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閑話:メイナの平和な一日

 


「はーい、こっちですよ~♪お嬢様~」


「あうあー」



 私はよちよちと覚束ない足取りでこちらへと向かって歩いてくるお嬢様に語りかける。

 生まれた時には普通の赤子よりもずっとずっと小さかったお嬢様こうして健康に成長していることに思わず笑みがこぼれる。



 私はハンスワルド伯爵家に仕えている使用人のメイナ。



 正確にはハンスワルド伯爵家というよりもエスメラルダ公爵家から嫁いできたフローリア様にお仕えしている身といった方が良いかもしれませんが。



 ハンスワルド伯爵家はリアリース王国の西端に位置する魔の森と、そこに隣接している辺境の領地を任されている家でございます。

 その興りは五十年前と比較的新しい家であり、現在の当主で三代目、また、数年前までは男爵という低い身分でした。



 勃興当時、王国はその領土を広げるべく土地の開拓に力を注いでおりました。

 現在は大穀倉地帯となっているマガレタ地方もこの頃に開拓された土地でありますので、この開拓政策は総合的に見れば成功であったと言えるでしょうが、その一方で王国は手を出してはいけない場所にも手を出していました。



 それが、現在ハンスワルド伯爵家が治めることになっている魔の森。

 魔の森は開拓前より魔物が頻繁に出現する危険地帯として知られていたそうでありますが、王国はとにもかくにも領土を広げるという意識で開拓を進めていたため、それを押してでも開拓を行っていたのです。



 その結果として起こったのが、魔物の大移動でした。

 魔の森が開拓され、その領域の半分程に差し掛かった頃、森に住まう魔物の群れが一斉に森を飛び出し、王都に向かって進軍を開始したのです。

 進路上にあった町は蹂躙され、一夜にして町に住まう人間がすべて食いつくされたと言われております。

 その様子は今も吟遊詩人にも語られていて、ワイバーンに浚われ空に消えていった人間、フォレストウルフに内臓を食い荒らされた人間、ゴブリンやオークに犯されて壊れた人間など、それはそれはひどい有り様だったといいます。



 王国はこれについての対処を迫られることになりましたが、他にも危険地帯を開拓していた王国はこれを鎮圧できるほどの軍事力を直ぐに用意することはできませんでした。



 そこで、王は冒険者や傭兵に対してこれの鎮圧を要請することになりました。

 王は危険に見合う報酬と地位を約束して討伐隊を召集したのですが、集まったのは数十人程度だったと言います。

 それも当然のこと。いかに条件が良くても、命あっての物種ということを知る冒険者や傭兵達は明らかな死地を嫌がったのです。



 迫りくる魔物の軍勢に対して、王国の戦力はたったの数十人。

 もはや王国は終わりだと誰もが思っていました。



 しかし、それをひっくり返したのがハンスワルド男爵家の祖となる、旦那様の祖父でした。



 彼は単身で魔物の群れへと突っ込み、その尽くを撃滅していきました。

 眉唾物ではありますが、ワイバーンを素手で裂き、フォレストウルフの首を握り潰し、オークの頭を蹴り砕くという、一騎当千の活躍をしたそうです。

 これが真実なのであれば、彼は本当に人間であったのか、甚だ疑問ではあります。



 ともあれ、そんな彼の活躍により生き永らえることができた王国は、彼に男爵の地位と半ばで断念する事となった魔の森および周辺の開拓地を与え、管理を任せました。



 魔物の大群を単身で圧倒できる戦力と、管理できない開拓地をもて余していた当時の王国としては丁度よかったのでしょう。



 そうして興ったのがハンスワルド男爵家でした。

 その後、辺境の地を管理しつつ、特に目立つことなく慎ましやかな暮らしを続けていたハンスワルド男爵家が伯爵家にまで成り上がったのは当代でありました。



 そこに深く関わっているのが、現在ハンスワルド家の奥様となったフローリアお嬢様です。



 お嬢様はエスメラルダ公爵家の三女としてお生まれになりました。

 お嬢様は公爵令嬢という高貴な身分に生まれたにも関わらず、その考え方や行動は実に庶民的で、私のような身分の賎しい者を姉と慕って下さる、大変お優しい方でございます。



 そんなお方でございましたので、内緒で町に降りて食べ歩きをしたり、内緒で冒険者として活動をしたりと、公爵令嬢としてお転婆すぎるほどお転婆な行動を繰り返して、私も苦労をかけさせられました。



 そして、そんなことを続けていたある日のことです。

 お嬢様はとある冒険者に一目惚れをいたしました。

 それは、巷で最強の冒険者と呼ばれていた者でありました。

 身長は二メルトを越え、身を包む筋肉の鎧は服を裂さかんばかりに引き絞られており、背には二振りの両手持ちの大剣を交差させている大男でございました。

 名前はアーノルド。魔物の多い辺境出身の平民とのことです。

 そして、そんな彼もまた、お嬢様に一目惚れをしておりました。



 惹かれ合った二人は直ぐに恋仲となりました。

 ですが、お嬢様は公爵家の令嬢であり、対して、アーノルドは辺境出身の平民。



 身分が釣り合うはずもございません。

 それ故に、お嬢様は自分の身分を平民だと偽ったまま、彼との交際を続けていました。

 お嬢様も頭では理解できていたとは思うのですが、それをすんなりと受け入れられないほどの熱情だったということなのでしょう。



 そして、アーノルドに真実を告げられないままに時が過ぎていきました。

 ですが、そんな曖昧な関係はいつまでも続きません。



 ある時、お嬢様が父親である公爵から一方的告げられたのは、彼女に婚約者ができたということでした。

 相手はマガレタ地方を治めている、ターライン侯爵家の長男。

 気性は少々荒いながらも優秀で当主になることは間違いないと言われており、政略結婚の相手方としては申し分ない方でありました。



 そして、彼との結婚は一年後、ということでした。

 その折に私は同伴しておりましたがお嬢様は呆然としていて、魂が抜けた様子でした。



 しばらくして、抜けた魂が戻ってこられたお嬢様は止むに止まれずといった様子で、アーノルドに対して真実を告げることになりました。

 お嬢様は幾度となく逢瀬を重ねた下町の酒場に彼を呼び出して告げました。



 実は私は公爵令嬢で、つい最近婚約者ができた。

 あなたと一緒になりたかったがそれはできそうにない。

 高位貴族の身として、駆け落ちといった無責任な真似はできない。

 どうか許して欲しい、と。



 お嬢様は静かに涙を流しながら、滔々とその思いを語りました。

 アーノルドは黙って聞いておりましたが、すべてを聞き終わった後、力強くお嬢様を抱きしめ、ただ一言、『俺に任せろ、大丈夫だ』と言って酒場を後にいたしました。

 残されたお嬢様はしばし呆然としておりましたが、アーノルドの自信に満ち溢れた様子から、彼を信じて待つことに決めたようでした。



 ハンスワルド男爵家が躍進を始めたのはその頃からでした。

 まだ健在であった父親はその座を一人息子に譲り、そして、後を継いだ息子は様々な偉業を成し遂げていきました。



 王が大病を患えば単身でドラゴンを討伐して、万病に効くと言われる肝を王家に送り、王妃が不妊であると聞けば、魔の森の奥地にしか生えていないといわれる薬草を送り、魔物が大量発生したと聞けば、その地に赴き殆ど被害を出すことなく鎮圧しました。

 やがて、ハンスワルド男爵の名は英雄として国中に轟くようになっていきました。



 王家はわずか一年足らずでこれだけの実績を挙げたハンスワルド男爵に対して何もしないわけにもいかず、伯爵という異例の地位と一つだけ願いを叶える権利を与えました。



 しかして、男爵が望んだのはエスメラルダ公爵家の三女との婚姻、つまりお嬢様と結婚することでした。

 王家は疑問に思いつつも、それであれば問題ないとお嬢様をハンスワルド男爵改め、伯爵に嫁がせることを約束しました。



 そして、訪れた結婚式。

 アーノルドからの迎えが来ないことに沈んでいたドレス姿お嬢様の前に現れたのは、新郎の衣装を纏った、アーノルドの姿でありました。

 アーノルドの本名はアーノルド・ハンスワルド。

 彼こそが今や国一の英雄と名高いハンスワルド伯爵であったのです。



 そうして、フローリアお嬢様とアーノルド様の結婚式は幸せの中で執り行われ、二人は夫婦となったのでありました。



 この話は英雄の嫁取り物語として、国中に語り継がれることになっているのですがそれはまた、別の話です。



 そして、現在に至り、奥様となったお嬢様は旦那様の間に三人の子を設けることになりました。

 第一子であるマリー様。

 第二子であるローズ様。

 そして、二年前にお生まれになったサレア様。



 マリー様とローズ様は何事もなく、健やかにお産まれになったのですが、三女であるサレア様は危うく死産となりかねないほどの早産でありました。

 幸いにもそうはならなかったのですが、お嬢様の状態は予断が許されるものではありませんでした。

 このような早産で産まれた子供は生後、すぐに亡くなってしまうこともありますし、何らかの障りを持ってしまうこともあります。

 そして、一般的な貴族であればそのような子供が産まれた際は醜聞がたたないように孤児院や神殿などに放逐してしまいます。

 愛情の深い奥様や旦那様は障りがあっても育て上げると仰るでしょうが、一筋縄にはいかない理由がございました。



 ハンスワルド家は平民には英雄として好意的に見られていますが、貴族となると当家を好意的に見ている家はほぼありません。

 ほとんど平民のような存在であったハンスワルド男爵がたったの一年で伯爵にまで上り詰めてしまったのですから、血を尊ぶ貴族からは蛇蝎のごとく嫌われてしまうのは当然の帰結ですし、そうでなくとも、羨望や嫉妬の眼差しというのはありました。

 また、婚約者を横から奪われる形となったターライン侯爵家は特に我が家に敵対的でした。



 このような状況でそんな子を産んでしまえば、ハンスワルド家を攻撃したい者にとって、格好の的になってしまうことは明白。

 そうなれば、家や二人のお嬢様をも危険にさらしてしまうかも知れません。

 ですが、旦那様と奥様がサレアお嬢様を放逐することを事を受け入れるかといえば、それはあり得ませんでした。



 そこで私は、お嬢様を障りがないと分かるまでは私の子供として育てることを請願しました。

 そうすれば、障りがなければ第三子として認めることができますし、あれば私の子として引き取り、家を追い出すことはなくなります。

 奥様はメイナならば任せられると涙ながらに仰り、私の請願を受けいれてくださいました。



 そして、一年と半年様子を見守り、サレアお嬢様に障りがみられないと判断した私は、旦那様と奥様にお嬢様をお任せすることに致しました。

 旦那様はお嬢様を乱暴に扱い、奥様は涙を流しながらサレアお嬢様を抱きしめておりました。

 離れ離れになっていた親子が三人で抱き合う姿に、私は涙を流さずにはいられません。



 お嬢様はこれからは私の子ではなく、ハンスワルドの子として生きていくことになります。

 私は抱き合う三人の姿を見ながら、今後ともお嬢様をしっかりとした立派な令嬢に育て上げようと決意を新たにしました。



「あー」



 と、そこまで思い返したところで膝をペシペシと叩かれていることに気づきました。

 足元見ると、サレアお嬢様がもうこちらへとやって来ていていました。

 手を振り上げて膝をペシペシと叩く姿は可愛らしいですね。



 私はお嬢様を持ち上げて、始点に戻し再び手を叩きます。

 お嬢様から鋭い視線を感じるような気はしますが、きっと気のせいでしょう。



 サレアお嬢様にはハンスワルド家の令嬢として立派に成長してもらわなければならないのです。



 頑張っていただかないと。



 そうして、お嬢様の歩く姿を眺めつつ、私の平和な日常は過ぎていくのでありました。




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