、赤、緑、茶、黄、黒、白いものがいた。なのに一度金色がいたのだ。
ルナと同じで珍しい個体か! そう興奮していたのか、間違えて水魔法を放ってしまったのだ。いや、火や風の属性は効きにくいから弱らせるなら水で正解なのだが、威力は誤ってしまったのだ。
そう…瞬殺。つまり消滅させてしまった。どれだけ落ち込んだか。
十三階層をしばらく見て回ったが見つけることができず、十四階層ならば、と降りてきたのだ。もしかしたら一つの階層に一匹しか出ないかもしれないと思ってだ。
『のう…』
「なんだ」
『いつまでここにおるのかのう。ルナも飽きたのではないか?』
「ルナ、飽きたか?」
『んー? ルナ、今は抱っこされてるだけだし、ご主人様の戦い見るの好き!』
「ほら、こう言っているぞ。飽きたのは風月だけだ」
『それは飽きるだろう!? 金色の燐火を倒して叫んだと思ったらルナの戦闘も休憩もすることなくひたすら探し回って…見飽きたのだ!』
「ならお前も出てきて探せ。二手に分かれれば早く見つかるだろ」
『それは嫌だのう…』
「なら静かにしてろ。というか寝てろ」
『お主の方が寝た方がいいだろう…』
「見つけたらな」
まったく頑固だのう。
そう言われたが、仕方ない。テイムしたいと思ってしまったのだから。しかも燐火が出てくるのはこの十四階層と次の十五階層のみ。十六階層へ向かう大穴を降りたらおそらく燐火は出てこないだろう。もしかしたらスライムのように長い間…二十階層まで出てくるかもしれないが
そうしてひたすら徘徊する。魔動死体、魔動骸骨、燐火を倒していく。倒して新たな魔物が生まれるまで時間はかかるようで現在、ルナはほとんど周りが見えてないらしい。
しばらくするとポッと燐火が生まれ、地面から魔動死体が這い上がり、砕けた骨が動き、集まって魔動骸骨が生まれる。しかしそれはどれもダンジョン産だ。
もう、ダンジョン産ではない燐火はいないのかと思い、宙に飛び、上空から荒野を俯瞰してみるが、ポツンポツンといる燐火は金色ではなかった。
「風月の要望通り次に行く。十五階層で探す」
『我が言っておるのはこのアンデットエリアを抜けようってことで、十五階層じゃなくさっさと十六階層に行こうってことだったのだが…』
そんなことはわかっているが、許可できない相談だ。
「ルナ。もう少し我慢してくれな」
『大丈夫だよ!』
『ご主人! 我のことももう少し気遣うべきではないかのう!?』
「お前はなんだかんだ言って付き合ってくれるだろ? お前が優しいのは知ってる」
『そ、そうかの? うむ。我は優しいからのう。付き合ってやろう!』
本当単純でよかったわー。
そして十五階層へ繋がる大穴に飛び込んだ。




