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閑話:魔石の行方

難産だった上に短いとはこれいかに……。

 


「旦那様、少しお話したいことが……」


「どうしたメイナ」


「実はサレアお嬢様の部屋からこんなものが」


「これは……」



 俺の名前はアーノルド。

 王国の西端の領地を治めるハンスワルド家の当主だ。



 一応、当主と名乗ってはいるが領地経営やその他の貴族らしい仕事は親父に放り投げている。

『一応』というのも、俺の主な仕事が王国に現れる現場の騎士では手に負えない魔物を倒したり、王家に献上する希少品を採取するという、実態としては一介の冒険者みたいなものだからだ。

 領民達には多分、それなりに腕が立つ冒険者程度にしか思われていないだろう。

 まあ、それが俺らしいといえばそうだが。



 貴族家の当主らしくない俺ではあるが、誘われた社交会にはなるべく出席することにしている。

 俺は好きな(ひと)と結婚して、子供を作って、幸せに暮らせれば身分なんて正直どうでも良いのだが、フローリアと結婚するために得た身分を維持するためにはこういったことも必要だから仕方がないのだ。




 そうだ、幸せと言えば、つい先日サレアを正式に家族として迎えることになった。

 元低位貴族の俺はそのあたりの感覚がよく分からないので、最初はサレアが障りを持って産まれてこようが知ったことじゃない、娘は娘だ、と妙な提案をしてきたメイナに反対していた。

 だが、フローリアが涙ながらに決断した姿を見て、納得はしていないが俺も折れることにした。

 そうして二年間、俺達と離れて暮らしていたサレアは幸いにも、何の兆候もなく成長し、家族の一員として認めても大丈夫だとのお墨付きを得ることになった。

 ただ、メイナ曰く、まだ予断は許されないとのことなので、もうしばらくの間は引き続き彼女に任せることになっている。



 できるだけ早く気兼ねなく娘と触れあえるようになりたいものだ。



 さて、そんなサレアの世話役をしている彼女が俺に渡してきたのは透明な結晶体だった。

 陽の光を反射して虹に輝くそれを指でつまみ、しげしげと観察する。



「……これは、魔石、なのか?」


「はい、おそらく」


「だが…………」


「承知しております。ですので、こうして相談に参った次第でございます」


「…………」



 俺はメイナの答えに思わず黙りこむ。

 この普通の魔石にはあり得ないことが二つあったからだ。



 そもそも、魔石とは魔力濃度が高い場所、具体的には深い森の奥や火山の火口付近などの自然の力が強く働く場所に生成される魔力の結晶体のことだ。

 その見た目の美しさと魔力を放出するという性質から宝飾品や魔道具の核として用いられることでも知られている。



 生成される詳しい過程は未だに判明していないものの、魔力濃度が高い場所に生成されるはずの魔石が、魔力濃度の低いサレアの部屋に生成されるというのはあり得ない。

 これがまず一つ。



 二つ目にあり得ないのがこの色だ。

 魔力には火、水、土、風、光という五つの属性があり、

 例えば森の奥地では土属性あるいは水属性、火口では火属性といったように、魔力濃度が高い場所にはその土地の特性に合った属性の魔力が集まっている。

 そうして集まった高濃度の魔力によって魔石が生み出されることになるが、それにより生み出された魔石は属性に対応した色を持つ。

 火なら赤、水なら青、土なら茶、風なら緑、光なら白か黒といった風にどの魔石もいずれかの色を持っており、例外はない。

 だが、この魔石はそのどれにも当てはまらない無色透明な魔石だ。

 これが二つだ。



 俺は仕事柄様々な魔石を目にしているが、こんなものは初めてだった。



「これが何故、サレアの部屋に?」


「分かりません、ですが、お嬢様を害する目的で、というのはおそらくないかとは思われます。

 見つけた場所も窓から遠いお嬢様の寝台の下でしたので」


「そうだな……」



 メイナの言っていることはおそらく的を射ている。

 これが害意の下に外から持ち込まれたものだと考えるとどうしてもおかしな点が出てくるからだ。

 直接サレアを誘拐なり殺害なりできる距離まで近づいたにも関わらず、すぐに見つかるであろう寝台の下に魔石を置くだけで帰ったという点。

 加えて、サレアを害したいのならば火属性の魔石でも事足りるというのに、前代未聞の魔石を用意したという点。



 目的と行動があまりにもちぐはぐ過ぎる。

 そう考えると、この魔石は少なくとも害意があって持ち込まれたものではないとの判断は妥当だ。

 だがそうなると、途端にサレアの部屋に魔石を持ち込むことの意味が分からなくなってしまう。

 害意がないのならば何故、サレアの部屋に魔石を置いていったのか、何か目的があったのか……。

 意図が全くわからない。

 もしかしたら、俺が見落としているだけで何らかの意図があるのではないか。



 (俺達を憎んでいる奴ならいくらでもいる。だが、何故表に情報がないはずのサレアを?

…………分からない)



 思考の海に浸っているとメイナから声がかかる。



「申し訳ありませんが、一つ提案がございます」


「提案?」


「旦那様のご友人に魔石を解析してもらうというのはいかがでしょうか」


「友人というと……アイフか…………」


「はい、魔道具職人の彼です。

 彼にあの魔石がどういったものであるかを解析してもらえば何らかの糸口が掴めるしれません」


「しかし……」


「何か問題が?」


「いや、な……」



 アイフは王都に店を構える魔道具職人で、俺が冒険者であった頃、奴の魔道具工房に素材を卸していたことで知り合い、友人となった。

 優秀な魔道具職人は魔道具の核となる魔石についても精通しているため、一流の腕を持つアイフならばこの魔石がどんなものであるか知ることは造作もないだろう。



 だが、奴に頼むのはあまり気が進まない。

 アイフには魔道具の材料になりそうな珍しい素材を見ると一気に常識を失って暴走するという悪癖がある。

 前にシルバースライムの体液という、少々珍しい素材を納品した時は突然『神が降りてきた』と叫び始め、大変な苦労させられた。

 猛然と紙に設計図を書き始めたと思えば、ギルドを経由せずに直接素材を依頼してきて、挙げ句に報酬は前金なしの後払。

 普段ならば絶対に受けない依頼だったが、その時の奴の勢いといったら尋常なものではなく、それに圧されて依頼を受けてしまったのが運の尽きだった。

 魔力伝導率の良い素材を見つけるために西へ東へ奔走することになり、更にそれが終わったら終わったで、試作に雷電鹿の毛が欲しいだとか、泥呑みの髭が欲しいだとか、果ては幻獣の毛が欲しいだとか要求が際限なく追加され、さんざんに振り回されることになった。

 その時の悪夢は今もまだ覚えている。



 この魔石を見たら奴はどうなるか。



 無色透明な魔石というのは今まで見たことがない。

 魔石の採取依頼等でそれなりに魔石を見てきた俺でも初耳だ。

 そんなものを奴の元に送ればどうなるか。

 考えたくはないが、奴はまず間違いなく暴走するだろう。

 そして、俺はその暴走が収まるまで延々と付き合わさせられることになる。

 そうなれば、ただでさえフローリアやマリー、ローズと一緒に過ごせる時間が少ないのにそれがもっと削られることになる。

 それに、もしかしたらサレアにも奴の暴走の被害が行くかもしれない。



 ならばこそ、奴に頼みたくはない。



 ……のだが、万一のことを考えるとそういう訳にもいかない。

 この魔石に害はないだろうと一応の推測は立つが、まだ完全にないとは決まったわけではない。

 もし、これが何らかの危険物であって、後々サレアに被害が出たとしてそれから解析したのでは遅い。



 知り合いの中に他に適任がいれば良いが、残念なことに、魔道具の製作ひいては魔石の解析について奴ほどの適任はいない。



 娘の安全と俺の被害。

 どちらを取るかは考えるまでもないことだ。



「……分かった、アイフには手紙を出しておこう」


「ありがとうございます」



 俺は頭を下げるメイナを横目に、つまんでいた魔石をポケットの中に仕舞い込んでから自室に戻る。

 向かう足取りは疲れていないはずなのに重い。



 部屋の隅に備え付けられた机に向かい、少し暗かったので奴の作った机置き照明をつける。

 照明の明るさとその周りの暗さがこの手紙受け取った後の奴と俺を想像させ、暗澹たる気持ちで筆を取った。



「これで奴が暴走しなければ良いが……」



 叶うとは微塵も思っていない俺の呟きは、誰の返事も得ることなく部屋の中に虚しく溶けていった。




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