□ 奇妙な少年 □
この寮から出るには2つの経路がある。1つはエレベーター。もう1つは非常時しか使えない階段。地上80階以上あるこの建物で、通常時に選べるのは1つしかない。
ただ、この時少女は本気で階段を駆け下りようかと思っていた。
もっとも、非常時しか使えないという階段にどこからどうやっていくのか、彼女は把握していなかったが。
少年はエレベーターの中から呆れたように少女を見つめている。
――だって、すっかり忘れてたんだもの……
恐らく、少女の心の中はそんな言葉で満たされていたに違いない。
周辺には人影はない。下に降りるのだとすればこのエレベーターに2人きりで乗らなければいけないだろう。
建物の反対側に回ればもう1基あるのだが、そこまで行っていては少年を見失ってしまう。
「乗るの?」
少年の指はエレベーターの『開く』方のボタンを押したまま、かれこれ5分ほどじっとしていた。
「――あっ……う……うん」
反射的に返事をしてしまって、Jは覚悟を決めてエレベーターに乗り込んだ。
変に思ったかな、と今更な思いを抱くJと少年を乗せて、沈黙のままエレベーターは下降していった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
外は上天気だった。
公園の中には鳥の声が耳障りにならない程度に響いていた。
少年はJの知らない、少しテンポの速い歌を口ずさみながら、同じリズムで足を進める。
――何処へ行くの?
とくん、とJのハートが脈打つ。
自分がしていることへの高揚感なのかもしれない。
とくん、とくん。
Jの視界には、結構背が高かったんだ、と初めて知ったJ−10の背中しかない。
――とくん。
ひょい、と少年の背中が視界から消えた。
「――あ……」
音にならない声を上げて、Jは少年に抱き上げられた生き物に視線を移す。
猫――
赤茶のぶちのある、様子からして、多分、野良猫……
「かわいい」
いつのまにか少年は顔だけJに向けて笑っている。
「……え? ……何……」
「かわいい――よね?」
Jは質問の意味より、少年の笑顔に魅入っていた。
人を惹き付ける笑顔。
――とくん。
「――うん。かわいい」
少年の言葉を反復した少女に、満足そうな笑顔をもう1度向けて、J−10はまた沈黙する。
けれど、それは心地いい沈黙――ずっと知らなかった沈黙……
その日、天気は晴れ時々雨。
太陽の反射にその体をきらきらと黄金色に輝かせながら、雨は降る……