11.ディーゼさんと父
アルバイトの時間が終わるまで、ディーゼさんにはお店でお客様として待ってもらった。
話すことが一杯すぎて、お店の営業時間中はろくに話もできなかった。
短く切り上げるなんて無理だと思って、お互い『あとで』と心だけで思いつつ笑顔を見せる。
それでもチラチラと様子が気になる。向こうも同じようで、チラチラと視線が合う。
時折涙をぬぐうようにしていて、こっちも同じようになってしまう。
髪の色は青いままで、「あれ」とディーゼさんに気付いた人もいたみたいだ。
業務時間が終わって、店長さんが「泊まるところが無いなら店に泊っても良い」とディーゼさんに言った。
お母さんも知ったから、泊めてあげるぐらい良いかな、と思った、との事だ。
数年前は、佐藤さんの民宿に、うちの家から宿泊代を支払ってディーゼさんに泊ってもらっていた。
でも、今回は無さそう。
だから店長さんがそう言ってくれるのはとても有難い。
結局、この町の人は、お父さんが異世界に行ったことも、ディーゼさんが異世界から来たと言う事も、すぐに飲み込んでくれるんだろう、と私は思った。
もうそろそろ遅い時間だ。
碌に話もできないまま、家に戻る事になる。ディーゼさんも立ち上がって傍に来る。
送ってくれるのだろうと思う。
互いに顔を見るけど、やっぱりまだきちんと話せないでいる。
「すぐに花ちゃんの家にいくのかい?」
と店長さんが尋ねてきた。
「はい」
とディーゼさんは頷いた。
「明日にすれば良いのに」
と、今日一緒だったスタッフさんは言ったけど、それにはディーゼさんは首を横に振った。
「いいえ。伝えたい言葉は、もう決まっているんです」
「プロポーズ?」
「こら」
スタッフさんを店長さんが窘める。スタッフさんは肩をすくめた。
「泊まるんだったら、10時までに戻ってきて欲しい。それを過ぎたら、鍵を閉めてしまうよ」
「分かりました」
店長さんの言葉に、ディーゼさんは頷いてから、頭を下げた。
***
からんからん
店の扉の音に見送られて、一緒に帰る。
並んで、私はソワソワした。どう会話を始めて良いのか分からなくなってしまう。
ディーゼさんもそうなのだろうか。
チラと見上げると、視線が合う。懐かしそうに嬉しそうに目を細められて、私も照れくさくなる。
私は思い切って切り出した。
「あの、来てくれて、ありがとうございます」
「はい」
とディーゼさんは一言だけ、言った。
少し待っても続きが来ない。見上げると、泣きそうになっていた。
「大変でしたか? お母さんと、お会いしました。・・・あの、とても頑張ってくれてたって、聞きました」
「・・・そんな話を」
隣を歩くディーゼさんがビクと揺れる。
あれ?
「まだケンカ中だったのですか?」
「・・・。いえ、母のお陰です」
「まだ慣れないのですか」
「・・・そうかも、しれません」
「あの。私の家族に、会うつもりですか?」
「はい」
「・・・そうですか」
「駄目でしたか?」
「いえ・・・ちょっと心配なだけです」
「ご家族と一緒に、ハナちゃんに訴えたいのです」
「訴える?」
私は首を傾げてディーゼさんを見上げる。
「はい。口説き落としたい」
そう返事をするので、ドキリとする。
「今日は、タクマさんは、お家にいるのでしょうか?」
「えっと。今日は水曜日なので、帰ってくる日です」
「それは、良かったです」
「・・・」
私はディーゼさんを見上げる。
「私にも、秘密ですか?」
「え?」
とディーゼさんが問い返してきた。
「何をどう口説き落とす、のか、秘密ですか? 私は、たくさん、話を聞きたいです」
「はい。僕もです」
「どう頑張ってくださってたのか、聞きたいです」
「はい。聞いて欲しいです」
「会えて嬉しいって言ってない」
「・・・はい。嬉しいです。嬉しくて、言い忘れていました」
「私だって嬉しいです」
「ハナちゃんも言ってくれていなかった」
「だって。アルバイト中でしたから」
「僕はずっと待っていました。話をしたいのをずっと我慢していました。そこにいるのに。目が合うのに」
「アルバイト中だからって、店長さんが言いましたよ」
「そうですね。だから我慢して待ちました。ハナちゃんがいる場所で待つから苦痛でも無かったですが」
とディーゼさんは笑う。それから、私に尋ねた。
「僕が来ても、大丈夫でしたか?」
「はい。待っていました。そう、お母さんにも伝えました」
「ハナちゃん本人から聞きたいです」
「待っていました。ずっと数年も待っちゃいました」
「はい。良かった。ありがとうございます」
「私も。来てくれて、嬉しいです。ありがとうございます」
「はい。来れて、良かった」
ディーゼさんが呟いた。
少し無言になってから、私は返事をした。
「会えて、良かった」
はい、とディーゼさんが噛みしめるように呟いた。
***
どうやら、誰かが先に家族に伝えていたらしい。
ディーゼさんと家に帰ったら、待ち構えていたのは父だった。
「また来たか」
と、出会いがしら早々、困ったように父は言った。
「はい」
とディーゼさんは真剣に父を見た。
その奥で、祖父が忌々し気に睨んでいる。母も難しい顔をしているのが見えた。
「まぁ、上がってください」
「ありがとうございます」
ディーゼさんは深々と頭を下げた。急に礼儀正しくて驚いたが、ディーゼさんは、別のところの父にしつけられているのだ。これが正解だと知っているのかな。
リビングに通される。勧められるまま、ディーゼさんは椅子に座り、私も隣に座る事にした。
「タクマさん。お願いがあります」
「こちらは、申し訳ないのだが、ディーゼくんとそれほど親しくないのだが」
と父はやはり難しい顔をしている。
「はい。だけど、タクマさんと呼ばせてください。僕にとって、その呼び名が染みついているので」
「まぁ、今は良い」
と父はしぶしぶ答えている。
「僕は、ハナちゃんを一生大事にします。こちらに住み、きちんと暮らします。幸せにします。僕に、ハナちゃんをお嫁さんにする権利をください。お願いします」
「無理だ」
と父は即答した。
「きみは、命を助けてくれた。心から感謝している。だが、きみは異世界から来ている。魔族である事は、大目に見たとしても。ここは住む世界が違う。万が一に住んだとして、仕事はどうする。どうやって暮らすつもりだ?」
「僕は・・・あなたではないタクマさんに、新聞の読み方やニュースの見方など、暮らしていくための様々を学びました。そうしなければハナちゃんをお嫁にくれないと、タクマさんが事あるごとに言ったからです」
「そのタクマは、ハナをきみの嫁にしてやるとでも言ったのか?」
「それは、言えません」
ディーゼさんは真剣に言った。
「ハナちゃんの父親はあなたです。それに答えてはいけないと思います」
この答え方に、ひょっとして、と私は思う。父もじっと黙り込んだ。
他の世界で、私は事故で死んだらしい。だから、ディーゼさんは他の世界の父に頼まれて助けに来た。ディーゼさんは、託されたと言っていた。
だから、他の世界の父は、すでにディーゼさんに許可を出しているのかもしれない。
「・・・それで? どうやって生計を立てるのか、教えてくれないか」
と父は少し頭を横に振るようにして尋ねた。
「・・・フワさんに、僕の事を伝えて欲しいのです」
「何?」
ディーゼさんの言葉に、父は訝し気な顔をした。
祖父と母は、会話の行方をじっと厳しい顔で聞いている。
「なんとかしてくれる、と、聞きました」
じっと、挑むような表情で、ディーゼさんが父に言った。
「・・・他にも、言われている事があるだろう。他には何を教えられてきたんだ」
「秘密です。僕と、向こうのタクマさんとの約束です。仲が良かったので。いいえ、僕はあれから、何度も会うことになりました。ここに来たいのに、向こうに何度も行ってしまって。ただ、タクマさんは、ハナちゃんが助かったととても喜びました。同時に、僕を案じました。きっと僕を反対するだろうと、自分の事だから分かっていた」
「・・・それは、ずるいだろう。答えを先に手に入れているようなものだ」
「でも、向こうの世界があったから、こちらのハナちゃんを助けることに繋がったのです。そこは、受け入れて欲しい。・・・こちらは、助けられた世界なのです」
「・・・」
「タクマさん。僕は、あなたに、そして、ご家族に、認めてもらいたいのです。ハナちゃんを大事に、幸せにします。絶対にと誓います」
「証拠は? 保証は?」
「再び現れた事を、証拠にしてほしいです。僕にとって、こちらの世界に再び来ることはとても難しかった。でも、諦められなかった。仲たがいしていた母にさえ頼んで、ここに来ることができました」
「血のつながった母、ノクリアだろ? ノクリアとさえ仲たがいをしていて、どうやって花を幸せにできるというんだ!」
父が叱るように声を上げた。
「えぇ。だけど、血のつながりがあるからこそ憎みました。僕がなかなかたどり着けないほど、力を持たず生まれたのは、母、ノクリアの能力の結果なのだから。だけど・・・今回の事で、母と少し仲直りできました。・・・すぐに全てはうまくできません。それは僕の個性にもつながる。長い目で、見てもらいたいのです」
ディーゼさんはお母さんのことを考えたのだろう、少し目を伏せて、落ち着いて答えた。
父とは対照的だ。
「お前は、魔族じゃ」
祖父が口を開いた。
「拓馬を巻き込み、今度は花ちゃんまで巻き込もうなど、」
「その件ですが、魔族を巻き込んだのは、人間の方です。・・・僕が異世界に迷い込んでしまったのも、信じていたのに、人の策略でした。僕たちの世界では、人間は酷く浅ましく執念深い。母のノクリアは、人間として生み出された魔族だと父に聞いていますが、人間の味方である母でさえ、使い捨てされるところだったという事です。これは、人間の国の王となっている・・・イフェルという女性が証言しています。タクマさんは、イフェルさんを知っているはず」
「・・・知っている。イフェルさんが、人間の国の王なのか?」
「はい。僕の父にとって大切なのが、母。母に影響を与えることができる人間は、イフェルさん。お友達ですから。だから父が、イフェルさんを人間の国の王にしたのです」
「・・・」
父は、信じられないようだった。
「僕が伝えたいのは、魔族という一点のみで反対されたくないという事です。お願いです。どうか、フワさんに僕の事を頼んで下さい。どうかお願いします」
「・・・」
ディーゼさんは深く頭を下げている。
私は心配になって父を見る。家族は皆、父を見つめていた。
フワさんって誰だろう。
でも、父には心当たりがあるようだ。
父は一年ほども行方不明になり、しかも異世界に行ったなんて話をしたので、その時に様々な人と知り合うことになったという。
一般人になんとかできない事をなんとかしてくれるというなら、その時の知り合い、なのかなぁ。
「・・・もし、そうしたとして。その後どうするつもりだ。仕事は? 何ができるんだ。どこに住む。ここに住もうなどと考えないでくれ」
「仕事は、職安に行って探します」
「何?」
父が驚いたように尋ねた。
「職安です。職業安定所」
「職安を知っているのか」
「はい」
「それも向こうの俺が?」
「いえ、普通に、この世の常識として」
少しキョトンとして、ディーゼさんがそう答えた。
家族も私も、少しあっけにとられてディーゼさんを見つめてしまった。




