雪斎
甲斐に戻り評定が開かれる。
今回は佐久のおさえだった小山田備中守等が戦死をしており兄上も落ち込んでいる。
相変わらず家臣が功名に走り作戦を瓦解させる行為に怒りもあるがそのまま言わない兄上に感心していると、
「刈り取りがが終わり次第葛尾城を再度落とす」
強気であるがこの凶作で上から下へ悲鳴をあげているのにと思うが、逆に補うためと言うことなので家臣も同意している。
「兵糧はどうされますか、このままでいけば足りぬと思いますが」
内藤が聞く、2ヶ月以上になれば兵糧も足りなくなり現地でも調達が難しいと言うことなのだが、
「信龍、兵糧を2万手配せよ」
兄上が私に言い、駿河の倉に有るなと思いつつ、兄上も知っているのかと思いながら了承する。
自分の懐も寂しいが村上はもっと厳しいだろうと言うことなのだが、
「代金はいくらになるでしょうか」
勘定方の頭が聞いてくるので、
「去年の3倍、一昨年の4倍を越えてるからな、3倍を越えずに手配はするよ」
そう言うとそれでなんとかと言うので代金を貰うと手配した。
自領でも凶作はひどく自分にはいるのは去年同様皆無であり、勝手に税をかけないように目を光らせるのに忙しかった。
そうこうしていると出陣の期日が来たので配下の兵と共に兵糧を輸送しながら合流を果たす。
「兵糧ご苦労」
兄上からは一言だけ慰労の言葉をもらうが後は押し黙る。
勘助が側に来て私に、
「諏訪の姫様を迎え入れたのですが重臣達が領地を取られるのかと騒いでおります」
「それで、葛尾城を取り返して領地を与えると約束して思い詰めていると言うことか」
「ご明察のほどを」
兄上の腹心となり色々心砕く勘助に感謝をしながら今回のことを聞く、
「義明(村上)は葛尾の修復が間に合わず南にある塩田城へと入っているもようで、今回は周辺の支城を落としつつ善光寺まで進出するつもりです」
「と言うことはまた越後の龍の巣を突っつくわけだ」
勘助が怪訝な顔をするので、
「長尾景虎、兄上が虎なら景虎は龍ということ、戦いの知識もだけど気を見る洞察力はすごいと聞いてるよ」
「信龍殿がそのような評価を、何故にございます」
歴史上と言えず、
「こないだ越後経由で帰ってきたとき丁度いくさから戻ってきたのを見たんだけど、天武の才を持っているなと、戦いも劣性でもそれを覆してと言われるほどに急所をついてくると、兄上に立ちふさがる者かと思っている」
「私と戦えばどちらが」
思わず仮定の話を勘助が聞いてくるので笑いながら、
「作戦の先手は勘助が優位だけど、ほころびや何かの兆候をとらえれば負けかねないかな」
勘助は少し考え、
「今回出てきたときにはいかに」
「景虎の欠点は野心がないかな信義によって成り立つと、なればこちらが無理に仕掛けなければ無理にしてこないだろうと考えている」
そう言うと勘助は少しだけ微笑み、
「信龍殿は面白いお方だ、今まであったなかでもとびきり」
そう言って佐久に入り、小笠原の残党と村上勢の城を武田勢が次々と落とし善光寺平へと入った。
「屋代と言う村上の将が最初に降伏してきたので荒砥城を与えることとする」
勝利を飾り先ずは感謝状や反物や刀等を家臣に与えていく兄上、中でも下った将に代替えとは言え城を任せることにより配置代えだがより広い土地を貰えるとわかり兄上の沙汰を待つようになっていた。
「長尾勢が善光寺に入りました」
物見からの報告に兄上は勘助の意見を聞き入れ塩田城に入った。
「申し上げます。板垣殿率いる諏訪勢が城から出陣して迎え撃つと報告あり」
「先走りおって典厩に急ぎ合流して戻れ、信龍は空いた城に入り後詰めとして備えよ」
せっかく周囲の豪族を押さえ込めたのに負ければいつまた敵に寝返るかもしれないと言うことで私も善光寺の前戦である塩崎城へと入った。
城から見下ろすと諏訪勢と越後勢がにらみあっておりもう少しで兄典厩が到着する事を聞かされたのであろう諏訪勢が動き始めた、
「功名をとろうとしたが敗けだな」
家臣に言うと城を固めさせる。
先鋒がぶつかり善戦しているが突破できずじりじりと下がり始め崩れそうな瞬間に典厩が到着して諏訪勢の右を抜けていこうとすると越後勢がきれいに後退して退却した。
しばらくにらみあったが典厩がしんがりとなり撤退をする。敵もそれを見て追撃はせず善光寺方向に転進した。
小競り合いとは言え負けて損害を出したのはこちらなので、兄上の指示通り城にこもりひたすら耐える。
景虎は千曲川沿いに進み屋代のこもる荒砥城を攻め速攻で落とした。
兄上は飯富を主将にして他の城を攻めている景虎の退路を絶たせたようだが景虎は退却して持久戦となった。
周囲の山の峰が白くなり始めた頃景虎が撤退を開始してそれを見届けた兄上も甲斐へと戻った。
「皆の者よくやってくれた」
正月、躑躅ヶ崎に集まり初頭の挨拶をする。
去年もまた家臣の命令無視に悩まされ続けておりいつあの最強軍団が出来上がるのだろうと思っていると、
「信龍、太源雪斎を知っておろう」
兄上が聞いてくるので、
「一度お会いになりましたが中々の人物です」
「駿河へ向かい面会をしろ」
珍しく乱暴な言い方の晴信に、
「同盟を締結してこいと北条との三国同盟をということですか」
そう言うと兄上は呆れながら、
「どこで聞いてきた地獄耳め」
「太源雪斎の命あといちに年、三河を押さえ尾張を取りに行くなら必要かと思います」
「で何が問題か」
「義元でしょう、北条との同盟を良しとせず隙あらばと狙っているのでしょう」
「強欲過ぎると言うことか」
兄上も人の事言えないかなと思いつつ領土を広げないと家臣が言うことを聞かないと言う事なのだがと思いながら、
「なれば兄上と氏康を何処かに集め義元を連れてきて断れない状況をつくるのかと考えます」
「北条を説得するには北条幻庵をやりこめたお前と言うことか」
そう言われて苦笑するしかなかった。
翌日、表からではなく裏の間道を野呂の案内で進み駿河との国境の寺に入った。
「ようきたな信龍殿」
少しだけ痩せてきており是が非でも成功させるはらずもりらしい、
「お呼びとあれば何時でも参上します」
「その顔、既に要件はさっしておるようだな、頼めるかな」
そう言うと雪斎は輿に乗り私は馬に乗ると伊豆の韮山にいる幻庵へと会いに向かった。
「太源殿と信龍殿ですな、お二人が来るとはいかような事でしょうか」
幻庵は私たち二人が揃って来たことに驚き迎える。
雪斎が挨拶をして、
「実は今川、武田、北条の三国で同盟を結びたいとそれの前段階の交渉として信龍殿とまいりました」
「それはそれは、しかしあえて結ぶ必要がありますかな」
坊主同士の探りあいがはじまる。
北条としては河越の夜襲による大勝で関東をおおむね配下に加えており屈辱で今川に引き渡した河東の事もあり引き合いに出す。
しかし雪斎にとっても河東を引き渡すのは義元も納得しないだろうし武田も何かしらの譲歩を迫ると思う。
沈黙が流れ雪斎と幻庵がこちらを見るので、
「この同盟から利を得たいならご子息同士の結婚のみを条件とするのがよろしいかと」
それはわかっていると二人から言われるので、
「北条にも利が有ります」
そう言われて幻庵が考えるが首を横にふるので、
「平井城を落としたと言われましたがそれでです」
「落として何の不都合があるのかな」
「関東管令上杉の身柄取り逃がしたと聞きましたが、落ち延びた先はどこですか」
「たしか越後の長尾景虎を頼ったときいたが何か」
「景虎と言う人物を知っておられますか」
幻庵は難しい顔をして、
「まだ若いが戦いにすぐれ信義を重んじるので家臣に人気があり兄に代わって国主の座についたと」
「そう、信義を重んじるので上杉も泣きつき関東管令を継いでくれるように頼めばどうなるか」
「三国を越えてくると言うか」
「村上の事もありますし、戦いぶりは我らも圧倒され去年は通りすぎるまで城に籠城したくらいですから」
「もし関東に来れば諸侯は次々と景虎に馳せ参じると言うことか」
「同盟があれば我らとの戦いに固執しましょう、その間に小田原の縄張りを強固にするなど考えればよろしいかと」
「雪斎殿、信龍殿を連れてくると言うことは毒にも薬にもなりますが言うことは最も、小田原にこの事を話をして見たいと考えます。しかし義元殿は良しとしますかな」
幻庵は一番の懸念事項を言うと、
「氏康殿と晴信殿がそろっておられればやとは言えますまい」
こうして三国同盟を結ぶ下地ができそれぞれの主のもとへ戻っていった。
「雪斎の死に水を取ったと言うことか、まあよい北信濃を押さえれば何れだな」
兄上が雪斎の様子と書状を読み答える。
「人が悪いですぞ、勘助の言うとおりなら雪斎が亡くなれば義元もですが早々にどうのはありませんでしょう」
「そうだが雪斎もだが義元がいなければ今川家はだな」
明確にではないが野心があると言うことだが今は北信濃なので兄上は同意して進める。
善徳寺での会見をするかと言う話なのだが当主が不在となれば不都合もあると言うことで内密で兄上と私とわずかな供回りで向かうことにした。
「氏康殿か、武田晴信にございます」
兄上が先ずは挨拶をする。
「晴信殿か、北条氏康にございます」
義元がまだ来ないので二人で話始め、同席は私と幻庵で隣り合って座る。
近況などや関東の事そして越後の事を話しており時間が過ぎていく、
「まさか説得に手間取っているとは」
幻庵が無表情のまま言うので、
「もったいぶってぎりぎりで来るのだろうからほっといて良いでしょう」
「だな、二人もそう思っておるようだし、しかし今回一番特をするのは今川だが一番損をするのは」
「わが武田でしょう、これで越後に出ぬ限り港を持てませぬ」
「ではなぜ同盟を」
「越後との戦いに専念するためと聞こえはいいが北条からの援軍を期待しているからです」
「食えぬやつだな、まあよいようやく着いたようだ」
外では馬のいななく声が聞こえ供回りと共に到着したようで、ドタドタと歩く音と共に襖が勢いよく開かれた。
「待たせたのう、話はついたか晴信殿」
相変わらずの物言いで兄上に声をかけながら座る。
「北条も来ておったか」
そう言うと兄上も氏康も笑い太源雪斎が私をはさんで幻庵の反対に席についた。
「遅くなりましたがお話を進めてもよろしいでしょうか」
雪斎が話を始めようとすると、
「雪斎、私は承知したと言っておらぬぞ、無理に同盟を結ばなくても良いのだからな」
めんどくさいなと思い、
「幻庵殿、ああ申しておりますれば北条は河東を我らが駿府と清水の港をいただきますのでよろしいでしょうか」
勝手に口を挟むは無作法だがそれ以上を義元がしているので気にしない、
「そうですな我らは河東を頂けるなら氏康殿」
「それもよかろう、晴信殿とは大方話もついた。武田とだけでもやっていけよう」
「そうですな我らも港を欲している」
そう言うと、
「もうわかった、よかろう同盟を組む雪斎あとは頼むぞ」
そう言うと少しだけ笑いながら出ていってしまった。
雪斎が、
「武田には義元様の娘が輿入れしております。北条に武田から輿入れを、今川に北条から輿入れと言うことでよろしいでしょうか」
こうして同盟が成立して今川は織田へ、北条は里見や佐竹、武田は景虎と戦いを開始した。
金山も半分は穴山に引き渡したが掘りやすいところは掘り尽くしてもうひとつの金山に運び込んでおり、もくろみが外れた穴山から抗議が来る。
書簡に残していたので突っぱねると領地でもいちゃもんをつけ、同じく隣り合っている
三枝昌貞とも揉め事をつくり、三枝の家臣が穴山の家臣を揉め事から切りあいで殺してしまった。
「今回の事穴山の自惚れが招いたこと三枝に落ち度はありませぬ」
兄上の前で三枝と穴山そして重臣が揃い今回の事を話し合っている。
最初は黙って聞いていたが小山田が穴山に同調したところで私は怒りをぶつけてしまう。
「あそこは我らの土地だ」
何を証拠にと憤慨していると勘助が、
「今回の事は喧嘩両成敗と言うことでよろしいかと」
兄上は目をゆっくり開き、
「穴山の家臣が亡くなったと言うことで昌貞よ監督不行き届けで蟄居とする」
思いもよらぬ厳しい沙汰に驚き勘助を見るがこちらを見ず終わった。
文句を言おうとすると当事者である三枝に呼び止められ、
「信龍殿、私に免じてこらえてください、ここで穴山や小山田ともめて家臣団に亀裂が入るのを防ぐにはこれが一番よろしいと考えます」
私は言葉につまりながら、
「そうだな兄上や三枝が一番辛いのだからな」
そう言うと蟄居の間の領地の事を頼まれたので了承して戻った。
中央集権ならこんな事はないが成り立ちは烏合の衆であり兄上と勘助が苦心して積み上げていっている家臣との関係に戸惑いを絶えず感じており、何か良いことを始めようとしても周りが反発して良い方向にもっていけない現状にストレスをためていると改めて自覚する。
甲斐は尾張に比べれば比べようもない貧しさで、収穫で生きていけず周りの場所へ強奪しなければ生きていけないのもわかる。しかしなればこそ兄上のように治水を行い少しでも収穫を増やす努力をしているわけでもなく未だに家臣の間での争いも絶えなかった。
飢饉は続いており善光寺への出兵もその為であり今年もと思っていたが最後の最後で台風が収穫直前にきて台無しとなり出兵できなかった。
私の所は河原の長老から嵐が来ると3日前に言われ、民と河原の住人を動員して刈り取りをを終えることができた。
「こんな小さい状態で刈り取るなんて」
台風が来るまでは下から色々言われやな思いもしたが、台風が過ぎて周囲のあまりの被害に手のひらを返して、
「今年の米は色つやがいいですな、白くて光沢がある」
早めに刈り取ればそうなるのも当たり前で、逆に遅ければ黄色くなりつやもなくなる。
それを言ったからどうなるわけでもなく、ただ返答で礼を言うしかない現状にただただ悶々としてしまう。
秋も深まったある日堺からのお届けがあり箱を開けると頼んでいた鎧兜であり、田舎にはない色使いや技術であり気分転換をする。
金山からの金を投資した分も南蛮貿易の失敗は時々あったようだが年間で倍以上の利益を産み出し、領地の数十年分の税金と同じかそれ以上になっており感謝する。
鉄砲も量産が進んだようで希望の3匁半の鉄砲が製造されるようになり少しずつ火薬と共に購入することとなった。
「信綱、村等であぶれている若者を連れてきてくれ」
戦国もだが何処でも同じであり農家の長男以外はやることがなく追い出されておりそれを鍛えて自分の手足で使おうと思い頼む、
信綱は鍾馗様のようなかおをして特に何も感情を出さずに若者を集めてきた。
「お前達、二人扶持で雇おうと思っている。戦う場合は功をあげれば報奨もだそう」
何もないときは工事に駆り出せばと考えながら話すと飛び付いてくる。
「2人扶持の米がもらえれば結婚もできるな」
そう言うので、
「希望するものは長屋を貸すがどうかな」
そう言うと次々と希望者が出て120人が配下となった。
元々戦が有れば臨時で雇われる傭兵だったのを年間を通じてと言うことで口コミで最終的に200人になり、鉄砲が20丁手に入れていたので適正のものを選び訓練を重ね、残りは信綱に槍で鍛えさせた。
対外的には景虎の家臣北条高広に反乱を信綱の父である改名した真田幸隆が起こさせることに成功して、その間に小笠原の家臣だった二木を寝返らせることに成功していた。
そしてとどめに善光寺の玄関口の国人栗田を寝返らせることが出来て兄上は雪が残る中を出陣した。
「信綱寒いな北信濃はもっと寒いんだろ」
新調した鎧をつけて進む、
「上田も寒いが越後に近づけばもっと寒くてきついぞ」
鎧の上から新しい鉄砲の3匁半で狩猟を行い鹿や猪を捕まえ皮をなめして防寒着を作り、干し肉を作る。
「塩もぼられてるよな、確実に勝手に穴山が通行税をとってるだろうし」
独り言が最近多いと自覚をしながらそれを着て佐久を進む、
善光寺に到着をすると早速善光寺の北側の豪族が何時ものように従うむねを言ってきたが、直ぐに長尾景虎が出陣をしてくるとそれにしたがった。
「相変わらず節操がないのう北信濃のやつらは」
小山田お前に言われたくないと考えながら聞き流す。
「栗田殿の旭山城へと小山田入り景虎にそなえよ、不用意に攻撃を仕掛けなければ向こうも無理はしてこない」
最前線の旭山城を確保して善光寺に本隊がとどまる。
さあどう動くか何れにしろこちらには旭山城があるので景虎の動きを牽制して優位に動くことが出来るので安心していると早馬がきて、
「申し上げます。越後勢が葛山に城を築きつつあると言うことです」
重臣達は場所を確認すると大騒ぎになる。
「完成すると旭山城は封じ込まれてしまいます」
当たり前のことをさわぎたてる穴山に兄上は直ぐに後詰めを行うと伝え善光寺から出陣した。
「まだ二回目、後二回か」
「何が後二回なのですか」
わたしのつぶやきに信綱が反応する。
「今回は大事にならずと言う易(占い)があったからね」
そう言うと呆気にとられた顔で、
「信龍殿はその様なこと興味も無かったと思っていましたが」
「興味はないが長老から言われたからなどうかなと思っている」
知っていると言えないのでそう返すと信綱はあの長老といい不思議な人々と繋がっていることに関心をしながら犀川に到着して陣をしいた。
越後勢もすでに到着しており川を挟んでにらみ合いが始まる。
「評定を行います」
呼ばれて本陣に顔を出すと戦功をあげたいがため熱気に包まれた家臣がすでにおり評定が始まった。
景虎の構えた陣は勘助から見ても理にかなっており下手に手を出せば損害が出ると言われる。
「我ら小山田が先陣を切るので出陣の命令を」
穴山も含め兄上に詰め寄るが兄上は首を縦にふらず、
「ここで破れれば荒砥をはじめ佐久まで蹂躙されかねないがよろしいか」
勘助が負けたときの被害を言うとその辺りに領地がある武将は躊躇し始める。
一刻程話し合いをしたが結論は出ずににらみ合いとなり、日にちを重ねるごとに主戦派は勢いをなくしてしまった。
「信綱参ったよな」
一ヶ月がたち長期戦の様相を見せる。
手持ちの兵糧は一ヶ月分有れば足りるはずなのだが越後勢は帰ろうとせずこちらも兵を引く選択肢はない、
「他の武将達ももうそろそろつきてきており周辺に兵糧の調達をしはじめております」
調達とは聞こえが良いがようは強奪であり農民達も知っておるので山奥へ逃げている状況、
「うちは万一を考え三ヶ月分持ってきたけどあやしいよな、なので畑仕事がある農民は戻すことにするよ、元々決まった兵以上を連れてきてるし」
200人程の兵を雇っておりその他に傭兵として300連れてきているので3割は返せる。
ただでさえ天候不良と冷害で実りが悪いのに男手がなければ農業はうまくいかないので兄上に報告して帰らせ、配給はいやがったが干し肉を配給に追加して主食の消費を押さえた。
「今年は暑いな、ここ高地なのに」
恥も外聞もなく行水をしながら過ごす。
兄上と景虎は先に兵を引けばこの辺りの豪族の支配権が無くなるとお互い考えすでに3ヶ月が経過、雪もとけて春が過ぎ去り夏に入っていた。
「信綱も水浴びしなよアゴヒゲの間から滴りおちる汗が暑苦しいし」
信綱は苦笑しながらも鎧を脱がずに、
「これはいつまで続くのかと言う話になっておりますが」
そう言われて先日あった評定を思い出す。
兄上も甲斐からの補給が滞ってる状況をかんがみて撤退を考えているようなのだが、旭山城周辺で領地を貰った者もおり、重臣達に泣きつきそれを伝えて徹底抗戦を呼び掛けており兄上も苦慮しており勘助が間を調整しているが上手くいかず、されとて兵糧の不足はさらに厳しく、食べられる周辺の雑草さえ取りつくしている。
「知らないよもう、みんな自分勝手に言いたい放題、ま川向こうも同じ状態で景虎に従うと誓紙を出させたようだし、話し合いが持てればね」
北条から都合をつけて貰った兵糧が到着したが改善にはならない、これ以上ここにいるのもと思い勘助に面会を求めた。
「撤退しよ」
行きなり言うと勘助は優しく頷く、
「信龍様の言うとおり素直に皆が申されれば解決しますが引くにしても相手との話し合いを持たなければですが可能でしょうか」
「知り合いが相手にいないし、他のだれかしらに頼むしか氏康(北条)はどう」
勘助は首を横にふり、
「上杉の件で断絶ですから今川に頼むしかないようですな」
「しうなんだよなで、誰が適任かな」
そう言うと答えずこちらを見る勘助、
「義元に会うのもやだし頼むとなるとさらにやなんだけど」
「先ほども申し上げた素直にお願いします信龍様」
そう言われて何も言えず兄上に報告をすると義元の元へ向かうことになった。
「にらみあって舞いでも舞っておるのか晴信殿は、三ヶ月以上ものあいだ」
会うなり義元は面白そうに言いいらっときたが我慢しながら、
「頑張れば越後への足掛かりが出来ますから三河を押さえるようなものです」
今年は信長が清洲を落としたはずだが義元にとってはささいな事であり気にする様子もなく、
「尾張は虎が亡くなり継いだのは弟さえも愛想をつかして敵対しているうつけものだからな勝手に手に入る」
そのうつけに首を取られるんだよと言いたいのも山々だがお願いをしている立場なので我慢する。
「仲立ちは雪斎様ですか」
「いや一門の関口に任す」
本来なら雪斎適任なのだが相当体が弱っているらしく本来ここにも顔を出すはずだがこない、関口は義元の娘を嫁にもらいその娘が家康の妻である。
関口を待つあいだに雪斎の元を訪れた。
「めざといな、調停は関口か」
さらに痩せた雪斎が布団の上で体を支えられながら私を待っていた。
「これ以上居ても意味がないですから」
「そうだが殿も意地悪いな、多分前戦の城たしか旭山城かなそれを潰せとそちらに言うだろうな」
「譲歩と言うことですか、もめるな」
率直に言うと、
「ところで私が亡くなった後どうなるのかな」
唐突に言われて何も言わず色々考える。
「どうする訳でもない、ただなその方の話すときの目が事実を話している様にしか思えんからな」
そう言われてこの人は怖いなと思いながら、
「そうでしょうか、真実と言うか自分で勝手に思い込んでいるだけだと思います」
「流石に言えないか、一つだけ今川はどうなると思う」
そう言われて雪斎を見つめ黙っていると、
「そうか、命あるものいつかは消えると言うのだな」
そう言われて小さく頷き駿府へ戻り関口と共に善光寺へ向かった。
道中関口に後に家康の正室になる娘のことを聞くと、
「信龍殿は我が娘を迎えるつもりがあるのか」
そう言われてあわてて、
「全然ないです」
そういった後ちがうとらえかたをしてしまい期限が悪くなる関口をなだめ、
「国境を跨ぐと色々面倒そうで、重臣とのしがらみもあり断り続けているのです」
呆れたように関口が私を見て善光寺へと入った。
翌日犀川の陣へと移動して関口は兄上と話し合いをして景虎に会うため川を渡った。
何回か行き来をする度に兄上や重臣の顔が厳しくなりとうとう爆発する。
「なんで栗田の居城旭山城を潰さなければならん」
穴山が関口に抗議している。今川との窓口は領地が接している穴山が主に勤めていたが新たに領地を得たので話がややこしくなる。
関口も穴山の話を聞いていたがとうとう、
「使者が呆れる敵の言いなりではないか何の為の同盟か」
そう言われて関口も、
「そちらが頼んできたからではないか、あれはやだなど言える立場か、だいたい城も相手にも使われないようにという義元様の案じゃそれを否定するとはどうゆう了見だ、帰るぞ」
出所をばらしてしまうと気まずい雰囲気になり武田としては提案を飲まなくてはならなくなった。
半年に及ぶ戦いがようやく終わると知らされ皆ほっとしている。
旭山城は失ったが犀川をはさんで北は長尾、南は武田ときまりようやく撤退を終え一息つく頃に知らせが来た。
「雪斎が亡くなったか」
目の上のたんこぶであり油断ならない男が亡くなり周囲の大名は安堵の表情を浮かべているのだろうなと思いつつ兄上の名代として葬式に参列した。
そして太郎こと兄上の長男義信も今回初陣を飾り佐久で反乱を起こした豪族を攻めて小諸城を落とした。
「信龍どうだ見事初陣を飾ったぞ」
甲斐へ戻る途中義信が私を見つけ馬を並べ進む、
「聞いたぞやるじゃないか小諸城まで落とすとはすごいな」
義信は得意気な顔をする。
「だけど兄上が心配していたぞ飯富から突出し過ぎて危ないことが2度ほどあったと」
「守役も消極的すぎるのだ、反乱をすぐ摘み取らなければ火種になるからな」
強気な義信に苦笑しながら、
「そう言えば先代の板垣、兄上の守役だったんだけど同じように単騎で突撃して周りをあわてさせ父上から叱責を受けたと聞いたことがある。親子揃って変わらないな」
「なら父上も同じなんだから小言を言わなくても」
不満そうにいう義信に、
「それが親であり、三条の方様を悲しませるわけにいかないからな誰が死ぬかわからないそれが戦いだよ」
素直に頷く義信に腰の脇差しを鞘ごと抜いて手渡し、
「初陣おめでとう、武田家を守り立てていこう」
そんなことを話ながら甲斐へと戻った。