それぞれの矜持(きょうじ)
年がかわり新しい息吹が大地から花開く頃に躑躅ヶ崎から出陣を行う、私も井伊等の家臣をできうる限り動員して引き連れ先ずは諏訪経由で向かうことになりいつも以上に緊張しながら無言で躑躅ヶ崎を見上げながら行軍を開始した。
「先ずは長篠城を落とし兵を入れれば織田に対する牽制となろう」
兵力分散の愚かしさに思うところがあるが今回は無言を通しアルプスの山々を見ながら諏訪で西に進路を変えて下る。
勝頼の周辺は明るく華やかにしているが老臣達はその様なこと気にせずに進み三河へと侵入した。
「長篠城を攻め落とせ」
前哨戦である攻城が始まり勝頼の命により攻城を開始する。
しかし川と絶壁で囲まれた長篠城はすぐに落ちずにおり勝頼の声だけが日増しに大きくなっていく、
「昌景、入れ替わって城を攻め落とせ」
赤備えが入れ替りで攻城の先頭にたつ、兵まで先代から仕え続けた兵であり号令と共に攻城戦が始まり数度の戦いの後火の手があがあった。
「兵糧庫に火がかかりましたぞ」
その声に勝頼と近習は喜び、
「さすがは赤備え、どんな時でも勝利をつかむな」
喜んでいる勝頼にあと少しでそうも言ってられなくなるのだがなと思いながら城の川下で警戒に当たっていると誰かが静かに泳いでくるのを見つけた。
「交代だ上がれ」
見つかりはしないと思うが徳川の知らせを通すために兵に交代を命令して必死に浜松へと向かう兵を見送りつつ警戒に当たる。
「何故降伏せんのだ、兵糧も無いはずなのにおかしいであろう」
勝頼が吠えているのを見ながら相変わらず甘いお方だと呟きながら南の空をながめた。
「狼煙が上がっているぞ」
強右衛門(鳥居)という名前だったかなと思い出しながら信長が到着して秒読みにはいる。
2つあがりそこで捕まったのか本陣へと連れてこられる。
「その方命が惜しければ援軍が来ないと城内に伝えよ」
甘い、この甘さが勝頼の大きな欠点であり信玄なら織田が来るとわかれば落としきれてない長篠をあきらめ撤退も視野にいれながら優位な場所に移動して長期決戦の準備をするが、勝頼は頷く強右衛門に喜び長篠城の前に連れていった。
沈黙の中で強右衛門は進み出ると、
「二日と待たずに徳川と織田の援軍が来るぞそれまで頼むぞ」
素晴らしい意地であり勝頼にこれが少しでもわかればと思いながら後ろから監視の兵に押さえつけられ勝頼の前に連れていかれる。
「何故だ自分の命が欲しくないのか」
勝頼が叫ぶが言い切った強右衛門には清々しく勝頼を見て笑顔で無言を貫いた。
「この者を城門前で磔にしてしまえ、城内の指揮が下がるようにな」
勝頼が言うのを昌景が進み出て、
「それは逆効果ですぞ、強右衛門の心意気を見ており殺せば士気は上がりましょう」
「何をいっておられるか、味方が殺されれば次は自分と考え怯むに違いないですぞ」
跡部が言い返す。
「その様な弱兵があそこにおりますや」
幸隆の息子である信綱が若い者の中で言うと勝頼は機嫌を悪くし、
「わしが大将であるぞ、よいな」
そう言って命を下した。
評定は終わるが真っ先に動く私が動かないので他の者も残る。
勝頼は怪訝な顔をしているので、
「どう反応するか楽しみですな」
無表情で言うと意地なのか勝頼も再度座る。
しばらくすると城内で声が上がり強右衛門の名を叫び磔を行うと怒りの声が上がった。
鬨の声があがり城内の士気は明らかにあがりそれを確認後静かに立ち上がり下がった。
「強右衛門とやら見事である。あのように死ぬこともだが我々は御屋形様に恥ずかしくないようにしなければならぬ」
そう言うと決意をまして先ずは長篠城を落とすために動いた。
士気の上がる長篠城を攻撃するが成功はせずに夜を迎えた。
「敵襲」
夜半に長篠城を包囲する砦の一つが奇襲を受け取られ次々と戦況が悪化していくのを聞きながら夜明けをむかえる。
退路のすぐ近くまで敵が進出しており評定が開かれた。
「何故砦を落とされた」
勝頼は叫ぶと長坂が、
「不用意にも程があります。直ちに主将を」
「そんなことをしている暇はないぞ、目の前にはすでに織田が展開を終えて狙っておる」
私が静かに言うと信春(馬場)が、
「我に任せて撤退をしてはいただけませぬか」
身を挺してしんがりをすると言う馬場に、
「その様な、弱気でどうします。殿、今なら織田を撃滅する良い機会ですぞ」
跡部が勝頼に言うのを良しとしようとするのを老臣が次々と作戦を言うが勝頼には届かなかった。
「いずれにせよ雨上がりで地面はぬかるんでおり昼間で待つことが良いかと」
私は腹を決めていたので言うとそう決まった。
「昌豊、昌景、昌胤よ打ち破ろうぞ」
左翼に別れを告げ、右翼の端の信春に別れを告げる。
私は左翼内側、真ん中に位置しており移動すると木材で構築した馬防柵がすでに設置されており私の隣は穴山だが士気は高いとは言えずにおり地面が乾くまで待つ昼前まで待ち続けた。
「井伊よあの馬防柵を突破するには馬ごと体当たりをして押し倒すしかなさそうだな」
「我らにお任せを、前に堀が有るように見受けられますが」
打ち合わせをしながら後ろに控える家臣を見回し、
「命を捨てよ、敵は柵を全面に広げており我らを防ぐ、騎馬が柵を押し倒すそこをつけ」
普段そんなことを言わない私に驚きながらも顔つきがかわり目標に向け静かに闘志をあたためていた。
ムカデ衆が走り気合いを居れ始まった。
先ずは陣太鼓が鳴らされ第一陣が突撃を開始し襲いかかる。
隊列を維持しながら展開して鉄砲の射程手前から走り出し柵が見えたが怯まず襲う、
二陣である私は正面の信長の本体はすでに赤備えが取り付いているので右側の佐久間であろう陣地を目標に定め動き始める。
私の後ろに井伊が控えて騎馬で早駆けを行いながら佐久間の相変わらずの士気の低さに少しだけ鼻で笑い統一性の無い射撃を引き出すのに私だけ単騎速度をあげ突き進み射程に入ったところで止まると雄叫びをあげた。
派手な鎧は目を引いたらしく声をあげると同時に発砲してきて浮わついているのか弾は上に通りすぎそこへ井伊が騎馬を率いて馬通しに突撃した。
信盛(佐久間)であろう武将が何かを叫んでおり私は鉄砲を馬上で構えると頭を狙い発砲した。
至近を抜けたのか驚き倒れ下がると指揮に空白が出て守りがおろそかになる。
「柵を倒したぞ」
井伊が叫ぶとそこに殺到してひとつ目を突破した。
「攻めよ攻めよ」
声をあげ佐久間の陣を蹂躙するがその後ろにも陣がありそこに逃げており攻め続ける。
そこへ引きと体勢を立て直す陣太鼓が鳴らされ兵を引くと入れ替わりに信綱勢が襲いかかる。
他の隊は突破できずにおり死体が柵の前に倒れており私は再出撃をすると赤備えが引いた信長本隊の前に突き進んだ。
「武田武将一条信龍、信長にひと槍ご馳走しようぞ」
そう叫ぶや鉄砲の一斉射撃を受けて馬が倒れ私の鎧(南蛮鎧に装飾で派手にしている)にも命中して表面で跳弾しながら柵の向こうにいる織田の兵に槍をつき入れ反撃に繰り出される長槍を鎧で流すと引いた。
家臣が柵に取り付くが長槍の反撃に苦戦しておりその間に鉄砲で打たれるのを鉄砲で打ち返す。
「井伊様討死」
その言葉を聞いて目の前に主を失った馬がいたので乗ると引かせた。
「半数以上が負傷」
信長本隊の攻撃は自分の隊を壊滅にちかい状況で他の隊も同じかそれ以上であり勝頼の元へと向かった。
「信綱殿討死」
到着をした時に次々と戦死が伝えられており信綱の戦死は勝頼を驚かせ苦渋の顔で目の前の戦いを見つめていた。
どのくらい戦いが続いたのだろうか信春が本陣へ入ってくると勝頼に、
「武田の負けにございます。大将だけでも甲斐へと御戻りくだされ」
しんがりをする事を伝えて本隊の撤退を促す。
「私は逃げるわけにはいかぬ」
その言葉は称賛したいが今はいらぬので、
「大将首を取られれば我ら武田の恥じにございます」
私はそう言うと跡部と長坂に言って飯田への道を退却させた。
「みな、命をもらうぞ」
応急手当をされた信春が私と昌景と昌豊に言うと頷き飯田への道を移動を開始する。
移動を開始してしばらくすると、
「敵の追ってにございます」
知らされると昌景がこちらを見て頷き重傷と言って良い体で残った赤備えを率いて織田勢に突撃を開始した。
「信龍殿、我らが亡くなった後の事頼む」
足と左腕を負傷した昌豊が痛みを気にさせないような顔でお願いをしてくる。
「生きて帰れればだが、あの頑固さは御屋形様に似ておる。どうなるかはわからぬが若い世代が武田を守り立てよう」
滅ぶとは言い切れずに昌豊や信春に言い飯田への道を進むと迂回したのか徳川勢が現れ昌豊が一礼すると突入をした。
悲しい気持ちがふと込み上げるが信春の手前歯をくいしばり退却をすると山間の挟撃しやすい土地で信春が手をあげると、
「ここを死地といたす」
「鬼美濃の名を汚すなよ」
少しだけ笑うと、
「信龍殿は駿府進攻から御屋形様とあの様なことになった、責めるつもりは無いがこうなることがわかっていたもどかしさがあったように思うが」
私は少しだけ深呼吸して、
「わかっていたとはいえ打開出来ないか色々考えて行動しましたが何も出来なかったと言う怒りを兄上にぶつけてしまった、大人気ないと言われればそれまでだがな」
「そうか、しかし今日の戦見事だった御屋形様も納得しよう」
そう笑顔で言われ別れると飯田へむかった。
「勝頼殿無事で何より」
一足先に到着した勝頼は呆然として私を迎えており私は疲れて座り込んでいる皆に声をかけ直ぐに躑躅ヶ崎への道を進んだ、
勝頼は私の横におりようやく魂が戻ったのか苦渋の顔で時々こちらを見ているが私は気がつかないふりで諏訪の手前まで来ることができた。
「無事の到着何より」
昌信(高坂)が信濃に入ったところで出迎えてくれる。
これは小太郎に知らせるようにと戦いが始まる前に走らせており新しい鎧と身のまわりの物を持ってきており、
「武田の棟梁たるものが民の前にみすぼらしい姿では」
そう言って優しく着替えさせると勝頼の反対側へまわると甲斐への道を進んだ、
「戦いに勝ち負けはありましょう、その後にどうするかということです」
昌信が話し勝頼は黙って聞いている。
「上杉は早々解決しないですが北条は改善をすれば織田も早々に手を出しにくいと考えます」
諭すように優しく言いいくつかの提案をすると海津城へと戻っていった。
戦死したものが多数でその中でも重臣である馬場や山県そして内藤は息子達に継がせ私は息子たちの領内を見てまわる。
「赤備えも若返りになろう、当主がしっかりすれば家も守ろう」
信就には家督を譲り駿府に常駐し徳川に備える。
数度の少数での侵入はあったが撃退をしており一応の平穏は保っているがようやく落ち着いて躑躅ヶ崎での評定が開かれた。
「長篠での戦いで一門である信豊(典厩の子)と信君(穴山)の不甲斐ない戦いについて」
昌信が伝えると二人は青い顔をする。
「軍法にてらせば一門なので尚更死罪とすりのが適当だと」
青い顔が白くなり下を見て震える二人、
「それは、確かに二人は他に比べ特にと言われれば確かだがどう思うか」
「確かに、しかしながらこれだけのお歴々が亡くなり今は大変の時家の力を落とすことになりますぞ」
跡部や長坂が反対する。
「信龍殿はどう思われますか」
高坂にふられ少し考え、
「勝頼が決められるのがよかろう、けじめは必要だとは考えますが」
そう言うと昌信は少しだけ考え少しだけ息をはくと勝頼を見た。
「しばらく謹慎せよ、そして力を貸して備えよ」
そう言うといくつか話して評定が終わった。
退出するときに信君を呼び止め、
「覚えておけ、今度裏切れば必ずや命を取る。いいな」
冷たく怒りを圧し殺しながらゆっくりと伝えると駿府に戻った。