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□ 奇妙な告白 □

「あーあ。久しぶりの雨だからって、あんなにしつこく降らさなくたって……ぐしょぐしょだよ……」


 片手で頭を拭き、もう一方でシャツのボタンを外しながら、J−10はぶつぶつと独り言を呟いている。


「……コーヒー、いる?」

「あ。すいませんねぇ。ついでに『ブース』まで持ってきてくれます?」


 いいよ、と軽く答えてJはコーヒーカップを2つ用意する。

 コーヒーが落ちきるまでにはまだ少しかかるだろう。

 すっかり暗くなった窓からは街灯の明かりがちらちらと見えている。窓際にはいつの間に掛けたのか、少年のシャツがハンガーに揺れていた。


 ――わざわざ雨の中で猫とじゃれるんだもん。


 苦笑と共に何かが心の中で広がっていく気がしていた。




「ここ、置いとくね」


 頭の後ろで両手を組み、システムが立ち上がるのを待っている少年の横に回って、Jはカップを置いた。


「あー。さんきゅ」


 少年の横顔には昼間見た明るい表情は無かった。代わりにつまらなそうな、投げやりな、そんな心が見え隠れしている。


「ねぇ……」


 Jは少年のディスプレイが見える位置の壁に寄りかかるように座り込んで、いつになく話しかけ始めた。


「聞いても……いい?」

「どぉぞ」


 ディスプレイには『プログラミング』の文字が浮かび上がった。


「いつも……いつ授業受けてるの?」


 Jの知り得る限り、これが少年が授業を受けている姿を見る最初の場面だった。

 少年は別に戸惑うでもなく、鮮やかにキーボードの上で指を滑らせながら答える。


「夜中――あ、今日は特別ね。Jが見たそうだったから――」


 なぁーーんだ……


 かくんと肩の力を抜いて、Jは壁に体重を預けてしまった。


 なぁーんだ、ぜぇーーーんぶ、ばれてるんだ……


 両手でコーヒーカップを抱え込むようにして口に運びながら、Jは小さく呟く。


 ――変な奴。


 カタカタとリズムよく響く音は途切れる風も無く、ディスプレイ上に数式や図形が現れては消えていく。


「――『見られること』は……辛い?」


 不意に、少年はいつになく真面目な口調でそう聞いた。

 しかし、それに対する答えが少女の口から発せられる前に、少年は言葉を続ける。


「俺……ねぇ。『古典社会』の授業とらせてもらえないの。不適応――だって」


 キーボードを叩く音は同じリズムを刻んでいる。

 Jは不適応という言葉に眉を顰めていた。授業がとらせてもらえない、なんてことがあるのが不思議だった。


「大人たちなんてさぁ、お前らは自由だ、なんて言うけど『自由』って何だよ。なぁ。好きなことやって暮らしていけって、好きなことをやろうとしたら、ダメだとかおかしいとか不適応とか言っちゃってさ。その他のことなんてただの繰り返しじゃないか。気が滅入ってくる」


 溜息を吐きながらもJ−10の手は止まらない。


「誰も言わないけどさ『(ウォール)』の向こうに何があるのかって……思ってみたことも無いワケ? その『中』で暮らしていて『外』の話は知らなくていいって言われて、それで納得しちゃってんの。何で? 太陽の下で遊んで、夜は眠る。誰が決めたの? 夜の方がね――」


 タ、タン、と一際大きな音が響いた。

 ディスプレイには『END』の文字。キーボードの上から手を退けて、J−10はJを振り返った。


「――HI(ハイ)になれるのに」


 呆然と、Jはディスプレイを見つめていた。コーヒーはもう湯気を立てることさえ忘れている。

 滅多に口を開かなかった少年の少し奇妙な話と、ENDの文字に全く自分を見失いそうになっていたのだ。

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