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 毒物混入から三日が経ち、当時の状況や証言も集まって、捜査は大詰めを迎えていた。

 毒物は俺とリリアのメインの肉料理から検出された。調査の結果、毒は料理の表層部分から濃く検出されており、料理が仕上がった後に振りかけられた事が判明した。

 事件当時、食堂内でメインの皿の提供に携わったのは三名だ。

 まず、俺とリリアに直接皿を運んだ者が二名いる。この二名は、食事の開始時から食堂内に控えていた女官で、厨房から運ばれてくる料理を順次、俺達に配膳する役だった。

 この二名の配膳は俺達の他、多くの目がある状態でなされており、隙を見て毒物を混入するのは難しい。

 三人目が厨房から食堂まで料理を運んだ給仕係の男。この男は厨房から食堂まで、一人で料理をのせた配膳ワゴンを押して移動している。廊下には等間隔に近衛兵が配置されているとはいえ、男の一挙手一投足を漏らさずに見ているわけではない。状況的には、毒の混入も十分に可能と考えられた。

 ちなみに、厨房内で調理に関わったのは、見習いも含めれば両手の人数にも達していたが、調理後の段階で毒見役の実食が入っており、この毒見役に異変は見られていない。

 これらの状況を鑑みれば、給仕係の男が容疑者の最有力。

 しかし、状況証拠ばかりで犯行の物証はなく、この男を犯人と断定するには少し弱い。最終的に自白に頼る手段もなしではないが、安易に取りたい方法ではなかった。

 ……さて、どうしたものか。

「セラヴィン様、よろしいでしょうか?」

 近衛隊長が俺の政務室を訪ねて来たのは、まさにそんな時だった。

「なんだ」

「料理長補佐の男が、給仕係のルドルフに関し、少々興味深い情報提供をしてまいりました」

 給仕係のルドルフというのは、現在容疑者の最有力として浮上している男の名だ。このルドルフの情報が、まさに今、喉から手が出るほど欲しい物だった。

「……ほう。その男は今どこだ?」

「最初に聞き取りをしたサイモンの判断で、応接間に待機させております」

「そうか、サイモンが……」

 サイモンは近衛第二部隊の部隊長で、リリア奪還に際しては、マクレガン侯爵への対応を任せていた。そしてこの第二部隊というのは特殊隠密部隊で、サイモンは情報収集能力、人心掌握術に長け、優秀な取調官としての一面も持っていた。

 そのサイモンが興味深いと判断したのなら、料理長補佐の男が、犯人についての決定的な情報を持ってきた事は確実だった。

「すぐに向かう。俺が直接話す」

「はっ」

 俺は政務机を立つと、男が待つ応接間に向かった。

 

 応接室に着くと、男は俯き加減に背中を丸めて座っていた。

 俺が卓を挟んで男の向かいに座ると、俯いていた男が緩慢に顔を上げた。そうして俺を見た次の瞬間、男は目を見開いて、弾かれたように椅子から立ちあがった。

「陛下っ!?」

「そんなにかしこまる必要はないから、座ってくれ。それよりも、先ほど其方がサイモンに聞かせた内容をもう一度俺にも聞かせてくれ」

「は、はい」

 狼狽する男に向かって告げれば、男は幾度か目を瞬かせた後、ゆっくりと腰を下ろした。

「其方は、料理人だな?」

「自分は料理長補佐のアーベルといいます」

「ではアーベル、給仕係のルドルフについて聞かせてくれ」

「はい……。俺とルドルフは職種こそ違いましたが、同年に王宮に召し上げられました。それから共に切磋琢磨して勤め、顔を合わせれば軽口を言い合って、そうやって二十年、真面目にやって来たんです。……だけど俺、見ちまったんです」

 アーベルは、ポツリポツリと語り出す。

「事件当日、奴が思い詰めたような表情で給仕服のポケットに何かをねじ入れてるの。チラッと見えた感じだと、薬包紙みたいなふうで」

 ……そうか。毒は澱粉紙で包んでいたか。

 事件直後に全使用人に対して実施したボディチェックで証拠品はあがっていなかった。だが、澱粉紙ならば瓶などの容器と違い、水などの液体に溶かしてしまえば証拠が残らない。

「後から考えたら……あぁ、そうなのかなって。……全部、女が悪い。だけどルドルフも馬鹿だ。妙な女に引っ掛かって、変わっちまいやがって……っ、この馬鹿野郎が!」

 アーベルは途中から俺に聞かせる意図ではなく、高ぶりを隠し切れない様子で友に向かって叫んだ。

「ルドルフが妙な女に引っ掛かったというのはどういう事だ?」

 俺はアーベルが一呼吸置くのを待って問いかけた。

「すみません、つい興奮して……」

 アーベルは小さく謝罪を呟いて、滲む涙を乱暴に袖で拭った。

「……ルドルフの奴は、ずっと仕事一辺倒で独り身を貫いてきました。ただ、休みともなれば息抜きで歓楽街に足を運ぶ事もありました。それでもきちんと度は弁えていて、これまでは割り切った遊びで済んでいたんです。それが二週間ほど前、どうやらルドルフの奴、歓楽街で筋の悪い女にハマっちまったようで」

「筋の悪い女?」

「いえ、それはあくまで俺の主観です。ただ、その頃からルドルフは仕事中も上の空で、身が入ってない様子でした。あまりの入れあげように、女が何か意図を持って真面目なルドルフを口八丁手八丁に騙くらかしているじゃないかって、俺は訝しんでいたんです」

 ……歓楽街での出会い、直後に実行された毒物の混入。

 今はまだ、情報は点在する点にすぎない。

「ルドルフが歓楽街で足を運んでいた店は決まっていたのか?」

「いえ、特には。これまで奴は、ずっとその時々の割り切った関係ばかりでしたから」

「そうか。しかし、それだけ長年足を運んでいれば、歓楽街でもある程度顔は知られていただろう。奴が王宮勤めという事に関しても、知られていたのだろうか?」

「あー、直接的に言わずとも、どの店も知ってたと思います。仰るように通って長いですし、ルドルフは金払いもよく節度を弁えた良客です。ルドルフが直接ひけらかさなくとも、女達には横の繋がりなんかもありますから」

 点は、一本の線になって結ばれる。

 ……間違いない。ルドルフは王宮勤めという事で、女に狙って実行犯に選ばれたのだ。

「ルドルフが二週間前に足を運んだという店や女について、何か聞かされていないか?」

「いえ、具体的には何も……あ、でも奴は最初の日に『こういう切欠がなければなかなか行けなかった。奮発して行った甲斐があった』と上機嫌で言ってました」

「切欠とは……?」

「なんでも、女の落とした物を拾って届けてやったとか。その営業時間外の縁で、女から誘いを受けて店の方にも足を運んだようです」

 ……なかなか行けない店。それの意味するところは、単純な代金というだけでないだろう。

 おそらくルドルフは作為的に作られた切欠によって女と出会い、その縁によって、一見では入店の適わない格式の店に招かれたのだ。

「ルドルフが最後に店に足を運んだのはいつだ?」

「事件の前夜です。というかルドルフの奴、ここのところは休みを待たず、仕事後に連日のように通っていましたから」

「そうか、よく話してくれた。それから其方も覚悟の上での証言だとは思うが、容疑が固まり次第ルドルフは捕縛する。それまで、間違ってもルドルフに情報を漏らしたりはせぬよう注意してくれ」

「承知しています」

 アーベルは決意の篭る目で、重く頷いて答えた。

「ご苦労だった。料理長にはこちらから伝えてあるから、そのまま厨房で通常業務に戻ってくれ」

「はい、失礼いたします」

 アーベルは応接間を後にした。




 扉が閉まり、応接間に一人残って考えるのはリリアの事……。

 現在、リリアの母親の潜伏先として筆頭候補にあがっているのが繁華街だ。今まさにルーカス指示の下、重点的な捜索が行われていた。居所の判明も、もう間もなくと思われた。

 ……此度の一件の黒幕は、リリアの母なのだろうか? いいや、本当のところはまだわからん。

 俺は、万に一つの可能性で、儚い望みが捨てきれなかった。それでも、俺自身がどんなに否定してみても、状況はリリアの母親を容疑者として浮き上がらせる。

「どうして神は、リリアにばかりこうも試練を与えるのか……」

 湧き上がる激情を抑えるように、固く拳を握り締めた。

「セラヴィン、いるんだろ? 俺だ」

 ――ギィイイイ。

 声と扉が開かれるのは、同時だった。

「ルーカス」

 こんな無作法を公然としてみせるのも、そして俺がそれを許すのも一人しかいない。

 扉を振り返れば案の定、後ろ手で扉を閉めツカツカと歩み寄ってくるルーカスの姿があった。いつになく険しいその表情を見れば、ルーカスが何かしら芳しくない情報を携えてやってきた事は瞭然だった。

「何か分かったか?」

 俺は内心で小さくため息を零しながら問いかけた。

「桃源楼に二週間前、新しい女が入った」

 ……桃源楼。半ば予想していた事とはいえ、聞かされた場所の名に、俺の眉間に皺が寄る。

「その女の外見的な特徴が、リリアの母親に合致する。まぁ、十中八九リリアの母親で間違いないだろう。女が身を潜めようと考えた時、娼館は打って付けだ。とはいえ格式の高い店になれば、働く女も相当に厳選する。そこいらの町娘では門前払いだが、伯爵家に生まれたリリアの母親なら、骨の髄まで優美な振る舞いに馴染んでいる。門を叩けば、歓迎されただろう」

 格式のある娼館では、優美な所作を身に付けた女性が好まれる。没落貴族の子女や寡婦などはその最たるだ。高貴な身分の女性が生活に窮し、自ら娼館の門を叩く事は古い時代からままある事で、決して珍しい事ではなかった。

「ちなみに、桃源楼は本来、一見客はお断りだ。だがその女は巷で出会った男を恩人と称して部屋に上げ、それ以降、その男は連日のように通い詰めるようになったらしい」

 ルーカスが続けたのは、料理人の男の証言と一致する内容で、間違いようなどなかった。

 リリア殺害を企てたのは、リリアの母、マルグリットだ――。



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