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プロローグ2

(5/12)投稿を急ぐあまり、雑になっていたところが少し気になったので色々と変更しました。前にお読みになった方には申し訳ありません。


 

 目を覚ますとそこは暗闇だった。

 瞼が開いている感覚はあるものの、視界は真っ暗で何も見えない。

 暗闇に目が慣れていないだけかもしれないと思い、数秒ほどまぶたを閉じて開いてみたが暗闇のままだった。



 視界が頼りにならないので、代わりに耳を澄ませてみると、耳鳴りが混ざりぼやけた調子で、虫の声や蛙の声が聞こえた。

 俺の家の周りにはこんなに虫や蛙が騒ぐような自然はないため、少し懐かしい。

 こんなのは田舎にある祖父母の家に泊まった時に聞いて以来だ。



 そんな事を思いながら体を起こそうと、腕を動かすも思ったように動かなかった。

 可動域が狭い上に、今までに感じたことがないくらいに腕が重い。

 今朝、仕事に行きたくないと思いながらドアノブを引いた時とは比較にならない。



 そこでふと何かが引っ掛かかった。



 俺は朝起きて仕事に行く途中だったはずだ。

 それなのに、何故こんなよく分からない所で横になって虫の合唱を聞いているのだろうか。

 何か、重大な記憶が欠けているような気がした。



 俺は焦燥感に駆られて、今朝の記憶を思い起こした。

 ここに至るまでの一連の流れはどういうものだったろうか。



 朝起きて、携帯食料で朝飯をすませて、顔を洗って髭を剃って、服を着て玄関から家を出た所までは記憶にある。

 だが、それから先のことが霞がかったように思い出すことが出来なかった。



(確か、働きたくないと思って現実逃避していて、それで…………っ!)



 それでもなんとか思い出そうとしていると、一瞬だけ、記憶がフラッシュバックした。

 迫る鉄骨。体の砕ける瞬間。

 それで、思い出した。いや、思い出してしまった。



 自分の身に降りかかった惨劇を。



 頭上に巨大な鉄骨が落ちてくる絶望。

 落ちてきたそれに頭蓋を砕かれ、肩の付け根から斜めに体を折り畳むように背骨を、肋骨を砕かれる感覚。

 全身を貫く、燃えるような痛み。

 口から吐き出された力ない空気と大量の血液。

 赤と黒に染まっていく視界と遠ざかる周囲の音。

 鉄骨と地面の間で冷えていく己の体温。



 すべて鮮明に、詳らかに思い出してしまった。



 思い出してしまえば、もう止まらなかった。



 吐き気がする。



 胃が引き絞られるような感覚と、喉の奥から上がってくる酸味が気持ち悪い。



 砕かれた骨や潰された肉の幻痛で、冷や汗が流れだしては止まらない。



 気がつけば、体がまるで自分の体じゃないみたいに震えている。



 最悪の気分だ。

 俺は一体どうなってしまったのだろう。



 冷静に、客観的に見て俺は絶対に助からなかったはずだ。

 頭は潰れ、背骨は折れ、見たこともない量の血液が体から流れ出ていたのだから。

 だというのに、生きている。

 目は見えないし、耳はぼやけているし、体も思うように動かせないが生きている。

 ならば、俺は奇跡的に一命をとりとめたということになるのだろうか。



 だが、あの惨状から考えると、神経を損傷して植物状態になっていたとしても何らおかしくはない。

 現に、体も目も耳も不自由だ。

 だとしたら、これから先の人生、ずっと寝たきりで生き続けなければならないという可能性も有り得る。



 そこまで考えてしまうと溢れ出る感情を押さえることができなかった。

 恐怖、絶望、悲嘆、怒り、不安、焦燥、諦念。

 さまざまな感情が混ぜこぜになって、溢れて止まらない。



 堪えようとしても次々と湧き出ては荒れ狂う感情の奔流に振り回されて我慢することができず、大の大人がみっともなく泣き声を上げてしまった。



「オギャアァァァァァァァ!オギャアァァァァァァァ!!」





(…………はぁぁぁぁ!?)





 俺の口から発せられたのは、何故か赤ん坊のような大きな泣き声だった。



 もう、訳がわからない。

 何もかもが意味不明だ。



 かき乱された感情に新たに困惑というが投入されても、うねりは静まる気配をみせることはない。

 むしろ、泣き声はとどまることを知らず、自分でも喉が裂けるのではないかと思うほどに大きくなっていく。



 半ば呆然として、ただただ泣き続けていると、真っ暗だった視界がパッと明るくなり、ぼやけて滲んだ景色が見えるようになった。

 明かりがついていなかったから目が見えなかったのかと安堵すると同時に驚愕した。

 なぜなら、解放された視界には巨人が映っていたからだ。



 五メートルは優に越えるだろう大きさを誇る女性の巨人で、何故かメイド服を着用していた。

 彼女は真っ直ぐにこちらへと向かって歩いてくると、俺のすぐ側に立ち、そのまま胸元まで持ち上げる。

 そして、壊れ物を扱うかのように優しく上下左右に揺すった。



 反射的に抵抗しようとしたが、結構な高さがあるから下手に動けず、そもそも体が重くてろくに動けなかった。

 巨人メイドにされるがままになっていると、何故だろうか、あれほど荒れ狂っていた感情が少しずつ収まっていった。

 それにつれて、感情に振り回されて出ていた泣き声も次第に収まっていく。



 しばらくして俺は泣き止んだ。

 同時にものすごい眠気が襲ってくる。

 あれだけうるさかったのが嘘のように、部屋は夜の静けさを取り戻す。

 ただ泣いただけなのにドッと疲れた。



 ゆっくりと視界がぼやけ、瞼が降りる。



 精神的に憔悴しきっていたこともあってか、俺は眠気に抗うことができず、そのまま深い眠りに落ちた。




 ――――――




 あれから、大体一ヶ月ぐらい経った。



 最初の一週間は事故のことを思い出しては、精神的に不安定になって泣いてしまい、疲れて寝るというループを繰り返してあっという間に過ぎていった。



 だが、流石に一週間も経つといい加減泣くのを止めて切り替えていかなければならない、という思いが芽生えてきて、だんだん自分の心に整理をつけ始めるようになった。



 そして、俺はその一環として自分が今置かれている状況について把握することにした。



 そうして、この一ヶ月の間に分かったのが以下の四つのことだ。

 一つ、多分、俺は死んだということ。

 二つ、俺は赤ん坊になったということ。

 三つ、おそらく、ここは地球ではないということ。

 最後に、俺は女の子になったということだ。



 まず一つ目の俺は死んだということだが、それは状況的にそれ以外あり得ないと考えられるからだ。

 頭を潰されて、背骨を折られて、大量出血。さらに重い鉄骨の下敷きなんて状況。



 この重傷具合は腕の良い医者でも思わず首を横に振ってしまうぐらいには酷いものだろう。

 正直、自分でもごく普通に『ああ、これは助からないな』と思った。

 地球儀を持ち、アフリカ大陸近辺に位置する島国を指差すことで有名な紫の宇宙海賊でさえも、現場を目にすればきっと、もう助からないと閉口するはずだ。

 では何故生きているのかと言うと、それが二つ目だ。



 俺は赤ん坊になった。

 どうやら、俺が最初に目覚めた時間帯は深夜だったようで、視界が真っ暗で見えなかったのは視力がまだ未発達だったのと、時間帯のせいだった。

 朝になり、ぼんやりながらも見えるようになった目で自分の体を確認してみると、小さい胴体に可愛らしい手足がついているのが確認できた。

 そして、それはまだぎこちないながら、ある程度は自分の意思で動かすことができた。

 泣き声とこの体で考えると、自分が赤ん坊になってしまったということは明らかだ。



 そして、三つ目。おそらく、ここは地球ではない。

 現在俺がいる部屋には中世のヨーロッパで使用されていたアンティークのような家具や品々が置いてある。

 様子を一言で表すならば、貴族の洋館の一室といった風に言い表せるだろう。

 だが、そんなこの部屋からはどこか生活感が溢れており、アンティークな品々も趣味で集めたとかそういった感じではなく、いまだに現役、あるいは流行のものを使用しているような印象を受けた。

 しかし、それだけではタイムスリップしただけであるかもしれないため、地球ではないと判断するには少し弱い。

 ……タイムスリップが“だけ”というのはこの際おいておくが。



 ともかく、俺が地球ではないと判断した決定打は照明の存在だった。

 目が覚めた日に縮尺の違いから巨人と勘違いをした女性は世話係らしき人で、俺の世話と部屋の掃除をしてくれている。

 そして掃除の折、彼女が壁についている白いスイッチらしきものに手を触れた瞬間、天井にあるシャンデリアが光り輝いたのである。

 中世ヨーロッパには触っただけで点灯する照明なんてなかったはずであるし、それどころか電灯すら発明されていなかったはずだ。

 この照明の存在は明らかに時代錯誤で、あり得なかった。

 そのため、俺はここを地球ではないのではないかと判断した。



 そして、最後に四。俺は女の子になった。

 これについては語ることは少ない。

 おしめの取り替えの時に下腹部に違和感を覚えて確認してみたらなかった。ただそれだけだ。

 …………それだけだ。



 さて、これらを総合的に考えてみるとおそらく、これは異世界転生というものであると考えられる。

 アニメや小説でよく見られるあれだ。

 何らかの原因で死亡した主人公が現代知識や授かった反則級(チート)な能力を活かしてハーレムを形成したり、俺TUEEEEEEしたり、金をジャンジャン稼いだりして、自分の好き勝手に、自由気ままに生きていくというジャンルの物語。

 俺はそんな物語の主人公達と同じように異世界へと転生してしまったらしい。



 ただ、現実世界ではなく、異世界へと転生したことは少し複雑な気分だ。



 転生したことによって仕事から解放されて、もう一度人生をやり直せるというのはそれなりに喜ばしく思う。

 だが、そこが異世界というのが問題だった。



 地球それも現代社会の常識、価値観、振る舞いを持つ俺はこの世界の異物だ。

 そして、当人が望むか望まないかに関わらず、異物は目立つというのはどの世界でも共通のことだろう。



 そうなればどうなるか。

 悪目立ちした異物は排斥され、排斥はやがて迫害へと変わる。

 そして、待つのは死だ。



 それが世界規模で襲いかかってくる可能性があるのだから、恐ろしいというレベルの話ではない。



 目立つのを気にせずに振る舞える力と精神力があるのならば別段、問題とならなかったのかもしれないが、俺はそんなに目立つことはしたくない性質(たち)であるし、そうした力は皆無だ。

 そして、仮にそれがあったとしても俺は絶対に使うつもりはない。

 力を持つ者には常に責任が伴い、それが強大であればあるほど重くなる。

 俺では責任は負いきれないし、負いたくもない。

 それに、俺は物語の彼らのように目まぐるしく波乱万丈な人生を送りたいとも全く思わなかった。



 想像してみた。

 俺TUEEEEEEをして、ハーレムを作って、金を稼いで、目立って、町の人にちやほやされて、有力者に目をつけられて色々な柵が増えていく………そんな華々しい人生を。



 俺は、そんな人生は疲れると思った。

 人から注目されるということは自己顕示欲を満たせるという面もあるが反面、常に気が抜けない生活を送らなければなないということでもある。



 そんな生活は絶対にストレスが溜まると思うし、気疲れするだろう。

 だから俺は、彼らが送るような華々しい人生には全く魅力を感じなかった。

 馬車馬のように働いて、悲惨な事故にあって死んで、転生して解放されたかと思えば、次は見世物のような人生を送ることになるなんて真っ平ごめんだ。



 それに、前世では働くことが美徳とされ将来の選択肢は事実上就職一択であったが、異世界では違う。

 自らが望んだ選択肢を自由に掴み取ることができる。

 無論、前世よりもその道程はずっと厳しいものになることが予想されるがそこは一長一短というものだろう。



 俺の今世での望みはただ一つ、働かないことだ。

 俺はもう一生分は働いた。

 だから、二度と働きたくない。

 断固として、絶対に、働きたくない。



 だからこそ、俺はニートを目指す事にしようと思う。

 誰になんと言われようが、後ろ指をさされようが立派なニートになって。

 そして、前世でできなかった分、平和な日常をだらだらとしながら享受するのだ。



 だが、それをするにはいくつか高い壁があるだろう。

 前世バレせず、目立たないように生きるというのは前提として、ニートとしていつまでも親元にパラサイトし続けるのは両親の感情的にも経済的にも厳しいものがあるということが一つ。

 もう一つ、今世の俺は女であり、また部屋から推察するに出身は貴族であるため、両親からの感情が良く保たないと、勝手に嫁に出されたりしかねないというのが二つだ。



 この障害を撃ち破るためには家庭内での発言力を高め、なんとかして拒否権を得るしかないが、当然ながらニートにそんな発言力などありはしない。

 発言力を得るためには当然、収入を得て、自分一人が生活できる金を得て家計に何ら負担を掛けない状態にしなければならない。

 つまり、俺はニートになるだけで止まってはいけない。

 収入を得ることのできるニート、つまりネオニートに成らなければならないのだ。



 その道はきっと、果てしなく険しいものになるだろう。

 前世でも考えていたように、働かずに金を得る方法などまず、存在しない。

 それは人間が新しくモノを取得できず、提供できるものが後天的な能力的自己に限られているからだ。



 しかし、勝算はゼロではない。

 ここは異世界で俺には現代知識がある。

 非物体的なモノが新しく得られないのはほとんどが既に発見されており、新しいものは高度に専門化された知識がなければ得ることができないからだ。



 でも、それはあくまでも現代地球の話だ。

 この世界ではまだ発見されていないが現代地球では発見されている非物体的なモノ、つまり、現代知識を持つ俺だけが知っているモノが多々あるだろう。

 それを提供する事ができればおそらく、働かずに金を得ることができるはずだ。

 あとはそれを目立たないように実行するだけ。



 それに、前世の俺にはなかった先天的な能力的自己が今世の俺にはあるかもしれない。

 それを家を出なければならない年齢になるまでに見つけることができれば、ネオニートになる上でかなり有利に働くだろう。



(俺はネオニートを目指す。何を言われても揺るがない、何を言われても働かない、鋼鉄の意思を持った完全無欠の、最強のネオニートになってみせる!)



 そうして、全力で親の脛を齧りつく、という最低の宣誓をした赤ん坊は直後にやってきた眠気に流されてその意識を深い眠りへと落とした。





 ――――これは働きたくないからという理由で、全力でネオニートを志した女の子(中身は男)が伯爵の籠姫と呼ばれながらも、そんなことは大して気にもとめずにネオニートを目指していく物語である。



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