崩壊への序曲
「信春、高天神攻略のため諏訪原に築城せよ」
美濃での戦いに勢いをつけ父である信玄を越えるために徳川を攻める。
織田を含まない戦いならば勝算はあるがすでに梯子は外され下がることが出来ない勝頼は命令を下す。
「勝頼殿、この戦は負けるより勝つ方が後々難しいと言うことを考えてくだされ」
最後にもう一度私は後見役として無駄な努力をしてみる。
それを見敷かしているのか自信を持った次期当主の後見人である男は、
「叔父上も重臣と同じで影に怯え吠える犬と同じですな、美濃を落とした勢いはまだあります。何をためらっておられますか」
犬と言われ他の重臣も怒りを出そうとするのを私は手をあげて制して、
「その影は不気味であり美濃や尾張と伊勢や近江や大和等を押さえ総兵数は10万は越えこちらにも4万は差し向けるものと、こちらは同じ広さとはいえ4万に満たず土地の貧しさは武田家の行く末に影を落としましょう、黒川の金もすでに」
「もういい、その様なことは戦いに勝てば」
「勝ってもどうしようもないと」
親子揃っての愚かさに思わず私も声を荒らげ勝頼は驚くが再度信春に命令を下して出陣を決めた。
「信龍殿は勝頼殿とわざわざ溝を掘るようなことをせずにしてもらいたいのですが」
駿河に戻る途中で信春が話しかけてくる。
「そうだがすでに我々はうるさいだけの老害と思われておる。後は勝頼殿が集めた側近に期待をするのみ」
そう言いながらも跡部勝資と長坂光堅の二人は希望的甘い考えで後年奸臣と言われており何度か苦言を伝えたが勝頼は遠ざけようとしなかったが小宮山が私以上に苦言を言ってくれているので見守ることにした。
駿府へ到着後に信春は諏訪原に築城へと向かう、完成の暁には勝頼が率いる本隊が出陣をし別動隊で三河と美濃に牽制を入れることになっており武田家の最大となる領土は重荷でしかないと言うことだった。
「長老よ元気にしておるか」
久しぶりに公然のお忍びで河原の民のもとへと向かう、
「信龍様お元気そうで何よりです」
皆が座っている一角に腰を下ろして出された食事を食べる。
「相変わらず美味しいな、色々な具材でなかなかどうして」
「そう言っていただけて嬉しく思います。ところで何か」
「特にはないが少し疲れただけだ」
駿河侵攻の後に駿府城代を信春と共にそして田中城城代も兼任しているが家臣である井伊に任せている。
高天神からあの戦いが起こり結果は言わずと知れた者でそうなれば一線を引こうと考えており血の繋がらない息子を元服させることにしており、本人の責任ではないが穴山が組み入れようとしているのを気にせずに烏帽子をとるのを頼んであり信就と名乗らせると伝えてきている。
結局、一族として振り回された人生であり俗世から離れたいと思っていると一人の僧侶が旅の途中なのか倒れて運ばれてきており、
「喜多院僧侶で南海坊天海と申す。旅の疲れから病を発し川越に戻る途中でこの様なことに感謝いたす」
この男があの天海かと驚きながらも病におかされており小屋に運び込まれ看病されていた。
天台宗と思い出しああ頃の事を思い出す。北条征伐の後の関東転封で江戸の街を計画したときに参加をしており中々の切れ者で家康からも信頼されていたと、
「ゆっくりとお休みくだされ、治ればお送りいたしましょう」
後は長老に頼み信春からの援軍要請で諏訪原に向かった。
西へ向かい大井川を渡って少し入ったところで築城が開始されておりそこから南西へと向かうと高天神城である。
「さすがにここに築城される重要性は徳川もわかっていて兵を出してきている」
信春から言われここから数里離れた場所に陣を構えていると言うことだった。
信春に合流していたすぐ南の小山城城主である大熊と共に徳川への押さえとして陣をはる。
「久しぶりだな朝秀殿、よろしく頼みます」
元は謙信の家臣であり謙信が出奔してしまった時、重臣のいさかいに同じようにいやけがさして武田に寝返り最初は与力だったがあの上泉信綱と一騎討ちを行い無傷で引き分けた剛の者で覚えめでたく信玄の直参になり小山城を任されたと言うことである。
「信龍殿お久しぶりですな、今回は徳川に対する押さえと言うことですが」
気になることがあるのか言葉を止めたので促すと、
「今回の高天神攻め信龍殿には反対されているようですが」
「ここを押さえるより確かに天龍川で押さえられると考えますが」
「織田と言うことですか」
流石は外交を引き受けており周辺の状況も承知している朝秀に頷きながら、
「中だけの視点で見れば先代より領地を広げ力がついたと思えるでしょうがその数倍も織田は力をつけていると言うことに領地に籠った者たちは気がついておらぬと言うことです」
朝秀は頷きながら、
「確かに、御屋形さまが亡くなり織田は一気に周辺を滅ぼし領土を拡大しており何れはでしょうか」
「朝秀殿が考えておられるように武田も一枚岩ではなく徐々に蝕まれており現状で言えば苦しいと言うことです」
朝秀は目を閉じてしばらくして目を開くと、
「その時に我々はお家の為に力を出し戦い抜かねばなりますまい」
真っ直ぐな男の言葉に内心はどうであれ頷きながら陣を展開させた。
こちらが陣を構えると相手も早々手出しが出来ずにおりその間も信春が着々と築城を終えていく、徳川を見ると懐かしい旗を見つけ内密に単独での会見を申し入れた。
「本多忠勝どのですな、小林にございます」
西上のおり半包囲で家康を捕らえるはずだったがわざと包囲を未完成にして逃がしたおりの名前を名乗る。
「あの時の、感謝は言いませぬぞ」
「こちらが勝手にしたまでのこと、改めて名前を名乗らせていただく一条信龍と申す」
私の名前を聞いて眉を細め、
「先代の弟が何かようか」
「端的に言えば裏切ると言うことでこれは織田信長様も承知をしておられます。ただしすぐではありませぬが」
「それで」
私の言ったことに判断のつけようもないので言葉少なくなる。
「今回の高天神については崩壊への一歩であり徳川的には一時的に厳しくはなりましょうが来年辺りには逆転することが出来ようかと」
忠勝はなにも言わずに見ている。
「父親おも落とせなかった高天神を落とすことにより勝頼は自信をつけ老臣達を自分の周辺から遠ざける事になり織田徳川との無謀な決戦を決意するはずです。それを私が中から誘導して回避をしないように行動をしております」
「信じろと言われてもな」
「それでは徳川殿経由で信長様に確認を、甲斐の小虎と言えば」
「何れにしろこちらも今のところ手を出すというか出せないからな名は覚えておく」
そう言うと会見を終え闇夜を陣へと戻った。
4月には信春が普請を終えて諏訪原に兵をいれると勝頼が予定通り出陣する。
その頃には徳川も私の事を聞いたのか忠勝から返信があった。
勝頼は2万以上を従え、別動隊で三河を狙うそぶりで展開させており徳川の援軍は1万にも満たなく織田の援軍を待っているようだった。
「信春よご苦労、これで高天神を落とす準備がととのった皆者直ちに城攻めを始めよ」
勝頼が評定で皆に命令をする。
信玄が落とせなかった城を攻略できると長坂や跡部から持ち上げられ上機嫌であり私は老臣達と共に高天神城を包囲した。
「守将は小笠原信興で千ほどと言うことだ」
この攻城が終われば来年生き残っている古強者はほとんどおらず少しだけ寂しく感じながら攻めかかった。
「相変わらず表門の攻め口は狭いな」
前回戦った状況と同じであり裏手の山は城より高いがそこに続く尾根道は断崖絶壁であり近付けば狙い撃ちで近づくこともならない、
「昌豊と昌景が先ずはだな」
陣太鼓が鳴らされ攻撃が開始される。
「表門の奥に水場があり攻めてそこが押さえられれば」
信春が横並び無用な戦いと思ってはいるが今は目の前の事だけを考える。
城の東は表門から続く比較的緩い城だが高低差が大きく道も狭い、一転変わって西側の城郭は鋭く切り立っており昌景が配下でも苦労しているが斜面が緩いところを見つけたらしく翌日は別の場所を攻撃しており急展開で数日後祖お斜面を一気に攻める。
「流石は昌景と言いたいがこの雨がな」
雨季であり足元はぬかるみ想像以上に難儀しておりそこを小笠原勢に攻撃を受け粘るが負ける。
本陣で引きの太鼓が鳴らされ撤退を開始した。
「流石は堅城と言われた城だが休みなく攻め続ければ落ちようぞ」
勝頼と近習は盛り上がり老臣は静かに見つめ一礼をして下がった。
「信君(穴山)に小笠原に好条件で下るように工作をされたらしい」
「余裕のつもりが敵を侮らせおって、時間稼ぎに使われるな」
攻城の最初から甘い条件を出しても援軍が来るかもしれないとわかれば降る事はないと言うのもわかるはずだが近習達との甘い言葉に気がつきもしない、
「我らはただ目の前の城を落とすのみ」
信春が言うと皆頷き翌日も猛攻撃を続けた。
「残るは本丸と二の丸を残すのみ、徳川の援軍も来てはいるが我らの半分に満たず、信君もう一度小笠原に降るように伝えよ」
2ヶ月あまりがたちようやく落城目前に勝頼は機嫌が良い、
「流石は殿ですな御屋形様が成し遂げられなかった事をようやく」
おべっか使いがと軽蔑の目で見られている近習に思わず、
「御屋形様は落とせなかったのではなく大事の前の小事、こんなところで2ヶ月もかけるほど時間の無駄を考えられていただけだ、調子に乗るな長坂と跡部」
私も機嫌が悪く勝頼の前だが怒鳴る。
二人は慌てて一礼をして下がり勝頼が、
「叔父上、何をそう怒っておられるのですか」
「たかだが遠江を押さえたとしても織田には何のことあろうか、信長に直接勝ち岐阜を落とすくらいでなければ御屋形様も納得しますまい」
この怒りはわざとだが信長を倒せば認めてやろうと暗に言い来年への布石にする。
「高天神も落とし出てきた信長自ら倒して武田の棟梁は誰かとわからせましょう、良いですね」
勝頼は私に言われたことを落城した後も根に持ちまつりごとから遠ざけられた。
「小笠原殿感謝しますぞ、約束の領地お任せあれ」
おとして機嫌が良いのか武田に降るのを良しとしない徳川の武将は徳川へ戻ることを認め老臣からは苦言を言われたがこの勝利で天狗となった勝頼にはもはや届かなかった。
高天神城は改修され今川義元の忠臣であった岡部元信が入り徳川へと備えた。
そしてもうひとつ、父である信虎が亡くなった。
息子である信玄に追放され先に亡くなったことにより帰国を果たしたが最後まで孫である勝頼に警戒されながらでお膳立てした徳川の内応も勝頼の積極性のなさにより結果的に失敗しており息子の事については嬉しそうだが孫には失意ののち急速に衰え高天神へ出陣する前の季節の変わり目にその波乱の人生に幕がおりた。
「信龍、苦労したようだな鏡を見てみろわしにように険しい顔つきになっておるわ、それでは怖がって周りも苦労する」
「父上、今更ながらに父上の苦労とする事の正しさが見に染みております。あれをしたことが」
「それは言うな、結果はどうであれ起こったことはな」
静かに目を閉じて私を諭してくれ一生を終えた。
夏の終わり、ひとつの情報が知らされる。
「長島の一向一揆が全滅しただと」
十万以上が織田と戦い尾張と隣接する長島で抵抗を続けていた勢力が消え去りそれにより織田を意識せざるおえない武田がいる。
「十数個の城と砦そして中洲を使った戦いで優位に働いていたではないか」
戦国時代の入ってくる情報の少なさに今更ながらに忍びと商人や僧侶から伝わる情報の大切さの認識をしながら評定でいつ終わるとも知れない話が続いている。
私は黙って座っていると信春が、
「信龍殿、何か知っていることがありますかな」
勝頼を含め皆が私を見るので、
「前回失敗した事を補っての勝利そして撫で斬りを行ったと聞いております」
私はジェノサイドの光景を思い出し無機質に静かに話し始める。
「前回では中洲は一向衆が自由に行き来でき拠点同士は連絡を密に兵糧なども運び込んでいたが、今回は周辺の船を強制的に徴発してそれを出来なくなるようにしたことがひとつ」
話を聞く皆を一度見回して勝頼を見て、
「一番は降伏しても殺さずに味方の城へと追いたてていき最終的には長島城等は数万を越える者達が籠城をした」
「何故そんなことをわざわざしたか、皆は城を落としにくくなるのではと考えるだろうが兵糧をたたれふくれあがった民に食べるものはなく飢えて死を待つしかなく反撃はしたものの最後は城の周囲から火を放たれ全てをもやしつくしたと」
皆は身震いをしながら信君が、
「まさに悪鬼羅刹、六天大魔王の鬼畜な所業であると」
皆が同意していくのに咳払いをして止め、
「それよりも問題は織田が本格的に武田を潰しにくると、それも前回の失敗を修正し力を増しながら」
信玄と家康の対決を思い出しながら、
「数の上でも織田がまさり、御屋形様が言っておられた準備で勝ちを整え後は行くのみと言うのをそのまま行っておられている」
「なればこそ奪取した美濃や高天神そして駿河を割譲すれば武田を残すことができると思う」
「何を弱気な」
「我らはここまで連戦連勝」
「今まで得たものを手放せと、笑止千万」
「臆病にも程がある」
勝頼の側近や小山田や穴山等から言いたい放題言われながらも私は気にせず、
「敗れてからでは何を言っても聞き届けされませぬ、いまどんな事であろうと勝っている今だからこそ交渉の余地があると」
「叔父上、少し疲れがたまっているようですな、信就も元服したので一条を任せてみてはいかがですかな」
老臣は驚き勝頼に後見人でありまだまだ十分に戦える私にその様なことをと抗議をしてくれるのを感謝しながら、
「来年、そう夏前に家督を譲りましょう」
そう言うと勝頼は喜び老臣達は苦渋の顔で評定が終わった。
「信龍殿」
退出しているときに信春や昌豊そして昌景等に呼ばれてついてくるように言いながら躑躅ヶ崎を出て坂を下り河原に出ると河原の民の少し離れた場所に腰を下ろす。
老臣達も座ると私を見る。
「来年には長篠城を狙うだろう勝頼は」
本来計画前の段階ではある程度秘匿しなければならないが勝頼とその側近は公然と織田を侮っているのか話を広げておりその話をする。
「織田が出てくると言うことですな」
「勝頼も決戦を望んでいる」
「信龍殿我らもひと花咲かせようではないか」
織田との決戦と聞いてきつい戦いになろうが皆、昔とかわらない古強者でありくつわを並べ戦った信頼がありその時に向けと言うことになる。
「我らは御屋形様に取り立てていただき過大なものを頂きここまでこれた。それをすべて差し出し勝利を得ようではないか」
信春が言うのに皆が頷き河原の民が準備してくれた食事と酒をいただきながら今生の別れを行いそれぞれの城へと戻った。
「弾正(高坂)よ、北をそして勝頼を頼む」
上杉の押さえとしていたが今回は評定に参加しており万一の時はと短く話して駿府へと向かった。
田中城へと入っている血のつながらぬ息子を呼び出す。
「父上お呼びでしょうか」
誰に似たのか小山田に似てるか暗い顔だなと思いながら、
「来年には家督を譲ることになる。一条を頼む」
嬉しさよりたぶんだが館に寄らずに父がいない幼年期からすごし母親や穴山からいろいろ吹き込まれていたのだろうやな顔を出してきたのをあえて無視して、
「兵権はその日まで、金山は枯渇しておる」
金などはすでに別に隠しており穴山が知って狙っている金山は堀尽くしており生産性が良い畑のみだがそれでも十分と思う、
「私の初陣は」
「来年以降家督を譲ってからになる」
納得はいかない顔だが、
「父の側近である井伊はいりませぬ、私の配下が代わりを勤めまするゆえ」
穴山か小山田が送ってくるのだろう私は承知して話は終わった。
甲斐に雪が降るが駿府は暖かく富士の雪化粧を見上げながら過ごし年賀の勝頼への挨拶は信就に任せると見廻りに行くと影武者をたてて船に乗り尾張経由で岐阜に入った。
「来たな、家康からは聞いておる。今年が決戦と言うことだな」
茶室で二人で会うと早速本題に入る。
「知っていると思いますが長篠での決戦になろうかと」
「お膳立てはできていると、相変わらず細かいな」
少しだけ笑顔を見せながら、
「それが終わったら来るか」
私は首をふり、
「家督を譲り出家します。名前も天海と改め黒幕として滅亡を見たのち行かせていただきます」
「そうか、何れにしろ武田は滅ぼす、来る時期が違うだけだ」
それだけ伝えるとお茶を頂き駿府へと戻った。
「信龍殿、田植えが終わり次第長篠を押さえ三河をと伝えてきた」
信春は決意を秘め私に伝えてくれ私も、
「鎧を着るのは最後となろうお互いな」
酒を酌み交わし話をする。
「信綱(真田)が楽しみにしており上野の時のような働きをすると言っておったわ」
「あの大太刀は凄かったからな、そうか皆も腹を据えたと言うことか」
老臣だけでなく次世代である者達も織田との決戦を楽しみにしており間だ来ぬ春の雪解けを待ちながら病が悪化する天海を見つめながらすごした。