12.決意
真剣なディーゼさんに、父は眉を酷くしかめて、中央を指でもんだ。考えをほぐす時のくせだと、父本人は言っているけど。
「・・・花」
「え、うん」
急に父に呼ばれて驚いて背筋が伸びた。
「どうしたいか言ってみろ」
「ディーゼさんと、一緒にいたい」
「先の事はちゃんと考えてるのか。考えてないだろう!」
睨まれたが、ここで素直に自分の浅さを認める気になれなかった。私は言い訳を考えた。
「誰にも、先の事、分からないよ!」
「そういう話じゃない」
呆れるように言われて、私はムッとする。
「一緒にいたいよ。だって、きっと、幸せにしてくれるよ・・・」
言いながら自信を無くしてしまったが、ひるんではいけない。父を見据えた。
「進んで苦労を買う必要はない。どうして家族皆が反対なのか、花は分かるだろう」
父の言葉に、祖父と母を見る。父の言葉に同意するように頷いてみたり、じっと見つめ返してくる。
「・・・でも、多分、私は幸せになれると思うよ・・・」
弱々しくなったけど、それでも答えた。
なぜならディーゼさんは、ずっとずっと会おうとし続けてくれたのだ。ディーゼさんのお母さんがそう言った。すぐに結果はでないかもしれないけど、私の願いを叶えるために努力し続ける子だって言ったのだ。
それは本当の事だと、私も信じられる。
「不幸になるのが、どうやるのか分からないよ。仕事とか心配だけど・・・フワさんに、お父さん、頼んでくれる?」
私の甘えに、父はピクリと片眉を上げて威圧した。
「地元に、いれるよ。外国にお嫁に行くわけじゃないよ。ディーゼさんはこっちに来てくれるんだよ。お母さん、お爺ちゃん、私は近くに住むよ。だってディーゼさん、そうしてくれると思うし」
話しながら、私は訴えるポイントを見つけ出した。そうだ。普段から母たちに、願われている内容について、ディーゼさんなら叶うと示せば良いのだ。反論の余地などないはず。
「お仕事は見つけてくれるって言うし、私だってディーゼさんには、お父さんみたいに働いていて欲しいよ。それに私も働くの楽しいから、私だって稼ぐ。生活には、その、フワさんが身元とか、その、戸籍とか・・・そういうのを何とかしてくれたら、大丈夫だと、思います。だって、ディーゼさん、私よりニュースとかちゃんと知っていそうだよ。きっと、お父さんと株の話とかできると思う。・・・できる、よね?」
突然だけど、私はディーゼさんに質問を投げかけた。
向こうの父に鍛えられたというのなら、きっと株の話にも付き合えるのじゃないかと勝手に判断したのだ。
「株は、まぁ、経済の話ですから・・・」
少し不思議そうに首を傾げて、ディーゼさんは私に確認するように答えた。この答えで良いのか知りたいのだと思う。私は速攻で頷きを返した。
「ほら! じゃあ、将棋だってできる!?」
「将棋・・・は、できません。すみません。でも必要なら、必ず学びます」
「お爺ちゃん! 将棋だって相手してくれるよ、ディーゼさんなら!」
「・・・」
祖父はものすごく不満そうに私を見た。少し拗ねているようにも見える。
「お母さん! 見て! 近所にいるから、重い荷物だって持ってくれるよ!」
「・・・お前そんな事を花の婿に期待してるのか」
「煩いわね、お父さんは黙ってなさい、重いのよ! 食べ盛りの花がいるんだから食材が!」
「持ちます。必ず、持ちます」
ディーゼさんが夫婦喧嘩の勢いに乗るように宣言した。
私は隣のディーゼさんの手を勝手に握ってテーブルの上に出した。
「ほら! 島崎家の一人娘のお婿さん! 何の文句があるの!」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「よろしくお願いします」
仏頂面になった親たちに、照れたようにディーゼさんが笑う。
「私は、ディーゼさんが、っ、す、す、すき、だし!?」
声が裏返った。思わず立ち上がりかけた。
ディーゼさんがパッと隣の私を見て一緒に立ち上がりかけた。
落ち着こう。
座り直した。
隣のディーゼさんは私の方を見たままだった。
「ハナちゃん。僕もです」
これは勢いに乗るしかないと、どこかで判断を下した私は、体験したこと無いけどクライマーズハイみたいになっていたんだろう。たぶん。
私はディーゼさんを向き、うん、と思い切り頷いた。
「運命だと思います」
と、私は言い切ってやった。
それはもう素晴らしく見事なほどに、ディーゼさんの顔がパァと輝き、人って嬉しい時こんな風になるのだなぁ、とどこかでビックリして見つめてしまうほどに、笑み、そして涙を滲ませた。
感動で、ディーゼさんは震えていた。
その瞬間、私は覚悟した。
絶対この人、幸せにする。と。
「もう、どうしようもない」
弱々しい声に気が付いてテーブルの向こうを見やってみれば、力が抜けたように椅子にだらしなくもたれかかる父。
深くため息を吐いた祖父。
母は瞬きをして何度も私たちを見つめてから、私と視線が合った後、まるで理解したようにコクリ、と一つ頷いて見せた。
父がノロノロと動き出し、傍に置いていた携帯電話を手に取って、死んだ魚のような目をして、誰かに電話をかけ出した。
「ご無沙汰しております、不破さん・・・」
ハッとした。
私たちは、父の会話の行方に注目した。
父は立ち上がり、他の部屋にいって、会話が私たちに分からないようにしてしまった。
残されて、私とディーゼさんは期待に笑む。
祖父は、
「もう良い。お前は養子になるんか。養子になれ。もうそれで良い」
と急に全てを諦め受け入れたようだった。
「はい。シマザキの家の系図は少し教えてもらっています」
などと、ディーゼさんは真剣に頷いている。
まさか家系図まで教えられているのか。私はギョッとしてしまったけど。
考えてみれば、別の世界の父が、私の相手を長年かけて育て上げたような人だ。
私と、家族と、合うに決まっているのではないだろうか・・・。
母は私に向かって、
「結婚式、どこでする?」
などと聞いてきた。
切り替えがあまりにも早すぎる。
***
結局。
戸籍問題は、いつのまにか、問題では無くなった。ふと、本当に大丈夫かなと心配になるけど、気にしない方が良いらしい。
だけど、職安でお仕事を探すのは無くなった。
「必要以上に書類を世に出さないでくれ」
と父は厳しく私たちに告げたのだ。
そんなディーゼさんだが、異世界人の存在を受け入れているこの町は、深くを突っ込まず受け入れてくれる。
とりあえず実地で一般常識と教養を身に付けさせたい、婿として、という我が家の希望により働き口を探してみれば、意外な事に、数か所からお声がかかったぐらい。
その中から皆で検討した結果、私の今のアルバイト先のカフェで、同じくアルバイトから始めさせてもらう事になった。仕事仲間。とても嬉しい。
とりあえずディーゼさんは皿洗いからスタート。あと、父の希望で、店に泊まり込み。
店長さんの方が父の希望に困った様子だったけど、最後には、まぁ良いか、と判断したらしい。もう私は店長さんには足を向けて寝れない。
私は高校生で、結婚ができる年齢。
でも父からの指示として、ディーゼさんが正社員になって働いたらきちんと結婚しても良い、という話になった。それが父の妥協点らしいので、ディーゼさんも「分かりました」と頷いている。
でも多分、私が本当にすぐにでも結婚したくなったら、父を説得できるはず。
今はこの状態も楽しくて良いと思うので、婚約期間を楽しんでいる。
***
そして今日も。
「店長さんのコーヒーと私のと何が違うんだろう・・・。愛なら一杯いれてると思うのにな」
「ありがとう。おいしいです」
「甘い」
「年季だね」
アルバイトのカフェで勤務時間終了後、当番制で皆にコーヒーを淹れる習慣ができた。
ちなみに感想の順は、ディーゼさん、スタッフの里田さん、店長さん。
やっぱり、『店長さん極秘心得』を実践しただけでは、埋められない大きな差がある。ディーゼさんはそれでも嬉しそうにニコニコ飲んでくれるけど、それ、何飲んでもその顔だよね?
店長さんのだけ、幸せを噛みしめるようにゆっくり味わい楽しんでいるのはわかっているっ!
「美味しいのが作れるようになりたい。コーヒーもだけど、料理も全部。ディーゼさんに美味しいって食べてもらいたい」
「ハナちゃん・・・」
「甘いわー」
「良い心がけだね」
ディーゼさんは感動しているけど、ディーゼさんこそ、自分の世界を捨ててこっちに来てくれたのだ。私だって頑張りたい。ディーゼさんをこっちでちゃんと幸せにしたい!
遠い目をするスタッフの里田さんと、しみじみ頷いたりする店長さんを脇に、私はディーゼさんに向かって訴えた。
「私、頑張るね!」
「ありがとうございます」
ニコニコ嬉しげに照れるディーゼさんに、私は重ねて力説する。
「ハナの手料理が一番美味しいって言ってもらえるように、頑張る!」
「はい。嬉しいです」
ディーゼさんは私が何を言ってもニコニコである。
ディーゼさんをずっと一番に考えて傍にいてくれる人って、私が初めてなのだそうだ。
そりゃそうだよ、ここ、力重視のディーゼさんの世界じゃないのだから。基準が違うのに。
とにかく、自動的に日々嬉しさアップしていく一方のディーゼさんらしいけど、私は積極的に頑張りたい!
「店長さん、里田さん! 私、料理上手目指します! 応援してくださいねっ!」
「はーい、ガンバッテねー」
「そうか。ハナちゃん、料理人になるのかい?」
私は動きを止めるように店長さんの顔を見た。店長さんの言葉は意外だったのだ。
店長さんは不思議そうにした。
「いや、違うの? 免許取りに調理師の学校行くのかと思ったよ」
え・・・。そこまでは。
思ってなかった、な・・・。
***
仲良く手を繋いで、今日もお店から家までディーゼさんに送ってもらう。
このように過ごして、早くも4ヵ月が経った。
日が経つほどにディーゼさんを好きになって行く。
ディーゼさんと私を繋いでくれた、私の写真を見せたという父に、大感謝。




