魔力と魔石
(5/23)色々と変更しました。投稿スピードと推敲のトレードオフが難しいです。申し訳ありません……。
我輩は赤ん坊である、名前はまだ(知ら)ない。
というわけで、はい、どうも俺です。
魔法の存在を確認して半年ほどが経った。
あれからというもの、昼はハイハイ、夜は魔法の検証兼練習という忙しくも楽しい日々を過ごしている。
その成果は順調そのものだ。
昼の部でハイハイを根気よく続けた俺の体には筋肉がつき始め、最近では、ハイハイを卒業して二足歩行にクラスアップすべく、掴まり歩きもするようになった。
赤ん坊が歩き始めるのは大体一歳ほどの年齢になったあたりということを前世で小耳にはさんだ覚えがある。
俺が転生してから一年程度は経っているはずなので、少なくとも俺は一歳を越えていると思われるのだが、今頃になって歩行の練習を始めているあたり、もしかしたら俺の成長は遅い方なのかもしれない。
しかしまぁ、他人と自分を比べたところで何か現状が変わる訳でもあるまいし、俺は俺のペースでのんびりやっていきたいと思っている。
夜の部にやっている魔法については様々なことがあった。
何から説明したらいいのかわからないので、とりあえず、俺がこの半年間でやったことを順に説明していきたいと思う。
この半年間の検証で最初に分かったのは、念じることで生じる『魔法』という現象により魔力が動いていたのではなく、魔力が持つ念じると動くという性質自体によって魔力が動いていたということだった。
それに思い至ったのは、魔法と魔力の切り分けができず、やけくそ気味に魔力を動かしていた時に『あれ?これ魔法で動いてるんじゃなくて魔力自体が動いてるんじゃ……』と思い、と検証してみると実際にその通りであったという出来事があったからだ。
俺はてっきり、空気を動かすという魔法の副次的な現象として魔力が動いていると思っていたので、そうと分かった時には結構な驚きがあった。
まあ、魔法(仮)だったから仕方ない面もあるかもしれない。
ただ、そのあり方を誤認していたとはいえ、魔法が何かに使えそうだという事実に依然として変わりはなかったので、そのことが判明した翌日からは派生現象としての魔法、および、魔力を自在に使えるようになれるよう、足掛かりとして魔力の性質について重点的に調べていくことにした。
半年前の時点で分かっていたのは、
魔力は常に不快な気配を放っているということ、
魔力は強く念じることによって動くこと、
念じた内容によって動き方が変わること、の三つ。
その中で、俺が目をつけたのは魔力は念じれば動くということ、念じた内容によってその動作を変えるということだった。
それを念頭に置いて、俺が考えたのは念じることによって魔力がどこまで変わるかどうかだった。
動きだけなのか、それとも性質まで変わるのか。
仮に、念じることで魔力を火や水などの別のものに変換することができれば、小説でよく見るような魔法を使えるようになるはずだと考えてのことだった。
しかし、結果を言えばそれは失敗に終わった。
魔力を別のものに変えるように念じても、魔力は何の反応もみせることはなかった。
普通に動かす分には、動き始めに時間がかかって反応が遅れることはあったが、これについては兆候すらもなかった。
そして、それは何度やっても変わることはなかった。
内容を微妙に変えたりもして試してみたのだが、結局、魔力は魔力のままで変化することはなかった。
じゃあ、それならばと次に俺が試したのは魔力を別のもの変化させることなく魔力の状態を変化させることだった。
これはできるものとできないものに分かれた。
例えば、魔力の温度を変化させる、魔力の重さを変更する、などの魔力の性質そのものに干渉するようなものはできなかった。
できるものとしてはあくまでも、魔力を移動させるという行為の範疇を外れない、魔力を圧縮する、魔力を固定する、などばかりだった。
こうした経緯から俺は、魔力は変化させることができず、できるのは魔力そのものを移動させることだけだという結論を導きだした。
また、検証を重ねている内に、気がつけば魔力を操作できる量が増えたり、魔力を移動させる時の速さや圧縮力などの総じて魔力を操作する力が向上していた。
おかげで始めの頃は鈍重だった魔力も、今では滑らかに素早く動かすことができるようになっている。
それで少しばかり調子に乗ってしまった俺は、深夜テンションもあってだろうか、おかしな考えを思い付いてしまった。
その考えとは、『魔力を体に取り込んでから、自分の体を魔力で操作すれば、素早く動いたり、空を飛んだりできるんじゃね?』というものだった。
今だからこそ言うが、体が不快に感じるという時点でそこはかとなく危ない気配のする魔力を、体内に取り込むという発想はさすがに浅慮が過ぎたと言わざるを得ない。
果たして、その結果は散々なものだった。
魔力を体に取り込んだ瞬間、全身の毛穴が開きっぱなしになり、冷や汗を大量放出することになった。
そして、ひどい吐き気とめまいに見舞われた後、高熱を出して数日間寝込んだ。
幸いにも命に別状はなかったが、朦朧とした意識とメイドさんの尋常じゃない慌てようからして、相当危険な状態だったのではないかと思われる。
それ以来、魔力を取り込むことは俺の中で禁忌になった。
というか、禁忌にしないと死ぬ。
ここまでが半年の間に起こったことであり、
魔力は念じても別のものには変化しないこと、
魔力の操作を繰り返すことで操作力が上がること、
魔力を体内に取り込むと死にかけること、
という三つのことが分かった。
そして、この新たに得られた知識を組み合わせることで、俺は実用性のある魔法を開発することに成功した。
それが固定の魔法と風の魔法だ。
前者は魔力を特定の位置に固定することで、対象の動きを止めたり、防御壁を作る魔法だ。
やっていることのイメージとしては、週刊少年誌に掲載されていた結界を用いて妖を滅する人気漫画に登場する結界、といったら分かりやすいかもしれない。
また、やったことがないので分からないがおそらく、この魔法があれば空中を歩くこともできるだろう。
操作力によりその固定する魔力の強度は変わるが、今の俺でも大人一人の動きを止められる以上の強度はあると思われる。
後者は魔力を高速で動かすことで風を起こす魔法だ。
これについてはそこまで説明は要らないと思う。
魔力は気体であるから、それを操作することで直接風を起こすことができる。
本気を出せば台風並みの猛風を起こせなくはないだろうが、部屋をめちゃくちゃにするわけにもいかないのでやるつもりはない。
本気で風の魔法を使うことはできないが、熱くて寝苦しい日には扇風機の代わりとして使っているので、わりと重宝している。
そんなこんなが俺の半年間だ。
できることが少しずつ増えていくというのは、自分がキチンと目標に向かって着実に進んでいることが実感できて良い。
そうやってできることを増やしていけば、いつか俺ができることの中に収入を得ることのできるものが見つかるかもしれない。
そうなれば、将来は幸せなニートライフを満喫することができるはずだ。
あぁ、夢が広がっていく。
さて、そんな輝かしい未来を実現させるために、今日もまた、魔力の検証を行うことにしよう。
俺は寝たふりをやめて体を起こした。
現在は夜。メイドさんの寝かしつけ攻勢を回避することにも慣れた今日この頃、不快な空気は今夜も絶賛存在中だ。
今夜の検証の内容は魔力を限界まで圧縮する、だ。
もし、魔力が単一の元素的な何かであるならば圧縮することによって液化、固体化するかもしれないし、しなかったとしても、圧縮→開放から攻撃用の魔法に転用できるだろうからやることにした。
魔力の圧縮については以前にもやったことがあるのだが、その時には操作力不足で、魔力を満足に圧縮することができなかった。
今回はそのリベンジだ。
俺は魔力に空中の一点に集まるように念じる。
状態変化が起きず、そのまま弾けたら危ないというレベルの話ではないので、それを防ぐために魔力の動きを阻害しない程度に周りに固定の魔法をかけておく。
そしてしばらくすると、不快な気配は俺の指定した一点に吸いこまれるように移動し始めた。
魔力はその体積を減らしながら一点に集中していき、それにつれて操作に対する反発力が上がっていく。
以前はこの少し後で反発力に負けてしまったのだが、今回はまだまだ余裕がある。
(さあ、ここからが勝負だ)
俺は固唾を飲んでその様子を見つめる。
魔力が一点に集中していくにつれて強まっていく不快さと反発力に顔をしかめながらも魔力を集め続ける。
このまま何の変化もなしに弾けるのか、それとも何か別の反応が起きるのか。
強い反発で圧縮した魔力が決壊しそうになるのを必死にこらえ続ける。
そして、いよいよ反発が危険域に達しようかという時、変化は唐突に訪れた。
不快な気配が反発と共にかき消えて、ポスッという小さな音を発する。
それと同時に、何かがベッドの上に落ちてきた。
衝撃があった辺りを見てみると、ガラスのような、水晶のような、透明で綺麗な物体が転がっていた。
それは俺の拳大の大きさで、六角柱が何個も組み合わさってできたボロボロのゴルフボールみたいな形をしていた。
さわってみると表面はツルツルしていて、出来上がったばかりだからか少しだけ熱を持っている。
そして、内側には抑えられた不快な気配があった。
(おおおおおっ!!)
これは大発見ではないだろうか。
状況的に間違いなく、この結晶は魔力が結晶化したものだろう。
内側から感じる不快な気配もそれを示している。
とりあえず、これは魔力を圧縮してできた塊なので、魔石(仮)と呼ぶことにしよう。
それにしても、これは大変なことをしてしまったかもしれない。
俺は魔力を圧縮することで魔石を産み出すことができる能力、つまり、無から物体を産み出す能力を得たのだ。
それすなわち、提供できる物体的なモノをおそらく無限に作り出すことが可能になったということを意味する。
魔石の価値がいかほどかは分からないので、それが真に提供できるモノであるかどうかはわからない。
だが、働かずに収入を得ることができる可能性がより高まったのは明らかだ。
俺は魔石を握りしめながら大声で叫ぼうとしたが、そういえば夜中だったということを思い出して、控えめなガッツポーズに変えた。
今日はこの実験で部屋の魔力をすべて使いきったし、特大の成果をあげたのだから早めに切り上げて眠ることにしよう。
俺は心地よい達成感に身を委ねつつ、にやけながら今日の成果である魔石を眺める。
苦労して作った魔石は暗闇の中でも煌々と輝いているような気がして、達成感をより増幅させた。
今日は良く眠れそうだ。
魔石を眺めながら横になると、すぐに気持ちのいい眠気がやってきて、俺の意識は水底に沈むようにゆったりと落ちていく。
――――俺はまだ知らない。
この魔石が後になってとんでもない厄介事を引き寄せてしまうことを。
そして、それに散々悩まされることを。