魔力拒絶
色々用事が重なり気づけば月末……。
今後も更新頻度が下がる可能性高いです。申し訳ありません。
時の流れは早いもので、一年が経った。
体は順調に成長しており、また、訓練の甲斐もあって自由自在に歩けるようになった。
そして、移動能力が向上したことで今まではたどり着けなかった部屋の隅々まで移動できるようになった。
そこで、俺は好奇心の赴くままに部屋を探索した。
今まで好奇心をもて余しながら、満足に移動できず欲求不満だったので、危ないから、と主張するようやく名前の判明したメイドさん改めメイナの制止を振り払い、部屋をひっくり返して回った。
しかし、残念なことにめぼしいものはなかった。
敗因はおそらく、赤ん坊がいる部屋だから安全面を考慮して必要以上に物をおいていなかった事だと思われる。
そんな感じであっさりと骨折り損に終わった俺の冒険は、メイナの怒りと体の疲労感を成果として終了することとなった。
メイナから滔々と説教をされたので反省はしているが、後悔はしていない。
本格的な成果は次の探索に期待だ。
魔法の方はそれなりに順調で、魔石の操作ができるようになったあの日から検証と試行錯誤を繰り返し、魔石の操作について以下のことが判明した。
魔石は魔力と同様に自由自在に移動させられるということ、
魔石の性質や状態を変えることはできないが形は変えられるということ、
魔石は魔力に還元できるということ。
この三つの中で一番大きかったのは魔石の形を変えられるということだ。
魔石を変形させられれば魔石を使った工芸品や、剣などの武器も作れる。
工芸品は売れば金になることは間違いないし、武器は瞬間的に大量展開することが出来れば黄金の英雄王や赤の弓兵みたいなことができるかもしれない。
そう思い、ワクワクしながら試してみたのだが、どちらも上手くはいかなかった。
手始めに工芸品として簡単そうな小皿を作ってみれば、楕円形のガタガタに歪み、武器の展開を試してみればナイフサイズ三本が限界な上に、ぐにゃぐにゃに波打った剣とは言えないような棒が生成されるという有り様だった。
こうなったのは俺の操作力が理想に比べて全然足りていないのと、魔石の精密操作が出来ていないからだ。
なので、その問題を解決すべく、最近はもっぱら操作力の強化と精密操作の習得に力をいれている。
目指すは人間国宝レベルの精密さと黄金の英雄王&赤の弓兵だ。
そして最後に、言語について。
一年前、あれだけ悩んでいた言葉は覚えるものを発音一本にしぼった事が功を奏して、ある程度ならば理解できるようになった。
毎日発音を繰り返していると『ああ、この言葉はこういう意味なんだろうな』というようなフワッとしたニュアンスがだんだんつかめるようになり、それをさらに繰り返しているとフワッとしたニュアンスが次第に言葉の意味として固定されていった。
そうした意味の固定を何度も繰り返している内に、気づけばあっさりと言葉を理解することができてしまった。
正直、これには自分でも驚いている。
今となっては言葉を話せない、どうしよう、と必死に悩んでいたのが馬鹿らしく感じる。
案ずるより産むが易しとはよく言ったものだ。
ただ、急速に言葉を習得できてしまったことで、思いもしなかった問題にも直面する事になった。
その問題というのが発音だ。
日本人が話す外国語、外国人が話す日本語を思い浮かべてもらえば俺が抱えているものが瞭然であるだろう。
ちょうど英語の『Apple』が日本語発音では『アッポー』となってしまうように、数十年も日本語を使ってきた俺が話す異世界語は若干日本語に引っ張られてしまっていて、ネイティブな発音ではないのだ。
もし、生粋の異世界人であるはずの俺がカタコトの異世界語を話し始めたら様子がおかしいどころの騒ぎじゃないだろう。
優しい両親がそんなことをするとは思いたくないが、娘に悪霊がとりついた、とでも言われて追放されかねない。
今は舌ったらずなこともあってなんとか誤魔化せてはいるが、もう少し成長して舌が回るようになればもはや誤魔化せないだろう。
だから、そうなる前に対策を練っておかなければならない。
そうして必要に迫られて考えた末、思い付いた対策が無口キャラになることだった。
受動的に会話し、内容を最小限にして、その最小限も小さな声で発音のしやすいものに限定する事で多少発音がおかしい所があったとしても誤魔化せるはず、という魂胆だ。
また、無口キャラになることで異世界の知識が無意識にこぼれ出るのも防げ、ついでに、目立つことも防げるという利点もある。
ただ、それを貫こうとすれば強引に引っ張っていってくれるような友達でもいない限り、コミュ障ぼっちルートにまっしぐらであるため、そのことは覚悟しておかなければならない。
そこが無口キャラとして生きていく上での勘所になるだろう。
俺の夢はニートになることではあるが、だからといって世捨て人になりたい訳ではない。
ささやかな交友関係ぐらいは築いておきたいと考えているが、無口キャラになればそれも難しくなってしまうだろう。
なので、発音の修正はタイムリミットギリギリまで粘るつもりでいる。
それで駄目だった時は諦めて素直に無口キャラになるつもりだ。
今後どう転ぶかは未来の俺に託された。
ただ、口数が多い状態から口数が少ない状態に軌道修正するのはなかなか厳しいものがあると思われるので予防線兼前段階としてすでに口数は少なくしている。
そのため、現状でもほとんど無口キャラみたいなものではあるが。
さて、ここ一年はこんな感じでそれなりに充実した日々を過ごしていた俺だが、現在はものすごく暇をもて余している。
というのも、歩けるようになり、言葉も話せるようになった俺がこの部屋でやれることが魔法を除いてなくなってしまったからだ。
魔法が使える夜間はいいとしても、昼間は暇で暇で仕方がない。
部屋は探索したから遊べるようなものも無いことを知っているし、一人でできるような遊びはだいたいやり尽くして飽きた。
母さんや姉さん達はそれなりの頻度で遊びに来るが、不定期なのであまり期待できるものでもない。
そのため、誰も部屋に来ない日は基本的には寝るかボーッと空を見上げるかぐらいしかやることがない。
ということで昼間の現在、完璧に暇をもて余していた。
「……ひま」
俺はベッドに飛び込み、手足をバタバタさせる。
本当は思い切り叫びたいが、口数を減らしているので、代わりに音を出しての憂さ晴らしだ。
しかし、メイナはこれを華麗にスルー。
滑らかな動きで素早く俺を立ち上がらせる。
「前にも申し上げたと思いますが、お召し物が乱れるのでお止めください」
「……ねえさまたちは?」
「本日は休養日ではございませんのでいらっしゃいません」
「……かあさまは?」
「王都よりいらっしゃった旦那様のご友人の応対をしておられます」
「…………じゃあ――――」
「何度も申し上げておりますがサレアお嬢様に外出はまだ早いかと存じます」
「……むぅ」
確かに、この言葉は何度も聞いている。
聞いているのだが、彼女は『まだ早い』以外に理由を言わないので、どうしても納得がいかない。
「…………(じーっ)」
「何か?」
「…………(じーっ)」
「そんなに見つめても無駄ですよ?」
「……けち」
「ケチで結構ですので、我慢してください」
「……むぅ」
はぁ、と心の中で溜め息を吐く。
今日もまた外出許可はもらえなかったので、やることがない。
(暇だ……)
窓の外に視線を送ると、空の青に浮かんだ白が遠くの稜線にぶつかり姿を変えていく様子が目に映る。
その回りには少しばかり縮尺がおかしな鳥が数匹飛んでいる姿も見える。
初めの頃はその大きさに、さすがは異世界だと感動したものだが、今ではもう見慣れてしまい日本でカラスを見つけた時ぐらいの感情しかない。
だって、ここから見る分にはただのデカイ鳥だし。
そうして、空を眺めながら修行僧のごとく心を無にしていると、キィ、と小気味のいい音を立てて部屋の扉が開いた。
現れたのはもはや見慣れた筋肉ゴリラと、それとは対照的に線の細い見慣れない男性だった。
身長はゴリラの肩ほどで、髪はくすんだ金髪。
手入れを雑にしているのかそもそも手入れをしていないのか、毛先はバサバサで所々跳ねている。
瞳の色は緋色で、目の下には墨でも塗ったような真っ黒の隈が染み付いている。
何というか、全体的に不健康そうな見た目だ。
「旦那様、いかがなさいましたか?」
「いや、コイツがな、現場が見たいと言い始めてな……」
「なるほど、それで」
何がなるほどか俺には全く分からないが、メイナはその一言だけで事情を理解したようだった。
「えーと……あなたがこれを?」
そう言って謎の男性が取り出したのは魔石だった。
大きさや形からして多分俺が一番最初に作ったものだろう。
(え、何で知らない奴が俺の魔石持ってんの!?)
そんな俺の困惑を他所に、メイナと謎の人物の会話は進んでいく。
「そうですね……、幾分かなり前のことですので定かではないのですが、このあたりだったかと」
「このベッドの下?」
「はい」
「確かに、ここは魔石が生成されるような環境ではないねぇ……」
え、ええ?生成?環境?
頭がパンクしそうなので取り敢えずは先送りだ。
とにかく、今分かるのはメイナがあの時拾った魔石がなんやかんやあって謎の人に渡ったってところか?
「それで彼女が?サ……サ……?」
「サレアお嬢様でございます」
「そうそう、それそれ」
「オイ……それとは何だそれとは……!」
「ごめん、ごめん」
彼はゴリラに感情のこもらない謝罪をした後、俺の周りをぐるぐるしつつ、じろじろと無遠慮に眺め始める。
この人は一体何がしたいのだろうか、すごく落ち着かない。
周りをぐるぐるされて、落ち着けずにそわそわしていると、しばらくして謎の男性の足が止まる。
「うーん、この子も関係なさそう……かな?」
「当然だ」
「…………」
状況はまだよく飲み込めていないが、魔石を作った俺がこの騒動の元凶だということは何となく察せられたので取り敢えず黙っておく。
沈黙は金だ。
そうして会話に参加することなく黙っていると、ゴリラと会話をしていた謎の男性はさらりと聞き捨てならないことを言い出した。
「それにしても、この子もよくこの年まで生きてたよね」
「おい、それはどういう意味だ!?」
「いや、貶してるとかそういうのじゃなくて。あー……もしかして気づいてないの?」
「何のことだ?」
「この子、魔力拒絶みたいだよ?」
その言葉にメイナとゴリラ、二人の表情が一変する。
「なんだと!?」
「見た感じ、無意識に魔力を体から遠ざけてるみたいだし、確定だと思うよ」
「まさかそんな……」
「まあでも、こうして無事っぽいし大丈夫でしょ。
多分この子、ものすごく影響力が強いんだろうね」
「だが……」
「良いじゃん、これから対策すればなんとでもなるって」
「ですが――――」
魔力拒絶という単語が出た瞬間、魔石の話は消え去り、三人は喧喧囂囂の話し合いを始めた。
当事者であるはずの俺を完全に置き去りにするほど白熱した議論はなかなか終わる気配がない。
よく生きてた、の下りからおそらく、俺の生死に関わる重要な何かなのだろうとは想像がつくが……。
魔力拒絶とは一体?