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9.訪問者

きっと、ディーゼさんのために、向こうの人たちが、一生懸命戻れるタイミングを作ったのだろう。


翌日、普通に学校に行って、部活もして。急いで門に向かったけど、ディーゼさんがいなくてガッカリした。

それから急ぎ足で佐藤さんの民宿に行った。そうして、『消えてしまった』と教えられた。ものすごくショックを受けた。


佐藤さんは、ディーゼさんが帰るところに立ち会ったそうだ。

「本当に異世界の人だった。もう疑いようない」

と佐藤さんは真剣に、私にすら言い聞かせるようにした。

近所はその話でもちきりになっている、と言う事だ。警察の人さえも。


帰宅したら、母が『ディーゼさんが消えた』と教えてくれた。

私を待っていた様子の祖父は、

「いなくなってせいせいした。タクマに恐れをなしたんじゃ」

なんて言うので、私は途方もなく悲しくなった。


母は、私が落ち込んでいるのを見て複雑な顔をする。


夜遅く、今日もこちらの家に帰ってきた父は、顔をしかめて、言った。

「礼を尽くせていなかった」


ディーゼさんがいなくなった後のなのに。遅い、と私は責めるように思った。


***


ディーゼさんに貰ったブーケは、部屋にきちんと飾って、ちゃんと水も毎日変えた。

でも、切り花だから1週間しか保たなかった。

一本ずつしなびていき、間引いて残したけど、花とは枯れてしまうものだ。


友だちは、ドライフラワーにすればいい、とアドバイスをくれたけど、率先して枯らすのが勿体なくて、とてもできなかった。


***


結局。中学校を卒業するまでに、ディーゼさんは現れなかった。

たった数日過ごしただけで、キラキラしていてドキドキする思い出になってしまったのに。


卒業間近の時に部活の子に告白されたけど、結局ディーゼさんの事を考えてしまって断った。

友だちは心配してくれたし、断るのを考え直せと言ってくれたけど、とても無理だと思ってしまった。

私は、皆の言う通り、頑固者なんだと思う。


あの日、カーディガンと帽子を貸してくれた、グループが違う3人は、

「そういうの、良いと思う!」

とキラキラして肯定してくれたので、元気を出すことができた。


***


数年。

いつ来るのかな。


高校生になって、私はアルバイトを始める事が出来た。

アルバイト先は、駅前のカフェ。スタッフ募集をしていてラッキーと喜んだ。

ディーゼさんと最後の日に入ったお店だ。

コーヒーが美味しいお店。秘密を調べることができるハズだと思ったのだ。


ちなみに、この店のコーヒーは、海外で修業した店長さんが1杯1杯いれてくれるコーヒーだった。

技術の差かなぁ。

私も頑張って資格を目指そうかなと思っている。


結局、私はずっと待っている。

約束が心に残り続けている。

心の隅っこではなく、とても大事なところに残っているのだ。


***


からんからん

と、ドアのベルが音を出した。


「いらっしゃいませ」

と私は反射的に声を出す。


ふわりと、良い匂いがした。

不思議。香水のような作られた香りでは無くて、本物の花の香り。ユリだろうか。

店で生花を飾る事もするので、少し慣れたのだ。


初めて見る小柄な女の人だった。とてもスタイルが良い。可愛い。

ぐるり、と店内を見回している。


「お一人様ですか? おタバコはお吸いになられますか?」

と私が声をかけると、その人は不思議そうに首を傾げ、私をじっと見つめた。


「初めまして」

とその人は硬い声で、私に言った。ドキリとした。叱られたような気分になったのだ。

その緊張を帯びた声で、店内の注目を一気に浴びたのに、全く気付かないらしい。


私は動揺した。

この人は困ったお客様なのだろうか。

でも、初めまして、なんて言ったという事は、勝手が分かりません、というアピールなのかも。


「禁煙席のご案内で宜しいでしょうか?」

「いや」

嫌、ではなく、いいえ、の意味だと分かった。見かけに似合わない言葉遣いに私も緊張した。


「失礼しました。喫煙席にご案内いたします。お一人様、」

と店内に声を上げるのを、クイ、と袖を引っ張られて私はギョッと驚いて振り返る。

酷く間近に、その人は迫っていた。


「あなたが、花か?」

「え」

誰、この人。


「タクマの娘だろうか。あなたは、ディーゼを知っている?」

じっと心の中を覗き込むように見つめられて、尋ねられた言葉に心臓が跳ねる。

私の驚いた顔に、確信したらしい。


急に、ほころんだようにその人は笑った。満足そうに。

手の平をスッと差し出される。

「見覚えがあれば良いのだけど」


開かれた手のひらに折り鶴が乗っていた。


数年前の。あの日、ディーゼさんが折り紙を持って来ていて、頼んできたから、ここで折った。

折り紙を買った日は、とてもそんな時間は持てなかったから、ここで。


「どうして・・・」

私はマジマジと女性を見つめた。

誰だろう。全く分からない。期待と不安に襲われる。


私たちの様子に店長さんが来て、女性を奥のテーブルに案内した。


***


アルバイト時間中だったけど、少し休憩時間にしてもらった。

お客様が、わざわざ私に会いに来たのだ、と穏やかに、けれど不思議な威厳をただよわせて言ったからだ。


店長さんに、知り合いかと聞かれて正直に少し首を横に振って、いいえと答えた。だけどその後、知り合いの知り合いの人かもしれない、とても大切な人の、と慌てて付け加えた。


店長さんは、私がこの店にアルバイト志願した理由を知っている。

私の様子に、ひょっとして、と気付いてくれたのかもしれない。


一見して分からないようにカーディガンを羽織り、同じ席につかせてもらう。

店長さんが注文を取りに来たので、目の前のお客様にはコーヒーを。私はカフェラテを頼む。


目の前の人は、私が勝手に注文したのを不思議そうに見ている。観察されているように思える。

私は、この人も異世界の人なのだろうと確信しつつあった。


「あの、ここのお店のコーヒーは美味しいんです」

と説明する。

相手は、少し首をかしげるように、

「コーヒー」

と呟いた。

コーヒーを知らないのかな、と私は思った。


誰だろう。

ディーゼさんでなく、どうしてこの人が来たのだろう。


期待と不安と。

まさか、ディーゼさんに、何かあった?


私は気になって仕方ないのに、目の前の人は物珍しそうに周囲を見回している。

やっぱり異世界の人に違いない。


待ちきれなくなって、わたしは、

「あの。島崎 花です。あなたは、どなたですか?」

と尋ねる。

目の前の人は、周囲から視線を私に戻して微笑んだ。

「ノクリアだ。ディーゼの母親だ」


驚いた。

「お母さん」

と思わず呟き、見つめてしまう。

ディーゼさんと、全然似てない。それに、とても母親になんて見えない。母というより姉みたいに若く見えた。


私が驚いているのを、ディーゼさんのお母さんはなぜか嬉しそうに笑んでいる。

「1つ、聞いておきたいのだけど、あなたは、ディーゼがこちらに来ても、迷惑ではない?」

「えっ」

私はその質問に急いで答えた。

「迷惑なんてないです、待ってます! 来て欲しいです!」

「そう。それは良かった。あの子も一生懸命で。でもあの子は、とても弱いから。なかなかこちらにたどりつけなかったの。ごめんなさい」

ディーゼさんのお母さんは目を伏せた。


「あの、ディーゼさんはどうしているんですか」

いつ、来てくれるのですか。

私の様子に相手が顔を上げた時、店長さんがコーヒーとカフェラテを持って来てくれた。

御礼を言って受け取る。

それから、お母さんにも勧めた。

「このコーヒー、ディーゼさんが、美味しいって言ってました。ほかのコーヒーは口に合わないのに、ここのは美味しいって。だからこれにしました」


「・・・そう。ありがとう」

お母さんは微笑んだ。それから、懐かしそうになる。

「こちらの食べ物は、確かに微妙な味だった。おにぎりを、食べたことはある?」

「え。あります。もちろん・・・」


「そう。あれは、やはり美味しい?」

「え、はい」

美味しいとか美味しいとか考える余地もないほどに身近な食べ物だけど、やっぱり美味しいと思う。


「そう」

ふふ、と楽しそうに笑って、お母さんはカップを手に持つ。

「熱いので気をつけて・・・」

言わなくても良いかもしれないけど、心配になって注意もいれた。


お母さんは面白そうに私を見てから幸せそうな顔になって、それからゆっくりカップに口をつけた。

飲んだ。

コクリコクリと飲んだ。


カップを口元から離して、お母さんは満足そうに嬉しそうに私に教えた。

「確かに、美味しい。ありがとう。教えてくれて嬉しい」

「あ、いえ、どう致しまして」

妙にドキドキした。


お母さんはそれから私のカップに視線を向けたので、私も自分のカフェラテに口をつける。

うん。安定の味。ちょっと苦いけど、すでに私の好みを知っている店長さんは砂糖をいれてくれていた。素敵だ。


「あなたは、ディーゼのお花になってくれる?」

「!」

飲んでいたのを驚いてむせかける。変なところに入りそうになった。幸い無事にすんだ。


「花。あの」

それは、どういう。

どう答えて良いのか分からない質問で、でも顔が赤くなる。特別な存在という意味なのは絶対に確かだ。


私の返答を待つのに、私が返答できないでいるのをお母さんはじっと見つめている。


それから首を傾げた。どこか困ったように。

「駄目なのか・・・あの子に言い聞かせるべきか・・・」

考えたようになり、私に確認して来た。

「迷惑なら、ディーゼに言い聞かせる。遠慮なく言って欲しい。私のこの軌跡を消してしまえば、ディーゼはもうこちらには来れないはずだ。消した方が、良い?」


「えっ」

私は慌てた。来て欲しい、来て欲しいけど。

「あの。あの、私は」

「何?」

と心配したようにお母さんが尋ねてくる。


私は迷ったが、しかし正直に思うところを打ち明けることにした。全ての事情を説明できる相手だと思うからだ。ディーゼさんが異世界の人だということも、全て。


***


「私は、ずっと来てくれるのを待っています。会いたいです」

私の言葉に驚く相手に、私は話す。


「でも。それで結婚したいか。って言うところは微妙で・・・」

と言うけれど。

実は、そうなれば良いと思ってしまっている私は、叶わないと知る夢に憧れているだけなのかもしれない。


「そう」

とお母さんは穏やかに相槌を打つから、安心する。

続きを、話す。

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