2.異世界の人
ディーゼさんは、静かだけれど、父に丁寧に答えていた。
とても真剣な表情だ。どんな話をするのかと、私と母は一緒にドキドキと見つめていた。
一層真面目な顔になった時だ。
「おとうさん! 娘さんを、僕にください!」
ディーゼさんが急に強い口調で訴えた。
えっ!?
思わず母と顔を見合わせる。母は私を見て、それから目を輝かせた。「キャ」なんて喜んでいる。
私はついていけない。
母と顔を見合わせていたのを再びディーゼさんに視線を移す。
すると、ディーゼさんは分かりやすく落ち込んだ。
あ。お父さん、断ったんだ。
そうだよ。当たり前だ。おかしいよ。
うなだれたディーゼさんは、
「いえ。諦めません。僕はハナちゃん一筋です」
とそれでも電話口に訴え、携帯電話からは向こうの父が怒鳴ったのが聞こえた。ちゃんと内容まで届かなかったけど。
命の恩人だけど、となんだか複雑だ。
「お会いしたいので、どうか早く帰ってきてください」
と、暗い様子ながらもディーゼさんは携帯電話に向かって話し、様子を見守っている母に携帯電話を差し出した。
「お返しします」
「はい。まぁ」
母もちょっと動揺している。
母はすぐさま携帯電話を耳に当て、父にディーゼさんについて確認しだした。
「ハナちゃん。急に、ごめんね」
「え。あ、はい」
お嫁さんにください発言のことかな。
「ハナちゃんは、僕でも、良い?」
「え」
あまりにも急に、そう聞かれても、困る。本当に。
「順番を間違えたかな。でもタクマさん、手ごわくて。初めから挑まないと絶対に勝てないから」
と、くしゃりとどこか泣きそうになって、ディーゼさんは笑った。そんな笑い方されると、心配になる。
でもどう確認して良いのかも分からなかった。
「あの。えっと・・・。本当に、ありがとう、ございました」
そんな言葉しか返せない。
「うん」
とディーゼさんは今度は安心したように笑った。
それから尋ねてきたのは父の事だ。
「タクマさん、まだ、単身赴任中、で合っていますか?」
「え? はい」
「まだフクイ?」
「いえ、今は広島です」
「ヒロシマ・・・そっか。週に1度は、帰って来れてる?」
なんだか個人情報を色々聞かれている気分で、怪訝に思う。ディーゼさんは私が抱いた警戒心には気づかないようだ。
「・・・もう一度タクマさんと話しても、良いですか?」
「え?」
母を見れば、もうすぐ電話を終わりそうな会話をしている。慌てて声をかけた。
「週に、少なくとも1度は必ず、お家に帰ってきてください。そう僕が言ってるって、伝えて欲しいです」
ディーゼさんは、携帯電話を少し離した母に、深刻そうにそう言った。
「僕がこちらにいる間に、一度直接、お会いできると良いのですが」
***
母が伝えた結果、父はどうしても今日は戻ってこれなくて、明日の夜に帰ってきてくれることになった。
それから夕食をディーゼさんと母と私の3人で食べた。祖父は施設にお泊りの日だから不在だ。
ディーゼさんはやっぱり異世界の人だった。
私と母は喜んだ。異世界の人に会いたいと、普通の人たちより願っていたからだ。
理由は、父だ。
まだ少年だった時に父は1年ほど、行方不明になってしまった。
戻って来た時、父は『異世界に勝手に呼ばれた。勇者をしなくては帰してもらえなかった』と当時の周囲に必死に話したのだ。
もし。私の友達が急に行方知れずになって、戻ってきて、「異世界に呼ばれた。勇者になった」なんて言ったら、私はとにかくまず困るだろう。
それから、どちらにするかを選ぶだろう。信じるか、信じないかを。
父は家族にその時の話を何度もしてくれる。戻って来た時の事も、その後の事も。
他の人だって同じような目に合うかもしれないと思うから、自分の事を話すことにしたのだそうだ。
だけどそれは今の事で。
戻って来た時、父は、他にどう説明していいのかも分からなかった。誤魔化すような話なんてとても作れなかった。
だから、信じてくれることを信じて、全て話すしかなかったのだ。
結果、幸いだと今も父が言うのだが、父の事を信じてくれた人は案外多かったのだ。
信じない人も勿論いた。それで嫌な思いをした事もある。
父はその人たちとは必要以上には関わらないと決めた。父にとって真実であることを、信じてくれる人としか、父は生きていけないと考えたからだ。
この家は父の生まれ育った家だ。
近所の人も、父について知っている。結局父を信じてくれた人たちがたくさんいる。
母も、学年は違うけれど、父が言うなら本当なんだと父を信じた一人だった。
ちなみに私は、生まれた時から父の子だったので、父の言葉が嘘だなんて疑う事すらなかった。
小学校になってから。変人の子どもだ、なんて囃し立てられてビックリして、信じていない人がいる、変な話なんだ、とやっと気づいたぐらい。
父も、母も、祖父も祖母も、私も。親しい人は言っている。
証人が、現れれば良いのにね、と。
父が異世界に呼ばれた時、代わりに1人、こちらに異世界の人が来たという。父の身代わりだ。
父が無事に戻ってこれたのは、身代わりの人が死なずに生きていたから。こっちで死んでいたら、父は戻ってこれないと言われていた。
また、異世界から人が現れる事があるかもしれない。
その人が見つかれば。父の話が本当だと、証人になってもらえるのにね。
その代わり、保護もしてあげた方が良いよね、なんて。
皆で、父の話の証人が現れないかと、待っていた。
***
ご飯を食べ終わり、ワクワクしている私たちに、ディーゼさんも嬉しそうだった。
「ハナちゃん。僕は、きっと明日もここにいますから、明日どこか遊びに行きませんか」
とディーゼさんは言った。
「デート? もうデート?」
母が目を輝かせて身を乗り出した。
「ハナ、どうする。プラザに買い物行って来たら。お小遣いあげるから」
「どうしてそんなに前向き?」
でもお小遣いは嬉しいし。チラと私はディーゼさんを見る。
「ハナちゃんとお出かけできるの、夢みたいです」
とディーゼさんは嬉しそうだ。
そう言われるのは嬉しいけど、でもやっぱり私の理性が首を傾げる。
「ディーゼさん、もてそうなのに、変なの」
素直に言うと、キョトン、とディーゼさんは妙な顔をした。
そんなに変な事を言った?
母は面白そうに、ニコニコしながら私とディーゼさんの顔を見ている。
ディーゼさんの顔がゆるんだ。
「ハナちゃん。僕を、もてると、思ってくれてるんですね。だったら、ハナちゃんに、僕はもてますか?」
「えっ・・・」
こんな質問をされるとは。というか、この外人顔はもてるハズ。でも異世界では違うのだろうか。
返答に困っていると、母が助け舟を出してくれた。
「ディーゼさん、ハナの事を気に入ってるのは、嬉しいわ。でもディーゼさんは異世界の人でしょう? ハナは大切な一人娘なの。絶対、近くにいて欲しいの。異世界にはお嫁になんてやらないわよ?」
キラン、と目を輝かせて興味津々だけど、これは母の本音だとも知っている。
「それは、努力で、なんとかします。ハナちゃんがこちらが良いなら、僕はこちらに住む努力を最大限にします。でも、たまには向こうに行きたい。良いですか?」
「話が早すぎる・・・」
命の恩人だけど。
私の文句に、ハイ、とディーゼさんは頷いた。
「すみません。やっと会えて、嬉しくて。でも、一筋にしても、良いですか?」
と嬉しそうに聞いてから、顔がふと曇る。
「ハナちゃんが、嫌なら、諦めます。泣いて向こうに引きこもります・・・」
暗い。
母と顔を見合わせる。
私は困ってこう答えた。
「嫌じゃないです。命の恩人だし。かっこいいし。でも、いきなりお父さんに挨拶とか変です。困ります」
ハッとディーゼさんが顔を上げた。
「僕で、大丈夫ですか? 僕で良いですか?」
「だから、話が早すぎると思うんです」
「はい。でも大丈夫です」
「なにが」
「だって、僕でも良いかもしれないんでしょう?」
「・・・」
答えに困ったが、頷いた。嫌だなんて思っていないし、正直嬉しくはある。とにかく全てが急なだけだ。
「ディーゼさんは、異世界にはいつ帰るの? またすぐにこちらに来れるの?」
と母が尋ねた。
「確認してきます」
ディーゼさんが頷いて立ち上がった。
「空間が揺れるかもしれないので、外に出てきます」
***
ディーゼさんが外に出て行った。
私は母と相談をした。
「お父さんが、写真を見せて、一目惚れしたって言われたよ」
「キャー。どの写真かしら。どうなの実際。ハナ、彼氏いないでしょ。好きな人は? お母さんは、反対だけど賛成」
「なにそれ?」
「異世界の人なんて嫌だ。ハナには普通の人と結婚して欲しい」
「うん」
と私は頷いた。そうだよね。一人娘だから、地元にいて欲しいってずっと言われている。
「でも結婚しないなら恋人なら良いと思う。明日どうするの。お母さんもついていってあげようか?」
「えー、お母さんも一緒なんて嫌だよ」
「大丈夫よ、後ろからついていくから。あんなに好き好きって言われると心配よ。ハナまだ中学生よ」
「嫌だよ。そんな母親駄目だよ!」
「そっか。でもハナ、異世界についていっちゃ駄目よ。良いわね」
「うん。絶対に行かない」
「お母さん泣くからね! お父さんもお爺ちゃんもご近所も!」
ご近所は言い過ぎなんじゃないかなぁ。
***
「ちょっと、しばらく、帰れない事が、分かりました」
外から戻って来たディーゼさんが戻って来た。分かりやすく落ち込んでいる。
「何かあったんですか?」
と母は心配し、私も不安になって見上げる。
ディーゼさんはチラと私を見やり、少し迷ってから説明した。
「本来の場所から、急に・・・捻じ曲げるように動いたので。元の世界と繋がりにくくて。時間がかかるけど戻れるとは思いますが」
私は心配した。
捻じ曲げるっていうのは、きっと私を助けるために何かをしたせいだ。
「大丈夫。心配しないでください。少し、時間がかかるだけです。えっと・・・突然すみません、タクマさんがいない状態でこんなこと言ったらタクマさんに怒られると知っているのですが、どこか泊っても良い場所を知りませんか。物置でもどこでも良いです」
私と母とで顔を見合わせる。
「お父さんの部屋、空いてるよ」
今日はお爺ちゃんも外泊だし。
私が母に言うと、母は困った顔をした。
***
親切そうな人でも、絶対に人を泊めるな! と父に常々言われている。今日は祖父も外泊だから特に。
命の恩人だけれど警戒も解けない母は、近所で民宿をやっている佐藤さんの家にディーゼさんを案内する事にした。
異世界人だと説明したから、佐藤さんも目を輝かせて喜んでいた。