3.出待ちの人
本日2話目
翌朝。
いつものように学校鞄を持つ。
玄関を開けたら、ディーゼさんが立っていた。ニコリと、朝に素敵な笑顔。
「ハナちゃん! おはようございます」
「お、はよう、ございます・・・」
と答えながら、ふと嫌な予感がした。
私はすぐに確認した。
「ディーゼさん。あの、私、学校に行かなくちゃいけなくて。遊べるのは、帰ってからになるんです」
えっ!?
と、ディーゼさんの表情が全てを語った。一言も発していない代わりに全身でショックを表している。
「ご、ごめんなさい、すみません、平日だから学校に行かなくちゃ・・・その、病気だったら休めるけど」
「病気だったら大変です!」
と慌てたようにディーゼさんは動いた。
それから分かりやすくうなだれた。
「分かりました。予定があるんですね。では、いつまで待てばいいですか?」
「えっと。部活は今日は休ませてもらうから、3時ぐらいかな。でも家に帰ってきたらもうちょっと遅くなります」
「・・・はい」
「ごめんなさい。言い忘れていました」
というか、ディーゼさんがこっちの普通の事を知らないって事をちゃんとわかってませんでした。
ペコリ、と頭を下げる。
あまりに分かりやすく落ち込んでいるので、とても申し訳なくなる。
「いいえ。先約があるのだから、仕方がないです」
と理解を見せてくれた。
それなら、毎日先約があるんだけどな・・・と思ったけど言わないでおいた。
「待たせて、すみません。でも、帰ったら買い物に行くので良いですか?」
「はい。ハナちゃん、いってらっしゃい。気をつけて」
昔に雑種の中型犬を飼っていたんだけど、なんだか思い出すなぁ。
『行かないで! 行っちゃうの!? 行っちゃうんだ!?』というあの感じ。後ろ髪を引かれるあの気分。でもちょっとした優越感のような独特のうれしさ。好かれているっていう。
似ている。しみじみしつつ、ディーゼさんに見送られて学校に行く。
***
学校は、いつも通りだった。昨日の事故の事を知っている人がいて、その話題で皆に無事を喜んでもらったりまた泣き合ったりした。本当に怖かったから、話すとどうしてもぶり返してしまう。
事故は、運転手の人の発作が原因だったと分かった。運転手の人以外は、人の被害は出ていない。
助けてもらったという話もしたら、それも知っている人がいた。
真っ青な髪の外国人。
うん、と答えておく。急に異世界の人だよ、なんて広まって良いのか分からないからだ。
色んな人に無事を喜んでもらって、他はびっくりするほど普段の通り。
授業もお昼も終わった。
部活だけ、事情をきちんと説明し、母からの手紙も証拠に提出して欠席させてもらう。
また鞄を持って、一人早く下校する。
「ハナちゃん」
嬉しそうに、中型犬より大きな人が待っていた。
出待ちだ。出待ちされた!
驚いたけれど、あとからジワジワ嬉しくなった。恋人みたいだ。
ただし実際のところはよく分からない。昨日の今日だし。
「心配だから、迎えに来ました」
と言われ、そっか、と思った。
「ありがとうございます」
「はい」
と穏やかにディーゼさんは言った。少し目を細めて眺めて来る。
「どうしたんですか?」
「可愛いと思っていたんです」
こんな事言われたこと無い。カァと頬が熱くなった。困る。
「ハナちゃんは、好きな人が、いるんですか?」
ぐぃぐぃ来るなぁ。
「えっと」
いるのですが、言っても良いのかなぁ。
「いるのですか?」
大型犬の眉が下がった。
慌てて、でも正直に少し教えた。
「あ、あの。憧れてるんです」
「そうですか・・・」
明らかに気落ちするディーゼさんの取り扱い方が分からない。どうしよう。
「僕では駄目ですか?」
「えーと。その前に異世界の人だから」
「その問題を解決したら、僕でも良いですか?」
「えーと。ディーゼさんでも良いかも」
しれない。分からないよ。
パァと喜びも一瞬で、ディーゼさんはまた表情を変えた。この人、ものすごく表情がクルクルと変わる。
「僕、もしかして強要していますか?」
「うーん。ちょっと?」
ガーン。
分かりやすくディーゼさんはショックを受けて、歩みを止めた。
「ディーゼさん、どうして私が好きなんですか?」
と正直に確認してみた。
するとディーゼさんの表情は和らぐのだ。本当に分かりやすい人だと思う。
「一目惚れです」
「もっと詳しく」
「そうですか。分かりました」
なぜか拗ねる。
ディーゼさんは一歩踏み出し、私に並んだ。また歩き出す。
「難しい話になりますが。こちらのタクマさんではないタクマさんに、随分昔に、ハナちゃんの写真を見せてもらいました。真っ白い肌の笑顔満開の赤ちゃんです」
「赤ちゃん!?」
「はい」
照れたようにディーゼさんは笑う。
えっ。大丈夫なのか?
「それで。その笑顔にやられました。ブロークンハート、は失恋でした。間違いです。フォーリンラブ。です」
「赤ちゃんですよね!?」
「はい。タクマさんが大事に持っていた写真です。タクマさんに笑ってくれた写真だとタクマさんは言いました。すごく嬉しそうに心から笑っていて。憧れました。こんな笑顔で、僕を見てくれる人がいたらいいなと、思って」
「赤ちゃんですよね!?」
同じ質問をしていると分かっているけど、それでも聞かずにはいられない。
「僕は・・・ちょっと特殊な産まれ方をしていて。それで、格好悪いけど、笑顔に飢えているんです」
情けなさそうな顔で、ディーゼさんは私を見た。
「むこうの世界には、写真というものはありません。瞬間を切り取って絵にするような考えはないんです。映像にするから。その方が情報伝達も早いから。笑顔の映像を見たところで、他の人に向けたものだって分かってしまう。僕は、僕にまっすぐに笑ってくれる人に憧れていました」
きっと正直な話なんだろうと思う。
心配してしまった。
「・・・迷惑をかけていたら、すみません。僕は、ハナちゃんが運命の相手だったらいいなと思って、勝手にそう決めたんです。向こうのタクマさんにはずっと『娘はやらんぞ!』と怒られて、赤ちゃん以外の写真は見せてもらえませんでした。1枚目が赤ちゃんでした」
「・・・そうですか」
なんということだ。自分がどっちの味方になれば良いのかも分からない。
困ってしまって、チロリとディーゼさんの様子を見る。
顔を赤くして、自己嫌悪に陥っているような感じ。
こんなに良い人に思えるしカッコイイのに、なんだか複雑な大人なのかも。いや、この人幾つ?
「ディーゼさんは、何歳ですか?」
「私は、こちらの数え方だと・・・18ぐらいですかね」
「向こうの数え方だと?」
「向こうでは何歳とかはあまり関係ないです。実力主義なので。一番上の兄は、生まれた瞬間大人の形になろうとしました」
「すごいですね」
「力が全てなので」
少し無言になってしまって、一緒に歩く。
そのうち、昨日の事故の現場にやってきた。行きは別の道を通るけど、帰りはこっちを通ってしまう。
思い出してまた怖くなった。
「大丈夫ですよ。手をつなぎますか?」
とディーゼさんが言ってきた。よくわかるなぁ、この人。やっぱり大人なんだろうか。
手を出してくれたので、握ってしまった。
「大丈夫です。ハナちゃんは、ちゃんとここに生きてます」
うん、と私は頷いた。
「僕を振っても、生きていてくれたら、それで、良いです」
とディーゼさんが寂しそうに言うので驚いた。
マジマジと顔を見る。
気づいて、ディーゼさんが笑んでくれた。
何を聞けばいいんだろう。
「・・・ディーゼさんは」
と言いかけて話題を探す。
「すぐに、私と、分かりましたか?」
赤ちゃんの写真なのに?
ディーゼさんは目を細めた。笑んだまま。
「この場所と、日付と時間。全て、タクマさんが私に教えました。ハナちゃんである人は、あなたしかいなかった」
「・・・そっか」
そうだよね。
「がっかりしましたか? ごめんなさい。でも、さすがに、赤ちゃんの写真からは、難しいと思いませんか。許してくれませんか。運命の相手だとしても」
並んで手を繋いで歩きながら、少し身をかがめるようにして興味深そうに顔を見つめて来られた。
うん。
「確かに、ちょっと、がっかりしてしまいました」
「そうですか」
嬉しそうにディーゼさんが笑む。
自分の顔が赤らんだのが分かった。
手を放そうかな、恥ずかしい。
と思ってすこし指を動かしたら、スッと手はほどかれた。
ものすごいタイミングに驚いてしまう。
分かったように寂しそうにディーゼさんが首を傾げた。
「ねぇ、色々、聞きたいです。ディーゼさんの事」
「本当に? 僕の事を?」
「はい。勿論」
気にならないわけがない。事情のある異世界人で、自分を運命の人なんて言って優しくしてくれる命の恩人。
憧れの先輩より、とても気になる。
「嬉しいな」
とディーゼさんは、やっぱり笑った。まるで子どものように幼く見えた。
***
家に戻って、着替える。
その間、ディーゼさんはリビングで母と話をしながら待っている。新聞にも興味があるみたいだった。
待たせているから急いで着替えるのだけど、どの服にしようかものすごく悩む。
相談したいところだけど、母は今はディーゼさんの相手をしているし。
デート? デートだよね?
可愛いのが良いよね? でもどこまで可愛いのなら変じゃない?
服をたたんでいる時間惜しくて、散らかしながら鏡の前で考える。
どうしよう。普段からもっとちゃんと考えている女の子でありたかった!
過去の自分に後悔しながら、多分これだと選んだワンピースに決めた。困ったらワンピースだと友達が前に教えてくれたし。その子オススメのお店で買ったから間違いない。はず。
髪! 髪はどうしよう。学校指定で一つにくくっているけど、どうしよう!?
だめだ、悩むポイントが多すぎるよぅ。
泣きたい。
「ハナー? まだなのー?」
母が様子を見に来た。
「お母さん! これ、変じゃない!? 可愛い!?」
私の問いに母は驚きながら楽しそうに笑った。
***
母が来てくれたので、あとはすぐに決まった。髪もちょっと編み込んで貰えた。
もうこれ以上できる事はない。たぶん。
「すみません。遅くなりました・・・」
40分は使ってしまった。頭を下げつつ居間にいくと、テレビを眺めていたらしいディーゼさんがパァっと明るくなった。
無言で笑んだのに、『嬉しい! 可愛い!』とか思ってくれた気がする不思議。
「じゃあいってらっしゃい。晩御飯、食べて来たら良いわよ。むしろ食べてきてね」
と母がお小遣いを奮発してくれた。
「門限は10時です」
「うん」
「分かりました。10時には必ず」
とディーゼさんが真面目に答える。
母は首を横に振った。
「いいえ。9時です。10時は特別設定でお祭り用でした」
「あれ。そうなんだ」
「そうです。9時でギリギリですから、8時半にはお願いします」
どうしてどんどん早くなっていくの。
困って母を見つめたが、母も困ったようにディーゼさんを見ている。
ディーゼさんは頷いた。
「分かりました。大切なハナちゃんを、お預りします。無事にきちんと時間までにお送りします」
「良かった」
と母はほっと微笑んだ。
そんなに心配すること無いと思うんだけどな。




