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異世界に行っても魔王は魔王!  作者: 白滝亭
プロローグ
2/3

那須の殺生石

――――2025年7月3日、栃木県


 平安時代末期に猛威を振るった一匹の妖狐は、多大な犠牲者を出しつつも時の陰陽師によって退治された。

 栃木県は那須高原に鎮座する殺生石にその名残があるのだという。

 刻限は夜、空には真二つになった上弦の月が昇り、地は暗い影の連なりと化しており、人の目ではどれが目当ての霊石か、判別が付かない。


 そんな暗がりのなかで、観光用に舗装された経路の上、硫黄の臭いに顔をしかめながら一人の女性が所在なさそうにして座っていた。

 肩の辺りで切り揃えられた髪は瑠璃色。白いシャツに薄手のパーカー、ジーンズと動きやすい格好でまとめられている。瞳は炎のように紅く光っており、どことなく異形の風を纏っていた。

 女性はいくつか名前を使い分けているが、少なくとも最近はミカと名乗ることにしている。

 ミカは世界中を連れと共に巡っているが、最近はどうにも――陽気な彼女には珍しく――すっかり消沈していた。


「なぁ、やっぱり満月が良かったんじゃないか。妖怪と言えば満月だろう」


見た目に反して蓮っ葉な口調でミカがたずねる。


「いえ、時節にはこだわりませぬ。が、かの大妖怪であれば、むしろ半ばの月が最良ですかの。うっかり喰われてはたまりませぬゆえに」


 別の誰かがそう答えた。

 いつの間にかミカの隣に小柄な影が立っている。

 ミカもそれほど大きくはないが、その人物はせいぜい幼児程度にしか見えない。

 古風な喋り方をするその少女は、黒を基調とした着物を身に着けている。

 一見すると日本人形にしか見えないのだが、少女にとっては姿形など些細なものだ。文字通り自由自在である。いかにもと言った風体で、実際に人ではない彼女は、しかし妖怪と言うわけでもなかった。

 少女の喋り方や衣装は彼女の好みで、実はミカと同郷だったりする。


「それで、どうなんだ?」

「……よほど優れた術師だったのでしょうな。あるいは訪れる者の作法がよほど良いのか。封印は依然として健在にございます」

「そうか、まぁ期待はしていなかったよ」


 満月を避けた少女の用心も、杞憂に終わったということらしい。

 令和も5年が過ぎ、平成まではかろうじて生き残っていた超自然的存在もその姿を消しつつある一方で、この地に眠る妖狐――白面金毛のような大妖怪はその信仰というか、存在感をますます増していた。

 ソーシャルゲームや漫画等、媒体問わずその略歴を補完し、または捏造し、様々な英雄譚で語られているからだ。

 実際、この地を庇う瘴気は増していて、見る者が見れば危機感を募らせて然るべきなのだが。


 ――わかっちゃいたんだがなぁ。


 近年における英雄譚、妖怪本の類は書き換えが進み、自然への畏怖はデフォルメされ始めて久しい。曰く、萌え化だのなんだの。

 おそらく今ここで封印を解き放っても、かの大妖怪は無力な幼子の姿しか取れないだろう。

 少女が言うには、この地に満ちる瘴気はどうも霊石の仕業らしかった。霊石に信仰が集まれば、その分封印も強まる。実に良く出来た術だ。


「いっそ石は壊して狐は家で飼うか? 現代人にどれだけ瘴気が通じるかはわからんが、少なくとも石の危険性は増してるだろ」

「……なんともはや、嘆かわしいばかりでありますな。ここまで軟弱になってしまっては、退治してやるのが情なのやも知れませぬ」

「それは、……気が進まんな」


 二人の仕事は消えつつある幻想の存在を可能な限り保存、管理する事だ。

 妖怪変化への畏怖。

 自然への敬意。

 神仏への信仰。

 そういったものを可能な限り残しつつ、必要があれば排除する。


「潮時か、私も」


 若者達が好き勝手に存在を弄るのを、しかしそれに縋る他ないほどに弱体化している。

 科学が自然を解き明かし、信仰が金に取って代わり、残った畏怖は娯楽へ変えられてしまった。

 そうした時代であっては、ミカたちの居場所はもうどこにもないのかもしれない。


「お戯れを。姿形が変わろうと、貴方様は貴方様でございます。我々魔の者共は、貴方様を必要としておるのです。――魔王様」


 少女が、――悠久の時を過ごす悪魔が恭しく言った。


「魔王、なぁ。今の私に一体何ができる事やら……」


 嘯きつつもミカは、おそらく何でも出来るだろうなと思う。

 その気になれば。

 過去に完膚なきまで心をへし折られていなければ。

 英雄譚は、英雄だけのものではない。

 続く改編の中で英雄が強くなれば強くなる程、主敵たる悪魔達も強くなる。

 ましてやミカは、()()()()()()()()()()のだ。


「何がしたいというわけじゃないんだ。私はな、この世界、結構好きなんだよ、実は」


 古の王は、はにかんだ様な笑みを浮かべた。

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