7.寄り道
母が心配しているはずだから、と門限の時間に十分に間に合うように、一緒に帰った。
その際、母には『今から帰ります』とメッセージを入れておいた。
そうしたら。
「あ、タクマさんですね」
とディーゼさんが声を上げた。
そう、父が、玄関前で待ち構えていたのだ。たどり着いてみれば、ものすごく微妙な顔をしていた。
***
リビングで、祖父と父と母と私と、ディーゼさんが揃っている。
父はまず、ディーゼさんに頭を下げて、私を事故から助けてくれたことについて御礼を言った。
ディーゼさんは、
「はい」
と真剣に頷いてそれを受け止めていた。
「それで、ディーゼさんは、本当に異世界の人なのですか」
と父は丁寧に尋ねた。
「はい」
とディーゼさんが頷くと、父も頷く。質問というより、確認だったみたいだ。
「タクマさん。・・・僕は、あなたに伝えたいことがあります」
「なんでしょうか」
なんだろう。と私たちは緊張した。
また、『娘さんをお嫁に』とか言い出すのかな、とちょっと期待してしまった私は自惚れているんだろうか。
「タクマさんは、守るべきご家族の傍に、いなければなりません」
とディーゼさんは言った。とても真剣な声だった。
「傍にいないと、守れないものがあると、僕の知るタクマさんは、後悔していました」
「・・・それは。理想的な意味で言っているのか、それとも、実際に何かがあるという話なのか・・・」
と父は困惑した。
ディーゼさんは、じっと父を見て、少し目を伏せて、それからまた視線を上げた。
「実際の問題です。・・・ここで言っても良いのか、考えていますが」
「分かった、では2人で」
と父は立ち上がった。
「佐藤さんのところに泊っていると聞きました。そちらに行きましょう」
「分かりました」
***
父とディーゼさんは、近所の民宿の佐藤さんのところに行ってしまった。
残された途端、
「ハナちゃん」
と声をかけてきたのは祖父だ。
「あれが、誰かか」
「ディーゼさんだよ。私を助けてくれた異世界の人だよ。魔族なんだって」
「えっ!?」
「なにぃ!?」
母と祖父が同時に声を上げたのでとても驚いた。
「ハナちゃん!? 魔族か!? あれは、あいつは魔族なのか!?」
祖父が怖い顔して迫ってきた。
「う、うん。異世界は、魔族が治めていて、平和なんだって。人間の方が酷いって、言ってた・・・」
「そんなわけがあるか!」
と祖父は怒った。
「駄目じゃ。ヒナコさん、これは駄目じゃ」
「ハナ。魔族ってどういうことなの」
「えっ」
しまった。思う以上に、不味い事を言ってしまったんだ。
「でも、だって、人間の方が酷いって言ってたよ、だって」
「敵を悪く吹き込むのは当たり前じゃ! 騙されるな、あいつらのせいで、お父さんが酷い目にあったんじゃないか」
真剣に訴えてきた祖父に困って母を見ると、母の眉間にも皺が刻まれている。祖父に同意なのかもしれない。
まさかこんなに急に印象が悪くなってしまうなんて、思いもしなかった。
言った事を心底後悔した。
***
その日、父だけが帰ってきたのは日付が変わった時間だ。
ずっと話をしていたのだろう。
待っていたけど、
「もう寝なさい」
と言われて、しぶしぶ従った。とても太刀打ちできる空気では無かった。
***
どうして。
楽しかったのに。
酷く暗い気分で、眠る事になった。
あと5日。今日は2日目になるのだろうか。だったら、会えるのは残り3日?
***
次の日も学校がある。
父はもう仕事に行っていなかった。
昨日とは打って変わって、母も静かで、祖父も静か。居心地が悪い。
気まずい空気の中で、朝の支度をして、玄関を開ける。
ちょっと期待していたのに、ディーゼさんの姿は無かった。
今日は、親の証明がないから、部活も休めない。
帰ってくるのは遅くなるのに・・・。
それを伝えるだけでもしたかったのに。
***
学校では、友達に囲まれた。
みんなが遊びに行く場所でディーゼさんと過ごしたから、目撃者も多かったようだ。
「命の恩人の人」
と答えるけれど、気分は沈む。
「誘って一緒に遊びに行こうよ!」
と普段声をかけてこないグループの人たちからも言われたけれど、私は断る事しかできない。
「分からないから・・・」
不満そうにされたけれど、私の表情にも、きっと残念な気分が現れていたんだろう。
「つまらない」
と言われたけれど、それだけで終わった。
授業もして、今日は部活も出る。
剣道部だから、覇気が無いと怒られた。
うん。
気持ちを切り替えないと。
声を出す。
部活の間、ディーゼさんの事を頭から追い出した。
いつものように元気になった気分。
なのに、部活が終わって着替えて鞄を持った瞬間、どうしているのかな、遅くなってしまった、と焦りを覚えた。
「ハナちゃん、門であの人待ってるよ!」
「え」
別の部活に入っている友達が、急いだように教えてくれた。
「えっ、いつから?」
「分かんないけど、ずっといたよ! 部活で遅いよって教えたんだけど、『待ちます』ってずーっと!」
うわぁああ。
部活中にすっかり忘れていた自分は酷すぎると思う。焦って急いで校門に向かう。
7・8人に囲まれて話しかけられて、それに穏やかに答えているディーゼさんが、本当にいた。
近づいて、ディーゼさんがこちらに気付く。
「あぁ。ブカツは、もう終わりましたか」
「はい、ディーゼさん、ずっと待っててくれて、すみません!」
ディーゼさんは笑った。
「ずっと待っていて、すみません。たくさんの人に声をかけてもらっていたので、退屈などしていませんから安心してください」
「はい・・・」
ちょっと微妙に思った自分の気持ちがよく分からない。
***
通学路、なぜかたくさんの人たちに囲まれて一緒に帰る。
皆、ディーゼさんに興味津々だ。
真っ青な髪は染めているのではなく地毛だという情報も掴んでいる。
とはいえ、ディーゼさんは外国人と言い張っているようだ。
ディーゼさんはニコニコしながら皆に答えていた。
色々話をしたかったので、ちょっと残念に思う。
自分の家に帰っていく人もいるけど、寄り道でずっと着いてくる人もいる。
困ったなぁ。家に着いてしまう。
困ったなぁ。もう、我が家はディーゼさんが魔族だからって、安全地帯ではなくなってしまった。
「ハナちゃん、デートしてもらえませんか」
普段とは違うグループの3人がついて来ている中で、ディーゼさんは私に言った。
もう、民宿の佐藤さんの家と、私の家はそこに見えている。
キャァ、とついてきている3人が声を上げた。
「デート! デート!」
「良いなぁ」
「言ってきなよ、黙っててあげるから!」
目をキラキラ輝かせて、3人が口々に言った。
帰宅途中の寄り道は禁止されているのだ。
この3人はすでに校則違反中だ。でも、ちょっとした寄り道と、思いっきりデートでは、違反っぷりが違うよね。
「どこ行くの!?」
「ゆっくり話がしたいのです。良いところを知っていたら、教えてもらえませんか」
「駅前行くと良いよ!」
「でも、一度はうちに帰らないと・・・」
「そうですか。・・・そうですよね」
どこか諦めたように笑った気がして、困った。
「行っちゃえば良いよ。カーディガン貸してあげるからさ、これ羽織っていたら行けるって」
1人が、白い可愛いカーディガンを貸してくれた。
・・・行けるかなぁ? どうかなぁ・・・。
「できれば、お家に帰る前に、話がしたいのですが」
と、困ったように、ディーゼさんは言った。
ひょっとして、すでに母も祖父もディーゼさんをよく思わなくなったのを、知っているのかもしれない。
***
ありがとう、後で、教えられる事情を話すね、と約束して、カーディガンと、それから帽子も借りた。
あまり変装に成功した気はしない。
なんだかソワソワしてしまう。
でもとにかく、駅前に向かい直す。
学校とは別の方角になるのは良いかもしれない。
寄り道してうちについて来ていた3人は、キラキラと期待した顔をしながら帰っていった・・・ふりをして、実は後ろからコソコソついてきているらしい。
だから小声で話しましょう、とディーゼさんがおかしそうに笑って教えてくれた。
「実は、ハナちゃんのおじいさんとおかあさんに、嫌われてしまいました」
そう切り出されて、私は息が止まったように驚いた。
とっさに謝ろうとしたのを、ディーゼさんが仕方ないように笑ってきて、言葉を飲み込んでしまう。
「魔族だというので、怒っているのですね。これは、僕が迂闊でした。タクマさんは話を聞いてくれたのですが。・・・でも、タクマさんも、疑っていましたね。僕が仕返しに、タクマさんの大切な娘を、奪いにきたのではないのかと」
こう言われて、驚いた。
「どう、思いますか?」
と泣きそうな顔で微笑むのは止めて欲しい。困ってしまう。
「・・・ディーゼさんと話をしたのに、疑っているんですか?」
と私は聞いた。
この顔を見て、疑うのは、馬鹿げていると思うけど。
大人が歪んでいるのか、私が騙されているのか、どちらなのだろう。
「・・・僕は、来ない方が、良いのだろうと、思います」
とディーゼさんは前を向いて、静かに言った。
並んで歩きながら、私は隣の表情をじっと見あげる。
そこで黙ってしまったので、私は少し前を見る。信号待ちだ。一緒に止まる。
しばらく信号が変わるのを待つ。
ピポッ、ピポッ
反対側の信号の音をしばらく聞く。
その音が止む。
点滅している。
向こうが赤になる。
「約束、したのに」
と、私はボソッと責めた。
それぐらいしても良いじゃないかと思ったのだ。
ディーゼさんは答えた。
「はい」
ピッピン ピッピン
青信号に、歩き出す。
どうして、二人とも、前を向いているんだろう。まるで、ケンカしたみたいだ。
一昨日は命を助けてもらって、昨日はデートして楽しく過ごした人と、今、ケンカ中? 変なの。
「僕は、きちんと、約束しました。・・・だから、ハナちゃん」
歩きながら、ディーゼさんが呼びかけるから、私は隣を見上げる。
ディーゼさんも、私を見る。
「僕は、ハナちゃんを諦めなくても、良いですか?」
ニコリ、と少しからかうような笑顔だった。
ニヘラ、と私は笑った。
諦められるより、諦められない方が、嬉しいなと思ったのだ。
***
お家の人が心配するから、あまり長くもいない方が良いのですが、とディーゼさんはいいつつ、カフェに入る。
ケーキに目を奪われたけど、晩御飯があるから我慢した。空腹でないことに気付かれて、理由を尋ねられてしまうだろうから。
向かい合って座って、ディーゼさんはコーヒーを、私はコーラを。
「コーヒーは好きなんですか?」
「慣れているだけです」
と笑われる。
「ここではないタクマさんの家には、インスタントが置いてあって、いつでも飲んでも良いと言ってもらっていたので、よく飲みました。水よりは好きだったので」
「やっぱり、向こうの父とは仲が良さそう」
「そう、ですね。本当に。僕は、だから勘違いしてしまっていました。こちらのタクマさんも、同じように接してくれるのだろうと。思い上がりだった」
運ばれてきた水のグラスを手に取って、笑いながら飲むので、私も倣った。
注文の品が来る前に、ディーゼさんは本題に入った。
「昨日、タクマさんと遅くまで話をしました」
ふ、と何か動いた気がして視線を思わず横に流すと、通りに接している窓から、3人がこちらを覗き込んでいた。ドキッとした。中にまで入ってきたらどうしよう。話辛くなってしまう。
ディーゼさんが私の視線に気づいて後ろを振り返り、気づいて、
「うわ」
と驚いた。
バイバイ、と手を振るので、私も一緒に向こうに向けて手を振る。
嬉しそうに手を振り返して、3人が去っていった。
ものすごい行動力だ。あれ、あれがひょっとして女子力?




