6.ご飯
ディーゼさんは項垂れてしまった。
私もどう話しかけて良いのか分からなかった。
並んでベンチに座ったまま、二人で黙って俯いてしまう。
しばらくそのままになってしまった。
***
「すみません」
と、静かに声を出したのはディーゼさんの方だ。
私が無言で顔を上げて隣を見ると、ゆっくり顔を上げて、ディーゼさんは微笑んだ。
「せっかく2人でいるのに、暗い話をしてしまいました。すみません」
「え、ううん」
私にはそう答えるだけで精いっぱいだった。
「おかあさんが、ご飯食べて来てと言っていましたね。何を食べますか?」
「あ、うん」
普通に話してくれて、私は正直なところホッとした。
「下にフードコートがあるから、そこに行きましょう」
と私が提案すると、ディーゼさんが、
「フードコート?」
と首を傾げた。
重い話の前のように、私は一生懸命笑おうとした。
ベンチから立ち上がって、
「行きましょう」
と言ったけど、少し硬くなったかもしれない。
どう振る舞って良いのか分からなかったのだ。
「はい」
と柔らかく答えて立ち上がるディーゼさんを、先導するような形でエレベータに歩き出す。
ディーゼさんは、少しだけ後からついてきた。
***
フードコートについても、父はディーゼさんに教えなかったようだ。
席を確保してから、好きな店を選んでもらう。
ディーゼさんはうどんを選んだ。
お父さんのところで食べ慣れているそうだ。キツネうどんを頼むというから、お小遣いを貰っているから天ぷらうどんでもいけますよ、とオススメしてみると、天ぷらうどんにします、と嬉しそうに笑った。
私は、ピザ。
食べ物を受け取ったり、お水を入れたりしているうちに、さっきの重い空気はどこかに行ったように思う。
テーブルに向かい合って座って食べ合った。
ピザを食べた事があるのか不思議に思ったので、少し分けてあげる。
「どうですか?」
「こういう味なのだな、という感じですね」
という答えに、ディーゼさんの好みを聞いてみた。
「多分、こちらの世界と味覚が違うと思います。タクマさんのところにいたから、私は慣れましたが。もっと凝縮した粒が感じられるものを向こうでは食べますね」
「うーん。ハンバーグみたいな?」
「あぁ、ハンバーグよりも、粒子が細かく圧縮されているんです」
「ステーキみたいな?」
「ステーキは食べた事が無いのですが、多分、違うのだと思いますよ」
「ふぅん・・・」
会話に、私は首を傾げた。
「じゃあ、私が向こうのご飯を食べたら、美味しいのかなぁ?」
楽しそうにディーゼさんは笑った。
「タクマさんは、向こうの食事は口に合わなかったそうです。硬いし味が一辺倒だ、と言っていましたね」
「ふぅん?」
父はそんなにグルメじゃないから、じゃあ私にも異世界の食事は口に合わないのかもしれない。
ディーゼさんは苦笑したように笑い、妙な上品さでうどんを食べた。外国の人が丁寧に食べてるみたいな感じだ。
もぐもぐ、とピザを食べつつ、私は質問した。
「ディーゼさんは、いつまでこっちにいれるのですか?」
「そうですね・・・5日ぐらいかかるかもしれませんね」
少し思案している。
「その後、いつ来てくれるんですか?」
「え」
少し驚いて、ディーゼさんが私を見た。箸も止まっている。
私は、ディーゼさんが驚いたことに驚いた。
二人でじっと見つめ合う。
え。来てくれるんでしょう?
ディーゼさんは私を眺めてから、どこか慎重に質問してきた。
「いつ・・・来ましょうか?」
私は質問に首を傾げた。なにか、変だと思った。
私はなぜか拗ねてしまった。
「来てくれるって、言いましたよね?」
「来ても良いのですか?」
じっと目を見つめて、ディーゼさんが確認してきた。
え。どうしてそんなことを聞くの。
どうしよう。
きっと、私が駄目だったからだ。
そう気づいたら、泣きそうになった。とっさにムッとしたように俯いた。
その様子に、ディーゼさんが少し笑ったのが分かった。
少し目を上げて確認すると、向こうも目を伏せていた。
何か言ってくれるのと思ったのに、そのまま黙ってしまう。
私が、答える番なのにうつむいてしまったから?
私はやっと言った。
「来てくれるって、言いました」
思った以上に、拗ねた子どもみたいになった。
「・・・はい」
「来てくれないのですか」
黙っているのを、嫌だと思った。
自分が、さっきの大切な話に、うまく声を掛けられなかったせいなんだと、分かっているのに。
「嘘ついたんですか。来てくれるって言ったのに。写真も1枚ずつとるって言ったのに。ホルダーだって買ったのに」
「・・・僕は異世界から来ているし、迷惑にしかならない」
とディーゼさんは伏せた目で、目の前のうどんを見つめてそう言った。
私は怒りを覚えた。
「嫌だ! 約束したのに!」
テーブルに身を乗り出し、前のめりになって非難した。子どもの我儘みたい。
ディーゼさんは顔を上げて、少しポカンとした。
私はまだ怒っていた。
怒っていると伝えるために、睨んでしまった。後で思い出して反省したけど、この時は冷静になれていなかった。
「ハナちゃん」
フワッと柔らかくディーゼさんは笑ったけど、まるで子どもを宥めているような顔だと思って、またカッと顔が熱くなる。
「落ち着いてください。座って。ごめんなさい」
「嘘つき!」
短い暴言を吐いたら、ディーゼさんはまた目を丸くした。
「・・・本当に?」
とディーゼさんは確認した。
「何がです」
と私は聞いた。ちょっと落ち着いて、やっと、座らなきゃと気づいて座った。
「・・・ハナちゃんは・・・僕が来ても、良いのですか?」
「来て欲しいって言ってます」
「どうして」
どうしてって・・・。
ムッとして顔をちゃんと見たら、思った以上に真剣だったので、驚いた。
驚いたら、なんだか妙に焦りが出てきた。何。なんだろう。
「どうしてって、だって、また会いたいです・・・」
きちんと言葉に出して説明したら、また拗ねるような気分になる。どうしてだろう。
チラとディーゼさんを見つめると、何かを言いかけようとして、それでもまだこちらをじっと真剣に見ていた。
なんだよう。
「会えないのは嫌です。約束したのに。来てくれないと嫌です。私は行けないのに」
と私は追撃した。
「は・・・」
まるで拍子抜けしたように、力が抜けたように、ディーゼさんが前のめりになっていた姿勢を元に戻した。
距離が離れて不満。訴えたのに、興味を失われた気分。
椅子に深く座って、項垂れたようにまたうどんを見ている。ちなみに、ほぼ食べているので伸びることは心配しないで良いだろう。
じっと様子を睨むように見つめてしまっていると、ディーゼさんは私の観察など気づいていないみたいで、やっと声を出した。
「来て、良いのか・・・」
信じられないような、呟き声だった。
私がさっきの話をちゃんと答えられなかったせいだと分かっていたけど、私は責めた。
「来て欲しいって、何度も言ってます」
「うん・・・はい・・・」
やっとディーゼさんは顔を上げて、それから私を見つめて、ホッとしたように笑った。
「・・・また、来ます。来て良いですよね?」
「絶対来てください! ちゃんと早めに!」
「早めに。そう、なのか。早めに。はい。きちんと」
ここで、私は急にハッとした。重要な約束をさせたような気になったのだ。
「あの、私、結婚とかは、考えていませんから!」
「え。は」
「だって、地元にいたいので!」
「え。あ、あぁ」
勢いに飲まれたようにディーゼさんは私を見て、それから楽しそうになった。
「そうですね。タクマさんにも許可をいただかないといけませんし」
「ぅえ!?」
言われて私は赤面した。急になんだかリアルな話になった!
「ハナちゃん」
「・・・なんですか」
まだ真っ赤な顔で俯きつつ、私は答えた。
「こんなに弱くても、良いですか?」
「どんなに弱いか知りませんけど、多分良いです」
とっさに答えていた。
「魔族とかこっち関係ないです」
そうですね、とディーゼさんは笑った。
「・・・僕は、父には憧れているんです。強くて、好きな人をきちんと守り通して。でも、僕にはとてもできない。だけど」
「ディーゼさん、私を助けてくれたじゃないですか!」
言葉を遮った。顔を上げて、ちょっとキツくなったかもしれないぐらいの勢いで。
ディーゼさんは驚いた。
「・・・そうでした」
「だからそれで十分です! こっち的にはもうそれだけでものすごいです! っ、ありがとうございました!」
勢いでまた頭を下げてお礼を言った。たぶん、御礼ってこんな風に言うものじゃない、と思ったけど。
「・・・そうですか」
とディーゼさんが微笑む。
私は力説を続けた。
「そうです! それにこっち、魔法とか使えないって父も言った!! ディーゼさんは『生きていてくれたらそれで十分』ですよっ!」
また前のめりになって訴えた言葉に、ディーゼさんは目を丸くして驚いた。
それから目が潤んでいくから、感動させてしまったのがよく分かった。
「ハナちゃんに、言われると、とても特別な意味を持ちます」
「・・・お母さんだってきっと特別だと思いますよ」
私はボソッと本気で言った。
でもディーゼさんは、その言葉にはフィ、と視線を逸らしたので、やっぱりお母さんの事は嫌いなんだ。
子どもみたい、と思ってから、ディーゼさんにもそういうところがあるんだろう、と私は気づいた。
***
それから、ディーゼさんは、真面目に『次にいつ来れるか』を答えてくれた。
あまり簡単に来ることができない状態なので、すぐに『いつ』と言えないのだと分かった。結構ショックを受けてしまった。
でも、『絶対に、すぐに来れるように取り掛かる』と約束してくれた。
話が少し落ち着いて時計を見た。門限の8時半にはまだ時間が十分にある。
約束に何かお揃いのものを買いましょう、と私は提案した。
「そうですね。つながりのあるものを持ち合っていると、来やすくなるはず」
とディーゼさんも賛成してくれた。
「持っていたいものとかありますか? でもすごく高いものは、買えないです」
「スマホが欲しいです」
うわ。
「すみません。それは無理です。高いんです」
謝ると、
「そうでしたか・・・」
残念そうに言われたが、とても買えない。
「なら、ハナちゃんの写真に勝るものは無いですね・・・。ハナちゃんが買いたいものは?」
「えーと・・・」
一応考えてみるけど、キーホルダーとか、可愛いステーショナリーとか。きっとディーゼさんは欲しくないだろうなぁ、なんて思う。
困って様子を伺ってみると、嬉しそうに見つめ返して来られた。
「・・・もし、叶えていただけるなら」
とディーゼさんがしばらくしてから口にした。
え、何々?
「折り紙を、買って欲しいです」
「ぇえ?」
思わず変な声が出た。折り紙? 折り紙で良いの?
「それで、何か折ってくれませんか。僕にも教えてください。僕も折りたいです」
「え。うん・・・」
本当にそれで良いのかな、と思ったけど、きっと本当にそう思っているのだろう。
せっかくだから、100円ショップではないお店の、ちょっと豪華な折り紙を選んで購入することにした。
私は実は拍子抜けしたけど、ディーゼさんがとても嬉しそうだから、これが良いんだろう。
そういえば、外国の人には、折り紙って人気なんだっけ、とちょっとそんな事を思い出した。




