5.人間じゃない人
本日4話目
プリクラを終わって、次に私のスマホで写真を撮ってもらった。
ディーゼさんに向かって笑うのでちょっと気恥ずかしくなってくる。ものすごく感動していたから良かったと思う。私もディーゼさんを撮らせてもらった。
写真印刷機のある場所にすぐに向かって、印刷する。
出てくるまで少しだけ待つ間に、写真ホルダーも買う事にした。
「たくさん写真が入りますよ」
とワクワクしたように言われた。写真をたくさん欲しがっていると分かったから、ちょっと偉そうに意地悪してみた。
「1回会ったら、1枚撮るの。どうですか?」
「え?」
「また、来てくれるんですよね」
言いながら、口ごもってしまう。その、運命の人だったら、また会いに来てくれるよね?
「会ってくれますか」
と幸せそうに尋ねられる。
コクリ、と頷いた。
「良かった」
とディーゼさんは答えた。
「実は、お土産を貰ったから、もう会えないかもしれないと、思っていました」
この言葉に驚いて顔を上げる。
会えないのは嫌だ。絶対、嫌だ。
「僕の話を、ちゃんとした方が、良いですね」
自分に言い聞かせるように、ディーゼさんは言った。辛そうになっていて、ディーゼさんは自分の事が嫌いな人なのかもと、やっときちんと気が付いた。
印刷された写真を手に入れて、お互いの写真を1枚ずつ持つ。
「嬉しいです。大切にします」
「また、ちゃんと来てくださいね。私からは会いに行けないです」
「・・・そうですね。はい、必ず」
決意したように、ディーゼさんは頷いた。
***
今まで付き合った人なんていない。
中学で好きになった人は、話したことすらない。憧れの、遠い人だ。
そんな私だけど、ディーゼさんが、もう来てくれないかもと思うと怖くなった。だから自分からディーゼさんの手を捕まえて握りに行った。一度、繋いでいるから、これぐらいできる、と勇気を出した。でも恥ずかしいので顔なんてとても見れない。
握った時に、多分驚いたのだろう、ピタリと足が止まったけど、それからフフッと嬉しそうに笑ったのが分かった。顔を見たいなと思ったけど、やっぱり恥ずかしいので見上げることができない。
握り返してもらって、移動する。もう顔は真っ赤っかにしかなれない。
「向こうのベンチに、行けばいいですか」
と穏やかに尋ねられて、はい、と言おうと思ったけど声を出すのも難しいぐらいに思えて、コクリと頷くだけになった。
「僕を、選んでくれたと、思っても、大丈夫ですか?」
と、少し浮かれた声で、質問された。
「うん」
答えると、隣のディーゼさんは深呼吸したみたいだ。
しばらく歩いて、ディーゼさんは言った。
「あぁ。嬉しい」
それは私に言ったのではなくて、きっと独り言だ。
やっと顔を上げて、恐る恐る隣を見上げてみれば、真っ赤な顔で、真っ直ぐに前だけを見ている横顔で。
全然こっちを見てくれなかったけど、ディーゼさんも、多分照れてるんだろうと私は思った。
***
文房具店で見つけていたベンチは、今も空いている。エレベーターからは離れている場所の上に、周囲は店舗の壁。お店自体が無い場所だからだ。自販機でも置いたら良いのになぁ。
座って無言でいるうちに、先ほどまでの動揺も収まってきたと思う。
目の前は転落防止を兼ねたガラスで、その向こうは中央ホールで、エレベータが上に伸びているのを眺めることができる。
しばらく目の前を眺めてから、ディーゼさんが口を開いた。
「長い話をしてしまうかもしれません。短くするように気を付けますが」
「はい」
幸い、この場所は本当に不便だから、誰かが座っていると分かってなお、わざわざ座りに来る人はいないはず。
「どこから話をしましょうか」
ディーゼさんが迷う。私は助け舟を出すつもりで口を出した。
「私が、父から聞いた話を、した方が良いですか?」
ディーゼさんが、私の顔を覗き込む。
「はい。では、できればお願いします」
「えっと。じゃあ、まず、簡単に」
「はい」
「お父さんは、高校生の時に、1年間行方不明になったそうです。お父さんは、その間、異世界に勇者として呼ばれてしまったんです。王様に、人類を救ってくれって言われました。無理だと思ったけど、魔王を倒さないと戻せない、そういう条件で呼んだんだ、って言われて、仕方なく勇者になったんです」
「はい」
「知っていますよね」
「はい。タクマさんからも聞いています。それに、僕も関係者の息子です。でも、どう聞いているのかを、知りたいです」
「ものすごく辛い旅だったそうです。お友達もできたけど、戦いで、結局全員、死んでしまったんです。お父さんだけ生き残った。魔族をたくさん倒したって言いました。お父さんは向こうの世界でとても強かったけど、死ぬような思いばかりして、本当に生きて帰れるのか分からないと思っていました。でも、無事に魔王を倒すことができた。皆、仲間は死んでしまったけど、最後に勝ったんです。王様に認められて、約束通りに返してもらった。お父さんはこちらの世界に、帰って来たんです」
「聞いても?」
「はい、どうぞ」
「タクマさんの代わりに、こちらに1人、異世界人が寄越されました。ノクリアという名前の女の人です」
「はい。昨日、その人がディーゼさんのお母さんだって、教えてくれましたよね?」
「はい。それで。その人については、多分、何も聞いていないですよね? その後、僕たちの世界がどうなったかも、知らない」
「はい。知らないです。・・・平和にならなかったんですか?」
私は心配して尋ねた。
ディーゼさんは、困ったように微笑んだ。
「嫌われたくないので、言い方に困ります」
と話したディーゼさんは多分正直者なんだろう。でも不安になる。
「どう言って良いのか。困る。でも、結局一言で言うしかないんでしょうね。順番をどうしたらいいのか、考えるんですけど、多分、それも僕の悪あがきです」
少し俯く様に、ディーゼさんはホールの様子を眺めている。
私はじっと横顔を見てから、尋ねた。
「人間じゃないなら、ディーゼさんは、魔族の人なんですか?」
ディーゼさんは、ゆっくりとこちらを見た。それから、ゆっくりと慎重に、頷いた。
「そうです。僕は、ノクリアの息子です。ノクリアは、人間として、身代わりになって、今だって自分を人間だと思って生きている、母です」
変だ。言い方も変だった。分からないので、私は聞いた。
「ノクリアさんは、人間じゃなかったのですか?」
ディーゼさんは目を閉じた。
「・・・なんとも。母が、自分を人間だと決めただけです。実際は、向こうの人間というのは、酷くて。弱い魔族を誘拐して、それを使って魔族に近い人間をたくさん産んで。それを、魔族と戦わせていたんです。タクマさんの仲間の人も、結局みんな、魔族に近い人ばかりだったそうです。全部、魔族と戦って死んでしまった」
どうしよう。父は、人間を助けたはずなのに。
「あの」
と尋ねようとしたが、分からなくなる。何を確認すれば良いんだろう。
ディーゼさんは、困ったように私を見てから、ゆっくりと教えるように、言った。
「僕は、魔族です。でも、多分、こちらの世界の人間と、むこうの世界の魔族と人間と、多分、定義が違うんだと、僕は思います。・・・タクマさんに尋ねられて、タクマさんにも正直に、僕が馬鹿だったから教えてしまったんだけど・・・。タクマさんが魔王を倒して、タクマさんも帰ってしまったので、僕の父親が、魔王になるために、あの世界に戻ったんです。別の世界にいて無事だったんです。父親は完全な魔族です。魔王が倒された後の、魔王になって、母のノクリアと結婚もしました。それで、僕たちが生まれました」
「えっ、じゃあ、魔族の世界になってるんですか!?」
どうしよう。慌てたのを、ディーゼさんが申し訳なさそうになった。
この人、魔族なのに変な気を遣う、と思ってしまう。
「人間も生きていますよ。母が人間を殺させないんです、父に。人間と魔族は本当に仲が悪くて、父は人間が大嫌いなんですけど、母の事は大好きだから、母が人間を守ってる、みたいな状態です」
「はぁああ・・・」
ノクリアさんが、人間の神様状態。
「え。じゃあ、父がしたことって・・・」
頭に手をやるけど、どうまとめていいのか分からない。
「タクマさんがいて活躍してくれたから、父と母が結婚できたんです。それに魔族の圧勝ですから、戦いのない平和な時代だと思いますよ。人間が歯向かわないように、魔王である父がいます。一番上の兄もいますから」
「お兄さん、強いんですか?」
「興味、ありますか?」
「え。はい」
そういう話の流れじゃないですか。
急にディーゼさんが嫌そうに拗ねた。
「兄。酷いんです。酷い強さです。母が悪い」
「・・・?」
話が、飛びましたか?
「この話は詳しく話したくないです。でも、とにかく、僕は兄たちに迷惑している」
「仲が、悪いんですね?」
ディーゼさんはため息をついた。
「仲は・・・気にかけてくれて、います。罪悪感から。中途半端に説明して、すみません。でも、あなたに話したくない」
「・・・」
無言でいると、ディーゼさんはまた落ち込んだようだった。
かける言葉が分からない。どうしよう。
はぁ、とディーゼさんはため息をついた。
「・・・たぶん、愛されています。だから、帰り道も、ちゃんと作ってくれる」
「え」
「こんな、僕では自力ではどう対処もできない事態に、兄たちは力を合わせて、僕をちゃんと帰れるように計らってくれる」
「えっと・・・」
「情けなくて、すみません。あなたを騙しているみたいだ。ごめんなさい」
「えっと、騙しては、いないですよね?」
「騙してるみたいなものだ。僕は、兄弟の中で一番、妹よりもずっと、能力を抑えられて生まれてしまった。兄や姉がいるから、僕の周りには誰も僕を見ない。兄たちが、皆を連れて行ってしまう」
「え、ひど・・・」
「酷いです。でも、それは当たり前だ。兄たちの方が力がある。皆そっちに惚れて当然だ。僕だけ、ただ、『無事に生きていてくれれば』って産まれ方を。そんなの、酷い」
顔を覆ってしまうので、慌てて肩を撫でた。
「落ち着いてください。『無事に生きていてくれれば』って、それで十分じゃないですか」
と私は慰めた。話がちゃんと分かってないけど、慰めるポイントは私にはそこしかなかった。
「嫌だ。ハナちゃんの前で、格好悪い」
どうしよう、手に余る、と私は正直なところ思った。どうしたら良いの。分からない。
何もできない私の傍で、ディーゼさんは声を殺して泣くのを耐えようとしているけど。
ええっと。えええっと。どうしよう。
えーと。本当にどうしよう。
「すみません」
目を両手で覆いながら、ディーゼさんが笑って詫びた。
「ごめんなさい。情けないです。誰も、傍にきて見てくれなかった」
「お母さんは」
「母は、大嫌いで。僕をこんな風に産んだのはあの人だ」
「え、そんな、風に産んだりできないよ」
「できるんです。母は、それができる人だった。望んだとおりの子を、作るんです。一番上の兄を身ごもった母は、純粋に、父のように強くたくましくと願った。父さえも、知らなかったんです。母にそんな能力があるなんて、知らなかった。願いが、そのまま子の性質を決めるなんて。兄は、父を超える能力を持って生まれました。父の能力を最大限に引き出した子を、母は生みだしたんです。出産時は大変だったそうです。貪欲に母の命を奪いつくそうとして生まれてきたから、父が阻止しなければ母は死んでいたそうです。父と兄でエネルギーの奪い合いで医者も近寄れないほど危険地帯になったって。伝説になりそうだとまで言われています」
人間じゃ、ないんだなぁ、というところだけ、よく分かった。




