8.決めたこと
「命を、助けてくれたお礼に、僕に、力を渡したいと、タクマさんは言ったのです」
運ばれてきたコーヒーとコーラ。自分のカップから立ち昇る白い湯気を見つめて、ディーゼさんは言った。
私はストローの袋をプツッと破って、グラスに差す。クルクルと回してカラカラと音を出してしまうのは、くせなのかもしれない。それから、一口。
うん、安定の味。
話を聞きながら飲みだした私を少し怪訝そうにディーゼさんは見て、それからふと気分を変えたようにコーヒーに口をつけた。
ブラックで飲むみたい。そういえば父もそうだ。
「砂糖とミルクは入れないのですか?」
「うーん。飲み慣れている味が良いです」
と答え、ディーゼさんは驚いたように目を見張った。
コーラを飲みながら様子を見ていると、不思議そうにカップを眺めてから、
「これ、美味しいです」
とディーゼさんは言った。
私は首を傾げた。
「良かったです」
と答えてみたけれど。
「ハナちゃん、お願いが」
「はい」
コーラをテーブルに戻して、私は真面目に返事をした。
ディーゼさんは真剣だ。
「このコーヒーと、他のコーヒーの違いを知りたいです」
「えー」
「ここで生きていくうえでとても重要なので、是非、調べて教えて欲しいです」
私は目を丸くした。
「ディーゼさん、戻らずに、こちらにいてくれるの?」
言った途端、色んな不安に襲われた。こんな真っ青な髪で明らかに外国人でも違和感のある人が、普通にこちらで暮らしていけるのだろうか。
「それについては、一度戻るしかないと考えています」
難しい顔でどこかを見つめて答えているから、色々考えての結論なのだろう。
私は頷いた。
とにかく、ではコーヒーの違いを調べようと思った。
「話が逸れました」
「はい。力を渡したいっていう話でした」
「はい。そうです」
ディーゼさんは、頷いた。
「こちらのタクマさんは、昨日、ハナちゃんの命を助けた御礼に・・・『勇者の力を譲り渡す』と言いました」
「え」
私は目を丸くした。そんなことができるの!? それに、父はまだ勇者だったんだ!?
「僕は、断ります」
「えっ」
驚いた。弱いって悩んでいるのに。強くなれるっていう話でしょう?
ディーゼさんは、じっと私の目を見つめる。
「僕は、たぶん、自分が選んだようでいて、選択を決められてしまうと、思うのです」
よく、分からない。私はじっと見つめ返した。
「ハナちゃんのお礼にと、力を貰ってしまえば・・・たぶん、それで終わらされる」
「え?」
「別にお礼を貰おうと来たわけではありません。だけど、僕は託して貰ったんです。助けて欲しいと。そして、今、ハナちゃんに会えました。約束まで、しています。僕は、ハナちゃんを心の支えにしていたんです。とても勝手に、一方的に。本人に会えたらいい、いつか会えると思う事が、希望だったのです。希望が叶って、ハナちゃんがこんなに可愛い人だとは、思わなかった。好きです。ずっと好きなままです。現実に裏切られるなんて事なく、ハナちゃんは、まるで僕にとっての花みたいな人です」
怒涛の勢いで褒めてもらって顔が熱くなった。
でも、まだ話の途中だとも聞いていて分かっていたから、赤面しながらも、一生懸命聞く事にした。
「もし、ここで、僕が勇者の力を貰えば、きっとハナちゃんの事は聞いて貰えない。重ねて言いますが、恩を売りに来たわけではない。だけど、僕は可能性を手に入れたいと願いました。タクマさんは、僕に力を渡したい。僕が元の世界に戻っても楽に生きていけるはずだと。そうすれば、元の世界に馴染んだ僕は、別の世界のハナちゃんなどどうでも良くなるだろうと、思われているのが分かりました。悪くない話だと言われましたが、面白くありません。全く。面白くない」
「面白い・・・」
と思わずつぶやいた。その言い方はショック・・・。
「すみません」
少し顔を赤らめて、ディーゼさんはコーヒーをまた口に運んだ。
「表現を間違えました。ごめんなさい」
「はい・・・」
「どうしたら許してくれますか?」
そこまで言うのは大げさじゃないかなぁ。
「気を付けてください」
と注意を入れてみた。
「はい」
と真面目に頷いたので、許してあげよう。
「ハナちゃん本人に振られるなら諦めますが、それ以外で勝手に操作されるのは御免です」
とディーゼさんは、話を元に戻した。
「勇者の力はいりません、と答えました。僕は、ハナちゃんの命を助けた事を、きちんと分かっていてもらいたい。恩を売り続けます。それで、僕はハナちゃんを僕に貰いたい。・・・良いですか?」
「えっと・・・」
私はコーラのストローを口にして、少し言い淀んだ。
貰いたいと言われると、急に弱気に襲われてしまう。
「お付き合いは良いのですが、結婚となるとちょっと・・・」
母に言われた言葉をそのまま返してしまう。これってヘタレ?
「大丈夫です。僕は、こちらで過ごすことを前向きに検討しています。生活に必要な事はなんとなく想像がついています。その方法も。僕には、こちらとは違う世界にいたタクマさんが、ついています。ハナちゃんは地元にいたいのでしょう。大丈夫です。僕がこちらに来ればいいのです」
「・・・別の世界の父とは、よく会うんですか?」
どう答えて良いのか分からなくて、違う事を尋ねてみると、ディーゼさんは目を細めた。
機嫌を悪くしてしまったかな、と不安に思ったけど、ディーゼさんは少し寂しそうに目を伏せたので、もしかして、と思いついた。
「ひょっとして、会えない?」
あっという間に尋ねてしまった。
「・・・鋭いですね。はい。その通りです。いえ、少し違います。会えるのか分かりません。・・・僕が、こちらを選ぶ以上」
その答えに、私は首を傾げた。
「意味が分かるように教えて欲しいです」
「・・・言って良いのか分かりませんが・・・。この世界は、ハナちゃんが生きているから、僕がたどり着いたのです。だから、僕はこの世界で暮らしたい。僕はそう決めたい。・・・きっと、元の世界とは遠く離れていくでしょう。あのタクマさんに一度は会いたいのですが。助けることができたと、僕は報告したい。貰った写真を、タクマさんに見せびらかしたいです。1枚しか見せてあげないと、意地悪を言いたいです。・・・一度は、会いたい。でも僕は、こちらを選びたい」
意味がよく分からないところがある。
だけど、やっぱり不安に襲われる。
私は、そこまで未来の約束をするつもりはないのに、とても重大な事を選ばせてしまってるんじゃないだろうか。
私は、そこまで責任が取れない、と思う。
「あの。ズルイ返事だって分かっているのですが」
と私はコーラを飲むためにストローを加えながら、モゴモゴと言った。
「はい」
「その、将来、その、結婚相手にディーゼさんを選ぶのかは、まだ分からない、です・・・」
正直に告白する。
好きだし、会っているとドキドキする。もう会えなくなるのは絶対に嫌だと強く思う。
だけど、だからって一生の約束なんて、とても無理だ。
なのに、
「構いませんよ」
とディーゼさんは私を見守るように優しく笑った。
この笑顔に、私は本当にディーゼさんを好きになってしまったのだと、思う。
***
話していたのは、1時間ぐらい。
帰ることにしたけど、多分、怒られるなぁ、と思うと気が滅入る。
どこか嫌々、ノロノロと帰る中、話しかけた。
「ディーゼさん、知らないうちに、異世界に帰ったら、嫌です。ちゃんとお別れの挨拶をしにきてくださいね」
「僕もそうしたいです。ただ・・・タイミングが僕には選べないのです。会えなかったらごめんなさい」
「えっ、酷い!」
驚いて非難の声を上げると、ディーゼさんも困ったようになる。
「元に戻るタイミングの時に、ハナちゃんにお会いできていれば良いのですが」
「分かりました・・・」
ガッカリしたけど、そう答えるしかない。
「あと、2日ぐらいですか?」
「実際のところは、分かりません。兄たちが僕の状態を把握して、戻す手はずを整えるのに、どれぐらいかかるのか。ただ、兄たちの事です。遅くても、そのぐらいで帰り道を整えると思います。もっと早い可能性もあります」
「・・・」
嫌だなぁ、と私は地面を見つめた。
「ハナちゃん。元気で、無事に過ごしていてください。僕は必ずまた来ると約束します。でも、いつになるか分からないから・・・僕はハナちゃんが無事に元気にいてくれたらそれで良いです。他の人と結婚していても、良いです」
ディーゼさんの言葉に、驚いて顔を上げた。
本当に、そう言っているように聞こえたし、そう思えた。
他の人と結婚していても良いって・・・。
言われた言葉に、私は少なからずショックを受けていた。
私は、結婚するかは分かりません、なんてディーゼさんに言っておきながら、そう言われてこんなに傷つくとは思わなった。
なのに、ディーゼさんは微笑んでいる。
「こちらの世界は、色が鮮やかですね」
道の先に目を遣って、夕闇に、赤く色づいている雲を眺めたディーゼさんが感嘆の声を静かに漏らした。
「そう、ですね」
と、よく分かってもいないけど、動揺しながら、返事をする。
「あの。私が、ディーゼさんの世界に、行く事ってできますか?」
と、私はそんな事を聞いていた。
ディーゼさんは不思議そうに私を見た。それから、やはり不思議そうにして、答えた。
「難しいです。こちらにはそんな技術は無いと聞いています。僕たちの世界にはすでに技術が出来上がっているので、送る事が出来ます。でも、別の世界のものを呼び出すのは大変です。身代わりが必要になるぐらい。それでも、なかなか成功しないぐらいです」
「そう、ですか・・・」
自分が気落ちしているのが、分かった。
私はまた地面に視線を落とした。
無言でゆっくりと歩いている。
少しして、
「実は僕は、お金を持っています」
と、急にディーゼさんが言った。
言葉に私は顔を上げる。それから首を傾げた。
実はお金持ちだと言いたいのだろうか。
「お小遣いというのを、支給してもらっていました」
ディーゼさんの服のポケットらしきところから、サイフが出てきた。
チチッとジッパーを開けて、中を見せてくれる。
千円札数枚と、百円玉と十円玉?
大金持ちでは無かったようだ。
「花を、貰ってくれませんか。ハナちゃん」
「えっ」
ドキッと胸が高鳴ってしまった。
「花を売っているから、買いたいです」
一軒先に、花屋。
ディーゼさんが足を止める。一緒にいた私も止まる。
ディーゼさんは店員さんに声をかけた。
***
ピンク色でまとめてある、可愛らしい小さなブーケを買ってもらった。
こんな風に花を貰うなんて初めてで、ものすごく嬉しい。
一方、あまりハシャギ過ぎては子どもみたいだと思って、喜びを抑える、なんてことをしてしまった。
でも顔にはやっぱり出ていたみたいだ。
「気に入ってもらえて、良かったです」
と嬉しそうに笑っている。
私は、花を両手に持ちながら、チラリと見あげる。
格好いい。好き。
***
この日が、ディーゼさんがいた最後の日になってしまった。




