上野平定と駿河侵攻
1565年には箕輪城の支城のほとんどを調略を行いこちらへ寝返らせており秋の収穫後に出陣の準備を行い年明けに攻めこむことになる。
年も迫る頃に兄信玄から呼ばれ、
「諏訪の初陣を今回する」
勝頼の初陣と言われて頷くと知らせて準備をするようにと言われ、
「直接お伝えした方が」
「あれは諏訪にやったものだ、まとめるには必要だが必要以上にとは考えておらぬ」
これが伝わってと言うことかと思いながら、
「たしかし、しかし武田を支える者として期待していると言うのもよろしいのでは」
信玄は珍しく笑いながら、
「信龍食い下がるな、だが義信の事もある」
それだけ言うと私は頷いて下がった。
「来年の始めに初陣ですか」
落ち着いた様子で迎えてくれた勝頼は私から言われた事に少し考えており、
「わかりました叔父上よろしくお願いします」
不満を表に出さぬようにしており見直しながら諏訪の代々の鎧を準備させて調整させて正月を迎えた。
「信龍、四郎が初陣とはめでたいな」
義信に呼び止められて話しかけられる。
「そうですな、上杉が出てこなければ楽に落とせるでしょうし、誰かみたいに侮らなければ良いですが」
「まだ美濃での事を、わしもあれから思慮を身につけたからな、まあせいぜい武功をたせさせよ」
そう言うと行ってしまった。
領地に戻り家臣に挨拶をして過ごしていく、そして伝えられた通り雪解けを待たずに箕輪へと向かう、
「勝頼殿、今から緊張するのは早いですぞ」
「わかっておる。必ずや武功をたてる」
前年に高遠城城主となり何かしらのと言うことだが気合いが入りすぎており鈴をつけねばと思いながら上野へと向かった。
「箕輪城と鷹留城を分断するには高浜砦を落とさなければならぬ」
信玄が言うのを皆頷く、今回は必ず落とすと言う事で2万を揃えており万一にも負けられぬ戦いだった。
高浜砦へと迫ると箕輪から援軍が出されておりその中の一人が、
「新陰流の上泉か、直接手合わせできたら逃げようか」
そう呟くと勝頼は怪訝な顔をしている。
そんなことを話していると丘の上に現れそれを見た武田勢が半包囲で攻撃を始めそれを長野勢が迎え撃つ、
「叔父上我らも加わりましょう」
数倍のこちらに相手がすぐ負けてしまい武功をたてる暇も無くなると思っており私に懇願するが首を横にふり指さす。
「敵をよく見よ、士気も旺盛で指揮するものは勇将が多くいる。これで勝てると思うのなら凡将と言うものだ」
そう言いきると怒りを押さえている勝頼を無視して目の前の戦いを見続けた。
「相変わらず粘り負けするな」
勢いが削がれ勢いと士気が下がり始め統制がとれなくなり長野勢に押されて退却する。
それが隣へと次々と波及して今や逃げ出し始めており敗けであった。
「敵が深入りしてきたら横やりを入れて包囲するぞ」
そう伝えて準備させたが上泉はこちらの意図を察したのか見事に退いていった。
「勝頼、あのような戦いをする事だ、少なくても粘って敵を切り崩し状況を見ながら気持ちよく引く、馬鹿一辺倒に突撃だけするのは匹夫の勇だ、そうなるなよ」
長篠の戦いでの事を思いながら言うが伝わったとは思えなかった。
「上泉めちょこまかと動きおって、明日には必ずや砦を落として見せようぞ」
重臣達は戻ってくるとそう言いながら明日にも落とせると思っており明日打ち破ったあとに高浜砦を攻める算段を話始めていた。
翌日、雨の中武田勢は昨日と同じ丘を目指しはじめ、勝頼は私を見たが私は黙って前を見続けており雨の勢いが増し視界が悪くなる。
昨日と違い丘の上にいた長野勢は動かずに足元が滑って難儀している武田勢を待ち受けており勝頼の目には力が増してこちらを見たが私は静かに見ている。
「叔父上あれなら勝てましょう」
武田勢がようやく丘の上に上がったところで迎撃を開始しており一見すれば数で押しきれると、
「あれを見よ」
丘の横の森から伏兵が飛び出し横槍を小山田勢に行うと押し返せずに隣の飯富勢へ逃げ出し混乱に拍車をかける。
備えの信君(穴山)が襲いかかるが跳ね返されており飯富勢も支えられず総崩れとなった。
「上泉は見事」
敵を誉める私に勝頼が苛ついており黙って陣へと戻って行った。
「信龍殿、勝頼殿が我らと動きたいと」
数日後、備えとなる信有(小山田)が私に言うのを勝頼が黙ってみており私は勝頼が言ったのか露骨に呆れながら、
「お任せするが二人で離れぬように」
それだけ言うと攻めが開始される。
兵力差はいかんともしがたく長野勢は徐々に押されておりもう少しと思いながら攻めた。
「今一つ攻めきれぬな信龍よ」
信玄が言うのを頷きながらも、
「疲労もたまっておりましょうもう少しでしょうか御館様」
「そうだが時間をかけすぎれば越後も動こう」
そう言っていると小競り合いでどうやら押切ると丘の上を確保した。
「信龍様あれを」
小太郎が言う先には勝頼が馬を走らせておりその先を見るとどうやら長野の武将が取られた丘の上とその周辺を物見しに来ているようで勝頼が近寄っていっても気がつかない、
「勝頼か、将にあるまじき行動だ、諏訪の棟梁としての自覚もなし」
信玄は物見に襲いかかる勝頼をみて吐き捨てるように言うと本陣へと戻って行った。
「見事に討ち取られたようですな」
信有が首をかかげて戻ってきた勝頼に声をかけ本陣に向かうように言う、
「これで諏訪は安泰ですな」
「愚かな、不覚をとり首をとられたらどうするつもりだ、不用意に誉めるな信有」
私は怒りで爆発しそうなのを言葉にこめて言い自陣へと戻った。
翌日、丘をとった武田勢は砦を攻め落とすことに成功して連携を絶つことができ信玄は諏訪勢を勝頼と共に鷹留城おさえとした。
本隊は移動して箕輪城を本格的に包囲する。
山のなだらかな斜面に建てられた城は堀も深く長野勢も後が無いため必死に戦う、
「攻めろもう城は落ちるぞ、攻めろ」
前衛の城を攻めている将は声をあげ正門と虎口を攻めるが業正が造り上げた城は跳ね返す。
「一度引かせる」
田植えの時期であり勝利は間違いないので一度引かせることになった。
刈り取りが終わり再度出兵する。
攻め滅ぼし後顧の憂いなく駿河に侵攻を決めており再度包囲をと思っているのともう1つ問題が発生する。
「信龍様至急のお話が」
ついに来たかと思いながら三郎兵衛(昌景)を通すと前に座って苦渋の顔を浮かべながら言えずにいる。
「よい、出掛けるぞ」
私が言うとこちらを見てそのままの着いてくる。
私は躑躅ヶ崎に昌景連れて誰にも会わずに信玄の書斎へと顔を出した。
「夜分に申し訳ありません、火急の要件です」
信玄は黙って頷くと昌景と入り座って促す。
しばらく畳を見ていたが顔をあげ、
「兄虎昌と義信様が謀反をくわだてており冬に行動を起こすと言うことです」
信玄は声も出せずに私を見る。
「私にも数日前そのような情報を得たので確認しましたが事実です」
「何故だ」
信玄は長子である義信が虎昌と共にその様なことをするとは信じられずにいる。
「義信殿は駿府に義理立てしておりますので」
「それだけの事でか」
「信義を大切になさっております」
そう言うと沈黙して大きく息をはくと、
「幽閉とする。時期は」
「それについては箕輪攻略終了しだいがよろしいかと」
そう言うと下がるように身振りで示されたので下がる。
「どうなりましょうか」
昌景はわかっているがあえて聞いてくるので、
「双方共にだな」
知っているのでそう言うしかなく館に戻るとその件の対応を話し合った。
箕輪へ到着すると昌景は忘れたいがため一心不乱に攻め立て正門を破る。
「信龍、業正の息子に降伏を進めてまいれ」
信玄の言葉に重臣達は驚くが私と昌景は沈黙し頭を下げて向かった。
「使者として業盛殿にお会いしたい」
そう言うと門が開き上泉が出迎えてくれる。
「信玄が今更何を考えておる」
ここで降伏を薦めてきたので何かあるかと勘ぐるのは当然であり、
「発作的に言ったまでの事、業盛殿も父親の遺言で降伏はしないとわかっているがな」
「坊主になっても悩みはあるか」
そう言うと上泉は笑いながら業盛の所へと通してくれた。
「何かようかな」
籠城で疲れてはいたが四郎と同じ歳だったかと思いながら、
「業正殿の血筋を絶やすのが惜しいと考えてでしょう」
「信玄公は私を過大評価してくれるのかな」
少しだけ赤みがさした業盛はわざとなのか怒りを抑えずに聞いてくるので、
「いやなに、上泉殿も含めて家臣を見事に統率され数倍の敵に最後まで抵抗した業盛殿に比べ、今回同じ歳で初陣を飾った息子が物見に戦いを挑み兵の武功を将の武功と勘違いしているのを見て惜しいと考えるのも当然にございます」
そう言うと業盛は大きく息をはき、
「そう買ってくれるか、私は兄が亡くなり父を無くして継いだが家臣に恵まれた」
そう言って家臣達を見まわす。
「しかし父ほどの武勇もなく今はこの城があるのみ、なればこそ最後は父業正の言うとおり散りゆくのみ」
そうさわやかに言われ私は頭を下げるしかなかった。
会見を終えて門に向かうのに業盛が1人送ってくれその途中で、
「人の事は言えぬが信龍殿は家の行く末を考えておらぬように思えるのだが」
この若者を殺すには惜しいと兄も考えたのかと少しだけ考えながら、
「業盛殿は鋭いお方ですな、私はすでに武田家の行く末を色々ありあきらめてしまったのですよ」
二人だけの秘密にと言うことでこの後嫡男を廃してあの初陣を飾った息子が後を継ぐが家臣の信任も得られずに強い外敵が出れば一気に崩壊すると、
「しかしいきなり滅ぶとは」
「いや、今回の長野家の事を見れば祇園精舎の鐘の音に」
そう言うと業盛は笑い、
「そうなれば父が戦ったこと、私が意地を張る意味がないと言われるか、なればこそ私の死の意味を見せつけてやらねば」
そう言うと門まで見送って別れ、
「そうか父の遺言を守ると言うか」
信玄に報告すると目をつむり押し黙ってしまった。
最後の戦いが始まる。
武田勢が津波のごとく押し寄せて行くと突如門が開かれ、
「長野業正が息子業盛、武田にひと槍ご馳走しようぞ」
そう言うと突撃をして上泉と共に鬼神の働きをして大将首を得ようとする武田勢を崩していく、しかし多勢に無勢で次第に追い詰められ城内へと退却をした。
「信龍よ、何故わしは血縁に恵まれぬのだ、父を追放し義信を幽閉、そして残ったのは諏訪の血が入った者のみ、典厩がおれば違ったかも知れぬが」
私に問いかけてはいるが答えがほしいと言うわけには思えず静かに沈黙を続け信玄は門が破られ城に火の手が上がり勝ちどきが上がるまで動きもせず見つめ続けた。
「幸隆他3名で城代を務めよ」
最後にそう言うと甲斐へと気の進まぬ道を進み続け小太郎には義信と虎昌に張り付き情報をちくいち報告させる。
甲斐に戻るまでにどうやら日付を決めたらしく義信は興奮を隠せないでいる。
「信龍殿」
私は昌景を呼び10月の決行日を知らせると緊張した顔で指示を待っている。
「1日前に押さえる」
そう言って移動しながら打ち合わせをしてその日に備えた。
「義信と虎昌は今一室で密談をされております」
小太郎からの報告に緊張しながら躑躅ヶ崎の義信の館に向かう、見張りを排除しており私は昌景と兵を引き連れて義信がいる部屋の外で逃げられないように包囲を終えた。
「何者か」
虎昌の声と共にふすまが開かれ私と昌景を見て驚かずに静かに見つめており義信が出てくる。
「叔父上これはどういう事ですか、兵を連れて」
「御館様がお待ちになられております。おとなしくご同行を」
そう言うと義信は驚き虎昌を見ると、
「義信様、おとなしく従いましょう」
そう言って刀を渡して私と共に信玄が待つ部屋に連れていき信玄の前に通す。
私は二人と信玄の間に横向きに座り昌景は二人の後ろに座り何かあれば切り捨てる覚悟をしていた。
「父上、駿河を氏真を攻めるのはおやめください」
義信は父を前にして主張する。
「同盟も利がなければ続かぬ、信義だけでは皆を食わせてはやれぬ」
「だからと言って困っている相手に追い討ちをかけるなど納得できませぬ」
「変えられぬと言うのだな」
そう言うと義信は頷き、
「信龍、義信を幽閉せよ、虎昌は残れ」
私は義信を連れて東光寺へと向かう、
「信龍すまぬが松嶺院と娘を頼む、母上にも義信が謝っていたと」
「わかっております。しかし不満がるとはいえ謀反を起こさなくても」
「父上とて不満で信虎を父の父を追放したではないか」
「たしかに、しかしそれは重臣全員が望んだことで、ある意味担がれて行ったものにございます」
「父上は望まなかったと言うか」
義信は爆発して私をにらむので、
「望みましたが家臣の総意でもあります。義信殿は家臣の誰が望みましたか」
「虎昌も同意したわ」
私は大きくため息をつき、
「今回の件、わざわざ弟に意図的に漏らしたと私は考えます。先程部屋から出たときの安堵した表情といい確信をしました」
義信は驚きそして下を向いて静かに泣き始めたのでそのままの東光寺に入ると井伊に監視を命じた。
即日虎昌は死罪になり弟である昌景には信玄から赤備えの把握と飯富から山県への改名を命じられ義信の反乱は終わり私は打合せ通り三条の方へ面会を求める。
「小虎、義信が謀反とは本当でしょうか」
いまだに美しい三条の方の前で私はただ頭を下げて対応をする。
「駿河へ攻めようとするのに納得がいかずに守役虎昌と共に」
「夫は会おうとしてくれずにいますがまさか命まで」
「いえ幽閉せよと言われて東光寺に入られて私がついております」
そう言うと三条の方は少しだけ安心して、
「竜芳は盲目となり弟の信之は亡くなり父上も命を落としてしまわれこれ以上失えばどうしろと言うのですか」
北条に嫁いでいる娘も駿河侵攻で送り返される事になるのは言えずに悲しみをひたすら聞くしかなく最後に、
「義信殿から母上に謝罪と松嶺院と娘の事を頼むと」
そう言うと優しい顔に戻り、
「そうですね私以上に松嶺院と孫の悲しみは大きいでしょう。私からも話をしますので小虎お願いします」
私は頷いて今から呼ぶのでそこに控えておいてくださいと言われた。
「朝早くからよう来てくれた」
義信の妻松嶺院と娘が入ってきて私を見ながら座る。
「息子義信が御館様に対する謀反をくわだて幽閉されました」
そう言うと顔をくもらせてながらもその後の経緯を説明して最後に、
「当然あなた方親子は駿河に戻される事になりますが」
「それについてはお願いが、父上もすでにおらず戻れば邪魔物扱いとなります。出来れば義信様の近くですごしたいのですが」
躑躅ヶ崎の中には残ることもできない三条の方がこちらを見るので、
「わかりました。私が責任を持って保護しますが、義信殿と面会がかなうとは考えないでいただきたい」
そう言って松嶺院を納得させる。
翌日、さすがに私の妻のいる領地の館には住まわせられないので東光寺を望める家を改造して住んで貰うことになった。