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家族との出会い

 


 ――――人間は脆く、すぐに死んでしまう生き物だ。



 交通事故にあっただけで死ねば、高いところから落ちただけでも死ぬ、また、当たり所が悪ければ頭を殴られただけでもあっさりと死ぬ。

 それこそ、俺のように高所から落ちてきた鉄骨に当たっただけでも簡単に死んでしまう。

 病に犯されて死ぬことだってあるし、身体機能が異常を起こして死ぬこともある。

 よしんば、それらで死ななかったとしても人間が生来持つべき機能が永遠に失われたり、意識が戻らずに死んだも同然というような状態になってしまうこともままある。



 それほどまでに人間という生き物は脆い。



 成体となり、頑丈になった者でもそうあるのだから、生まれたばかりの赤ん坊がさらに脆いということなど言うまでもないだろう。

 未発達の柔らかい体に未発達の知能。

 その幼さと物を知らぬが故に、自ら死に向かって行くことさえある。

 だからこそ、大人はうっかりと赤ん坊が死んでしまわないように細心の注意を払って大切に扱うべきであろう。



 だからそう……例えば、筋肉ムキムキの巨大ゴリラ人間が思い切り抱きしめるようなことがあってはならないし、ましてや、赤ん坊を胸元から天井の近くまで勢い良く放り投げるなんてことは言語道断であると思うのだ。

 もし、そんなことがあればその赤ん坊は死んでしまうかもしれない。




「■■■■■■■■!!!!」


「オギャアァ!!オギャア!!!!(ヤメロォ!!苦しい!!死ぬ!!)」


「■■■■■!!!!■■■■■!!!!」


「アアアアアアァァァァァァイ!!(うわぁぁぁぁぁぁぁ!!)」


「■■■■■■……」


「■■■■■■■!?」



 ……うん……死んでしまうかもしれない。



 俺はゴリラの胸板に押し潰されるがまま、高い高いをされるがままにそう思った。

 なぜこんなことになってしまったのか、といっても俺にも状況がまだ飲み込めていないが、時は少し前まで遡る。




 ――――――




 窓から爽やかな光が差し込み、チュンチュンと可愛らしい小鳥の囀りが朝を告げる。

 俺は目を開いて起き上がり、伸びをする。

 いつもより早起きした筈なのに、眠気がまったく残っていない。実に清々しい朝だ。

 昨日の満足感が快眠に繋がったのだろう。

 こんなに気持ちの良い朝は久しぶりだ。



 俺は握りしめたままの右手を見る。

 手の中には昨日作成した魔石が入っている。

 ネオニート生活へと繋がるかもしれない重大な成果だ。

 昨日は暗闇の中でしか確認しないままだったので、詳細を光の中できちんと確認したかった。



 それに、こんな気持ちの良い朝には魔石でも眺めてニヤニヤしたい。

 昨日の夜闇で見た感じ、魔石はキラキラしていて綺麗そうだったので、光源がある中で見たらどういう風に見えるのか凄く気になる。

 きっと水晶のように美しく輝くに違いない。



 そんな思いとワクワク感を抱きつつ、手を開くとそこには魔石のまの字の欠片もないただの空気があった。



 手を閉じたり開いたりしてみるが当然ながら魔石が出てくることはない。

 現実を受け入れられず、これでもかと手のひらを注視すると真ん中あたりが円形に赤くなっていて、すこし痒い気がする。

 とりあえず手のひらをポリポリと掻きながら天井を見上げると

 シャンデリアが朝陽に照らされて輝いている。

 吊るされた四叉の錨状の金属の先端についた白色電球のような物体が太陽光を反射して眩しい。



 (…………眩しいなぁ。うん……眩しい。……眩しい。

 って、眩しいとか言ってる場合じゃない!)



 そこで俺はようやく現実を直視した。

 眩しいとか手が痒いなんてことはどうでもいい。

 とにかく今は魔石の所在を明らかにすることが先決だ。



 どこに行ったのだろうか。

 昨日の夜にはしっかり持って寝てたはずなのに……。



 落としたのかもしれないと思い、ベビーベッドの上を捜索する。

 タオルケットをひっぺがし、シーツをひっぺがし、服を揺さぶり、と隅から隅まで探してみたものの、見つからない。

 もしかしたら、ベビーベッドから転がっていってしまったのかもしれないと思い、柵の隙間から床に転がっていないか確認してみるも、見える範囲内には魔石はなかった。



 こうなると、俺にはどうしようもない。

 ベッドの外に出られるのはメイドさんに持ち上げてもらった時だけだし、その頃には魔石はメイドさんに回収されてしまっているだろう。



 (おうふ……、せっかく苦労して作ったのに……)



 達成感が一気に消えていき虚脱感がやってくる。

 これは再び魔石を作るところからやり直しだ。

 これは達成感に目が眩んで管理方法を考えていなかった俺の自業自得だが何ともやるせない。

 眺めること以外にも色々と試したいことがあったのに、とんだ二度手間だ。



(次はきちんと管理方法を決めてからやることにしよう)



 そう反省していたところで突如、部屋の扉が開いた。

 いつものようにメイドさんがやってきたのかなと思い、そちらの方向に視線を投げ掛けてみると、そこに居たのはメイドさんではなく、筋肉ムキムキの巨大な人間……いや、もはや服を着たゴリラだった。

 そのゴリラが高さの足りないドア枠をくぐり、部屋に入ってくる。



 ゴリラは茶髪の若い男性で、顔はゴツいながらもそれなりに整っている。

 上は薄い若草色の半袖シャツに下は茶色のズボン、そして足には茶色のブーツ、ワンポイントで首にはエメラルドとゴールドのネックレス、という平凡な服装をしているにもかかわらず、はち切れんばかりの筋肉とその巨体から発散される圧力によってその姿は平凡とは程遠いものになっている。

 凄い、筋肉で服が全身タイツみたいにピチピチになる奴なんて初めて見た。



 そのインパクトにやられて気づくのが遅れたが、ゴリラの後ろからは、貴族令嬢といった表現がふさわしい女性が続いていた。

 金髪碧眼に整った顔立ちであり、肌は白磁のように艶やかで白い。

 薄桃色のロングドレスを着ていて、首にはトパーズのような黄色の石があしらわれたシルバーのネックレスを下げている。

 歩き方などの所作からは育ちの良さが自然と滲み出しており、ゴリラとはまた違った種類の緊張感がある。



 そして、さらにその後ろからやってきたのは二人の幼女だ。

 一人はおそらく、四~五歳くらいの茶髪をした幼女で、先程の令嬢に良く似ていて、将来は美人になりそうな美少女だ。

 服装はゴリラと同じような動きやすい服装をしており、透き通った碧の瞳と白い肌をしているが、遊び盛りなのかその肌はすこし焼けていて赤みを帯びている。

 その子の服の裾をつまみながら、後ろからついてきた二人目の幼女はおそらく三歳くらい。

 この子の方が先程の幼女よりも令嬢に似ていて、金髪碧眼、白い肌の美少女だ。

 子供用のドレスを着ていてすこしおどおどしている。

 そこがまた可愛らしく、もし、俺がロリコンだったらそのかわいさに悶絶した後に爆死していただろう。



 そして最後にはいつものようにメイドさんがやってきて、ドアを閉めた。



 閉まった際のパタンという音が消えると、ゴリラ、貴族令嬢、幼女、メイドさんの視線が俺へと集中する。



「■■■■、■■■■■?」


「■■■■■■■■」


「■■■……」



 沈黙を破ったのはゴリラだった。

 なにか一言二言メイドさんに質問し、メイドさんがそれについて答えると納得したようにうなずく。

 そして、ゴリラはものすごいスピードでベッドに近づいてくると、重さがないかの如き勢いで俺を持ち上げ、俺を思い切り抱きしめた。



 そこからは冒頭の通りされるがままであった。



 俺は幾度かの高い高いを経て、打ち上げられたマグロのようにぐったりしていた。



「■■■■■■■!!!!」


「■■■、■■■……」


「■■■■■■■■■■……」



 そんな風に俺が死にかけているとあわててメイドさんがゴリラを止めてくれた。



「あうー(あ、ありがとう、前に鬼畜とか言って正直すまんかった)」



 メイドさんに注意されたゴリラは高い高いならぬ他界他界をやめると、俺を貴族令嬢さんにそっと渡した。

 彼女は震える手で俺を受けとると、額にキスを落としてくる。

 額に感じた唇の柔らかさに驚いて顔を見ると、その美しい瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちていた。



「■■■■■……」



 そして優しい声色でゴリラほどではないが強く俺を抱きしめてくる。

 彼女がなぜ泣いているのか、なぜこんなことになっているのかわからない。

 だが、なにか俺の方に問題があって、凄く心配をかけていたということだけは伝わってくる。

 今ばかりは言葉を理解できないことがもどかしい。



「■■■■、■■■■■■■■■■■■■」



 ゴリラがなにかを言って俺を抱いた令嬢さんを包み込むように上から抱きしめた。

 令嬢さんはゴリラに体重を預けて瞳をとじている。

 まだ、状況をよく飲み込めないが、なんだかとても暖かい。



 彼らと俺は家族なのだと思う。

 そして、俺の方に何らかの問題があって生まれてから長い期間、面会ができなかった。

 それが今日、問題が解決されて面会できるようになった。

 これまでの雰囲気から察するに多分、そんな感じなのだと思う。



 ゴリラと令嬢さん改め、両親の体温に包まれながら幸せを享受する。

 俺にもこんな時期があったのだろうかと思うと、両親を残して逝ってしまった前世を思い出してすこし、悲しくなった。



(もう子供の頃の記憶は滲んでしまってほとんど覚えていないけど、俺と両親も昔はこんな感じだったのかもしれない)



 いつしか仕事に追われて思い出せなくなっていった遠い記憶の欠片がここにはあるような気がした。



 今世では、できなかった親孝行を前世の両親分までやろう。

 自然とそんな思いが込み上げていた。

 俺を思い、いまだに泣き続けている母と、いささか乱暴であったが、喜んでくれた父。

 本当にありがたいことに、今世の俺は良い両親を持ったようだった。

 俺は彼らを失望させないような立派な人間になろう、と素直にそう思った。



 だけど、俺はそれと矛盾するようなニートになるという願いを諦めるつもりはなかった。

 前世の死を経験した俺にとってこれは、親孝行と同じくらい、俺にとっては重要な夢だからだ。



 それに簡単なことだ。

 両親が恥ずかしいと思わないような、他人に誇れるような、立派なニートになれば良いだけだ。

 この程度の矛盾など飲み込めなければ、働かずに生きるなんてできないだろう。

 俺はいつかきっと叶えてみせる。



 そのためにも、早く歩けるようになって言葉を覚えたい。

 メイドさんや両親が何を喋っているのか分からなかったし、高い高いされた時はほとんど動けなくてなすがままだった。

 それじゃあ駄目だ。早く大人にならないと。



 俺と両親の暖かな時間はしばらくの間続き、あとには放置されて頬を膨らました美少女、もとい俺の姉達がいたのであった。


 

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