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 リリアを捜して庭に向かう途中で、園芸小屋に向かう近衛隊長と偶然に行き会った。

 園芸小屋の火事の一報を聞かされたが、近衛隊長の元にもいまだ詳細な情報は上がっておらず、この火事にリリアが巻き込まれているかは不明だった。

 俺が駆け付けた時、園芸小屋は黒々した煙に覆われて、木材の継ぎ目からは燃える炎が立ち昇っていた。

 火元と思われる東壁側が一番燃え方が激しく、木製の壁は今にも焼け崩れそうになっていた。

「陛下! 隊長!」

 近衛兵の数人がその東側に集まり、消火を試みていた。まだ数名しか駆けつけていないところを見れば、火の回りの異常な速さが予想できた。

 この火の回り方……、作為的に作られものか!?

「状況を報せよ! 中に人は!?」

「わ、わかりません! 立ち昇る煙に気付き駆けつけた時には、既にこの状態で……」

 近衛隊長の問いかけに、しかしまともに答えられる者はいない。

 ……クソッ! リリアはまさか、この中にいるのか!?

 焦燥にかられながら消火作業に加わろうとして、反対側から流れてくる煙に気付く。

「何故、炎上の激しいこちらと反対側の西壁から煙が上がっている!?」

 声を張るも、俺のこの問いかけにも明確に答えられる者はいなかった。

 俺は即座に駆け出していた。

「セラヴィン様!?」

 近衛隊長も俺の背中に続いた。

「これは……!!」

 反対側に回り込み、地面に散るそれらを目にした瞬間、俺は全てを理解した。

「リリア待っていろ、直ぐに行く!!」

 割れた明かり取りの窓。黒い煙はそこからもうもうと上がっていた。

 そうして周囲の地面には、ガラス片が散乱していた。そのガラス片の中に、鈍色と共に一際輝くブルーグリーンはあった――!

「セラヴィン様!? 中にリリア様がおられるのですか!? ならば私がまいります!!」

 俺は燃え盛る業火に飛び込む事に、寸分の躊躇もなかった。

 ただし、その場で取れる万全の対策は怠らなかった。自分が行くと言って聞かない近衛隊長から、俺は奪うようにしてマントを剥がすと、自身と共に井戸水で濡らす。

 リリアの元に辿り着くまで、足元から燃え上がる炎が抑えられるように、手近な木製板も掻き集めて濡らし、農作業用の鍬を掴んだ。

 壁に寄り身を縮めているであろうリリアを万が一にも傷つけぬよう、打ち破る場所を慎重に選ぶ。

 扉を破る直前に、ルドルフ確保を告げる警笛が鳴り響くのを聞いた。そうして俺は、渾身の力で鍬を振りかぶった。

 壁を破ると、熱された小屋内に一気に外気が流れ込み、付近で爆発が起こった。俺は体を丸めて爆風を凌ぐと、すぐに濡らした木材を放り入れて敷きつめ、迷わずに一番炎上の少ない西側の壁に向かってその上を駆けた。

 リリアのふわふわとした柔らかな巻き毛は、煙の充満する中でもすぐに分かった。

「リリア――!!」

 そうして抱き締めたリリアは、俺の腕に確かな温もりと生きた鼓動を伝えてくれた。




「セラヴィン様、リリア様をこちらへ」

 リリアは「セーラ」と小さく囁くと、柔らかな笑みを結んだまま気を失った。

 俺は腕の中で意識をなくしたリリアを、御殿医らが差し出す救護用の敷布に横たえた。

 すぐに開始された御殿医らの処置を見守りながら、俺の胸には安堵や怒り、後悔といったあらゆる感情が入り乱れていた。

「外傷は軽度のヤケドと、擦り傷がいくつか見受けられる程度です。また、喉の炎症も僅かです。気を失ったのは、心身の疲労の限界と、セラヴィン様のお顔を見た安堵からと推察いたします」

 応急的な確認を終えた御殿医が穏やかな表情で告げる。

「……そうか!」

 聞かされた瞬間、深い安堵が全身を満たし、フッと力が抜けていった。グラリと体が傾ぎそうになるのを、足を踏ん張って堪えた。なんとか両足で大地を踏んで前を向くが、目に映る景色はグラグラと撓んでいた。

 聞かされたリリアの無事に、内側から震えが走り、目頭にもジンとした熱が溜まった。

 ……よく、リリアを守ってくれた! 俺は立派にリリアを守りきり、形を変えたそれらを、固く握り締めた。

「リリア様は手持ちの手巾で口元を覆っておりましたので、吸い込む煙と熱風を最小限に抑えられています。本当に、ご立派でございました。では、続く処置は医務室にて行います」

 御殿医の指示の下、リリアの体が救護用の敷布に固定され、近衛兵らの手によって丁寧に持ち上げられる。

 俺は名残惜しく、物言わぬリリアの頬をサラリと撫でる。

 本音を言えば、このままリリアの処置に付き添いたかった。しかし俺には、この後しなければならない事がある……。

「リリアをよろしく頼む」

「お任せください」

 俺は後ろ髪引かれる思いでリリアを御殿医らの手に委ねると、サイモンら第二師団の待つ聴取室に向かった。



 ルドルフの取り調べが行われる聴取室に向かう途中、覗いた別の聴取室では、リリアを連れ出して小屋に閉じ込めた侍女の聴取が既に始まっていた。補佐官から掻いつまんで聞いたところによると、女の犯行動機は金で、女はルドルフから金銭の提示を受けて今回の犯行を請け負った。女は手付金として既に年俸の倍の金額を受け取っており、さらに成功報酬には、倍の金額が約束されていたという。

 マルグリットはルドルフを介し、横領金額の実に八割にも及ぶ大金をこの女に提示した事になる。リリア殺害に懸けるマルグリットの強い意思を感じずにはいられなかった。

 辿り着いた聴取室で、ルドルフは後ろ手に縄を掛けられた状態で椅子に座らされていた。

「これは陛下」

 俺が進み出ると、聴取官席にいたサイモンが気付き、席を譲ろうとした。

 男を直接問い質したい思いは、もちろんあった。だが、それをするには当事者である俺よりも、サイモンの方が相応しく、かつ冷静に熟せる。

「かまわん、そのまま続けてくれ」

 俺はサイモンを制し、男の表情が窺える位置に立った。サイモンは再び席に着くと男の聴取を開始した。

「陛下とリリア様の料理に毒を盛ったのはお前だな」

 サイモンからの第一声に、男は静かに首を縦に振った。

「侍女と共謀し、園芸小屋の藁に油を仕込み、火を放ってリリア様を殺害を企てたのもお前だな」

 再びの質問にも、男は小さく頷く事で答えた。

「此度の一件に関し、何か申し開きはあるか」

 男は無言のまま、一度だけ小さく首を横に振る。ここまで、男は一言も声を発しなかった。

「……ならば、質問の仕方を変えよう。誰がお前にリリア様殺害の指示をした? これは取引と思ってもらって構わん。洗いざらい話し、捜査への協力を約束するならば――」

「話しませんよ。俺、命なんて惜しくないんです」

 サイモンの言葉を遮って、ルドルフは声を上げた。これまで俯き加減で隠していた顔を凛と上げ、ルドルフは言い切った。その表情は場違いなくらい晴れやかで、俺は過ぎった違和感に突き動かされ、ルドルフに向かって踏み出した。

「そうじゃなきゃ、こんな馬鹿な事、しや、し……ませ……っ」

「おい!!」

「どうした!?」

 俺が駆け寄るよりも一瞬早く、突然ルドルフの呂律が回らなくなった。そうかと思えば、ルドルフは目を見開いたままガクガクと体を震わせ始める。

「……ぁ、……ッ、グッ!」

 宙に向かって震える唇が動くが、まともな言葉にならない。やがてルドルフの口からは、苦し気な喘ぎ声が漏れるばかりになった。

「大至急御殿医を呼べ! 毒物服用の可能性がある!」

 サイモンが声高に叫べば、扉近くに配置されていた近衛兵が医務室に向かって駆けていく。しかし、御殿医はきっと間に合わないだろうと、俺にはそんな予感がした。

「サイモン! 応急で胃腑を洗うぞ、手伝え!!」

 それでも万が一の希みを懸けて、現状出来うる最善の手段で動いた。

「はっ!」

 俺がありったけの水袋を引っ掴んで駆け寄れば、サイモンが男の口をこじ開ける。胃に大量の水を注ぎ入れられながら、男は大粒の涙を零して目をまん丸に見開いていた。

 けれど見開いたままの男の目は、あっという間に現の光を失って濁り硝子のようになった。

 時間にすれば、ここまでほんの数分の間の出来事だった。

「自死を謀ったようです。あらかじめ歯に毒を仕込んでいたのでしょう」

「そのようだな」

 サイモンは見開いたままの男の目を閉じてやり、そっと床へと横たえた。閉じられた今も、男の目からは幾筋もの涙が頬へと伝っていた。しかし男の口元は、僅かに笑みの形を結んでいるようにも見える。

 一般的に服毒死では、苦悶に歪んだ顔をして逝く事がほとんどだった。ならば、これが意味するところはなんなのだろう?

 それは果たして、男にとってこの最期は肉体的な苦しみを凌駕して、幸福に満たされた物だったという事なのか……。

「セラヴィン様、私は聴取中からずっとルドルフを注視しておりました。最期の言葉は声にこそなりませんでしたが、ルドルフの唇は『マルグリット』と確かにそう続けておりました」

「そうか」

 俺は読唇の技術を有さないが、その名を聞かされても驚きはなかった。マルグリットという名前がなくとも、ここまでの状況がリリアの母が黒幕と語っていた。だからこの上、落胆する事もない。

 ……いや、ルドルフの取った行動にこそ俺は落胆していた。

「女に惚れて命を投げ出すなど、なんと愚かな事を……」

「私の想像にはなりますが、ルドルフは青年から壮年へ、家庭も持たず、真面目に職務に励んできました。そんな男が晩年に差し掛かり、運命と思える出会いを果たした。女への恭順が、この男の愛の形だったのではないかと」

 命を賭け、示した愛……?

「死ぬ事で愛情を示そうなど、俺には到底分からん。愛しているからこそ、共に過ごす未来を望むのだ」

「……セラヴィン様、私は時々貴方を羨ましく思います。そう言い切れる唯一無二の伴侶を得られた事、実はそれはとても得難い、奇跡のようなものなのではないかと」

「ふむ。以前にルーカスもそれと似たような事を言っていたな。……まぁいい、御殿医が来たら状況説明と検死を頼む。俺はマルグリット捕縛に向かったルーカスに合流する」

「承知いたしました」

 俺が聴取室を出て少ししたところで、息切らして向かいから駆けてくる御殿医らと行き会った。

「こ、これはセラヴィン様っ、……ハァ、フゥ……やっこさんの状態は?」

 リリアの処置に息子があたっていたために、こちらの呼び出しには、臨床を退き趣味の研究に没頭する父親の方が引っ張り出されていた。

「今しがた息を引き取った」

「そ、そうですかい。フゥ……、フゥ……」

 俺が対象者の死亡を伝えれば、老医師は一気にその足取りを緩くして、ゼーゼーとあがる息を落ちつかせていた。

「詳しい事は中でサイモンから聞いてくれ」

 俺は老医師に言い置くと、マルグリット捕縛に向かったルーカスの隊との合流を急いだ。

 しかし、ルーカスに合流した俺を待っていたのは、目を覆いたくなるようなマルグリットの姿と、耳を塞ぎたくなる暴言の数々だった。




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