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10.あの子

「その、ディーゼさんは異世界の人だし。魔族なので。私の家族は魔族と言うだけでディーゼさんを嫌がっていて・・・。一緒に家族になるには、無理だって思うんです」

「そう。でもディーゼは、諦めない。あなたが望むなら、一生懸命、願いを叶えようとするでしょう。それでは、駄目?」


えっ。

私は顔を上げた。


お母さんは嬉しそうに微笑んでいる。

「あの子が、頑張る姿をあなたに見てもらえれば良いのに。あなたが、ディーゼと共にいたいと願ってくれているなら良いのだけど。あまりにディーゼがたどり着けずにいるから、こちらで弾いている可能性を考えたけど。そうではないのだろう?」

微笑みながら話してくるお母さんは、どこか安心したようにすらみえる。

戸惑った。


「あの子は、あなたを助け、生き延びさせることができた。あなたはここにいる。だから、ずっとあの子はここに至ろうとしている。何度も迷子になって苦労したのに諦めないんだ。私はディーゼにずっと嫌われているのに、頭を下げて頼みにきた。なりふり構わなくなったのだろう。・・・あなたにとっての事実として、ディーゼは一度も訪れていない。だけど、今もなお、ずっとディーゼは努力し続けているんだ。まだ、成果に見えないだけ」


話し続けようとして、お母さんは気づいたようにコーヒーに口づけ、またコクリコクリと飲んだ。

それから嬉しそうに目を細めて放したカップを見つめたので、きっと気に入ったのだろう。


「とても美味しい。ディーゼのお陰で、こちらにも美味しいものがあると知る事ができた。戻ったらあの子に礼を言わないと」

ふふ、とお母さんは私に親しげに笑んだ。


「ディーゼはすでに、私の見つけられなかった多くのものをこちらの世界で得ている。きっと正しく生きていける」

「・・・」

お母さんが、ディーゼさんをオススメしているのが良く分かった。


「すぐに望みのものは得られないかもしれない。けれど、あなたの望みのために、頑張り続けるディーゼでは、駄目?」


ドキッと心が大きく揺れる。

それで良いと思ってしまう。

・・・ただ。理性がストップをかけた。

「でも、ディーゼさんは外国の人ですら無いです。来て欲しいし、会いたいです。でもお仕事とか、身元とか。ここで生きるには、そういうところがちゃんとしてないと、ダメなんです。この世界の人だという証明書とか」


私も中学生のままではない。あれから分かってきた事が色々ある。

例えば、アルバイトにすら、いろんな証拠を求められる。学生証とか。

ディーゼさんには、そういうものが1つもない。


私は当たり前の暮らしに憧れている。

だけど、ディーゼさんは、その当たり前になるための、最低限の証明書がない。戸籍とか。


落ち込む私に、声がかけられた。

「それだけ? 問題」

「えっ?」

なんて事ないような口調に驚く。

身元の重要性を全然分かっていないのだ。


「他には無いのか? 例えば・・・そうだな。よく人間に騙される、とか」

「えっと・・・」


「ディーゼ・・・。そうだな、攻撃を受けやすい、とか」

「えっ!?」


話の内容に心配して驚いたのが分かったらしく、お母さんは眉を下げてとても悲しそうになった。

「あの子はとても弱いから、他の子より狙われる。家族の急所だと判断されるんだ」

「・・・」

「ディーゼが異世界に行くようになったのは、そもそも人間の隠された敵意のせいだったんだ。私たちは迂闊にも気づけなかった。ただ、その事であの子が希望を見つけたのは、良かった」

何が幸いに転じるか分からないな、とお母さんは私に告げる。

まるで、私たちの未来だってそうだろう、と言われている気持ちになった。


「あの子は、けれど死ぬほどの危険は回避できる。どこの世界でも生きていける。大人しくとも生きてさえいてくれればと私が願ったから、そのように産まれたんだ。世界を揺るがさないようにとも願っていたから、結果、ディーゼは力をあまり持たない。あの子はそれが酷い不満で、物心ついた頃から私を見向きしないのだが」

とお母さんは困ったようになり、私に理解を求めるように説明した。

「ディーゼから聞いたことは?」

「あまり深くは・・・でも少しだけ・・・」

「そう」

お母さんはため息をついた。


「あの頃は、心底、手におえないほど活動的な子どもたちに手を焼いていて・・・まさか私が願う事が腹の子の能力を決めるだなんて、気づいてもいなかったから・・・」

夫は、嫌悪を表すことで私へ甘えているのだ、などと言ってくれるのだが。

暗くなって落ち込んでいるけれど、少し独り言のようにも聞こえる。

私も困って首を傾げてみた。


「・・・もし、あなたが、最高の名声や力を望むなら、ディーゼでは時間がかかってしまう。望みを叶えられるのか分からないほど。だけど・・・あの子は、どこの世界でも正しく生きて行く事ができるだろう。母親の私が、彼に唯一与えることができた特性なのだから」

「・・・」


私は何も答える事ができない。

でも、お母さんはちゃんとディーゼさんのお母さんなんだな、と私は思った。

お母さんがここに来たなら、ディーゼさんはお母さんと仲直りできたのかな、ということが気になった。


少し無言になった。


お母さんは、真剣な表情で私を見た。

「難しいなら、仕方ないけれど。でも、ディーゼはここに来ても良い? 会うのは迷惑ではない? 困るなら言って欲しい。私たちはあの子を止めよう」

「・・・とても、来て欲しいです。先の不安はありますけど」

私は真剣に答えた。

先のことはやっぱり分からない。でも、会いたい。


会えば、努力すれば、問題は解決するのだろうか。それを知るためにも。

結局、無責任にも、私はとても会いたいのだ。


「良かった」

私の返事に、お母さんは力が抜けたようにふわりと笑った。

「でも、辛いな」


唐突な言葉を理解ができなかった。お母さんの顔を見つめてしまう。


「異世界に行かれては、私たちが会えなくなってしまう」

とても寂しそうに目を少し伏せて、お母さんは、きっとディーゼさんの事を思い浮かべている。

どう声を掛ければ良いのだろう。


「でも、あの子が自分で選ぶのだから。仕方ない。それで良い」

お母さんは笑った。

少し諦めたように何かを受け入れた表情で、つい見入ってしまった。


「あの子に、あなたを見つけた、と教えよう」


***


お母さんが、

「帰る」

と言ったので、私たちは立ち上がった。

旦那さんが心配して、持てる時間がとても短く決められているという事だ。


それなのに会えたのは奇跡では、と目を丸くしたら、お母さんは察したように微笑む。

「私は成功しやすい。タクマとの縁ができている上に、ディーゼよりは強く、術の理解もある。それに折り紙の縁を持つのは、あらゆる世界においてあなただけだろう?」


店長さんが動きに気づいて、私たちの側に来てくれた。

お母さんは店長さんにも笑いかけ、それからまた私を見た。

「差し出がましいが、あの子にあなたの写真をまたあげてくれないか」

「え。はい」


「何度も失敗し続けて、とても絵が薄くなってしまって。あの子は可能性が消えていくことを恐れていたんだ。・・・かわいそうに。もっと強く産んであげられれば良かった」

顔が曇って行くので私は慌てた。

「でも、お母さんが来てくれました、会えるのですよね? 決まりですよね?」

「そうだな」

お母さんは顔を上げる。

「私の軌跡をたどれば良い。きっと次は大丈夫だ」


ずっと、ディーゼさんは頑張ってくれていたのだと、やっと分かった。

私は待つだけだった。


「お母さん、あの」

「なんだ?」

言葉遣いは偉そうなのに、とても優しく柔らかい。

私は慌てて頭を下げた。

「来てくださって、ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」

私はいつも、お礼に気づくのが遅い。


「どういたしまして。良かった」

お母さんが嬉しげなのは、きっとディーゼさんを思ってだろう。


お母さんは店長さんに視線を向けた。

「美味しかった。良いものを、ありがとう」

「光栄です。また是非いらしてください」

と店長さんが答えた。


お母さんは寂しそうに笑う。

「余程のことが無い限り、再びはないが・・・ディーゼが来るから、どうぞよろしく」

「花ちゃんの心の恋人ですね」

と店長さんの答えに私の顔が熱くなった。恥ずかしい、言い方!


「夫や屋敷の皆にも飲ませたいが、これはここに来る者の特権だな」

とお母さんは、コーヒーと店長さんをそう褒めた。

店長さんはとても嬉しそうになった。いつも渋い感じなのに、こんなになるのは初めて見るかも。


「良かったら、豆も売っております」

店長さんは照れながらそう言った。


お母さんは首を傾げたので、私がフォローした。

ここのは店長の技術もあるので、同じ美味しさになるかは分かりませんが、という注意も入れつつ、豆と器具があればお家でもコーヒーをいれることができます、と説明する。

説明に、不思議そうにしながらお母さんは頷いた。

店長さんはにこにこしてお母さんの発言を待っている。


ところで、あの。店長さん。スタッフさん1人だけの状態ですが大丈夫・・・?

私が店内を心配そうに見たのに気づきながら、店長さんはこちらにいる。


「では、私も向こうでコーヒーをいれてみたい。豆と器具を譲ってもらえるのか?」

少し確認するようにお母さんは言った。

ふと嫌な予感が。

「あの、お金、お持ちですか・・・?」

物凄く失礼な質問だと思って私の表情は硬くなってしまったけど、お母さんは二度ほど分かったように頷いた。

「お金。なるほど。だが持っていない」


やっぱり。異世界から来たのだから。

でも、無一文。

私がチロリと店長さんを見ると、店長さんも私を見た。素敵な笑顔。

「これは彼氏さんのお母さんにプレゼントだね」

と、店長さんは言った。


ぐっと気合をいれよう。

「はい。プレゼントします」

と私は答えた。


***


お母さんにはまた席で少し待っていてもらう。


「さっそくお嫁さんとお姑さんだねぇ。正しい選択をしたね」

自分でラッピングしていたら、店長さんが冷やかして来る。

私はちょっと呆れたような笑みを返した。

実は、結構な出費が辛い。器具も一式だから。身を切るように頑張るけど。


「店長さん、誰の味方なんですか?」

「恋する若者の味方でありたい」

なんて答えに、笑った。


***


店長さん自ら、お母さんに使い方を説明した。

さすがにお店が大変になってきたので私は通常業務に戻りつつ、お母さんたちに聞き耳を立てる。


「これは手動です。このように回します。それから・・・」


「きっと店の味には至りません。それでも心を込めるだけで味に違いがでるものです。いれる事を楽しむより、飲む相手、具体的には、この一杯は旦那様が飲む、旦那さんにとって美味しくなれ、など、きちんとその相手を思って作るだけで、変わるものです。誰にも真似できない、愛情のこもった飲み物の出来上がりですよ」


***


お母さんは、豆セットと店長さんの心得を携えて帰っていった。


私はもう1人のスタッフさんと、店長さんの心得についてコソコソ話し合った。

今まであんな風に教えられたことはなかった!

極意だったりして。

今日の業務後に互いに一杯ずつ入れて飲み合おう、と約束する。


そんなところに。


がらんがらん、とベルが激しく音を出した。


何事かと驚いて扉を見やり、立っていた人に私は息を飲んだ。


ディーゼさん。いた。


お互い、泣きそう。

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